AI研究に学会は不必要?──『ゲンロン17』より|暦本純一+清水亮+落合陽一

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webゲンロン 2024年10月15日配信

本記事は、2024年6月7日にゲンロンカフェにて行われた以下の公開講座を編集・改稿したものです。ぜひあわせてお楽しみください。(編集部)
 
暦本純一 × 清水亮 × 落合陽一 拡張する人間──AIが可能にする新たな融合の世界
URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20240607

LLMの衝撃

清水亮 知能/生命研究家の清水亮です。本日は情報科学者の暦本純一さんとメディアアーティストの落合陽一さんとともに、「人間の拡張」というテーマでお話ししたいと思います。暦本さんは落合さんの大学院時代の師匠にあたり、最近では『2035年の人間の条件』という共著を刊行されています。そもそもどうしてこの本を作ることになったのでしょうか。

暦本純一 きっかけは2023年の3月に、落合くんの番組に出演したことです。好評だったので書籍化することになったのですが、AI研究は時間の流れが速い。そのまま本にすると情報が古くなってしまうので、年末にあらためて対談を行いました。

落合陽一 「最新」を伝えてもどうせすぐに古くなる。むしろ一種のエスノグラフィーを目指しました。

清水 おっしゃるとおりAI研究の状況が日々目まぐるしく変わるなかで、あの対談はタイトルのとおり、とても普遍的な議論がなされているものでした。

暦本 要は「2023年ごろの人類はなにを考えていたのか」を残そうとしたわけです。ぼくも落合くんも、来年にはぜんぜんちがう考え方やアイディアを持っているかもしれません。それくらいAIの世界は日進月歩です。

 その意味で、この5月にハワイで開催されたCHI(Conference on Human Factors in Computing Systems)という国際学会は象徴的でした。ほんらいはグラフィックスや入出力デバイスを中心に、人間とコンピュータの関係をあつかう学会です。VRやマウス、キーボードのように、手や身体を使ってリアルタイムに操作するもののイメージですね。そんな身体的なインタラクションの牙城とも言える学会に、AI研究が突然大量に入り込んできたんです。

清水 AIはエージェントですから、人間が直接操作するものではありませんよね。

暦本 そうです。同じ学会の発表内容が、たった1年でここまで変わることはかつてなかったと思います。

落合 ぼくも参加しましたが、今年はLLM関連の発表ばかりでしたね。ただ困ったことに、採録は23年の9月だったので、実際に発表されるときにはどれも賞味期限が切れてしまっていました。

清水 なるほど。半年以上もまえの研究だからもう古くなっていたんだ。

暦本 たとえば「なぜLLMは “Knowledge Navigator” を作れないのか」という趣旨の発表がありました。「Knowledge Navigator」は1987年に Apple が制作した映像作品で、そこではタブレット端末に搭載されたAIのエージェントが、ユーザーと流暢に会話する様子が描かれています。

清水 あの映像はとてもおもしろいですよね。約40年前の映像作品とは思えないほど未来を先取りしている。「なぜLLMは “Knowledge Navigator” を作れないのか」とはつまり「なぜAIはふつうに会話できないのか」ということですね。

暦本 そのとおりです。たしかに発表が採録された2023年の段階では、AIは「Knowledge Navigator」ほど自然に会話できませんでした。しかし奇しくも当の発表の前日、2024年5月13日に ChatGPT-4o が公開されてしまった。あまりに自然に会話ができるので、みな衝撃を受けました。その翌日に「なぜAIはふつうに会話できないのか」という発表を聞くのは、なかなか気まずい体験でした。

落合 今回は工学系の発表は退屈でしたね。むしろ人間に焦点を当てた研究のほうがおもしろかった。「ロボット掃除機にあだ名をつけてしまうのはなぜか」とか「VRで飲み会をやるとふだんより酔いやすい」とか(笑)。

暦本 CHIはわりとなんでもありなので、そういうおもしろい発表もできます。他方で研究の対象や分野がきっちり決まっている学会は、このゲームチェンジに対応するのが大変かもしれません。

落合 もはや学会の存在意義そのものが謎ですよね。論文の発表を中心とするいまの学会のあり方は、19世紀に形成されたフォーマットです。しかしもはや、学会がほんらい行うべき知の交換と、根本的にスピード感があっていない。AIをめぐる現状はそれを可視化したように思います。

暦本 すぐれた研究は「arXiv」などでプレプリントをさきに読むから、学会はたんなる答え合わせの場になっていますよね。

清水 たしかに、ぼくも学会のあり方は疑問で、とくに査読がそうですね。いわゆる World-Wide Web 論文や、ChatGPT を支える深層学習モデル「Transformer」を提案した Attention 論文といった、重要な論文が査読で落とされた事例は少なくない。議論があまりに先駆的だと、内容が正しいかどうかの判断がむずかしいですから。

落合 新しい情報やアイディアの交換はもうすべてX(旧 Twitter)で済ませればいいんじゃないですかね。

暦本 もちろんそのほうがスピード感は出ますが、発表の場がウェブだけになると、発信力の強いプレイヤーだけが生き残ってしまう懸念もあります。まったく無名のひとがいい研究を発表しても、同時期に同じような内容をGoogleやMetaが公開してしまったら、そのひとの研究成果は埋もれてしまう。学会とは、どんな無名のひとでも研究の内容そのものを適切に評価しようとする、例外的なコミュニティです。とはいえ、非効率性や査読の正確性といった問題があるのはそのとおりなので、よしあしは慎重に検討しなければいけませんが。

清水 これからは自由で雑多な研究をテンポよく共有できるような、新しい学会のフォーマットが必要なのかもしれませんね。

茶室から鏡の間へ

暦本 最近の学会の問題は、詭弁で論文を書くひとが増えたことにもあります。数年前に「HCIおもちゃ論争」というものがありました。コンピュータのユーザーインターフェースについて研究するHCI(Human Computer Interaction)という学問分野は、なんの役に立つかもわからない「おもちゃ」のようなものに、ただ詭弁や屁理屈をつけているだけなんじゃないかという批判です。この批判はあながち的外れではなく、最近では詭弁を回すテクニックのみで生きているひとが地位を得るようになっていると感じます。

落合 戯画的に言えば、「ひとの全身を包むスポンジ型のインターフェースを作りたいので、その作り方をリサーチしました」みたいな論文で業績をつくるといったことですね。「これを作りたい」と前提にされているものがほんとうに有用なら価値がありますが、そうでなければいくら査読をクリアできたとしても情報としては無に等しい。哲学なき詭弁で作られた怪しい研究が、ひまを持て余したアカデミックポストから無限に量産されているんです。

清水 でも、落合さんがやっていることも、語り口だけ見ればかなり「詭弁」っぽくないですか。

落合 (笑)。でもぼくはアートをやるときはアートの文化や形式に則りますし、研究のときは研究の作法で仕事をしています。そこを分けることで悪しき詭弁を回避している。たとえば最近「テンセグリティ構造」を用いた《ヌベルニ庵》という茶室を制作しましたが、こういうものはあくまでアートであって、論文にはしません。

図1 《ヌベルニ庵》展示風景:Craft × Tech Tohoku Project 2024 Exhibition

清水 あれはすごい作品ですよね。糸と織物の張力で全体のバランスを取っているから、壁や柱で支えなくても茶室が崩れない。

暦本 テンセグリティを駆使した構造物はなかなか均衡が取れないから、実現がむずかしかったでしょう。

落合 それに剛性の問題もあります。茶室らしさを感じさせるためにはあるていど広い空間が必要ですが、大きいものをテンセグリティ構造で作るとゆがみが生じやすい。相当うまく計算しないと崩れてしまいます。茶室の中央の天然木は、乾くと形も重心も変わるので、かなり調整が大変でした。

清水 そりゃそうでしょう!(笑) なぜこの作品を作ろうとしたんですか。

落合 そもそものコンセプトは、[……](『ゲンロン17』に続く)

好評発売中の『ゲンロン17』では、本座談会の続きのほか、冒頭には東浩紀の最新論考「平和について」をはじめとする旧ユーゴ圏への取材をもとにした記事を計4本収録。ボスニア戦争に従軍した作家へのインタビュー等を通して、現在の戦争を考えるヒントを探ります。さらに『世界は五反田から始まった』の星野博美さんによるエッセイ、メディアアーティストの藤幡正樹さんによる特別寄稿などを掲載。戦争、AI、万博、絵本、チベット映画、左翼運動、アフリカ哲学ほか、多彩なテーマから社会を考えます。
 
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URL=https://webgenron.com/articles/news20241007_01

暦本純一

情報科学者。東京大学情報学環教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長、ソニーCSL京都リサーチ ディレクター。世界初のモバイルAR(拡張現実)システムNaviCamを1990年代に試作、マルチタッチの基礎研究を世界に先駆けて行うなど、常に時代を先導する研究活動を展開している。現在はHuman Augmentaion(人間拡張)、人間とAIの能力が相互接続・進化していく Internet of Abilities (IoA)やHuman-AI-Integrationの具現化を行っている。日本ソフトウェア科学会基礎科学賞(2014), ACM UIST Lasting Impact Award (2014, 2017)、市村学術賞(2021)などを受賞。2007年にACM SIGCHI Academyに選出される。近著に『妄想する頭 思考する手』(祥伝社)。

清水亮

新潟県長岡市生まれ。6歳の頃からプログラミングを始め、21歳より米Microsoftで上級エンジニアとした活動後、1999年にドワンゴに参画。2003年に独立し株式会社UEIを設立。2005年に独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。以後、10社の設立にかかわる。近年は深層学習を活用した人工知能の開発を専門に行い、2022年よりパーソナルAIサービスMemeplexを開始。著書として『よくわかる人工知能』(KADOKAWA)、『教養としての生成AI』(幻冬舎新書)、『検索から生成へ』(エムディエヌコーポレーション)など。

落合陽一

メディアアーティスト。1987年生まれ、2010年ごろより作家活動を始める。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに作品を展開。筑波大学准教授、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサー。近年の展示として「おさなごころを、きみに」東京都現代美術館, 2020、「Ars Electronica」オーストリア, 2021、「晴れときどきライカ」ライカギャラリー東京•京都, 2023、「ヌルの共鳴:計算機自然における空性の相互接続」山梨・光の美術館, 2023など多数。写真クレジット:©Impress Corporation
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