旭川・女子高校生殺人 現れては消えてゆく「重要情報」の仮面をかぶった偽情報 前略、塀の上より(15)|高橋ユキ

週刊誌などの紙媒体にはたいてい、その媒体の読者というものがいて、その先にいる読者を想像しながら原稿を書く。ところがウェブの記事は違う。ボトルに手紙を入れて海に流すようなものだ……と知り合いの編集者は言った。たいていの記事がYahoo!ニュースやスマートニュースなどニュースプラットフォームでも配信され、媒体の固定読者だけが記事を読むわけではない。むしろ“媒体の色”など意識してみても、読者にとっては全くどうでもよいことだったりする。ゆえに“この媒体の読者はこの部分を書かなくても分かってもらえるから”などと勝手に甘えて、前提を省略することは御法度である。逆に“私はこういう著者だから”と、自分を出すことも極力控える。読者は私という人物を全く知らないことの方が多いからだ。
ただ、どうやらwebゲンロンは、ウェブ媒体には珍しく、固定の読者がいるように思う。そんな場を作りあげてきたゲンロン編集部、そしてゲンロンとともに媒体を育ててきた読者との強い結びつきを感じ、私はなんとなく転校生のような、あるいは全12回の連続ドラマの第8回から唐突に出演し始めた登場人物のような気持ちで原稿執筆に臨んでいる。どういう空気感かな? などと毎回試行錯誤している。
私が連載記事にほぼ毎回、自分は事件を取材して記事を書いているライターである、と明記するのは、ウェブ記事はボトルメールと同じであるというこれまでの習慣に則ったもので、初めて私の記事を読む人のためだ。しかし、媒体と読者との間にある信頼関係を見るに、この前置きはもしかしたら、webゲンロンには不要なのかもしれない。そんな空気を感じるいっぽうで、webゲンロンだから毎回書いた方がよさそうだぞ、とだんだん思うようになったことがある。自分が取材で得たものの、記事にしていない話については出典がないのだが、致し方ないことなのでご容赦いただきたい、ということだ。他の執筆者の記事にも、私の記事にも、本文に書いた話の根拠としてウェブ記事などが末尾に記されている。おそらくこれが、媒体と読者で作りあげてきた空気のひとつであろう。私も出典を読むのは大好きだ。だが本連載では、これまでの取材で見聞きしたこぼれ話を盛り込むことがある。その時、根拠として提示できる記事がない。取材時の音声やメールなどは残っているが、この連載で、それを示してまで説明する必要があるのか? という問題もある。考察系記事のはずが、告発記事のようになってしまう。そして出典がないことを毎回伝えるのであれば、私が何者かということもやはり合わせて伝えた方が親切なのだろうと思うに至る。
ただ、出典がないことで私がひとつだけ心配しているのは、ここに書いている話が嘘だと思われるのではないかということだ。読者に対して“私が本当だと言っているので信じてくださいね”などと言うのは傲慢であろう。情報の受け手は、何をもってそれが事実であると判断するのか? という今回のテーマとも直結する。「言いたいことを書くために話を捏造しているのではないか」と疑われる余地を残してしまっているのが正直言ってものすごくモヤモヤする。いや、全てのノンフィクションにおいて、そういった余地はつねにあると言えばある……本連載はノンフィクション系コラムなのだ……など、考えは止まらなくなったところで、本題に入りたい。
2017年10月、神奈川県座間市にあるアパートの一室で、9人の遺体が発見されたことをきっかけに明るみになった、いわゆる座間9人殺害事件。逮捕されたのは、この部屋に住んでいた当時27歳の白石隆浩。2024年現在、すでに死刑が確定している。
SNS全盛の現在、何か大きな事件や災害が起きた時、テレビや新聞、週刊誌といったメディアを介さず、当事者や関係者らが自ら情報発信することは珍しくなくなった。災害時の当事者発信に対し、取材しようと群がるメディアアカウント、それを非難する一般アカウント、といった構図もよく見かける。何か事件が起きた時も、同級生をはじめ、当事者らと関わりのあった者たちが、その旨をポストする様子が見受けられる。
さて白石が逮捕された当時、当事者と関わりがあったとSNSで公につぶやいているアカウントを私も探していた。四六時中、旧Twitterを見ては取材依頼をするなか、あるアカウントAが、彼と知り合いだったと匂わせているのを発見し、また取材依頼をしたところ、メールであれば取材を受けるといった返信が届いた。そこで詳しく、Aさん本人が見てきた白石の人となりを尋ねたのであるが、どうもはっきりしない。不審に思い、交流のあった時期や場所など尋ねても、はっきりとした返信は返ってこない。本記事の出典のごとく、根拠となるようなメールやLINEメッセージなどが残っていないかと聞いても、ないのだという。証明できない交友関係を記事にすることは誤報のリスクがある。結局Aさんへの取材はそこで止めた。
大きな事件が起きると出現する関係者アカウントのなかには、本当は無関係である者もいる。メディアに関わる人間に対する嫌悪からなのか、誰かと話したいのか、嘘を流そうとする理由は分からない。取材する側として言えるのは、SNSを介した取材では、その関係性を示す証拠を当人が持っていなければ、相手を信頼するのは難しいということだ。
このような“偽”関係者は、座間の事件に限らず、さまざまな事件で出現するし、偽情報も流れる。本連載第7回にも記しているのでぜひお読みいただきたい。最近起きた事件においても、そんな現象が見受けられた。
今年4月、北海道旭川市の神居古潭にかかる橋から、留萌市の女子高校生(17=当時)を落として殺害したとしてふたりの女が逮捕されたのが6月のこと。のち内田梨瑚(21)被告は7月3日に殺人と不同意わいせつ致死の罪で起訴され、19歳の女は監禁、殺人、不同意わいせつ致死の非行事実で旭川家庭裁判所に送致された。ニュース記事を引用する。
起訴状によりますと、内田被告は4月18日深夜から19日未明にかけて、村山さんを車に乗せて、旭川市内のコンビニエンスストアに連れていき、馬乗りになって顔面を殴るなどの暴行を加えるなどして監禁。
さらに、旭川市内の橋で、服を脱ぐよう強要し全裸にさせ、土下座して謝罪する様子を携帯電話で撮影するなどのワイセツ行為をし、腰をけるなどして女子高校生を橋の欄干に座らせ、その様子を撮影。
その後、欄干に座った女子高校生に対し、殺意を持って「落ちろ」「死ねや」などと脅し、橋から落下させ、川で溺水による窒息により死亡させ殺害しました。[★1]
逮捕直後の報道によると、内田被告らは被害者とは事件の日まで面識がなかったという。面識のない相手になぜ事件を起こしたのか、動機が注目されるなか、「被害者が内田被告の写る画像をSNSに使った」という報道が流れた。こちらも記事を引用する。
捜査関係者によりますと村山さんが内田容疑者が写る画像を無断でSNSで使用。
内田容疑者の知人の16歳の少女が気づき、内田容疑者に報告してトラブルにつながったとみられています。[★2]
少しずつ情報が明らかになってゆく過程において、詳細が不明な箇所があるのは致し方ない。この時点で、被害者がどんな画像をSNSに使ったかということは、明らかになっていなかった。最近では、そんなタイミングで動きが活発になるのが、いわゆるタレコミ系アカウントであり、一部のSNSユーザーからは信頼を得ているようでもある。そんなタレコミ系アカウントのひとつから、被害者に関する情報提供メッセージのスクリーンショットがポストされた。すでにポストが削除されており、正確には伝えることができないが、“ 被害者は加害者の性的な動画を販売していた”という趣旨のタレコミメッセージだった。このポストはインプレッションが128万と、削除まで大きく拡散されていた。
報道がまだ明らかにできていない事件の“隙間”を埋めたい、それも“こうだったら面白い”話で埋めたい、というのが人間の欲求か。同じ頃、タレコミ系アカウントではなく、YouTubeや一般アカウントの間で、本事件が同じ旭川市で2019年に起きたいじめ自殺事案にまで関連づけられ、内田被告がこのいじめにも関係しているといった噂が流れ始める。さらには、内田被告とともに逮捕された19歳の女は20歳未満のため現時点でも実名報道はなされていないが“ 19歳の女の写真を持っている、名前も知っている”とポストする一般アカウントも出現。ある氏名と写真がアップされ、“ 勇気ある方に託したい”ともポストしたことで、またもや拡散されていった。
SNSにアップされる情報はどこまで本当なのか。座間事件の白石隆浩の取材の際に思ったことを、また思う。結局、19歳女の写真は、内田被告の学生時代の顔写真を加工したものだと判明。拡散を促したアカウントは“ ガセをつかまされた”と謝罪していた。そして7月には、被害者がSNSに用いた「内田被告が写る画像」の内容も、各報道機関が一斉に報じた。それは内田被告の性的動画などではなく、彼女がラーメンを食べる画像だったという[★3]。この報道後、タレコミ系アカウントを見に行くと、ポストが削除されていた。こちらは、誤報に対する謝罪はなかった。
嘘の情報でも、重要であるかのように流せば、信じる人がいる。むしろ「報道機関の情報ではない」ことで、かえって信憑性が高いと思ってもらえる場合がある。そして悲しいことに、ポストを削除しても噂は残ってしまう。今後もまた、何か事件が起きるたび、本当の当事者とは無関係にSNSでの狂乱が繰り広げられるのだろう。裏の取れない情報を信じるなんて……と、嘘情報を信じてしまった人を責めるつもりもないし、リテラシー低いよね、などとバカにするつもりもない。私もいつ騙されるか分からないからだ。蓋を開けてみれば結局、意図的に嘘を流していた人が存在した、ということになるのだが、彼らはいま何をして暮らしているのか。駅構内であえて他人にぶつかる「ぶつかりおじさん」と同じくらい、その生態に興味がある。そしてこの記事における出典のない箇所をどこまで信じてもらえるのかも興味がある。
★1 「【旭川女子高校生殺人】「落ちろ。死ねや」内田梨瑚容疑者を『殺人』『不同意わいせつ致死』の罪で起訴 被害者の女子高校生(17)に暴行加え、全裸にして橋の欄干に座らせ撮影…橋から転落させ殺害 旭川地検」、「北海道ニュースUHB」、2024年7月3日。URL= https://www.uhb.jp/news/single.html?id=43697 ほかに、以下の記事にも同様の記述がある。「目撃者なし、防犯カメラなしで立証は可能か【旭川女子高校生殺害】殺人容疑を否認する内田梨瑚容疑者と19歳の女…起訴するかどうかの“勾留期限”は7月3日で満期」、「HBC北海道放送」、2024年7月2日。URL= https://www.hbc.co.jp/news/b0e44053cda7ee20fb9107d3465f1732.html
★2 「<女子高校生殺人で新供述> 内田梨瑚容疑者 “言葉遣いが気に入らなかった”という趣旨の話を警察に…SNSでの画像の無断使用トラブルを被害者とやりとりしている時に 北海道旭川市」、「北海道ニュースUHB」、2024年6月14日。URL= https://www.uhb.jp/news/single.html?id=43291 ほかに、以下の記事にも同様の記述がある。「21歳「橋に置いてきただけ」 殺害への関与否認か、旭川17歳殺害」、「朝日新聞デジタル」、2024年6月19日。URL= https://www.asahi.com/articles/ASS6M2TZHS6MOXIE00CM.html
★3 「橋の欄干座らせ撮影か 旭川の女子高生殺人 ラーメン食べる写真無断使用が原因の可能性」、「産経ニュース」、2024年7月3日。URL= https://www.sankei.com/article/20240703-U6FGUCS5KFJIHIJ5KMIYSQNALY/


高橋ユキ
1 コメント
- TM2024/08/06 13:25
報道が明らかにしていない隙間、そこを面白い形で埋めたい。その願望は人間の想像力がなすものなのだろう。それは知らない世界を埋める機能の暴走なんだろうか? 人間が物語を求める性質にも関わっているようにも思う。 本来それらは極狭い世界で流されるものだったのに、今は容易に拡散される可能性をはらんでいる。 むしろ拡散は承認欲求を満たす作用とも結びつき、拡散しやすい物語≒面白い物語を追求する方に引っ張られていくのかもしれない。 高橋さん同様そうした生態に興味があります。 今回も興味深い切り口でした、ありがとうございます!
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