「激録! 獄中取材24時」ワクワクしたいみなさんへ伝えたい、取材の地味なリアル 前略、塀の上より(21)|高橋ユキ

シェア
webゲンロン 2025年1月23日配信

 私は普段、いろんな裁判や事件を取材して記事を書いている……と、本連載でほとんど毎回書いているこのフレーズ。いつも読んでくださっている方々にとっては、少々鬱陶しいかもしれない。初めて私を知る人が読んでも分かりやすいよう、しつこく書かせてもらっている。

 「取材」とは何か。辞書で引けば「記事・制作などの材料となることを、人の話や物事の中から集めること」とある。材料を集めるのが「取材」であり、その手段は、目的によってさまざまだ。また、この取材手法はある特定の目的のみに用いられる、などと決まっているわけでもない。裁判傍聴は私にとって取材のひとつの手段であり、その目的は事件の詳細を知るためである。同じ目的で、獄中への面会や文通取材も行う。別のジャンルを見てみれば、たとえば芸能取材をする場合に、その手段として想起されるものは「張り込み」であろう。行政の取材では、情報開示請求がその手段となることもある。そして事件を取材する際も、その両方を行うことがあるし、芸能を取材していても、裁判傍聴を行うことはある。くどくどと書いたが、裁判傍聴も、面会や文通も、単に取材の手段にすぎない。料理と比較すると分かりやすいかもしれない。材料をどのように調達するのかは人によって異なり、どんな料理を作るかもそれぞれ違う。同じ材料を集めていても、料理の完成形は違っていたりする。

 本連載、前回は、長く未解決にあった兵庫県内での殺人・殺人未遂事件に関与したとして昨年末に逮捕された男をめぐる事柄について書いた。男は私が3年にわたり文通取材をしていた受刑者であり、逮捕前、未解決事件の関与を認める手紙を私に対して書き送ってきていた。そして、これをSNSで公にした私のもとに取材依頼が殺到したという話……がその概要である★1

 前回の記事をきっかけに、ゲンロン編集部の方々は「受刑者との文通」そのものに興味を示してくれていて、今回はこれをテーマに執筆することになった。おそらく編集部の方々は、獄中への取材そのものについて知りたいと思ってくれたのだと想像する。理解できる。昨年9月に刊行された横田増生による新書『潜入取材、全手法』を、私も同じような興味関心から手に取った。私は出版社や新聞社で社員として勤務した経験がなく、事件取材において先輩記者から指導してもらう機会がさほどなかった。書籍執筆において、事件取材に長けた編集者と巡り合い、そのノウハウを伝授してもらう……という夢のような機会もなかった。独自のやり方でここまで来たので、他人のやり方に興味津々なのである。私の主な取材の手段は傍聴や文通などであるが、同書は企業や組織に「潜入」するために、筆者がどのように行動してきたか、トラブルが起きた時にどのように対応してきたかが記されている。潜入取材の第一人者による必読書であった。

 同書を読み、「取材」の手法、いわばメシのタネを、ここまでつまびらかにするなんてすごい!と感動したのだが、よく考えてみたら私はこれまで「裁判傍聴」については、その方法を紹介するような記事を数えきれないほど書いてきた。裁判所の場所にはじまり、その入り方、法廷での振る舞い方まで……。裁判傍聴に関してはありとあらゆることを直接聞かれることも多く、そのたびにレクチャーもしてきた。もはや裁判傍聴伝道師である。みんな結構、気軽に聞いてくるのだ。街を歩いている時、なぜか道を尋ねられることが多い私、ひょっとしたら声をかけやすいのだろうか。そんなわけで、さすがに他の取材手法ついてはもう解説しなくていいんでないの、という気持ちがちょっとあるが、知りたい気持ちも分かるので悩ましいところだ。テレビで時々放送される「警察24時」のような番組で、警察官らの仕事ぶりに接すると、普段知ることのできない世界を覗き見たようなワクワクする気持ちにさせられる。みんな、ワクワクしたいのかもしれない。

 実はこの原稿は北へ向かう新幹線の中で書いている。どんどん雪深くなる車窓につい目を奪われ、なかなか筆が進まないのだが、獄中への取材に話を戻そう。といっても、読者の皆様が同業者というわけではないだろうから、取材の思い出話を綴っていこうと思う。私のやり方が獄中取材の全てではないので、そこは注意いただきたい。

 

 だいぶ昔の話になるが、2018年7月、千葉日報にこんな記事が掲載された。

30代のふりし婚活女性だます 容疑の70歳男逮捕

 婚活サイトで知り合った会社員の女性(37)=千葉県内在住=に、「犯人を捜すため探偵を雇う」などと偽って計320万円を口座に振り込ませだまし取ったとして、行徳署は9日、詐欺の疑いで長崎市三原1、無職、A容疑者(70)[編集部注:容疑者名は元記事内の実名表記をAへと変更]を逮捕した。A容疑者は女性に対し「同年代」を装い、「会いたい」と求める女性に「忙しい」などを理由に一度も会わず、電話やメールで交友していたという。
 逮捕容疑は2016年1月18日~4月27日、女性をだまして5回にわたり計320万円をA容疑者名義の口座に振り込ませだまし取った疑い。
 同署によると、女性はクレジットカードの不正利用の被害に遭い、A容疑者の関与を疑った。A容疑者は「自分が犯人ではないことを探偵を雇って証明したい」などとだまし、次々と金を振り込ませた。
 今年3月、長崎県内でA容疑者が暴行容疑で逮捕された際、女性名義のカードを所持していたため発覚。「覚えていない」と容疑を否認している。★2

 70歳男性がなんと30代になりすまして婚活サイトを利用し、知り合った女性から金を騙し取ったという事件である。私は当時、大きな事件に手を染める高齢者を「アウト老」と名付け、取材していたため、ニュースに目が留まった。なになに、30代になりすますとは、大胆すぎではないか。実際は無職だったが「エリートサラリーマン」と職業も偽り、女性にコンタクトを取っていた。「会いたい」と求める女性に対して「忙しい」などと返し、一度も会うことなく金を騙し取っていたという。Aに興味を惹かれ、手紙を書いた。高齢者による事件を取材しており、Aからも話を聞かせてほしいと思っている……そんな内容だった。当時、Aは留置場にいた。

 ちなみに世の中の人々が「獄中」と称しているその「獄」の定義は曖昧だ。厳密には刑務所を意味するはずなのだが、拘置所や警察署(留置場)に勾留されている被告人や被疑者について「獄中」と称したりする人もいる。多くの人にとっては刑務所も拘置所も警察署(の留置場)も身近ではなく、違いがわからない、という事情があるためだろうか。単純に「身柄拘束されている」状態を「獄中」と称することが多いようだ。そのため私も本稿では「獄中」をそういう意味合いで用いたい。

 

 Aからは割とすぐに返信が来た。〈最初に申し上げておきますが、テレビでの報道と実際の事実とは異なる部分もありますので、是非取材に応じたいと思います〉と、一行目から快諾してくれていた。しかし〈自分は勿論のこと訴人も仮名ではなく実名発表して頂くことが出来たら幸いです〉など、気になる記載もあった。訴人とは文脈からおそらく被害女性を指すらしい。彼女のプライバシーに関わることを公表することが目的になっているようだ。さらに、手紙での取材にするか、面会も挟みながら進めるかという点についてはこのように書かれていた。

〈取材するにあたり、文通取材ではなく、互いの信頼関係も含めて面会取材を望みます〉

 この文章は要注意である。「取材するにあたり」と、取材を受ける側が書いていることも気にかかるが、それよりも「互いの信頼関係も含めて」という、一見意味ありげで実際は何も意味のない言葉を挟みながら、なんとなくそれっぽく作られているからだ。「会ったほうが信頼してもらえるのだな」と私を勘違いさせるための文章である。人を騙すような人は、このように意味がありそうで実はない文章を挟み込んで、こちらが「そのように読み取る」ことを期待する。ただ取材となると、こうボンヤリしたやり取りはよくない。「言った・言わない」の話になって揉める可能性が出てくる。早く面会して自分の中のAの解像度を上げようと考え、逮捕翌月に留置場で面会を申し込んだ。

 婚活サイトで30代になりすました70歳のAは、別に見た目年齢が若いというわけでもなんでもなく、年相応の70歳だった。恰幅がよく背も高い。銀縁メガネに、何かのブランドらしきロゴが前にも後ろにも大きくプリントされたスウェット姿で、くすんだアクリル板の向こうに登場した。アクリル板越しのやり取りは声がこもる。最近は双方にマイクとスピーカーが備え付けられている施設もあるが、当時、Aのいた留置施設はこうした設備がなく、互いに声を張り上げ挨拶した。するとAは大きな声で、事件についての不満をペラペラと訴え始めた。いや、事件というよりも被害者である30代女性についての不満である。こういう被告人や受刑者はいる。性犯罪やストーカー事案で見られる傾向ではある。ただ注意すべき点は、この時点で被告人は刑が確定しているわけではないし、無罪の可能性もゼロではないことだ。慎重に話を聞く必要がある。するとAはこんなことを言い出した。

「最初ね、38歳と言ったんだよ。でもお金送ってもらった時、実は年齢嘘だと、言ってるんですよ」

 逮捕までの段階で「38歳」という年齢は嘘だったと被害女性に伝えていたということらしい。ここは大事なところなので口を挟もうと思うも、Aはそのまま喋り倒した。

「「お父さんと同じくらいの年齢じゃないの」と確認して、3回4回、実年齢わかってて付き合ったんですよ。金振り込んでたのは今年1月前後で、7月2日に逮捕されたんだけど、友人に相談してたんですよ。彼女が家まで来るから。僕は東京の芝に住んでたんだけどそこまで来たり、駅の近くで待ってたりするんですよ。困るから。100万円を田町の駅で受け取った……」

 お分かりいただけるだろうか。とにかく主語がないのだ。これでは話し続けても曖昧なままである。曖昧すぎて、記事にできる発言がない。確認しようと大きな声で遮り、こう問いかけた。

「38歳だとずっと偽っていたわけじゃないんですか?」

 ところがである。Aは問いには答えず、質問してきた。

「何、俺の生き様を聞きたいの?」

 そして答える暇も与えず語り始めるのだった。

「高橋さんは福岡(出身)なんだよね。俺も長崎で生まれて地元の高校を卒業して、福岡に行って、九大の法学部に行ったんだよ。その時父親がなくなってね、中退したんだ」

 Aは長崎出身であるため、九州大学に入学したという本人の弁も、あり得ない話ではない。そのため、すかさず大きな声でこう聞いた。九州大学に通っていれば少なくとも福岡に土地勘があると思ったからだ。

「九大にいる時はどこに住んでいたんですか?」

 ところがである。今度はAは、“耳が遠く”なったのだ。

「え? ちょっと聞こえない」

 同じ質問を大きな声で複数回繰り返したが、それでもAは答えず、キョトンとした顔で言った。

「え? え? ちょっと聞こえないなあ。わかんないや。まあこれから手紙でやりとりして、聞きたいことを聞いてくれれば。被害者の名前を出して欲しいんだよね」

 わずか15分ほどの面会が終わった。彼は結局、こちらの質問に答えることはなかった。

 

 Aが「いやぁ、騙しちゃいました」と認めていれば話は早い。しかし、現実はそうスムーズにいかない。これからの流れとしては、認めるまで根気よく追及するか、それとも今のAに想いのままに語ってもらうか、の二択となるが、前者は現実的ではない。容疑を認めていない人に「やっただろう」と詰め寄るのでは、袴田事件の取り調べを担当した刑事と同じだ。自分の「こうあってほしい」を押し付けるのはマイルールに反する。取りうる選択肢は後者になるが、注意しなければならないのは「その話が本当かどうか分からない」ことだ。よく「裏を取る」などと言われる取材は、こうした話が事実かどうかを確かめる作業で、かなりの労力がかかる。このケースで言えばAが本当に九州大学を卒業したのかを調べることが「裏を取る」作業となる。

 ここから重要なのは「裏を取る」作業を行う価値が、この事件、その発言にあるかどうか、ということだ。Aについてはその肉声を週刊誌で記事にしようと考えていたため、確か当時は編集部と相談した。結果として、そこまでニュース性の高い話ではないのに、生い立ちを洗い直すことまではしなくてよいのではないか……むしろ彼は、婚活サイトで女性に会うことなく金品を騙し取っているため、その「話術」について聞こう、ということになったと思う。これならばガチガチの裏取りは不要となる。相手の真意を推測し、現時点での証言を整理した上で、どこまで話を聞けるか検討する。これが獄中取材のキモといえばキモだろう。しかし結論から言えば、私はAから話を聞くには聞いたが、手を引いた。

 

 面会後、まず始まったのが書籍の差し入れ要求である。これは他の取材でもよくあることで、さしたる問題はない。しかし、何より怪しかったのは「金」についての不気味な連絡だった。

「次の面会時に10万円を差し入れて欲しい。通帳を渡すから後にそこから引き出して精算してくれ」

 そんな手紙を受け取ったが、明けても暮れても通帳は届かない。なのにAは「送るように言った」と言ってみたり「この件で、知り合いに頼んで、高橋さんに電話をしてもらった」と言ってみたりする。もちろん電話もかかってこない。「海外から帰国した愚息に託けて、高橋さんに会いに行くように伝えた」などと書いてきたこともあったが、愚息はやってこなかった。そもそも金は送ってきてくれるなと何度伝えても、その調子なのである。結局ほとんどの時間を、怪しげな連絡の確認や返答に費やすことになってしまった。手紙では、事件に関わる質問もしており、回答もあったが、おそらくどれだけ丁寧に確認して記事化しても、文句を言ってきて金を要求してくるだろうと予想した。何よりこうした全ての連絡が、私との揉め事の火種を進んで作ろうとしているかのようにも見える。

 並行して、Aの新聞記事も集めており、過去にも同じように人を騙して金を得ていたことも把握していた。これを、最後の手紙の直前にぶつけると、Aは返信で激昂。〈とんでもない事です。どこの新聞社の偽情報かは存じませんが、絶対に詐欺で逮捕はあり得ない事です〉として詳細を語ってきた。どうやら実際に何かしらの揉め事自体はあったようで、要約すれば“被害者が事件をでっちあげた”という主張であった。しかし百歩譲ってそれが本当だとしても、70年の人生で何度も誰かと揉めて、警察沙汰にもなっていることは間違いない。これは私とも揉めるだろう。取材は引き上げるのが最善だ。すぐに用件だけを記して最後の手紙を書き送ったのだが、話はこれで終わらなかった。今度はAは、週刊誌を発行している出版社に対して「高橋にとても失礼な対応をされた」といった趣旨の手紙を送ってきたのである。むしろ失礼な対応をされたのは私のほうである。勝手な言い分に呆れてしまったが、あろうことか出版社が一瞬、Aの言い分を信じそうになっており、これには衝撃を受けた。

 取材はどこで引き上げるかも重要であり、この時は少し遅かったという反省がある。面会した時点で、引き上げてもよかった。こうして毎日、私は何かしら反省している。そしてそれを、次の取材に活かしていこう、と気持ちを切り替える。

 


★1 高橋ユキ「高橋ユキさん(50)をめぐるひと騒動──取材をしている人間が取材を受けたら 前略、塀の上より(20)」、「webゲンロン」、2024年12月26日。URL= https://webgenron.com/articles/article20241226_01
★2 「30代のふりし婚活女性だます 容疑の70歳男逮捕」、「千葉日報オンライン」、2018年7月9日。URL= https://www.chibanippo.co.jp/news/national/513592

 

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。
    コメントを残すにはログインしてください。

    前略、塀の上より

    ピックアップ

    NEWS