匿名化が損なわせる情報の信頼性──実名と匿名のはざまで 前略、塀の上より(7)|高橋ユキ

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webゲンロン 2023年11月24日配信

 普段、刑事事件の傍聴をしているため、事件報道をよくチェックする。ひとつの報道機関の記事だけでなく、複数を見る。同じ事件でも、社によって報じていることと報じていないことがあったりするためである。このように色々見ながら思うのは、当事者の実名の取り扱いの難しさだ。匿名にするか、実名で報じるか。時代や事件の内容によって変わるだけでなく、報道機関ごとに異なる場合もあるし、あるいは書き手によっても違う場合がある。

 直近で思い浮かぶのは、ふたりの特定少年の報道時の実名取り扱いについてだ。一つ目は2021年10月に甲府市で起きた事件。当時19歳の少年(以下、元少年A)が、同市の会社員男性(当時55)宅に侵入し、男性とその妻(当時50)を殺害し、夫婦の次女に対してもナタで襲って怪我を負わせ、さらに男性宅に火をつけ全焼させた。甲府地裁で裁判員裁判が始まったことから、最近、この事件の裁判報道を意識して読む。2022年4月の少年法改正で、犯罪行為に及んだ少年のうち18歳と19歳を特定少年とし、家庭裁判所から検察官送致となる対象の事件を拡大したほか、起訴後の実名報道が可能となった。この事件については地検が22年4月に起訴して元少年Aの実名を公表していた。だが、その実名を報じるかは、各社方針が異なる。

 裁判員裁判のウェブ記事を見てみると、共同通信★1ほか複数社は実名を報じていた(公開前の確認タイミングである2023年11月21日現在は、複数の記事が公開期限を過ぎて削除されている)。実名を出さず「元少年」と表記しているのは読売新聞★2だ。そもそも昨年4月に地検が実名を公表した際に、各報道機関がどう報じたかについては朝日新聞が詳しい★3。これによると「甲府地検の発表を受け、朝日新聞を含む翌9日の全国5紙はすべて、朝刊の記事で被告の実名を掲載」した。しかし他方で、「毎日新聞や読売新聞、日経新聞は紙面もネットも実名で報じているが、ネット上では実名が書かれた部分は有料会員しか読めない設定にした」という。また「事件が起きた山梨県の地元紙、山梨日日新聞は、発表当日はネット上も実名で配信したうえで、翌日は匿名化した」のだそうだ。山梨日日新聞では「『半永久的に残り、将来過度な制裁を受ける可能性がある』と判断した」という。

 更生を重視し、実名は伏せるか。それとも事案の重大さに鑑み、実名のままで報じるか。また、紙媒体ではどう取り扱い、ウェブではどうするか。各社が悩みながら決断したことがうかがえる。

★1 「甲府放火殺人『全て僕の逆恨み』 検察側が被告の手紙朗読」、「47NEWS」、2023年11月10日。URL=https://www.47news.jp/10111936.html 
★2 「ナタで襲われ姉と逃げた次女『幸せが崩れるって、こういうことを言うんだね』…甲府殺人放火公判」、「読売新聞オンライン」、2023年11月3日。URL=https://www.yomiuri.co.jp/national/20231102-OYT1T50237/ 
★3 「殺人罪などで起訴の19歳、大半が実名報道 対応分かれたネット配信」、「朝日新聞デジタル」、2022年4月22日。URL=https://digital.asahi.com/articles/ASQ4C751ZQ4CUTIL039.html 
★4 「障害者殺傷事件、なぜ犠牲者は匿名なのか 障害者に対する日本の姿勢が問われている」、「東洋経済オンライン」、2016年9月23日。URL=https://toyokeizai.net/articles/-/137282 
★5 青木良樹「あらためて問われる“実名”の在り方~やまゆり園追悼式・熱海土石流災害から~」、「FNNプライムオンライン」、2021年7月23日。URL=https://www.fnn.jp/articles/-/214798 
★6 「敏腕記者の暴走 チェック機能も麻痺」、「産経ニュース」、2015年4月28日。URL=https://www.sankei.com/article/20150428-EPYJQGQUPZIK7NJ6BDOJIXOSC4/ 「BPO人権委も『倫理上問題』 NHK『クロ現』やらせ疑惑」、「日本経済新聞電子版」、2015年12月11日。URL=https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG11H7Z_R11C15A2000000/ 
★7 URL=https://togetter.com/li/2194205 
★8 高橋ユキ「性暴力の記事が『目立たなく』なる インターネットの見えざる力 前略、塀の上より(6)」、「webゲンロン」、2023年10月26日。URL=https://webgenron.com/articles/article20231026_01

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

2 コメント

  • TM2023/12/04 19:12

    お恥ずかしながら実名報道されるのか否かがここまでケースバイケースに決定されているとは知りませんでした。匿名化が固有名に集る悪意を退ける可能性を持つ一方、固有名を隠すことで責任や言葉の所在も曖昧にしてしまう。難しい問題ですね。 単純で浅い決まりごとで線びかれるよりも、高橋さんのように匿名にするか実名にするかで起こり得る可能性を吟味して進むしかないのかもしれません。 実名か匿名か。今度からはもっと立ち止まって考えてみたいです。

  • qpp2023/12/04 19:13

    匿名問題。今のネット社会の中で実名を晒す重みは数十年前とは比べものにならない。加害者の更生に関心がある身としては、全て匿名でも良いのではないかと思うくらいだが、きっとそれは間違っている。 加害者も被害者も第三者もすべてが匿名になったとしても起こったことは消えない。 加害者は罪を償うべきだが第三者による社会的制裁は必要ない。 けれど、匿名性は人を守る事もあれば更に傷つける事もある。 罪が償われず曖昧なまま流れてしまうのは、結果的には罪を犯した本人にとっても良い事ではない。 事実を正確に…そこに立ちはだかるのは匿名性に守られた人の自己顕示欲だったり承認欲求だったりもするのだろうけど、実名にしても人は思い込みや感情で話してしまったりする。 そして間違った事を言えばまた別の匿名の誰かに糾弾される。 結局は匿名性がいけないのか? などなど、つらつらと考えてしまいました。 自分自身も匿名の存在として。

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