性暴力の記事が「目立たなく」なる インターネットの見えざる力 前略、塀の上より(6)|高橋ユキ

色々なところで書いたり話したりしているため、すでにご存知の方も多いかと思うが、私がライターとして主に刑事裁判や事件について書かせてもらうようになったのは、そもそもブログが始まりだった。女性の裁判傍聴集団を結成してブログを立ち上げ、これが書籍になったことがきっかけである。20年ほど前のことだ。
とはいえ当時はライターとしてはほぼ素人であり、出版社との繋がりもないため仕事はほとんどなく、ブログを続けながら、夕刊紙や週刊誌に細々と記事を書かせてもらっていた。いったん週刊誌の記者として稼働したのちにフリーのライターとして再始動したが、経験が長くなっても、紙媒体では自分の署名記事の執筆機会はなかなか得られない。ただウェブ媒体は違った。当時は紙媒体よりも原稿料が著しく低かったことから、私のような、よく分からない経緯でライターとなった者にもチャンスがあったのである。
このように半ば物悲しい理由で、割と早くからウェブ媒体での記事の執筆を始め、いまとなっては年数もそこそこ長くなった。傍聴を続けながら、記事執筆を請け負い、業務の範囲内ではあるが、ウェブ媒体の移り変わりを見てきた。
刑事裁判や事件というジャンルで記事を書く際に配慮したい事柄はさまざまで、またそれも多くは時代の変化とともに変わってゆく。今回テーマとして扱いたいのは、変わらないことのひとつ、性暴力事件について執筆する難しさだ。
「難しい」といっても、何がどう難しいというのか。他の事件も同じように当事者や読者に配慮して書いているだろう、とツッコミを入れたくなるかもしれない。今回の「難しさ」のベクトルはそちらを向いているのではなく、ウェブ媒体に性暴力事件を書くこと自体が実は難しいという話である。不可解なことが起きて、記事が思うように読み手に届かないことがあるのだ。それも一度や二度ではない。
各媒体に公開された記事は、ニュースのプラットフォームにも配信されることがあり、たとえばLINEニュースやスマートニュース、Yahoo!ニュースなどで読むことができる。こういったプラットフォームを利用してニュースをチェックする人のほうがメジャーかもしれない。だが、性暴力事件を扱った記事は、プラットフォーム側で目立たないようにするといった措置が取られるようなのだ。
SNSを介してニュースのトレンドをチェックする人もいることだろう。ところがここでも、ニュースのURLが記された発信に、制限と思しきものがかかってしまうことがある。思しきもの、とか、取られるようだ、などとはっきりしない調子で書いているのにも理由がある。SNS運営会社やプラットフォーム側はどのようなプロセスを経て、記事のどの部分に問題があると判断したかを明確にしない。発信する側は、それを推測することしかできないが、結局のところ、性暴力の記事はインターネット上で有害な性的コンテンツだと判断されているのではないか? というのは、昔からよく聞かれる話である。
今年執筆したもので言えば、こちらの記事。
葬儀場の職員が、亡くなった「女子高生」の胸を…被害者の母は涙ながらに「娘のお墓に土下座してほしい」
URL= https://www.dailyshincho.jp/article/2023/01241103/?all=1
葬儀場の職員だった男が職場において、亡くなった女子高校生の遺体にわいせつ目的で接触していたという事件があった。家族にとっては、亡くなっただけでも辛いことである。それが、最期の別れの場において、あろうことか職員が、亡くなった家族を性的に弄んでいたというのだから、その怒りや悲しみは筆舌に尽くし難い。
取材をするなかで、遺体へのわいせつ行為は死体損壊罪にはならないことも知った。過去の最高裁判決で「死姦は損壊ではない」という判断が下されているためだ。そのため検察官は被告人を建造物侵入罪で起訴したのだった。すると、実際は亡くなった高校生が被害を受けたにもかかわらず、建造物に侵入されたという「葬儀場の管理者」が被害者となる……というねじれが起こる。
女子高校生の家族に取材し、裁判を傍聴したうえで記事をまとめた。ところが、SNS上ではたくさんの方が記事の存在を知ってくれたにも関わらず、あるプラットフォームにおいて、アクセスランキングにこの記事が全く表示されないという現象が発生した。
取材依頼に応じてくれたうえで辛い経験を語ってくださる方は、記事が広まることを願っている場合が実はけっこうある。取材する側も、そのつもりで覚悟を決める。だがなかなか広まらない。当事者の思いを考えると、とにかく申し訳ない気持ちになる。
こちらの記事もそうした憂き目にあった。
娘への強制性交、罪に問われた夫に「処罰は望みません」 法廷で妻が語った驚きの理由
URL= https://www.bengo4.com/c_1009/n_15426/
自分の子供(当時5歳)に対して口淫をさせ、その様子を動画撮影したという父親の裁判だった。別の女児にプライベートゾーンを撮影させそれを送信させていたという罪でも起訴されていた。この記事もSNSでシェアされることが多かったものの、プラットフォーム上ではランキングに表示されなくなっていた。
媒体とプラットフォームの間では、媒体側の記事をプラットフォーム上で配信するにあたってそれぞれ個別に契約を結んでいる。プラットフォーム上で記事が広まれば、自社媒体に読者を呼び寄せる機会が生まれる。だがプラットフォーム上で広まらないような措置がなされていれば、その機会は減少する。プラットフォーム側で記事が目立たなくなるような措置が取られることのデメリットはこれ以外にもあるが、媒体にとっては単なる外注先のひとつでしかない私がこれを公にすることで媒体に迷惑がかかる可能性もあり、なかなかハッキリと書きづらいのが困りどころだ。
SNS側でも規制がかかることがある。
「ベッドに放り投げられた後、ストッキングを脱がされて…」酩酊させ「即日セックス」を繰り返した挙句に法廷では完全否認。鬼畜ナンパ塾塾長から届いた仰天リプライとは
URL= https://shueisha.online/culture/94436
女性の口説き方を有料で指南するナンパ塾の塾長や塾生らが、ナンパした女性に酒を飲ませ抗拒不能状態に陥らせたうえ、性交していたという事件について振り返った記事だ。彼らの中ではナンパからその日のうちに性交に持ち込むことが賞賛される行為とされており、その単位を「ゲット」と称し、「1ゲット」「2ゲット」など、グループ内で成果を報告させていた。強化月間のようなものもあり、1ヶ月での「ゲット数」を競う時期に起こった事件もあった。
加えて彼らは「ゲット」の申告が嘘ではないという証として、性交の様子を動画撮影し、数の報告とともに動画を送信、仲間内で共有していた。
この記事を公開後にSNSでシェアしたところ、なぜかSNSの検索結果にそのポストが全く表示されなくなるという現象に見舞われたうえ、一部のプラットフォームでも目立たなくなるという状態に陥った。
そもそもGoogleでも、アダルトサイトの表示を抑制するフィルターを導入していると言われている。そのため、プラットフォームやSNS、Googleから、露骨な性的描写をしている記事だと判断されないよう、記事中に用いる単語にはどうしても気を遣う必要が出てくる。たとえば強制性交等の裁判の記事であれば「陰茎を膣に挿入」といった文章が入ることになったり、上記の例であれば「口淫」「死姦」といった単語が出てきてしまうのだが、プラットフォームやSNS等からアダルトコンテンツだとみなされてしまうことを防ぎたいという媒体の意向により、表現が変わることはままある。性暴力事件の裁判において陰茎をどこに挿入したかは、重要なポイントだ。被告人が2017年の刑法改正前の強姦罪で起訴されていたならば、陰茎が肛門への挿入であれば強姦罪には問うことができない。
どこに挿入したかが争われる裁判も実際にあった。だが「陰茎」も「膣」もインターネット的にはかなり注意が必要なワードであるため、記事では「陰茎を膣に挿入」が単に「挿入」だけになってしまったりすることもあれば、「男性器」「女性器」といった単語に置き換わることもある。「口淫」なども「わいせつな行為」といった表現に変換されてしまう危険をはらむ。裁判に証人出廷した被害者が「レイプ」という単語を用いた時でさえ、そのまま記事に盛り込めない場合がある。「死姦」についても、たとえ最高裁判決でその単語が用いられていたとしても、「死後のわいせつ行為」などと言い換えたほうがまだ安全だと言われてしまうことがある。このように、なんとかフィルターに引っかからないように腐心した結果として、かえって卑猥な文章になってしまう珍現象や、そもそも全ての詳細を「性的暴行」「わいせつな行為」といった単語に丸めるような乱暴な簡略化が、今のウェブ記事では発生しがちだ。
記事の感想を眺めていると時折、詳細が記されていないことに対する批判が書き込まれていたりもするのだが、こうした経緯によるものなので、ご理解いただきたい。むしろ、性暴力事件の記事はインターネットにおいて、SNSやプラットフォーム、Googleから要注意とみなされかねないジャンルであるため、難色を示されることがあるにもかかわらず、記事化を了承してくれたうえ、なんとか多くの人に読まれるようにと、表現や単語の置き換えを提案してくれる媒体の皆様には毎回、感謝している。
性暴力の事件について書いた記事がインターネット上でアダルトコンテンツとみなされ、目に触れられないような対応をされてしまうことに関して、私個人は、当然不満を持っている。裁判のために証人出廷し、証言した被害者の思いを想像すると、どうしてこんなことになってしまうのかと暗い気持ちになる。詳細な記述によって手口が広まれば予防にもなるのではないかと思うのに、ままならない。一方、もちろん、こどもがインターネットに触れることを想定した場合、アダルトコンテンツのフィルタリングは必要だということも理解している。雑誌のように手に取った読者だけが読むものではなく、誰の目にも触れうる可能性があるウェブ記事からこそ、適切な表現ラインはどこにあるのかいつも悩みながら記事を書く。
参考文献
グーグル八分(Google八分)とは?概要や回避方法を解説、QUERYY、2023年6月16日付。
URL= https://n-works.link/blog/seo/googlehachibu


高橋ユキ
2 コメント
- nankai4go2023/10/26 21:40
プラットフォーム側の意図で取捨選択された後のニュースだけが表示されるのはよくないのではと思う一方、子供には刺激が強いニュースを見せるのはどうかと思いますし、性暴力事件のニュースを見ることでフラッシュバックが起こってしまう被害者などもいるであろうことを考えると、どうしたものかと思ってしまいます。ネットの情報もゾーニングできたり、受け取る側が取捨選択できるようになるといいのでしょうかね。
- Hurdanmori2023/10/29 10:37
性犯罪を扱うネット記事が直面する、極めて重要な問題な問題が提起されている。そして、それは性犯罪を扱う記事にとどまらない問題ではないかと感じた。 我々ネット記事の読者が、顧客ではないと言う意味においてユーザーではないという、ゲンロンが常に主張している「無料とは何か」の問題にも繋がるものだ。 YouTubeを利用する際に、迷惑系などと呼ばれる配信者を、仮にYouTubeプレミアムで課金しても、視聴者側はそこにお金が回ることを排除できない。広告収入で回すビジネスモデルにおいては、課金は広告表示が少しばかりキャンセルされるだけで、バズる事と収益の関係性になんら影響を与えない。 表現の規範はプラットフォーム次第であるという問題には、何の影響もないのである。 この記事が提起している問題は極めて重大だ。我々がネット記事を読む際に、更に読む前の探す段階においても、明文化されているか否かに関わらず、プラットフォーム側が作っている規範を常に裏読みしなければならないのだから。 話を戻すと、性犯罪を扱う際に重要な問題が、使う単語や表現を「自主規制」しないとネット記事にできない、できたとしても問題の本質が捻れたり、届くべき人に届かないという事は、極めて重大な問題だと感じた。 そして、この記事がwebゲンロンだからこそここまで踏み込んだ記述ができたということも、大きな意味があるだろう。
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