なぜ私は「闇バイト」広域強盗実行役リーダーの手記をXでアップしたのか 前略、塀の上より(22)|高橋ユキ

普段、いろんな裁判や事件を取材して記事を書いている。記事を書いたらだいたい、SNSでそれを告知する。告知だけでなく、SNSでは日々気になるニュースや事象についても発信することがある。各種SNSサービスの数やその状況は変わり続けているため明言するのが難しいが、Xに限定すれば私は現状そんな使い方をしている。
さてそのXで今年1月27日、かねてより文通や面会での取材をしている被告人、永田陸人による手記をポストした[★1]。
2023年1月、東京都狛江市で90歳の女性が強盗らにバールで殴られ死亡した強盗致死事件。4人の実行役は主にSNSの「闇バイト」募集に反応して集まった者たちだった。彼らは秘匿性の高いアプリ「テレグラム」を介してフィリピンにいる指示役たちと繋がり、トークグループ上で当日の段取りを詰め、実際に強盗に及ぶ際には「テレグラム」を通話モードにしたうえでイヤホンを装着し、リアルタイムに音声で遠隔指示を受けながら実行した。
「闇バイト」による広域強盗の恐怖を世に知らしめたこの事件で、永田被告は実行役リーダーとして現場で他のメンバーをとりまとめ、時に指示役への提案なども行う役割を担っていた。この狛江事件だけでなく、起訴されている6件の広域強盗において、同様に実行役のリーダーだったとされており、一審・東京地裁立川支部で2024年11月に無期懲役の判決が言い渡されている。
対して私の立場はライターであるから、事件を起こした当事者の手記を入手したならば、それを原稿にまとめ、何らかの媒体で公開してもらい、公開後にURLを自身のXで告知するのが通常の流れである。にもかかわらず、なぜXでそのまま手記を公開したのか。上記ポストは思いがけず多くの人の目に留まり、それゆえ私の元にもさまざまな声が寄せられた。そもそも犯罪者の手記など出すな、といったものや、減刑狙いのパフォーマンスだろう、という推理もあった。せっかくなのでこの場を借りて説明したい。
私が初めて永田被告の証言を聞いたのは2024年8月22日。東京地裁立川支部では前日から、狛江事件を含む2件に実行役として関わった当時19歳の中西一晟被告の裁判員裁判が開かれており、永田被告は証人として出廷した。
刑事裁判の傍聴を始めて20年が経ち、今年3月には21年目となった私は、これまでさまざまな裁判を見てきた。特に一時期、集団による重大事件について、できるだけ全てのメンバーの言い分を聞くべく裁判所に足を運んでいたことがある。少し例を挙げると、世に知られている事件でいえば、尼崎連続監禁事件や北九州連続監禁殺害事件。あまり知られていない事件でいえば、架空請求詐欺仲間割れ殺人事件[★2]、フィリピン保険金殺人事件[★3]などである。
主観になるが、集団による重大事件は大抵、メンバーの力関係に差がある。そして上位者が「全ては自分の責任だ」などと言うことはそう多くなく、下位の者が勝手にやったと述べたり、全く関知していないと否認したりする。一方、下位の者も、恐怖から上位者の命令に従った、と主張したり、自分は何も知らず別の仲間が勝手にやった、などと主張したりする。実際そういう場合もあるだろうし、またそうでなくとも、そう言える立場である。結果として各メンバーの証言内容が異なるため、実像を把握するのに骨が折れる。
実行役リーダーでも、フィリピンの指示役から見れば、永田被告は下位に属する。加えて、逮捕直後の移送の様子をとらえたテレビ映像ではカメラに向かって中指を立て笑みを浮かべるなどしており、これを見た私の勝手な想像としては、自身の裁判でもテンプレ的に「指示役から脅されてやった」と言うかもしれないし、証人として出廷しても、証言を拒否するのでは……? などと思っていた。ところが永田被告はそんな私の勝手な想像に反して、中西被告の法廷で事件を詳細に語ったのだった。そのうえ尋問終盤には「中西は法定刑に値するようなことはしていない」と、共犯者・中西被告の量刑は軽くあるべきだといった趣旨の発言をした。私は尋問を聞いて驚き、また永田被告は実行役リーダーとして何らかの責任を負う覚悟を決めているのかもしれないと推察した。
その時点でまだ永田被告本人の裁判員裁判は始まっていなかったため、のちにどのような主張をするのか分からない状況ではあったが、上位者による指示があったとしても、自分の責任だと考えているのはないか。主観は往々にして偏見をはらんでしまう。たとえ何年取材をしていても、被告人はひとりひとり違う人間なのだから、考えや振る舞いは異なるはずだ。おおいに恥入り、すぐさま取材を申し込んだのだった。
レスポンスが来るまでに、共犯の実行役・中西被告には懲役23年の判決が言い渡された。事件当時19歳と若年であり、こうした事情は被告人に有利に作用することがあるにもかかわらず、かなり長い懲役刑である。永田被告は事件当時21歳だったが、フィリピンの指示役が絡む一連の事件において年齢はもはや関係なく、そのうえ6件の広域強盗に実行役リーダーとして関与したとされる永田被告は中西被告以上に厳しい刑罰が科されるであろうことが容易に想像できた。
そんな状況において、中西被告の裁判員裁判での証人尋問で見せたような姿勢を、自身の公判でも貫くのだろうか。土壇場になって翻すかもしれない。懸念が払拭できないまま迎えた永田被告の裁判員裁判であったが、やはりここでも彼は6つの事件を全て認め「指示を聞いて自分で判断して、自分でやったこと。全ての責任は私にあります」と述べた。
永田被告はとにかく泣き虫で、裁判を通してよく泣いていた。「泣くつもりじゃなかった」と言いながらしくしくと泣く。そして終盤の被告人質問では、逮捕当初の不遜な態度から現在に至った経緯をやはり泣きながら明かした。広域強盗という名の通り、日本各地で事件を起こしているため、逮捕後には管轄の警察署に移送される。そこでの取り調べで、大きな心境の変化があったという。裁判の詳細については別途記事を書いているのでそちらを引用する[★4][★5]。
「皆ありがたいことを言ってくれたんですが、代表としては3名……狛江事件の刑事さんは『やったことは許されないけど、人は変われるから。罪を憎んで人を憎まず』と……」
そう言ったところで涙を流し、こう続けた。
「千葉では、刑事さんが、私が死刑を目指すために本心でない調書を作っていたら『自分の人生だから、後悔しないようにしないとダメだよ』と……。広島では、具体的に相談に乗ってくれて『遺族のために死刑を目指すのね、でも法廷でもそんな態度を取るんか? それは遺族のためにならんで、もっと柔軟にいきんしゃい』と……。
正直僕は、復讐のためとかそういう理由でなく、人を殺した僕は人じゃない。最低な人間に、なんでこんな優しく……と嬉しかったし、感謝してます」
加えて篤志面接委員との面談や官本に触れ、被害者らの置かれた状況を自分なりに考え、すべてを話す現在地に至ったという。
取材を続けていると、疑い深くなる。法廷での証言が本当だとは限らない場合があることもよく知っている。しかし私は永田被告の裁判員裁判を通して聞いて、彼の事件への思いを信じてみようと決めた。そしてその矢先、取材申し込みに対する永田被告本人からのレスポンスがあり、文通や面会が始まったのだった。
永田被告は法廷で、事情があり控訴し、のちに取り下げると語っていた。これは想像だが、控訴を取り下げることで「全てを認めることは減刑狙いのパフォーマンスではない」と示したかったのではないかと思う。そして、取り返しのつかない事件を起こした自分に何ができるのか彼なりに模索している様子を見せていた。
「被害者に一生謝罪し続けます。加害者にできることは何もない、でも謝罪して楽になる人がいるなら、信じて謝罪するしかない。ご遺族に謝罪文を出す行為自体ができないので、まず代理人の方に手紙を出して、そこから始めていこうと思っています。
また、自分のような加害者を出さないように、SNSで集められたこんな若者をなくそうという、そういった行いがしたいです。
社会には出ません。償いなのか、自己満かもしれないですが、僕はもう、とんでもないことをして、幸せな未来を奪った。そんな僕が社会に出ていいのか。刑罰を受けるために刑務所に一生いたほうがいい。シャバに出る気はないです」(永田被告の法廷での証言)
今後の償いの予定を、かなり具体的に語る様子から、私は「加害者を出さないための行い」について、ひょっとしたら有名なユーチューバーやインフルエンサーと組んで発信することがすでに決まっているのだろうかと思った。しかし当人に拘置所で聞くと、そういった予定はないと言う。また永田被告が広域強盗に手を染めたきっかけは、Xで「闇バイト」を検索したことであるため、SNSのなかでも特にXで自分の声を届けることが望ましいと思っている様子だった。であれば、永田被告が嫌でなければ、私のXアカウントを使ってもらえばいいのではないか、と伝え、1月27日の手記公開に至ったのである。
読んでいただくと分かるが、なぜこの漢字に……? と困惑するような不思議なタイミングでルビがふってある。のちに拘置所で「自分が読めなかったから」と教えてくれた。これはおそらく、過去の永田被告に向けて書かれたものではないかと思う。彼と同じように、金に困って「闇バイト」検索をしている若者に届き、思いとどまるきっかけになってもらえればと彼は望んでいる。
手記に対して「反省していない」という声もあるが、逆に問いたい。反省とは一体何だろうか?
長きにわたり事件を取材するなかで「反省」らしきものを示す被告人を多く見てきた。実際に法廷で「反省しています」と言う被告人もいたし、土下座する被告人もいた。しかし土下座したからといってその被告人の内心は全く分からない。事件後に謝罪のための金銭を多く用意できる被告人と、金銭的に余裕がなく集められる金に限度がある被告人がいたとして、前者の方が反省しているのかといえば、またこれも内心は分からない。
犯罪者の手記を公表して私が有名になりたいのではないかと疑いを向けられることもあるが、人は皆、有名になりたいものだというのは、永田被告の手記に対し「反省していない」と言うのと同じ、偏見による決めつけであろう。私は普段、特定の事件に対して集中して取材を行うのとは別に、いくつかのテーマを持って取材の折々で考えながら、いつかそれを死ぬまでに自分の文章にまとめたいと考えている。そのひとつが「反省とは一体何なのか」ということだ。取材を続ければ続けるほど分からなくなる「反省」をめぐって、私は永田被告と意見を交わしてみたいと考えた。これが取材を申し込んだ理由であり、Xの手記公開は私にとっては思考の過程のひとつでもある。
この記事と同じような話を永田被告にも伝えている。この記事を書くことも知っている。ノンフィクションの前書きのごとく長い記事になったが、公開後はプリントアウトして拘置所に送りたいと思う。永田被告は法廷で語った通り、やがて控訴を取り下げる見込みだ。
★2 URL= https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%B6%E7%A9%BA%E8%AB%8B%E6%B1%82%E8%A9%90%E6%AC%BA%E4%BB%B2%E9%96%93%E5%89%B2%E3%82%8C%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
★3 URL= https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG08025_Y0A700C1CC1000/
★4 URL= https://www.news-postseven.com/archives/20250303_2026697.html?DETAIL
★5 URL= https://www.news-postseven.com/archives/20250303_2026698.html?DETAIL


高橋ユキ
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