出産した赤ちゃんを遺棄した女性たちの事件 見えない父親の存在 前略、塀の上より(16)|高橋ユキ

シェア
webゲンロン 2024年8月22日配信

 6月配信の連載第14回記事で取り上げた横浜地裁の傍聴ブロック問題が始まったのは、横浜市教育委員会が、ある刑事事件の被害者サイドから文書による要請を受けたことがきっかけだった★1。その文書には「性犯罪傍聴マニアの傍聴を狭めたい」といった記述がなされていた。

 この「性犯罪傍聴マニア」という単語は私にとっては新鮮だった。傍聴マニアとして裁判所に通い続けて約20年になる自分の主観では、裁判所に通う人々のことを広く「傍聴マニア」と呼ぶことは認識しているが、性犯罪「のみ」を傍聴する傍聴マニアは把握していないからである。たしかに、主に性犯罪を傍聴しつつ他の事件も傍聴するという傍聴マニアはいる。また私は主に殺人を傍聴する傍聴マニアだが、もちろん性犯罪を含む他の事件も傍聴する。交通事件を主として傍聴しながら他の事件も見るという方もいる。このように傍聴マニアは個人個人で何かしらの傾向はあるものの、わりと広くさまざまな事件を傍聴している印象がある。

 そんな傍聴マニアはなんとなく社会的に注目される事件にも集まる。というより傍聴マニアのみならず、テレビ局や新聞社の記者、そしてその事件に興味関心があり傍聴しにきたという、傍聴マニアではない一般人とでもいうのか、そんな方々も集まる(もちろん傍聴マニアも一般人ではある)。札幌地裁でススキノ殺人事件の公判が開かれているが、ここに集まっていたのもそのような顔ぶれだったと思う。芸能人の違法薬物事件も同様だ。

 言い換えれば、記者や一般人など、傍聴マニア「以外」も集まる事件は社会的に注目されている事件だと言っていい。報道を通じて詳細を知りたがっている人が多いだろうと思しき事件には、記者も集まる。視聴率が取れ、記事が読まれると見込んでいるのだ。ではそのように、傍聴人の多さで世間の注目度を認識する事件にはほかにどのようなものがあるかといえば、たとえば幼い子供が被害者で、被告人がその保護者的立場であるような事案であろう。具体的に言えば、子供に対する虐待死事件や、心中するつもりで子供を殺したという殺人事件などだ。こういう事件の裁判は、記者や一般人が多く、傍聴するのも一筋縄ではいかない。傍聴券は抽選となり、外れることも多々ある。

 同じく傍聴しづらいのは、女性が被告人の重大事件である。それも老婆ではなく、なぜか40代くらいまでに限る。いわゆる「婚活連続殺人事件」の犯人として名高い木嶋佳苗死刑囚の公判に多数の傍聴人やマスコミが集まったのがいい例だ★2。こうした状況に、下世話な興味を丸出しで裁判所に集まっているとして傍聴希望者らに非難を向ける者もいる。だが結局、世間も傍聴希望者たるマスコミの目を通じてその事件を知りたがっているのだから、非難する者も同類であろう。

 さてそうなると、若い女性が被告人で被害者がその幼い子供という構図の事件の場合は、世間の注目が二重に集まることになるわけで、どうしたって傍聴希望者も、マスコミも多くなるし、実際、テレビや新聞でも広く報じられている。そしてこのように裁判所での観察から導き出された「世間の興味」を考慮すれば、以下で扱う今回のテーマのような事件も世間の注目を集め、広く報じられがちだといえるだろう。

 

 8月1日に北海道のテレビ局が、赤ちゃんの死体を遺棄した母親に対して地検が鑑定留置を始めると報じた★3。青森県弘前市に住んでいた25歳の母親は、出産した赤ちゃんを殺害し遺体を北海道北斗市に埋めたとされるが、殺人の容疑は否認している。

 さらに古い報道には、経緯が書かれてあった。

 起訴状などによりますと、大内被告はことし4月下旬から先月初めにかけて、出産してまもない赤ちゃんの遺体を北斗市内にある親族の家の庭に埋めたとして死体遺棄の罪に問われています。
 函館地検は認否を明らかにしていませんが、捜査関係者によりますと、逮捕段階の調べに対して遺棄したことを認め、「妊娠したことは家族を含め誰にも相談しなかった」という趣旨の供述をしていたということです。★4

 地元テレビ局の記事によれば、赤ちゃんには胎盤がついたままだったというので、病院で出産していない可能性が高いと思われる★5

 SNSでは、「キラキラネームだから親も育ちも悪いんだろう 接客業と書いてあったがどうせキャバ嬢だろ」といったコメントも見られる。Yahoo!ニュースのコメント欄には「お腹を痛めて産んだ子供を殺すなら最初から産まなければ良かったのでは」と、無関係だからこそ言える正論じみた意見が書き込まれている★6

 こうした事件は枚挙にいとまがなく、検索すればいくつも記事が出てくる。今年6月にも、東京・練馬で産まれたばかりの男児がゴミ箱に捨てられていたという事件で、男児を出産した女が逮捕された★7。この事件を取り上げたデイリー新潮の記事が配信されているYahoo!ニュースのコメント欄には、母親に対する厳しい意見も見られる★8

 報道に接してまず思うのは「赤ちゃんの父親はどこにいるのか」ということだ。子供は母親ひとりで作れるわけではない。母親である女性に対して刑事的な責任が問われることについて今回ここで何か言うつもりはないが、この結末に至るには赤ちゃんの父親である男性が関与しているにもかかわらず、母親ひとりの問題として片付けられてしまうことには疑問を感じる。赤ちゃんの命に関わる事件であるためか、ほぼ毎回母親は実名報道がなされ、社会的制裁も受けていることになるが、父親にはなんらのペナルティもない。こうした不均衡に私は常日頃不満を抱いている。社会が子供の命の責任を母親だけに押し付けているように見えてしまうからだろうか。

 女性による子供への事件であり、世間も注目しているためか、こうした事件は逮捕時だけでなく裁判も報じられることがある。2022年5月に出産したばかりの男児を殺害し、その遺体を北海道千歳市のコインロッカーに遺棄したとして殺人と死体遺棄の罪に問われた母親の公判の詳報が今も残っている。記事によれば男児の父親は、風俗の客であり、本番行為を強要されたことから妊娠したという。★9

 望まない妊娠をした場合、その対応は時間との勝負であり、また女性にはその都度適切な判断が求められる。アフターピルは行為後72時間に内服しなければならず、すぐに医師に相談する必要がある。それを過ぎれば人工妊娠中絶という選択になるが、これもまた22週未満と法律で定められている。そのどれも選択できないまま、出産して赤ちゃんを遺棄してしまった女性のなかには、そういった判断ができない場合もあるようで、この記事では女性が境界知能にあったとある。誰にも相談せず、出産に至らない結末を適切に選択できるかどうかは、人による。自分ができないことをできる人がいるように、自分ができても、人にはできないことがある。

 本筋から外れるが、本番行為の強要という経緯にも「なぜ責任も取れないのに中出しをしたがる男性がいるのか」というまた別の根深い問題を見出してしまう。私の知人にも、風俗で働いていた10代の頃に客の子を妊娠し、人工妊娠中絶に至った女性がいる。風俗での中出しによる妊娠が「たまに聞く話」であること自体が恐ろしい。この裁判ではその客の素性などが明らかにはならなかったのか、記事には記されていない。男児の父親であるはずの客は、自分が父親になったことすら知らないままの可能性もある。

 

 このように出産した子供を遺棄する母親のニュースが取り沙汰されるたびに父親の存在が気になっていたが、今年6月には毎日新聞とYahoo!ニュースの共同連携企画としてついに男性に直撃している記事が配信された。コメントも多数書き込まれ、当時大きな反響があったことをうかがわせる★10。 

 被告人は今年3月の公判当時28歳の女性。病院ではない場所でひとり、二度出産し、いずれも赤ちゃんの遺体を隠していたとして殺人と死体遺棄の罪に問われていた。一人目の赤ちゃんの父親は、被告人がかつて勤務していたガールズバーの客として知り合い、交際関係にあった男性。二人目の赤ちゃんの父親はマッチングアプリで知り合い恋人関係にあった男性だと記事にはある。一人目の赤ちゃんの父親Aは妊娠を告げると「本当に俺の子供なのか」と疑い、被告人の前から姿を消した。

 後にAは検察に対し、こう説明している。
 妊娠を告白されて、「面倒なことになったと思った」。「無料でセックスができる都合のいい女」で、性交渉の際、コンドームをつけるように頼まれたことは、ない。病気や妊娠など女性の身に何かあっても「全然、気にしていませんでした」。

 また記者の取材に対してはこのように語っている。

 女性が罪に問われたことについては、「何とも思ってない。ていうか、俺と会わなくなってから、すぐ(女性に)男ができてたから」。遺棄された赤ん坊についても「俺の子じゃなかった、はず」と口にした。

 一方のマッチングアプリで知り合ったBは、妊娠を喜び、結婚を申し込んだというが、被告人は健康保険証を持っておらず病院に行くことをためらった。Bは受診を勧めたものの、被告人が応じなかったため、それ以降言うのをやめたという。

 自身の行動をどう捉えているのか。記者の取材に応じたBは「無理やりにでも病院に連れて行ったり、知り合いに相談していたりしておけばよかった」と後悔を口にし、こう言葉を継いだ。
 「妊娠を聞いた時はうれしかったし、楽しみだった。俺も悪い。(女性を)許すとか、許さないとか、ないです」

 Aの無責任さは言うに及ばないが、Bも被告人を病院に無理やり連れていかなかっただけでなく、出産時に在宅していたにもかかわらず異変に気づかず、警察に通報したのは翌月のことだったという。もちろん記事を読めば分かる通り、被告人にまったく責任がないわけではない。ただ、被告人には懲役5年6月の実刑判決が言い渡されたいっぽう、子供に対する責任を全く負わなかったAとBは、実名報道という社会的制裁もなく、生活を続けている。赤ちゃんの命を守らなかったのは被告人であり、その点で相応の刑罰が言い渡されているが、ではその赤ちゃんの安全に対してどこまで関与することが「もういっぽうの親」たる男性に求められるのか。いつもそんなことをぼんやりと考える。孤独な出産を経て、子供を棄てた女性たちの数だけ、妊娠させた男性がいる。彼らは一体どこにいるのか……とまた思うのだった。

 


★1 横浜地裁、市教委による傍聴ブロック事件と「プライバシー保護」の嘘 前略、塀の上より(14)、「webゲンロン」、2024年6月27日。URL= https://webgenron.com/articles/article20240627_01
★2 木嶋佳苗については1冊の本にまとめて書いているので、ぜひこちらもご覧いただきたい。高橋ユキ『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』、徳間書店、2012年。
★3 「【赤ちゃん死体遺棄事件】母親の“刑事責任能力”は? 地検が鑑定留置始める―期間は2か月 北海道北斗市」、「FNNプライムオンライン」、2024年8月1日。URL= https://www.fnn.jp/articles/-/737744
★4 「北斗 赤ちゃん遺体で発見 25歳の母親を遺体遺棄の罪で起訴」、「NHK NEWS WEB」、2024年6月7日。URL= https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20240607/7000067559.html
★5 「実家の庭に胎盤が付いたままの遺体を埋めたとして逮捕の25歳女 青森・弘前市の自宅で出産後殺害 殺人容疑は否認 北海道北斗市」、「北海道ニュースUHB」、2024年7月11日。URL= https://www.uhb.jp/news/single.html?id=43897
★6 URL= https://news.yahoo.co.jp/articles/490b593d916815f7b133b7a56bed0f99248a8270/comments
★7 「へその緒がついた状態で…地下アイドルヲタ・北川望歩(22)がゴミ箱に乳児を遺棄するまで」、「文春オンライン」、2024年7月22日。URL= https://bunshun.jp/articles/-/72212
★8 URL= https://news.yahoo.co.jp/articles/6b6a46cb926fd6d6bb8199fc34b060db16f0f210/comments
★9 「性風俗を選んだのは「普通の仕事ができなかったから」…産まれた我が子を殺害し、コインロッカーに捨てた女が直面した“世間の普通”と“グレーゾーン”」、「TBS NEWS DIG」、2023年5月22日。URL= https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/491699?display=1
★10 「孤立出産の女性、赤ん坊遺棄で実刑判決 罪に問われない父親たちが取材に語ったこと #令和の親」、「Yahoo!ニュース(毎日新聞)」、2024年6月19日。URL= https://news.yahoo.co.jp/articles/ba76ee60512af5b176d6ac7289cb1b109e415cdf 以下の引用はすべて同記事より。

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。
    コメントを残すにはログインしてください。

    前略、塀の上より

    ピックアップ

    NEWS