旭川・女子高校生殺人 現れては消えてゆく「重要情報」の仮面をかぶった偽情報 前略、塀の上より(15)|高橋ユキ

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webゲンロン 2024年7月25日配信

 週刊誌などの紙媒体にはたいてい、その媒体の読者というものがいて、その先にいる読者を想像しながら原稿を書く。ところがウェブの記事は違う。ボトルに手紙を入れて海に流すようなものだ……と知り合いの編集者は言った。たいていの記事がYahoo!ニュースやスマートニュースなどニュースプラットフォームでも配信され、媒体の固定読者だけが記事を読むわけではない。むしろ“媒体の色”など意識してみても、読者にとっては全くどうでもよいことだったりする。ゆえに“この媒体の読者はこの部分を書かなくても分かってもらえるから”などと勝手に甘えて、前提を省略することは御法度である。逆に“私はこういう著者だから”と、自分を出すことも極力控える。読者は私という人物を全く知らないことの方が多いからだ。

 ただ、どうやらwebゲンロンは、ウェブ媒体には珍しく、固定の読者がいるように思う。そんな場を作りあげてきたゲンロン編集部、そしてゲンロンとともに媒体を育ててきた読者との強い結びつきを感じ、私はなんとなく転校生のような、あるいは全12回の連続ドラマの第8回から唐突に出演し始めた登場人物のような気持ちで原稿執筆に臨んでいる。どういう空気感かな? などと毎回試行錯誤している。

 私が連載記事にほぼ毎回、自分は事件を取材して記事を書いているライターである、と明記するのは、ウェブ記事はボトルメールと同じであるというこれまでの習慣に則ったもので、初めて私の記事を読む人のためだ。しかし、媒体と読者との間にある信頼関係を見るに、この前置きはもしかしたら、webゲンロンには不要なのかもしれない。そんな空気を感じるいっぽうで、webゲンロンだから毎回書いた方がよさそうだぞ、とだんだん思うようになったことがある。自分が取材で得たものの、記事にしていない話については出典がないのだが、致し方ないことなのでご容赦いただきたい、ということだ。他の執筆者の記事にも、私の記事にも、本文に書いた話の根拠としてウェブ記事などが末尾に記されている。おそらくこれが、媒体と読者で作りあげてきた空気のひとつであろう。私も出典を読むのは大好きだ。だが本連載では、これまでの取材で見聞きしたこぼれ話を盛り込むことがある。その時、根拠として提示できる記事がない。取材時の音声やメールなどは残っているが、この連載で、それを示してまで説明する必要があるのか? という問題もある。考察系記事のはずが、告発記事のようになってしまう。そして出典がないことを毎回伝えるのであれば、私が何者かということもやはり合わせて伝えた方が親切なのだろうと思うに至る。

 ただ、出典がないことで私がひとつだけ心配しているのは、ここに書いている話が嘘だと思われるのではないかということだ。読者に対して“私が本当だと言っているので信じてくださいね”などと言うのは傲慢であろう。情報の受け手は、何をもってそれが事実であると判断するのか? という今回のテーマとも直結する。「言いたいことを書くために話を捏造しているのではないか」と疑われる余地を残してしまっているのが正直言ってものすごくモヤモヤする。いや、全てのノンフィクションにおいて、そういった余地はつねにあると言えばある……本連載はノンフィクション系コラムなのだ……など、考えは止まらなくなったところで、本題に入りたい。

 

 2017年10月、神奈川県座間市にあるアパートの一室で、9人の遺体が発見されたことをきっかけに明るみになった、いわゆる座間9人殺害事件。逮捕されたのは、この部屋に住んでいた当時27歳の白石隆浩。2024年現在、すでに死刑が確定している。

 SNS全盛の現在、何か大きな事件や災害が起きた時、テレビや新聞、週刊誌といったメディアを介さず、当事者や関係者らが自ら情報発信することは珍しくなくなった。災害時の当事者発信に対し、取材しようと群がるメディアアカウント、それを非難する一般アカウント、といった構図もよく見かける。何か事件が起きた時も、同級生をはじめ、当事者らと関わりのあった者たちが、その旨をポストする様子が見受けられる。

 


★1 「【旭川女子高校生殺人】「落ちろ。死ねや」内田梨瑚容疑者を『殺人』『不同意わいせつ致死』の罪で起訴 被害者の女子高校生(17)に暴行加え、全裸にして橋の欄干に座らせ撮影…橋から転落させ殺害 旭川地検」、「北海道ニュースUHB」、2024年7月3日。URL= https://www.uhb.jp/news/single.html?id=43697 ほかに、以下の記事にも同様の記述がある。「目撃者なし、防犯カメラなしで立証は可能か【旭川女子高校生殺害】殺人容疑を否認する内田梨瑚容疑者と19歳の女…起訴するかどうかの“勾留期限”は7月3日で満期」、「HBC北海道放送」、2024年7月2日。URL= https://www.hbc.co.jp/news/b0e44053cda7ee20fb9107d3465f1732.html
★2 「<女子高校生殺人で新供述> 内田梨瑚容疑者 “言葉遣いが気に入らなかった”という趣旨の話を警察に…SNSでの画像の無断使用トラブルを被害者とやりとりしている時に 北海道旭川市」、「北海道ニュースUHB」、2024年6月14日。URL= https://www.uhb.jp/news/single.html?id=43291 ほかに、以下の記事にも同様の記述がある。「21歳「橋に置いてきただけ」 殺害への関与否認か、旭川17歳殺害」、「朝日新聞デジタル」、2024年6月19日。URL= https://www.asahi.com/articles/ASS6M2TZHS6MOXIE00CM.html
★3 「橋の欄干座らせ撮影か 旭川の女子高生殺人 ラーメン食べる写真無断使用が原因の可能性」、「産経ニュース」、2024年7月3日。URL= https://www.sankei.com/article/20240703-U6FGUCS5KFJIHIJ5KMIYSQNALY/

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

1 コメント

  • TM2024/08/06 13:25

    報道が明らかにしていない隙間、そこを面白い形で埋めたい。その願望は人間の想像力がなすものなのだろう。それは知らない世界を埋める機能の暴走なんだろうか? 人間が物語を求める性質にも関わっているようにも思う。 本来それらは極狭い世界で流されるものだったのに、今は容易に拡散される可能性をはらんでいる。 むしろ拡散は承認欲求を満たす作用とも結びつき、拡散しやすい物語≒面白い物語を追求する方に引っ張られていくのかもしれない。 高橋さん同様そうした生態に興味があります。 今回も興味深い切り口でした、ありがとうございます!

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