ゲンロンサマリーズ(13)『イメージの進行形』要約&レビュー|円堂都司昭

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初出:2013年2月12日刊行『ゲンロンサマリーズ #72』
渡邉大輔『イメージの進行形──ソーシャル時代の映画と映像文化』、人文書院、2012年12月
レビュアー:円堂都司昭
 
 
 
要約
映像圏とは ● インターネットやモバイル機器のソーシャル化、監視キャメラなど、視覚イメージの氾濫状態を映像圏と呼ぶ。 ● ニコニコ動画のような膨大な有象無象の蓄積から、「作品」に近い「映画的なもの」が確率的に現われる。 ● すべての人が監督や俳優になれるし、どの場所も映画館になりうる映像圏では、世界中が映画になりうる。 ● グローバル資本主義や情報インフラの拡大に対応した文化現象である。   映像文化の現在『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』が典型的なように、ソーシャルメディアのコミュニケーションが映像圏を支える。 ● 「踊ってみた」動画や初音ミクの流行など、身体性や情動性が前景化した事例が目立つ。 ● 『クローバーフィールド』などの「疑似ドキュメンタリー」は、監視社会化で日常が記録化される現状を反映した手法である。
映画史 ● ハリウッドでも日本でも、20世紀には物語の優位からイメージの刺激体験へという歴史的変遷をたどった。 ● 物語になる前の初期映画は、視覚の驚きや弁士の活躍など、アトラクション性の点で現代の映像文化に近い性質を持っていた。   映画批評の更新 ● 刺激体験としての映画や映像圏では、映画館の席で黙って物語に没入する観客という従来の図式は解体している。 ● 画面=表層だけを見よという蓮實重彦的な映画批評は、映像圏に対応した批評へと更新されなければならない。   作品論 ● 『モテキ』の突如カラオケ映像風になる演出や『ヒトラー 最後の12日間』に嘘字幕をつけたMAD動画は、「映画的なもの」の拡散を示す。 ● 音響的な多層化や真偽の曖昧化など映像圏的な特徴を持つ監督として、オーソン・ウェルズ、岩井俊二があげられる。 ● 松江哲明の『童貞。をプロデュース』と在日ドキュメントは、いずれもコミュニティを描いている。   グローバル化 ● グローバル資本主義の下、高コストなディジタル化が進む映画界では、マイナー作品が淘汰されようとしている。 ● ショッピングモールのシネコンのように、映画のディジタル化はグローバル資本主義に伴う郊外化と関連している。   公共性 ● 近代国民国家は「私の公共化」を図ったが、現在はウィキリークスによる暴露など「公共性の私化」がみられる。 ● ソーシャル化された映像圏では、ツイッターでの他者発言引用に似た「リツイート的公共性」を想定できる。 ● 映像圏的公共性は、グローバル資本主義のネットワークと袂を分かつのではなく、「重ね書き」を目指すべきだ。 ● 映像圏において、マイノリティによる多元的な「対抗的公共圏」(ナンシー・フレイザー)を模索する必要がある。
レビュー
 渡邉大輔は映画批評だけでなく、文芸批評も手がけている。情報インフラの拡大やグローバル資本主義という本書のテーマは、渡邉の文芸批評のテーマでもある。そのことは、彼も属する限界研(限界小説研究会)の共著(『サブカルチャー戦争 「セカイ系」から「世界内戦」へ』、『21世紀探偵小説 ポスト新本格と論理の崩壊』など)ほかで確認できる。 『イメージの進行形』刊行後、ツイッターで渡邉は、さやわか『僕たちのゲーム史』と自著の親近性を述べていた。同書は、ゲームというジャンルがソーシャル化に至るまでを追った内容だった。加えて、映画批評の更新を目指した『イメージの進行形』は、著者の意図しなかったことだろうが、音楽批評の一部とも呼応しているようにみえる。  クラシック音楽は、静かに聴取するものと考えられている。これに対し、クリストファー・スモールは、近代以前には騒がしいパーティのなかで演奏されていたことなどに触れつつ、演奏や聴取に限らず、ダンスや楽器の用意、会場の掃除なども含めて音楽行為だとする『ミュージッキング 音楽は〈行為〉である』を著した。この議論をソーシャル時代のポピュラー音楽に拡張して展開したのが井手口彰典『ネットワーク・ミュージッキング 「参照の時代」の音楽文化』だ。ジャンルの初期状態への注目、静態的な鑑賞態度を想定するのではなく批評の範囲を拡大すること(世界中が映画になりうる)、ソーシャル化への関心などの点で、スモール-井手口の議論と渡邉の議論には相通じる要素がみられる。『イメージの進行形』で論じられる映像には、音楽を題材にしたものも多く含まれている。  本書が提示する批評モデルは、映像だけでなく、小説、ゲーム、音楽など他分野にも応用できるものだろう。今後、ジャンル横断的な議論が起きることを望みたい。
 
 『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
『ゲンロンサマリーズ』ePub版2013年2月号
『ゲンロンサマリーズ』Vol.1-Vol.108全号セット

円堂都司昭

1963年千葉県生まれ。文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論 “今”が読める作品案内』(講談社)、『ディズニーの隣の風景 オンステージ化する日本』(原書房)、『ソーシャル化する音楽 「聴取」から「遊び」へ』(青土社)、『戦後サブカル年代記 日本人が愛した「終末」と「再生」』(青土社)など。
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