前略、塀の上より(1)「真面目に働くことに希望は見出せない」若者を誘惑する闇バイト|高橋ユキ

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webゲンロン 2023年5月18日配信
 塀の向こう側。刑務所のことを、そんなふうに表現することがある。

 多くの刑務所では、受刑者らの脱走を防ぐため、高い塀が敷地を囲む。塀の「向こう」は、なんらかの罪を犯した者が集まる場所。そんな意味合いを持つ。

「向こう」は、どこから見た「向こう」なのかといえば、いま、この文章をサイトで読めるような「こちら」、つまり塀の外側だ。塀の向こうには罪を犯した者たち、こちらにはそれ以外……そんな断絶も感じさせる表現には、自分が「向こう」に行かないという、根拠なき思い込みもいくらか内包されている。

 だが、向こう側にいる者も、もともと、こちら側にいた。こちら側にいると思っている我々も、いつ向こう側に行くかは分からない。こちら側と思いきや、意外と塀の上でふらついているかもしれない。そんな当事者感を込めたタイトルの本連載、ちまたのニュースサイトでは「閲覧者数が伸びない」といった理由で記事化が困難な事件も取り上げながら、いまの社会に潜む問題を見つめたい。

 



 あの手この手で高齢者から金を奪う特殊詐欺。かつてはオレオレ詐欺と言われていたため「母ちゃん、オレだよ、オレ」という電話への警戒度は否が応でも高まったが、手口は凶悪化、巧妙化している。それを世に知らしめたのはおそらく「ルフィ」事件だろう。

 東京・狛江市で発生した強盗致死事件にフィリピンを拠点とする特殊詐欺グループの面々が関わっていたこと、また指示役が「ルフィ」などというキャッチー極まりない通り名を用いていたことで、各報道機関はこぞって「ルフィ」騒動を取り上げた。その結果、特殊詐欺グループが強盗も辞さない構えで詐欺に臨んでいるという実態や、その巧妙化したスキームが明らかになった。被害者から直接現金やキャッシュカードを受け取る「受け子」や被害者宅に電話をかける「かけ子」、被害者から受け取ったキャッシュカードを使い金を引き出す「出し子」といった末端要員は「仕事」を請け負う前に、上位者に免許証や自宅の写真などを送っており、グループを抜けたいと言えば、それらが脅しに使われる。昨年刊行された『ルポ特殊詐欺』(田崎基著、ちくま新書)で、著者はすでにこうした構造をつまびらかにしている。ぜひ読んでみてほしい。

「ルフィ」が現れるまで、報道機関も、そして世間も、また司法も、どこか切迫感は感じられなかった。たとえば私が詐欺グループの事件を記事にしたいと思っても、これはなかなか企画が通らないテーマだった。受け子や出し子は報酬欲しさに犯行に及んでいるため、読者の共感を得られない。騙されてしまう高齢者も自業自得だという世間の冷たさもあったように思う。そのため、裁判所で受け子や出し子の裁判に遭遇しても、ほとんど記事にすることはなかった。過去、一度だけ特殊詐欺の受け子の記事を書いたことがあるが、これは被告人が高齢女性だったからだ。きわめて珍しいから企画も通ったのであり、ふだん法廷で遭遇する特殊詐欺犯は、若者の男性が多い。

 また裁判そのものを見た場合、特殊詐欺の被告人は、だいたいが末端の受け子、出し子たちなのだが、彼らが誰の指示を受けて犯行に及んだかということは、分からないままという事件がほとんどだった。彼らの裁判を傍聴しても「氏名不詳者らと共謀のうえ……」などといった起訴状が読み上げられるのみ。上位者は「氏名不詳者ら」のまま、受け子や出し子たちの事件だけが進む。こんなふうに上位者に辿り着けていない事件にばかり遭遇してきた。

 実際、警察庁が公開している資料『令和4年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について』★1によれば、検挙人員のうち首謀者クラス(中枢被疑者)は約1.9パーセント。首謀者の実数は不明だが、ほとんど末端が検挙されていることになる。
 テレグラムなど秘匿性の高いアプリが用いられていることも一因だろうが、公判では、裁判官もその「氏名不詳者らと共謀のうえ……」の氏名不詳者については深く突っ込まない。そして「氏名不詳者ら」が誰か分からないままで、末端のものたちだけが有罪となる。その繰り返しだった。捜査機関が「氏名不詳者ら」とされる上位者らを野放しにし続け、司法もそこにさほどの疑問を挟まないままにしてきたことが、今回のような「ルフィ」の暴走につながったのではないかという思いも若干ある。

 特殊詐欺については、昨年の被害額が361億4千万円★2。決して無視できない数字だ。そのため末端でも、初犯でも、起訴されれば実刑となる場合が多い。覚醒剤の使用で起訴されても一度目が必ず執行猶予であることに比べれば、はるかに量刑が重いという感触を持っている。真っ先に捕まるのは彼らであるから、まさにリスクしかない。

 そんな、いわばトカゲの尻尾として日々切り捨てられている末端の受け子や出し子たちについて、先の資料『令和4年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について』にはこんなデータがあった。受け子や出し子といった末端要員は少年(20歳未満)が約2割を占めるというのである。

 さらに、静岡新聞によれば動機の第1位は小遣い欲しさだという★3。つまり若者にとって割のいいバイトとして特殊詐欺の受け子や出し子が機能している実態がみえる。

 入口として多いのは「先輩や友人からの紹介」。犯行の裏には、誘いをきっぱり断りきれない関係性も潜む。他に多いのはSNSから。いわゆる「闇バイト」「裏バイト」募集投稿への応募だ。たとえばインスタグラムの投稿にはかなり特徴があり、あからさまに札束や高級時計などの写真とともに、#闇バイト などのタグをつけてリクルートしている。ブラックな内容ではない、という意味合いの #ホワイト案件 なるタグもあるが、ホワイトと謳う時点で要警戒である。#お金に困ってます というタグもあったりする。

 こんな具合に、見るからに怪しい募集投稿ではあるものの、これに乗ってしまった者たちを愚か者だと笑えるほど私は完璧な人間ではない。実際、若くて金がなければ真面目に投稿を見てしまうのではないかという思いのほうが強い。だいたい若者は実家が極太でもない限り、お金がない。だけど行動範囲も交友関係も広がり、遊びたいし、金が欲しい。闇バイトからの特殊詐欺はこれまで散々ニュースになっているし、もし自分が特殊詐欺に加担すれば逮捕されるだろう。でも自分が応募する案件「だけ」は特殊詐欺と違う別の案件なのではないか……そんな根拠のない幸運を願いながら応募してしまいかねない。あるいは、仮に逮捕されても若いから実名報道されないだろう……という、これまた楽観的かつ小賢しい魂胆で応募するかもしれない。

 それでも、いや、やっぱりヤバイんじゃ、と思い直し、ファミレスなんかのアルバイト募集を眺める。時給は1000円ほど。3時間働いても3000円か……3万円稼ぐには10日働かないとな……先輩社員に怒られたりすると面倒臭いな……バイト代振込もだいぶ先だろう……もっと割りのいい、即日払いの仕事はないか……とスマホであれこれ検索しながらまた振り出しの「闇バイト」募集投稿に戻る。仕事探しという目線でスマホを触ると、まともな募集からブラックな案件募集へとシームレスに移動してしまえるから危ない。
 なんとか思い直して、いま闇バイトに応募するよりもまずは就職活動を頑張って将来少しでもいい暮らしをしよう、などと決意したとしても、見通しはそれほど明るくはない。「20代 年収」などでググってみると、中卒、高卒、大卒の20代平均年収が出てくるが、大卒であっても308万2600円★4。高卒、中卒ではさらに低い。いまは「親ガチャ」という言葉に取って代わった、格差の固定化という事情もある。大学に行く金がなければ奨学金を借りるしかなく、そうすれば就職してもしばらく苦しい。もとより進学を諦めなければならない家庭であれば、就職したとしても、生涯年収は少なくなる。会社員として真面目に頑張るルートに夢が持てない社会の空気はバブルが弾けて以降、長くしっかりと続いている。

 それに対して、格差の固定化や学歴による収入差とは無関係に稼ぐ選択肢が身近になった。かつては、スポーツ選手や格闘家、芸能人など特別な一握りの人間しか歩めないルートだったが、いまでは、SNSのインフルエンサーやユーチューバーといった生き方もある。格差や学歴、そして年齢とは無関係に稼ぐチャンスがあるのだ……という時代の空気が生まれた。そのうえSNSには、インフルエンサーやユーチューバーだけでなく、何をやっているか分からないけれど、やたらとハイブランドのアイテムを身につけた写真や、高級な寿司の写真などをアップしている、金回りの良さそうな若者のアカウントも簡単に見つけることができる。見つけ方は簡単だ。ハイブランドや高級寿司店の名称で検索してみればいい。

 真面目に働くことに希望は見出せないが、多様性の時代ゆえ稼ぎ方も多様になった……そんな空気は「手っ取り早い小遣い稼ぎ」として若者が特殊詐欺に参入することと、無縁ではないように思える。同世代でも稼いでる奴がいるじゃないか。その証拠にSNSを見てみれば、有名にならなくても、学歴がなくても、そして若くても、いい暮らしをしている奴らがごまんといるようだぞ。きっと自分にもワンチャンある。正規のバイト募集や就職には夢を持てないが、SNSには夢のある、これまでのサラリーマン以上に稼げる仕事が転がっているんじゃないか……? そんなふうに思ってしまえる空気だ。

 実際にはその先には夢ではなく地獄が待っているのに、おびただしい札束やギラギラの高級腕時計の写真に添えられた「闇バイト」募集の投稿に、今日もどこかの若者が応募する。

 


★1 URL=https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/tokusyusagi_toukei2022.pdf
★2 「特殊詐欺の被害額、8年ぶり増加し361億円 トップの検挙はわずか」、「朝日新聞デジタル」、2023年2月2日。URL= https://digital.asahi.com/articles/ASR225300R10UTIL029.html
★3 「動機は『小遣い欲しさ』 静岡県警調査、前年同期の2倍」、「あなたの静岡新聞」、2022年10月21日。URL= https://www.at-s.com/news/shittoko/1162926.html
★4 中村賢司「20代大卒の平均年収はいくら?年齢別、業種・職種別の給与をチェック!」、「マネコミ!」、2022年3月23日。URL= https://manekomi.tmn-anshin.co.jp/shigoto/17525750
 

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

2 コメント

  • Kokou2023/05/21 08:53

     webゲンロンで高橋ユキによる新しい連載が始まった。「前略、塀の上より」というタイトルだ。若者の闇バイトに関する文章だ。「ルフィ」事件で盛り上がったようにも思えるが、オレオレ詐欺の特集で、「受け子」や「かけ子」という言葉や仕組みを見聞きする機会はあった。「ルフィ」事件では、海外からの指示や強盗という暴力性が加わったように思う。  本稿では、塀の向こう側という表現について述べている。いわゆる刑務所を囲む塀を表している。塀の上というタイトルは、色々考えることができ、面白いと思う。ひとつは、塀の上での不安定さが、闇バイトに応募してしまう若者の危うさに重なる。もうひとつは、塀の上から見下ろす視点の上昇。自身の日常から浮上するチャンスを掴もうとする。そんなイメージにもつながる。  コロナ禍を通して、就職やバイトが非常に不安定であることが露呈した。日常的に仕事をこなすことで、定期的な収入を得て、生活を安定させることが、当たり前ではなくなった。これは長期的な基盤を失うことになり、余裕がなくなってしまう。さらに、スマホには、キラキラした余暇を楽しむ他人の姿が押し寄せてきて、自身の境遇と比較して、より不安になっていく。  ただ、塀の上にいる人たちをこちら側に引きずりおろすだけでは、あまりにも希望がない。塀の上でふらつくことが不安定な象徴ではなく、軽やかな希望への振る舞いとなるイメージが持てるだろうか。これからの連載を楽しみにしている。

  • jetage632023/05/29 13:54

    あわいと驕り 高橋ユキさんの連載が始まった 『つけびの村』以来のファンとしてとてもうれしい。 塀そのものが揺らいでるのではないか。 塀の向こう側の基礎的な支えがほぼ頼りなくなってしまってるから、塀を支えられない。 特殊詐欺の記事がビューが伸びないという理由でなかなか記事化できない、というのはとても示唆的だと思う 物価は上がる一方だが給与は上がらないという現実は、なぜだかヒリヒリとした現実になってはいないように感じるからだ。 例えば、料理関係の記事でも、「節約」や「安い具材を使って豪華に見せる方法」などの記事は割とたくさん見るが、 なぜこんなタイトルの記事がたくさんアップされるのかについて、思いをこらすことは少ない。 ウクライナ戦争が起こってるから物価が上がるのもしょうがないのかな、というふんわりとした空気感もあるだろう。 だから、特殊詐欺犯罪の切迫感も薄いのかもしれない。 受け子や出し子をする若者と、その親世代や高齢者との間の社会に対する切迫感にも大きな開きがあるように思う。 「受け子や出し子は小遣い欲しさに犯行に及んでいる」、という点にもっと注目する必要があると思う。 なぜかれらは運転免許証や自宅の写真まで渡してでも、受け子や出し子になろうとするのか。 しかも捕まれば、初犯でも実刑となる場合が多いのに。 目の前の金がない、このような切実さのリアリティが社会になかなか届かない。 少し前までは犯罪につながるようなバイトは、もっとアクセスが難しかったように思う。 危ないバイトだけどやれば高収入、しかしアクセスすることへの難しさから手を出すことを躊躇する。 それがSNSの普及で、手を出すことへのハードルが下がり、しかも煌びやかな世界の一部も垣間見れてしまう。 ブレーキが効かず、なんならアクセルを踏み込んでしまうような世界が目の前で展開されている。 私たちが生きている希望を持てない社会が、塀の上じゃないかと思う。 誰もが塀の上の住人だ。まるでタイトロープの上を歩いているように揺れるあわいに、「ワンチャンあるんじゃないか…」という驕りが忍び込む。 地獄だ。 こんなことを思った。 高橋ユキさんの連載は、これからもとても楽しみにしてます。

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