2023年 変わったもの 変わらなかったもの 前略、塀の上より(8)|高橋ユキ
今回の記事は12月後半に公開される関係から、2023年を振り返るようなものにしましょう、ということになった。しかし今年はとにかく夏が暑すぎた。秋も暑かった。いつまでも暑いですね、と挨拶を交わしているうちに、気づけば年末になった感がある。ゆっくり気持ちを落ち着けて振り返るようなモードになれないのも、2023年の特徴なのか。とにかく、忙しい年の瀬でもすぐに読めるようなものを書いてみたい。
まずは、ネットニュース界隈で今年感じた変化を思い出してみる。かねてより私は、北海道のテレビ局が発信しているネットニュースに特徴があるとSNSでつぶやき、また時に記事にも書いてきた。逮捕報道がとにかく詳細なのである。例えば万引きであれば、どの店舗で、何時何分ごろ、何を盗み、合計金額がいくらになったか、やたらと詳しく報じている。そのうえ逮捕された容疑者がなんと言っているかもしっかり記事にする。ただ、内容の詳しさに反して、よほどの重大事件でなければ実名報道はなされない。おそらく北海道のテレビ局の中で何かルールがあるのだろう。これを勝手に「北海道Style」と呼んできた。
「北海道Style」には「なぜか裁判記事が少ない」ことも大きな特徴だった。逮捕報道は詳細だが、その後が分からないのである。北海道と一口に言っても、裁判所はいくつもある。地裁だけでも札幌地裁を皮切りに、旭川地裁、釧路地裁、函館地裁と4つ。支部も複数あり、簡易裁判所もある。記者さんが取材をするのは大変そうだ。などと勝手に、北海道で事件が起きても裁判報道があまりないことに納得していたのだが、なぜか今年は北海道で発生した事件の裁判報道をやたらと目にしたのだった。夏の暑さでぼんやりしていたわけではない。これは本当だ。よかったらHBCやSTV、HTB、UHBなどで検索してみてほしい。
またもうひとつ、かねてより気になっていたのは「埼玉新聞の記事はタイトルがやたらと長い」ことだった。埼玉新聞のトップページから「事件・事故」カテゴリにいってみてほしい。とにかく長いのである。
ガシャン…バックした車、住宅の門扉に突進 壁など破壊、運転席に誰もおらず 夫婦ら3人暮らしの家、見に行った妻が通報「車ぶつかり放置されている」 その後、出頭した暴力団幹部を逮捕「突っ込んだ」
https://www.saitama-np.co.jp/articles/58353
体言止めを多用していることも特徴だ。
恨んだ…女性にマッサージしていた指圧師、依頼を打ち切られ…ひどい行動に 深夜に女性の車へ放火、女性が寝る自宅に燃え移る 目撃者が女性を起こし、避難させて一命 息子と2人暮らしだった自宅、車もすべて焼失 指圧師を逮捕
https://www.saitama-np.co.jp/articles/58384
朝なのか深夜なのか、大まかな時間帯もタイトルに書かれることが多い。体言止めも相まってか、歌の歌詞のごとくである。
今年はこの埼玉新聞の記事タイトルがさらに長くなった。ためしに、同サイトから「詳細検索」で2021年の「事件・事故」カテゴリを見てみてほしい。圧倒的に文字数が増え、これまでの2倍になっている。おそらくこれはタイパの時代突入と無関係ではないはずだ。本文まで読まず、タイトルですぐに内容が分かったほうがいいというニーズに応え続けた結果、まるでリード文のごとく長くなってしまったのだろう。いつまでエスカレートしていくのか、これからも注視したい。タイトルが長い媒体としては、文春オンライン、集英社オンラインも筆頭に挙げられるが、これらに寄せた結果かもしれない。
こんなことを書いていたらすでに文字数を消費してしまった。改めて2023年を振り返ってみると、芸能関係の大きなニュースが印象深い。ジャニー喜多川の性加害事件、宝塚歌劇団のパワハラ・いじめ事件。現時点でも状況は刻々と変わっているが、どちらも週刊文春の取材により明るみになった。今まで当たり前のように享受してきたエンタメの裏に、人権を無視した行為があったということを、信じたくない人もいる。夢から覚めたくないのだろう。だが被害者は実際に存在している。そんな現実を直視する1年だったように思う。
自分は主に刑事裁判(裁判員裁判)を傍聴しているが、裁判員裁判が始まるのは、事件が起こり、容疑者が逮捕されて、さらに起訴後に公判前整理手続を経てから。発生から年単位のタイムラグがあることも多い。ゆえに2023年に起こった事件ではないが、今年開かれた裁判に、小田急線、京王線で起こった2件の通り魔刺傷事件があった。
前者は2021年8月、小田急小田原線の車両内で事件を起こした対馬悠介(公判当時37)。刃渡り約20センチの包丁で当時20~52歳の乗客3人を襲い、殺害しようとした殺人未遂罪のほか、複数の万引きやその未遂をしたという窃盗罪などに問われていた。東京地裁の裁判員裁判で、中尾佳久裁判長は7月14日に懲役19年の判決を言い渡している(求刑懲役20年)[★1]。
後者は2021年10月31日、ハロウィンの夜に京王線の車両内で乗客を刺し、車内に火をつけた服部恭太被告(公判当時26)の裁判員裁判。映画『バットマン』の悪役、ジョーカーに扮したスーツを身にまとい犯行に及んだ彼は、殺人未遂のほか現住建造物等放火などの罪に問われ、東京地裁立川支部(竹下雄裁判長)で7月31日に懲役23年の判決を言い渡された(求刑懲役25年)[★2]。
京王線の事件は、小田急線の事件が起きなければ別の形になっていた。服部被告の公判で分かったのは、当初事件は「ハロウィン当日に、ごったがえしている渋谷で無差別に人を切りつけて殺害する」という計画だったのだという。滞在していた神戸で対馬被告の事件のニュースに触れ、計画を変更した……と、被告人質問で明かした。対馬被告は電車内で犯行に及び、サラダ油を車両に撒いて火をつけようとした。これを真似たのだという。福岡でコールセンターのチャット窓口業務に従事していた彼がなぜそんな犯行を計画したのかといえば、事件前年に交際していた女性との別れが関係していた。
自分の誕生日に別れを切り出され、それから半年ほどが経った2021年5月。何気なく元交際相手のLINEのプロフィールを見ると、苗字が変わっており、メッセージ部分に「結婚しました」と書かれていた。これにより希死念慮に襲われた服部被告だったが、次第に「死刑になりたい、そのために人を殺さないといけない」と思うようになったのだという。
いっぽう、小田急線の事件を起こした対馬被告は「かねてより大量殺人の願望を有していた」(検察側冒頭陳述)のだそうだ。事件当時、生活保護を受給し、川崎市内のアパートに一人暮らしをしていた。もともと大学を卒業後に就職を予定していたが、単位が取れず留年し中退。派遣社員として仕事を転々とし、事件の半年前、無職となった。そんな暮らしの中で「男性の友人から見下され、女性から軽く扱われていると感じていた被告人は、幸せそうなカップルや、勝ち組の女性など、幸せそうな人たちを殺したいと思うようになった」(同前)という。
仮にこうした思いを抱いたとしても、実行に移すまでにいくつもの大きなハードルがあるはずだ。京王線の服部被告は、そのハードルを超えるために日記をつけて気持ちを高め、シンパシーを感じたジョーカーの仮装をした。小田急線の対馬被告は、事件直前に新宿で万引きしたところ店員に見つかり、警察署で調べを受けたことから、店員への怒りを募らせた。店員を殺そうとしたが、店の閉店時刻が迫っていたので、電車での事件に切り替えたのだった。
事件までの彼らの人生や、犯行を決意する経緯は、その日電車に乗っていた乗客とは全く関係がない。無差別に人を攻撃する事件の原因は、加害者の内面にある。劣等感、絶望、自分が世界で一番不幸だという思い込み……。法務省ウェブサイト上には「無差別殺傷事犯の実態」というpdfがあるので、年末年始休暇にもぜひ読んでみてほしい(https://www.moj.go.jp/content/000112400.pdf)。加害者の属性として独身男性が多いことも特徴だ。事件は社会を映す鏡などいうフレーズは、個人的にはあまりピンとこないが、こと無差別に攻撃する事件においては、加害者が社会で本来目指していた姿と現実とのギャップを思い、彼らが社会でどんな価値観を身につけ、何に囚われていたのかを想像する。
こうした事件は今年に限った話ではなく、いつでも起こる。それゆえか、事件が忘れ去られるのもあっという間だ。今年9月にも新潟・長岡市の商業施設で高校生による無差別殺人未遂事件が発生したが、大きく報じられることもない。逮捕された少年は現在鑑定留置中で、翌年には起訴されるかどうかが判明することだろう。
★1 「小田急線の刺傷事件、被告に懲役19年の判決 東京地裁」、「朝日新聞デジタル」、2023年7月14日。URL=https://www.asahi.com/articles/ASR7D63RDR7CUTIL032.html
★2 「京王線刺傷事件、被告に懲役23年の判決 東京地裁立川支部」、「朝日新聞デジタル」。2023年7月31日。URL=https://www.asahi.com/articles/ASR7X61G1R7WUTIL002.html
高橋ユキ
1 コメント
- tomonokai80432024/01/04 14:55
年の瀬に読みました。年末年始に読むのにちょうどよい感じ。 すごい良くて、これを機に、他の記事を読みたくなりました。 今後もwebゲンロンに頻繁に訪れたいなと思いました。
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