出産した赤ちゃんを遺棄した女性たちの事件 見えない父親の存在 前略、塀の上より(16)|高橋ユキ

6月配信の連載第14回記事で取り上げた横浜地裁の傍聴ブロック問題が始まったのは、横浜市教育委員会が、ある刑事事件の被害者サイドから文書による要請を受けたことがきっかけだった[★1]。その文書には「性犯罪傍聴マニアの傍聴を狭めたい」といった記述がなされていた。
この「性犯罪傍聴マニア」という単語は私にとっては新鮮だった。傍聴マニアとして裁判所に通い続けて約20年になる自分の主観では、裁判所に通う人々のことを広く「傍聴マニア」と呼ぶことは認識しているが、性犯罪「のみ」を傍聴する傍聴マニアは把握していないからである。たしかに、主に性犯罪を傍聴しつつ他の事件も傍聴するという傍聴マニアはいる。また私は主に殺人を傍聴する傍聴マニアだが、もちろん性犯罪を含む他の事件も傍聴する。交通事件を主として傍聴しながら他の事件も見るという方もいる。このように傍聴マニアは個人個人で何かしらの傾向はあるものの、わりと広くさまざまな事件を傍聴している印象がある。
そんな傍聴マニアはなんとなく社会的に注目される事件にも集まる。というより傍聴マニアのみならず、テレビ局や新聞社の記者、そしてその事件に興味関心があり傍聴しにきたという、傍聴マニアではない一般人とでもいうのか、そんな方々も集まる(もちろん傍聴マニアも一般人ではある)。札幌地裁でススキノ殺人事件の公判が開かれているが、ここに集まっていたのもそのような顔ぶれだったと思う。芸能人の違法薬物事件も同様だ。
言い換えれば、記者や一般人など、傍聴マニア「以外」も集まる事件は社会的に注目されている事件だと言っていい。報道を通じて詳細を知りたがっている人が多いだろうと思しき事件には、記者も集まる。視聴率が取れ、記事が読まれると見込んでいるのだ。ではそのように、傍聴人の多さで世間の注目度を認識する事件にはほかにどのようなものがあるかといえば、たとえば幼い子供が被害者で、被告人がその保護者的立場であるような事案であろう。具体的に言えば、子供に対する虐待死事件や、心中するつもりで子供を殺したという殺人事件などだ。こういう事件の裁判は、記者や一般人が多く、傍聴するのも一筋縄ではいかない。傍聴券は抽選となり、外れることも多々ある。
同じく傍聴しづらいのは、女性が被告人の重大事件である。それも老婆ではなく、なぜか40代くらいまでに限る。いわゆる「婚活連続殺人事件」の犯人として名高い木嶋佳苗死刑囚の公判に多数の傍聴人やマスコミが集まったのがいい例だ[★2]。こうした状況に、下世話な興味を丸出しで裁判所に集まっているとして傍聴希望者らに非難を向ける者もいる。だが結局、世間も傍聴希望者たるマスコミの目を通じてその事件を知りたがっているのだから、非難する者も同類であろう。
さてそうなると、若い女性が被告人で被害者がその幼い子供という構図の事件の場合は、世間の注目が二重に集まることになるわけで、どうしたって傍聴希望者も、マスコミも多くなるし、実際、テレビや新聞でも広く報じられている。そしてこのように裁判所での観察から導き出された「世間の興味」を考慮すれば、以下で扱う今回のテーマのような事件も世間の注目を集め、広く報じられがちだといえるだろう。
8月1日に北海道のテレビ局が、赤ちゃんの死体を遺棄した母親に対して地検が鑑定留置を始めると報じた[★3]。青森県弘前市に住んでいた25歳の母親は、出産した赤ちゃんを殺害し遺体を北海道北斗市に埋めたとされるが、殺人の容疑は否認している。


高橋ユキ
2 コメント
- qpp2024/10/18 14:17
無責任と言われる親たちが、なぜ無責任になってしまったのか、ついそんなことを考えてしまいます。 どうすれば、何があれば、こどもの命を守ろうと思うことができただろうかと。 望まなかったのだとしても、離れて幸せに生きる方法はあったかもしれないのに。 虐待は、とても悲しいです。
- Little2024/10/18 14:17
ドラマ『コウノドリ』を1話だけ見て、見るのをやめた。第1話がまさしく、この記事で書かれているように、女性の側に「赤ちゃんを守れるのはあなただけだったのに病院に来なかった」というようなことを、医者が言ったからだった。松岡茉優ちゃんがその女性を演じていて、ギリギリのところで病院で産んだのだけど、こんなことを言われてとてもかわいそうで、嫌気がさした。続けて見たら違ったのかもしれないけれど。私も、父親の責任はどうなってるんだと、あからさまな差別だと、思う。
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