浅野いにお「若いころの"マンガを描きたい!"という衝動はとっくに消えた」【ひらめき☆講座特別インタビュー#1(前篇)】
11月18日タイトル変更
記念すべき第1回は、浅野いにお先生! 今年、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』の劇場版アニメが公開されたことも記憶に新しい超人気マンガ家の浅野先生が、刺激的な作品を創作しつづけるために意識していることとは?(編集部)
──ひらめき☆マンガ教室の新しい企画「ひらめき☆講座特別インタビュー」、第一回の今日は、浅野いにお先生にお話をうかがいます。浅野先生、お忙しいなかお時間をとっていただき、ありがとうございます。
浅野先生には、2019年度(第3期)にゲスト講師としてひら☆マン(ひらめき☆マンガ教室のこと)の授業にお越しいただいたことがあります。そのときの講義で、先生は「マンガは作家の思いのたけを伝える表現であるからこそ、どうにかして商品としても成り立たせなければいけない」とおっしゃっていました。ひら☆マンでは、ただマンガを描けるようになるだけでなく、「マンガ家になる」とはどういうことか、職業人としての心得を学ぶことも重要視しており、浅野先生のこのような姿勢には学ぶところが大いにあります。今日は、マンガ家という職業について先生のお考えをあらためておうかがいしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
インタビューにあたって、第7期受講生のみなさんから質問がたくさん寄せられました。適宜それらを取り入れつつ、お話をうかがっていきます。また、最後に、今日同行している3人の現役受講生からもいくつか質問をさせてください。
浅野いにお よろしくお願いします。
初期衝動はすぐになくなる
──2019年のお話で一番印象に残っているのが、「こういうマンガを描きたい、という初期衝動はすぐになくなる。そのあとなにを考えてマンガ家を続けていくのかこそが大切だ」という言葉でした。主任講師のさやわか先生は、いまも浅野先生のこの言葉を折に触れて紹介しています。
浅野 正直に言うと、そのときなにを話したのかほとんど覚えていません(笑)。ただ、当時はぼくの2作目の長期連載にあたる『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(以下『デデデデ』)が佳境を迎えていたんです。だから、連載を抱えているマンガ家が長期的にどう生きていくのかという話になったのかなと思います。ぼくの場合、長期連載が終わったあとは自分のモードをガラッと入れ替えて次の作品に挑むことが多い。新しい作品に取り組む際には、意識的に前作とは異なるテイストにして、自分がマンガを描くモチベーションを高めています。
──『デデデデ』から現在連載中の『MUJINA INTO THE DEEP』(以下『MUJINA』)で、意識的にテイストを変えているということですか。
浅野 『デデデデ』は「品のいい、きれいなマンガを描くぞ」と決めて始めた作品でした。
──そうなんですね!
浅野 そうなんです。これは自分で決めたことなので、連載中はモチベーションを保てるのですが、連載が終わったときに「たぶん自分の本質はここではないな」と思ったんです。だから、次の『MUJINA』では反対方向に舵を切って、あえて下品な話を描いています。また、作画の面でも背景の街をゼロから3DCGで作り上げたり、これまで経験の少なかったアクションシーンを入れたりすることで、自分にとって新鮮さが生まれるようにしました。
──作品ごとに意識的に作風を変えるという方法は、短編作品の作り方に近いようにも思います。
浅野 ぼくは自分のことを根本的には短編作家だと思っています。なので、長期連載でも大枠での取り組み方は短編と変わりません。次に描く作品のなかでなにがアリでなにがナシかという基準をまず自分のなかで設定して、それから描き始める。そのとき自分が描けるもののすべてを連載につぎ込むのではなく、「今回は自分の中にあるこの部分で作品を作っていこう」とルールを決めてから取り掛かるというやり方です。
マンガ家じゃなかったらマンガを読んでない
──でも、浅野先生の作品には一貫した作風がありますよね。たとえば、SFの要素を取り入れた作品だとしても、リアリティラインがどこかでしっかりと設定されているというか、現実の話として受け入れられるものになっている。そこにはなにか理由やこだわりはあるのでしょうか。
浅野 ぼくはマンガは子ども向けと大人向けの2種類に大別されると思っています。そのうえでぼく自身が好きなのは、大人向けの、青年誌に載るようなリアリティラインが高いマンガなんです。いまはそのちがいが以前より小さくなっていますけど、昔の青年誌に載っているマンガは現代劇がメインで、異世界転生のようなファンタジックなものはあまりなかった。
──たしかに浅野先生は『ビッグコミックスピリッツ増刊Manpuku!』でデビューして以降、主に青年誌で作品を発表されてきました。大人向けのマンガを描きつづけるなかで、「この作品はこういうひとに読んでほしい」といった読者への意識はどのように持たれていますか。
浅野 10~15年前は読者のことをかなり意識していましたが、いまはあまりそういったことは考えていません。
──それは意外でした。なにか考えが変わるきっかけがあったのでしょうか。
浅野 もともとぼくが自分の読者として想定していたようなひとたちって、いまはマンガから離れていることが多いと思うんですよね。20代のころのぼくは、自分とほぼ同世代でかつ感性も近いひとに向けて描いていた。ところがいま自分が40代になって、「もしマンガ家になっていなかったとしたら、自分はいまマンガを読んでいただろうか」と考えてみると、おそらくほとんど読んでいないでしょう。
──そうなんですか!
浅野 だから、自分がもともと想定していた読者を相手に作品を作りつづけても受け手がいない。
──なんと。
浅野 なので、いまはまず若い読者層を開拓していこうと。ただ、そのなかでさらにどういうひとたちをターゲットにするか、とまでは考えていません。ぼくの場合は性格的なものなのか、マンガを描き出すと最終的にはどうしてもニッチな内容になってしまう。だから最初からターゲットを限定してしまうと、対象の読者が少なくなりすぎて商売にならない。とにかく気持ちとしては自分ができる最大限までマスに向けて、表現としても多くのひとにわかるようなものを描こうと心がけています。
──ひら☆マンの授業でも、長編1作目の『おやすみプンプン』と2作目の『デデデデ』のちがいとして、『デデデデ』では意識的にエンターテインメントをやっていると話されていました。
浅野 ちょうどそのぐらいのころから、いままでと同じ読者に向けてマンガを描きつづけてもそのひとたちは絶対に減っていくだけだということがわかってきた。ちがうところに新たな読者を求めていかないとダメだという自覚がありました。なので、『デデデデ』では意識して想定読者を変えたつもりです。
劇場版『デデデデ』と新作『MUJINA』で挑戦したこと
──『デデデデ』は2024年に劇場版アニメが公開されるなど、マンガではないメディアでの展開も行われています。そのなかで新しい読者が増えていく感覚はありますか。
浅野 アニメ化によって認知度が明らかに広がったという実感はあります。ただ、アニメで作品を知ってくれたひとたちが原作を読んだり買ったりするというところまではまだあまり届いていない。ましてや、彼らが作者であるぼく自身のファンになってくれるまでにはなかなかいかない。そのひとたちはぼくがいまどんな作品を連載しているのかにも関心がないのだと考えると、読者としての継続性はほとんどないだろうなと感じます。
とはいえ、現状、映像化やメディアミックスには絶大な効果があるし、逆に言うと認知度を広げるにはそれしか方法がないということもわかりました。
──劇場版『デデデデ』では作画の修正を行うなど、原作者として、監修の域を超えたレベルで現場に関わっていらっしゃいます。
浅野 最初からそこまでやろうと思っていたわけではありません。ただ、チェックの段階で納得できないものが手元に上がってくる現状があった。そういうことを我慢しているマンガ家も多いと周囲から聞いていました。それで、原作者が実際にアニメの制作側とやり取りをしたらどれくらいの制作に関われるのかを試してみたくなったんです。場合によってはプロジェクト全体にトラブルが生じるかもしれないけれど、とりあえず一度「これは直せませんか」と聞いてみようと。
──それは浅野先生ご自身もかなりな労力ですよね。
浅野 労力はものすごかったです(笑)。関係者を挟みながら現場とコミュニケーションをとって、直せるところはスタジオに修正してもらったり、修正がむずかしい場合はその理由を踏まえて作業可能な修正案にすり合わせたりしました。ぼくはこれまで、ほかの多くのマンガ家がデジタルで描くツールとして使っているClip Studio Paint(以下、クリスタ)は使わずにきたのですが、むこうの規格にあわせてアニメーションを修正するために、このとき買いました。
──浅野先生と言えば、かなり早い時期にデジタル合成や3DCG制作が行えるBlenderやUnreal Engineといったソフトウェアを制作に取り入れ、写真や3DCGをマンガの背景に組み込む手法を使ったことでも知られています。むしろ最も一般的なツールであるクリスタをそれまで使っていなかったというのは意外です。
話を戻すと、新作の『MUJINA』の背景となる街を「ゼロから3DCGで作る」という挑戦は、先生のなかでどのような位置づけになるのでしょう。
浅野 まず前提として、これまでのぼくの作画方法のひとつである「実在する場所に足を運んで写真を撮り、それをもとに背景を作る」ということが、しだいにやりにくくなってきたということがあります。いまはマンガの素材を集めるために実在の場所の写真を撮るだけでも問題になりうるというか……。
──権利の問題が絡んでしまうということですか?
浅野 はい、それもあります。あとは写真を使うと意外と表現の自由度が低いのもわかってきました。ドローンを買って空撮を試したこともあるのですが、そうでもしないと結局撮れる画が人間の目線のものになってしまう。それに、ぼくとしてはこの方法はずっとやりつづけてきたので、もうやり切ったという感覚もあります。そこで次の方法として3DCGが出てくる。じつは『デデデデ』でも特殊なシーンや物体を3DCGで作っている部分があって、当時から「次の連載では背景の街自体を3DCGで作らないといけない」と考えていた。『デデデデ』完結から半年かけてその作業をしました。
──そうだったんですね! ところで、3DCGで背景を作るにあたって意識したことはありますか。
浅野 実在の街を3DCGで正確に再現するのはむずかしいんです。むしろそこからの逆算の発想というか、「近未来のとある都会の街」くらいの方がフィクションとしても作りやすい。物語の舞台はこのような条件に基づいて決まっていきました。
もうひとつ意識したのは、自分が作るものにいかに価値を出せるかということです。3DCGで街を作るにしても、既存の素材で使えるものがあれば買って使うのですが、そうでない対象もあります。たとえば、欧米のきれいな街並みを作るための素材はたくさん売られている。でも、ふつうの日本の住宅街となると素材のクオリティがぐっと落ちてしまうし、ましてや『MUJINA』に出てくる風俗街の看板なんかは絶対に売っていません。そういう街並みを取り入れた背景を3DCGで作ると、それ自体が珍しいし、ほかにはない価値が出る。『MUJINA』の場合、最初からすべての構想があったわけではなく、設定や背景など、これをやれば稀有なマンガになる、といった要素をパズルのピースのようにつなぎ合わせて作っている側面があります。
マンガ家に憧れる
──浅野先生が新しいことに次々とチャレンジしつづけている作家であることが、これまでのお話からも伝わってきます。そうしたチャレンジのなかで、目指しているマンガ家像はありますか。(後篇に続く)
2024年10月1日
東京、小学館ビル
聞き手=とらじろう+ひらめき☆マンガ教室第7期聴講生+ゲンロン編集部
構成=とらじろう+ゲンロン編集部
撮影=ゲンロン編集部
浅野先生インタビュー、前篇はお楽しみいただけたでしょうか? 後篇では、浅野先生の目指すマンガ家像からマンガ業界の未来についても話題に。受講生との一問一答も収録します。お楽しみに!
浅野先生への取材に同行した受講生のレポート(マンガ、エッセイ)も「ひらめき☆マンガ+」で公開しています。
・【浅野いにお先生】インタビュー同行レポ at 小学館(スズキハルカ)
・【体験レポート】浅野いにお先生へのインタビューに同行したら、漫画業界の未来について考えさせられた(オカピ)
・浅野先生のインタビューに同席して考えたこと:飽き、職業像、演技(ずんだもち)
ひらめき☆マンガ教室は、2024年11月17日(日)に開催された「COMITIA150」に参加し、3チームに分かれた受講生たちによる同人誌売上レースを実施しました。同日夜に生配信した講評会&結果発表をYouTubeで無料公開しています。ぜひご覧ください!
ひらめき☆マンガ教室
1 コメント
- TM2024/11/11 13:03
面白いインタビューありがとうございます。 もともとニッチによりがちの読者層を拡げるためにあえてターゲットを想定しない。 それはある種もともとのしっかりとした想定読者があり、その殻を破るという形での拡張で、2重に読者を想定しているというイメージなのかなと感じました。読者想定の次のフェイズについて考える事ができ、大変興味深かったです。 また風景と視点の話も興味深いお話でした。確かに写真だとカメラ視点はどうしても人間になるわけで、本来ならばどんな視点もありな漫画表現において制限になるというのはなるほどです。 その壁を越えるために街を想像してしまおうというのもすごい試みですね。 俄然『MUJINA』を読まなければという気持ちになりました。