強い愛情、見下し、自尊心、コンプレックス……ストーカーのアンビバレンス 前略、塀の上より(25)|高橋ユキ

普段、いろんな裁判や事件を取材して記事を書く生活をしている。記事がウェブに公開されたらSNSで告知をしたりもする。このSNSにはこれまで、さまざまな事象に対する自分の見解を記すこともあったが、ここ最近、極力やめている。他人の発信を見ることも激減した。
昨今のSNS空間でのユーザーの感情の発露を見ていて苦しくなってきたことが原因だ。もちろんこれは自分が勝手にその「空気」を感じたというだけにすぎない。とはいえ、特に私が無理だと思うのは「自分と異なる意見を持つ相手」に対するリスペクトのなさである。見下しや批判、集団を煽動して炎上を狙おうとする行為……に辟易した。物書きならば発信せよ、という意見もあるだろう。しかし、仕事の片手間、たわむれのSNSでそこまで感情を疲弊させるのは物書きだからこそ無用だと私は結論づけた。
自分と同じ意見を持つ相手であれば尊重し、そうでなければ、まるで人間扱いしていないかのような罵詈雑言を浴びせる場面にこれまで何度も出くわした。違った考えを持つ相手を見下していいと考えるユーザーは多いように私には見える。これがどうにも合わない。
こちらは直接の原因ではないが、もうひとつ思い出したことがある。これまでSNSには、私に対して「本も読んでいたのにがっかりです」といった落胆を直接発信してくるユーザーもたびたび現れた。他人の気持ちを100パーセント理解することはできないので推測にしかならないが、私が何か期待はずれな発信をしたのだろう。その人が本当に私の本を読んでいるかは定かではない。しかし「推していたのにがっかり」というムーブを繰り出されると、「推される」ことについて考える機会が生まれる。何かを「期待」していたのにそこが外れた。だから「がっかり」したという理屈であろう(本当に推していたかはさておき)。
とにかくSNS空間では、人は他者が「自分と違う意見を持っていた」ことに落胆しがちなように見える。特に「推し」であれば、落胆の閾値が低い。理想にはめ込み、そこから少しでも外れるといっきに「敵」になる……ことがあるように私には見える。
事件を取材している私が「がっかり」からの「敵認定」という流れで思い出すのは、ストーカーによる犯罪だ。今年に入ってもストーカー化した者による重大犯罪の報道が複数あったが、こうした事件はこれまで幾度も見てきた。彼ら彼女らは大小あれど相手を理想化し、相手との物理的、心理的な距離も省みずに自分の思いが受け入れられずはずだと誤信し、拒否されれば「敵」とみなし、攻撃する。加害者である彼らの胸の中に渦巻くのはすさまじい被害者意識だ。自分が傷つけた相手に対し、そうなったのは期待通りの行動を取らなかったからだといわんばかりの証言を法廷で繰り出したりもする。事件を起こしてもなかなか目が覚めないのがストーカーの特徴であり、事件からある程度の月日を経て開かれた裁判員裁判でもその思いがまだくすぶっていることがよくある。そんな事件のひとつを今回少しだけ振り返りたい。
2020年6月、静岡県沼津市で当時19歳の女子大学生Aさんを刺殺したとして逮捕されたのは、Aさんと同じ大学に通っていた男X(当時20)だった。この事件の裁判員裁判は、静岡地裁沼津支部で翌21年7月から始まった。Xは殺人と銃刀法違反だけでなく、殺害前にLINEやインスタグラムでAさんのスマホに執拗にメッセージを送信していたというストーカー規制法違反のほか、Aさんの連絡先を知るために学内の部室に忍び込んだという建造物侵入でも起訴されていた。
ふたりには交際していた過去がない。事件前年の7月、XがAさんの姿を学内で見かけ、一方的に好意を寄せていただけにすぎない。「LINEのIDを教えて」と繰り返しXに迫られ、断りきれずにIDを教えたAさんに対して、Xはいきなり名前を呼び捨てにして、食事の誘いを繰り返すようになった。
〈来週にでもAと一緒にご飯行きたいと思ってるけどどう?〉
〈テスト終わったらさ、一緒にご飯行ってくれませんか〉
〈今月は空いてる日ある?〉
Aさんはやんわり断るが、Xは引かずにLINEを送り続けた。2019年10月から事件を起こす2020年6月の間に合計789回のやりとりがなされ、そのうちXからのLINE送信は551回に及んだ。次第に内容はエスカレートし〈いままで付き合った彼氏とかいるの〉、〈どういう人がタイプなの〉〈恋愛したいとか思ってる? 今は特に好きな人いないって感じかな〉と、プライベートに踏み込む質問を繰り返してゆき、Aさんからの返信が滞ると、不満をあらわにして〈A、返信遅い〉とメッセージを送信した。
XからのLINE攻撃が続く中、Aさんの身の回りでは不審なことが起こっていた。公衆電話から無言電話がかかってくるようになったのである。調べると、近所のファストフード店にAさんの本名と連絡先が書かれ「連絡してください」と書いてあったことがわかった。
Aさんは当然ながらXのLINEアカウントをブロックしたいと思っていたものの「でも逆上して何されるか分からなくて怖い」(Aさんによる友人への発言)という思いから踏みとどまっていた。しかしXからのLINEは止むことはなく、ついにAさんは20年4月、〈ごめんね、たくさんLINEしてきてくれてるけど、好きじゃないんだ。他の人とLINEしたほうがもっと楽しいと思う〉と送信した。
ところがXはこれにも引き下がる様子はなく〈前にLINE続けてくれるって言ったじゃん。それに俺はAのことが好きだし、好きな人とLINEしてるの一番楽しいから、そう言われても無理〉と、拒絶を受け取ろうともしなかった。相変わらずLINEを送り続け〈一緒にインスタライブやらない?〉と誘いを持ちかけたりもするが、断られていた。そしていよいよLINEをブロックされる。
事件はその数日後に起きた。Xは法廷で「LINEをブロックされたことで生きがいを奪われたと感じた」と、AさんによるLINEブロックが引き金だったかのように語っていたが、凶器として用いた包丁をホームセンターで購入したのは事件を起こす4ヶ月も前のことである。犯行直前にはAmazonでサバイバルナイフも購入し、さらにはこれまでのLINEで得た断片的な情報からAさんのアルバイト先と自宅、車を特定。自室ではナイフと包丁を手に、段ボールをAさんに見立てて包丁で突き刺すなど“練習”を繰り返した。
「Aさんが幸せな人生を送ることが許せないと思った」法廷で証言したXは、自宅のノートに走り書きを残していた。以下はその、ほんの一部である。
Aは俺を見下している
うざい
俺が見えてないみたいな
行動しやがって
Aさんが自分の思い通りになるという思い込みを持っていたのは、つまりAさんを見下していたのは、そもそもXではなかったか。ストーカー加害者の奥底には被害者に対するアンビバレントな感情が潜む。素直な好意と、何でも言うことを聞いて当然だという見下しである。それには本人の自分自身に対する思いが強く関係している。自分はこういう人生を歩むはずだという理想、それに反した現状。世間的な引け目やコンプレックスが大きければ大きいほど、被害者に対して見下しの感情を強める。相対的に被害者は自分より「下」でなければならないと加害者は思っている。「Aさんが幸せな人生を送ることが許せない」のは相対的に自分が不幸に思えるからだ。
しかし言うまでもなく、被害者の幸せと加害者の幸せは無関係だ。にもかかわらず長期間にわたり被害者に執着し続け、感情や行動を変質させていく加害者には、まるで自分がない。被害者に影響を受け過ぎている。執着というのは自分の全てが相手ありきになっている状態であり、もはや自分で自分の感情をコントロールできていない。見方を変えれば、被害者に感情を支配されているともいえる。そういう意味で自分がない。彼らは被害者の一挙手一投足を監視し、その些細な反応を見て、感情的になり、その感情に基づいて行動する。自分で被害者を攻撃しておきながら、その原因が被害者の行動にあったかのように証言する。自己と他者の境界が曖昧。これがストーカーの最も大きな特徴だと私は思う。
Xはまた殺害の動機に関し、自身がペースメーカーを装着する生活になったことに触れ、自分は行動に制限が生じているのに、Aさんには明るい未来があるという思いを持ったとも証言していた。これは判決では「あまりに理不尽な逆恨みや八つ当たりというほかなく、殺害を決意した動機として酌むべき点は全くない」と断じられている。たしかにペースメーカーが要因であるのなら、Aさんだけでなくペースメーカーを装着していない人間全てが標的になるはずだ。この言い分はAさんに対して殺意を向けた理由として納得のいくものではない。ふたたび判決を見ると、「動機形成及び計画性については、同種事案の中でも、殺害に向けた意欲が特に強いものといえる」とまで言及されているのだが、Xが若年であることや、Xの両親が賠償金の一部として500万円を用意していることなどから、無期懲役の求刑に対して懲役22年の判決が言い渡された。
判決では、LINEのやりとりにおいてAさんが返信をしているときもあることから「一定の交流が存在し、これが被告人の被害者に対する執着を強める要因になっていたものと見られる」などとも述べられていた。しかし、執拗に食事に誘ってもそれが実現していないことが、どういう意味を持つのかを理解することができないXである。友人への「逆上して何されるか分からなくて怖い」というAさんの言葉からは、「一定の交流」があろうとなかろうと、断れば逆上されそうだと感じていたのではとも想像できてしまう。この事件がどうすれば防げたのか、私は今も分からないままでいる。
こうした事件に触れると、自身の幸せや快・不快が、距離の遠い他者の言動によって変化するような、自他の境界が曖昧な人たちへの警戒心が高まる。SNSでの「がっかり」からの「敵認定」ムーブをはじめ、他者によって日々感情を左右させられている人たちを警戒してしまうのも、そのためだ。いや、「がっかり」までは私もまだ理解はできる。もし私ががっかりさせていたとしたら、なんか申し訳ない。しかし「敵認定」からの攻撃……はどうしても分からない。なぜだかSNS越しになるとやたら言葉が強い人も散見され、他人の諍いを見ているだけで気が滅入る。
あらゆる面において自分自身と全く同じ見解を持つ人が世の中にいないという事実がある以上、どんな相手に対しても必ず「がっかり」が発生することになる。そのたびに毎回攻撃していたら人生が一度きりでは足りなくなるだろう。私の人生は一度きりなので、今のSNSのそんな空気はちょっと合わない。


高橋ユキ
1 コメント
- TM2025/09/22 16:50
自他の境界が曖昧。まさにその言葉に尽きるのだと思う。相手をきちんと他者として見ていないからこそそこから相手の思考や感情を想像できない。結局本当のところ相手のことなど見ていない状況なのだろう。 SNSは相手の顔や感情、リアルタイムのリアクションを消してしまう。より一層境界が見えにくくなる世界なんだろう。 彼らが自他の境界を引き直すことはできるんだろうか?その答えはむしろ今回の加害者が自他の境界を曖昧にしてしまった経緯に隠れていると思う。想像するに、加害者の周りを囲む他者は彼の世界に過剰に適応するものだったのではないか。 尊重の一方向性が彼の境界を消したのかもしれない。
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