ジャニーズ性加害問題で巻き起こる当事者、取材者、マスコミへの批判 前略、塀の上より(4)|高橋ユキ

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webゲンロン 2023年8月24日配信
 ジャニーズ事務所の創業者、故ジャニー喜多川(享年87)による「性加害」が今年、日本国内でクローズアップされている。 

 2019年に87歳で亡くなったジャニー氏が事務所の少年たちに性加害を繰り返していたというこの問題については、過去にもメディアが報じてきた。1999年10月から14週にわたって『週刊文春』(文藝春秋)が報道を重ねたところ、ジャニーズ事務所が記事は名誉毀損にあたるとして提訴したが、性加害の事実はあったと認定する判決が2004年、最高裁で確定している。 

 裁判所が芸能事務所の創業者による性加害を認めたというインパクトは非常に大きいものであるはずだ。しかし当時、これを取り上げた新聞社はほとんどなかった★1。今年6月の朝日新聞記事には、当時の判決を報じたか否か、新聞社だけでなくテレビ局にも回答を求めた結果が記されているが、それによると「全国紙4社と在京のテレビ5局にこの時期の報道内容について聞いたところ、新聞は判決内容を報じていたが、テレビで報じたという回答はなかった。実態を独自に取材して報じたと回答した社はなかった」★2というから、当時のテレビや新聞からは黙殺されており、独自取材もなかったと見るのが適当だろう。

 こうして問題は長年 “ないこと” のようにされていたが、今年(2023年)3月、英放送局BBCによるドキュメンタリー番組が放送されたタイミングで、改めて『週刊文春』がジャニー氏の性加害について追及をはじめた。さらに同誌に実名顔出しで取材に応じたカウアン・オカモト氏が4月、東京・丸の内の日本外国特派員協会で記者会見を開き、ジャニー氏による「性加害」を語ったことで、反響はますます大きくなる。 

 過去の文春のキャンペーン報道時とは異なり、誰もがスマホやインターネットで情報にアクセスすることのできる時代になった。カウアン氏の記者会見はリアルタイムで配信されていたため、テレビが報じなくとも、視聴することができた。質疑応答も配信されており、どの社が会見に参加していたかは一目瞭然。もはや “大手メディアが黙殺” しようとも、隠せない時代になった。『週刊文春』の報道も続くなか、新たな被害者が次々と声を上げてゆき、2023年8月現在では大手新聞社やテレビ局もこの問題を報じるようになっている。7月末には国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が来日。声を上げた当事者たちに聞き取り調査を行い、記者会見を開いたが、これもテレビで報じられた★3。 

 かつては黙殺されたこの問題は現在こうして注目を集め続けている。ジャニーズ事務所も反応した。5月14日には公式サイトにて「故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応」と題したコメントを発表★4。代表取締役社長の藤島ジュリー景子氏の動画も掲載された。さらに外部専門家による再発防止チームを設置★5。調査を受けての提言は8月末頃を予定しているという★6。 

 国連人権理事会の作業部会による会見を伝える記事には「『数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれるという、深く憂慮すべき疑惑が明らかになったほか、日本のメディア企業は数十年にわたり、この不祥事のもみ消しに加担したと伝えられている』とメディアの責任も厳しく追及した。」とある★7。“不祥事のもみ消しに加担” というのは、過去にもジャニー氏の疑惑が報じられ、また『週刊文春』の記事についての民事訴訟では最終的にジャニー氏による性加害が認定されているにもかかわらず、これを大手メディアが報じなかったことを指しているのだと思われる。実際、今年に入ってからの『週刊文春』の記事には、民事裁判で性加害が認定された後に、ジャニー氏からの被害を受けた当事者たちの声も複数ある。メディアの黙殺により性加害が “ないこと” にされ、新たな被害者を生んだ。カウアン氏の会見でも、NHK報道局の記者が「カウアンさんは1996年生まれですかね。私も同世代になるんですが、当時入所された15歳ころのことを思い返すと、たしかに『文春』で追っていらっしゃったけど、子どもたちの世代にはまったく届くような状況ではなかったと思います」と問いかけており、この様子も配信されている★8

 このように一連のジャニーズ性加害問題は、国内においては『週刊文春』の取材によって大きく注目され、他社も追随し、議論を呼ぶこととなった。私も追随したひとりとして複数、記事を執筆するなかで、メディアの現在地、そして世間の反応に思うところがあった。 

 私がこの問題について取材執筆した媒体は、弁護士ドットコムニュースである。ウェブ媒体には、新聞社やテレビ局が運営するものや、週刊誌を刊行している出版社が運営する週刊誌系メディア、またウェブニュースなど様々だ。弁護士ドットコムニュースは弁護士ドットコム株式会社が運営しているウェブニュースである。日頃付き合いがあるのは、週刊誌系メディアと、ウェブニュース。今回の問題についてどこで書けるか考えた時、出版社が運営している週刊誌系メディアは選択肢から外れた。なぜかというとカレンダー問題で面倒なことになる可能性があったからだ。長らく続く出版不況も手伝ってか、いくつかの出版社は、ジャニーズ事務所所属タレントの公式カレンダーを発売している。今後もカレンダーの仕事をするとなれば、都合の悪い報道は避けようとするのではないか。であれば、この問題を早くから報じるのは困難ではないか……そんな想像をした。 

 実際のところは講談社運営の『FRIDAYデジタル』などは、記事をいくつも出しているが、報じていない媒体もあった。カレンダー問題だけでなく、他社の後追いを嫌う文化が影響している可能性も、もちろんあるだろう。自由に取材ができるはずの週刊誌系媒体には、フリーランスの書き手から見たら「カレンダーあるからなぁ……」と思わせる空気がある。むしろ今現在の報道を見た場合、週刊誌系媒体よりも新聞やテレビのほうが積極的に報じている印象すらある。最終的に、ジャニーズ事務所と仕事上の付き合いのない弁護士ドットコムニュースで書くことになった。 

 同媒体には同じテーマで複数、記事を書かせてもらっているが、最初に公開された記事は、4月15日のものだ。カウアン氏の会見後のタイミングで『週刊文春』の元編集長と、取材チームに話を伺った。今回どのような思いで取材に臨んでいるのかという思いや、取材での感触、そしてメディアの責任について、などである。 

 

ジャニーズ性加害問題、週刊文春編集長が指摘する「メディアと事務所の利益共同体」 
URL= https://www.bengo4.com/c_18/n_15895/



 今でこそ、この問題について言及するメディアは多くなったが、記事公開当時は、カウアン氏の会見を報じていないメディアもあり、問題に触れるかどうするか、なんとなく “様子見” の雰囲気を醸していたように思える。世の中も、どう受け止めるか、周りの空気を窺っていたような時期だったと記憶している。そのためか、記事を出した当初はネガティヴな声も散見された。特に外部配信先のひとつ、Yahoo!ニュースのコメント欄にそうした意見を確認した記憶があるものの、すでに記事は配信期間を終えているようで、コメントも消えている。おぼろげな記憶に基づいた発言になるのをお許しいただきたいが、印象深かったのは、声を上げた方が信用に足る人物ではないといった趣旨のものや、また取材チームの過去の発言を拾い上げて批判するもの、などだ。SNSでも同様の声を見かけた。

 その後もこの問題について毎月1本ほど、弁護士ドットコムニュースにてインタビュー記事を出させてもらった。決して多くはない。弁護士ドットコムニュースでは私以外にも編集部の方がこの問題を追っていた。にもかかわらず「弁護士ドットコムニュースのジャニーズ問題記事はすべて、高橋ユキというライターが書いている」と思い込まれたらしく「『つけびの村』というルポで名を売ったライターが次のネタとして食いついたのでしょう」、「裏取引があるのか、金の匂いを嗅ぎつけて騒いでいるのかはわかりません」などとSNSに書かれているのを確認してしまった。もちろん、弁護士ドットコムニュース編集部に対しても「真実を報じて欲しい」といった趣旨の意見が届いているのだそうだ。 

 完全なる “後追い” 組であり、フリーランスのライターである私にすら、こうしたネガティヴな意見が届くのであるから『週刊文春』や、声を上げた方々への批判は、私の比ではないだろう。実際に『文春オンライン』では声を上げた当事者たちが、これまで受けた誹謗中傷を振り返っている。 

 

「いい加減にしろよ、死ねってメールが毎日」「口に出すのも憚られるヒドいものも…」“ジャニーズ性加害問題”元ジュニア3人が「4カ月の誹謗中傷」を語り尽くした 
URL= https://bunshun.jp/articles/-/65001



 本連載では前回、『つけびの村』で取材した山口連続殺害放火事件において「殺害された被害者らが実は加害者をいじめていた」といった言説が止まない現象について考察した。今回のケースでは、性加害を信じたくない(と思われる)人々が、批判をしているのだろうか。何を信じようと自由ではあるが、当事者に対して直接批判的な言葉をぶつける人がいることには驚いてしまう。性加害の実態が事実であったとき、彼らの批判はまぎれもない「二次加害」である。そこに気づかないほど、何かに囚われているのか。すべてを信じたくないという思いの現れか。

 自分の見ていた世界の裏に創業者による長きにわたる性加害があった、そんなことは、その人々の中では「あってはならない」ことで、声を上げた当事者は「あってはならないことを広める」存在であり、「事務所や現在の所属タレントを脅かしている」……そんな見方をしているのだろうか。 

『週刊文春』でジャニーズ性加害問題の取材を続ける松村優子記者にも改めて聞いた。 

 

「『どうして今更』『ジャニーさんが亡くなったからでしょう』。そんな言葉が、取材に応じてくれた元ジュニアたちに対して、そして担当している記者にもたくさん投げられました。それは今でも続いています。 
 その中で1つ気づいたことがあります。心ない言葉が投げられるのは、被害に遭ったことを訴えている彼らが、大人になっているからなのかもしれません。 
 被害に遭った当時、彼らは子供でした。 
 自分の周りにいるお子さんたちを見てください。まだ性についてきちんとした知識のない13歳頃の子供たちを。その子が被害にあったと想像してみてください。 
 それでもそんな言葉をその少年に投げつけることができるのでしょうか。 
  
 大人になった彼らがやっと、被害を口にすることのできる状況になったのです。私は取材者として、今大人になった彼らと話をするとき、同時に、彼らの中にいる被害に遭った当時の『少年』も重ねて見るようにしています。 
『なぜ今なのか』については、やっと口に出せる世の中になったから。 
『ジャニーさんが亡くなったからでしょう』というのも、口に出せる世の中になった時にジャニーさんは亡くなっていた、というのがリアルな実態なのではないでしょうか。 
 彼らは昔、少年だった。そして、その少年たちが被害に遭った。 
 そんな目でもう一度、彼らの言葉を聞いてみて欲しいです」



 性被害は性別を問わず、忌まわしい経験として残り続ける。普段、記憶に蓋をしていても、ふとした拍子に思い出す。たとえば性被害の経験を告白される時、被害からずいぶん時間が経っていたりする。私も小学生のころに受けた性被害の経験を、人に話すことができるようになったのは、大人になってからだった。親戚から性被害に遭っていたと親友が私に打ち明けてくれたのも、大人になってからだった。自分のこと、そして身近な人のことを思い返せばよくわかるように、他者に対して、自分が “性加害の被害者” だったことを打ち明けるまでには、長い時間がかかることがあるのだ。そして今も、そんな悲しい秘密を抱えて生きている人が、どこかにいる。

 


★1 山口紗貴子、若柳拓志「なぜ東京高裁は『ジャニーズ性加害』を『事実』と認定できたのか 1999年文春報道の裁判」、『弁護士ドットコムニュース』、2023年5月13日付。URL= https://www.bengo4.com/c_18/n_15990/ 
★2 「長年報じず、新聞・テレビに批判 ジャニーズ性加害問題」、『朝日新聞デジタル』、2023年6月29日付。URL= https://digital.asahi.com/articles/DA3S15673914.html 
★3 『ジャニーズ事務所の調査は「透明性と正当性に疑念が残る』国連人権理事会が会見で言及 「日本のメディアがもみ消しに加担」とも指摘」、『FNNプライムオンライン』、2023年8月11日付。URL= https://www.fnn.jp/articles/-/569445 
★4 「故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応」、『ジャニーズ事務所』、2023年5月14日付。URL= https://www.johnny-associates.co.jp/news/info-700/ 
★5 「『心のケア相談窓口の開設』『外部専門家による再発防止特別チームの設置』『社外取締役』についてのお知らせ」、『ジャニーズ事務所』、2023年5月26日付。URL= https://www.johnny-associates.co.jp/news/info-702/ 
★6 「故ジャニー喜多川による性加害問題に関する件について」、『ジャニーズ事務所』、2023年8月4日付。URL= https://www.johnny-associates.co.jp/news/info-709/ 
★7 「ジャニーズ性加害『メディアはもみ消しに加担』 国連部会が会見」、『毎日新聞デジタル』、2023年8月4日付。URL= https://mainichi.jp/articles/20230804/k00/00m/040/249000c 
★8 「ジャニー氏の「性加害」証言、沈黙してきたメディアに責任は? NHKディレクターの問いかけ」、『弁護士ドットコムニュース』、2023年4月12日付。URL= https://www.bengo4.com/c_18/n_15884/

 

参考文献 「【特集】ジャニー喜多川氏の命日に考える『性加害問題』」、『週刊文春 電子版』、2023年7月3日付。URL= https://bunshun.jp/denshiban/articles/b6313 伊藤喜之「朝日新聞社内でジャニーズ報道を仕切る『ジャニ担』の影響力」、『スローニュース』、2023年7月18日付。URL= https://slownews.com/n/n5e63f062b061 モビーン・アザー「加害が明るみに……それでも崇拝され 日本ポップス界の「捕食者」」、『BBCニュース』、2023年3月7日付。URL= https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64832492 「ジャニーズ“性加害”問題めぐり…ジャニーズ事務所側の“再発防止特別チーム”が“当事者”聞き取り」、『TBS NEWS DIG』、2023年8月14日付。URL= https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/661879?display=1 山口紗貴子「ジャニーズ性加害報道、最初は『1965年』 雑誌や書籍の追及はなぜ見過ごされたか」、『弁護士ドットコムニュース』、2023年5月12日付。URL= https://www.bengo4.com/c_18/n_15987/ 高橋ユキ、山口紗貴子「ジャニーズと裁判で戦った文春側・喜田村弁護士『とにかく勝つという一心だった』」、『弁護士ドットコムニュース』、2023年5月13日付。URL= https://www.bengo4.com/c_18/n_15991/

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。
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