間違いを認められない人々──あるユーチューバーと袴田事件に思う 前略、塀の上より(18)|高橋ユキ

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webゲンロン 2024年10月24日配信

 今回は最近起きたり話題になったりしたふたつの「捏造」について書きたい。ひとつは私個人が巻き込まれている騒動、もうひとつはだれもが知る全国的ニュースだ。まずは前者の騒動から。

 刑事裁判を傍聴したり、事件を取材したりして記事を書いている私のもとには、時々、事件関係者からの貴重な情報が寄せられることもあれば、逆に私から“情報を得たい”という、見知らぬ人からの問い合わせもある。これは、すでに媒体で記事を発表している特定の刑事裁判や事件について「記事に書いていない、さらなる情報を求める」ものだ。なぜか同じくパターン化しているのだが、こういった問い合わせをしてくる方の多くは、ファーストコンタクトで自分が何者であるかを明かさず、また、なぜその情報を得たいのかも明かさない。

 このような問い合わせには大変難儀している。デリケートな情報を、見知らぬ相手に、どう使われるのかも分からないまま、伝えるわけにはいかないからである。おそらく例を挙げたほうが分かりやすいと思うので、具体的な内容はぼかしながらお伝えするが、以前、ある性犯罪事案について問い合わせがあった。記事に書いてない、突っ込んだ内容を知りたいというのである。私としては、その情報がどう扱われるのかが問題となる。相手が被害者を支援している人で、参考のために知りたいのか、それともユーチューブなどに“これが真実だ”などと煽りに煽って発信するつもりなのか。もしくは性犯罪の詳細を性的な興味から知りたいのか。相手の立場や目的が全く分からないので、答えようがない。なにより手間なのは、まずこちらが相手に「どういう立場の人ですか」と問い直さなければならないことだ。

 そもそも支援に携わる方や、当事者に近い方、何か事情のある方は、最初の問い合わせの時点で、自分の立場と、その情報を得たい目的を明らかにしてくれる。つまり、こちらが問い直しをしなければならないような「問い合わせ」は100パーセント「要注意」なのである。つい先日、そんな要注意信号が点滅しまくる「問い合わせ」から、事件考察系ユーチューバーらによる、とんでもない冤罪事件に巻き込まれた。

 

 はじまりは、あるユーチューブチャンネルを運営する人物Aからの「問い合わせ」だった。まず届いたメッセージは「お伺いしたい事があるのですが。宜しいですか?」というもの。こちらによる「問い直し」が必要なケースである。警戒して無視していると、数時間後に詳細が送られてきた。2019年9月、山梨県道志村のキャンプ場で行方不明になった女児(当時7歳)に関して、女児の母親を誹謗中傷したとして逮捕起訴された男Xの刑事裁判を傍聴しているかという質問だった。この問い合わせにはさらなる要注意ポイントがあった。質問は複数あり「ブログなどにその裁判傍聴の記録を書いたことありますか? 以前お見かけした記憶があるのですが現在は記事消されてますか?」と続いていたのである。ここまで読んで、かなり厄介だと感じた。たとえ「問い直し」をしなければならない要注意の問い合わせであっても、“その事案の詳細を知りたい”のだろうということは理解できる。ところが今回の問い合わせ主は、裁判の内容を知りたいというよりもむしろ、私がその裁判を傍聴したかしていないか、ということをはっきりさせたいと思っていることが分かったからだ。加えて私は過去に、全く同じ問い合わせを受けたことがあった。さらに言えば、Aは、私がXの裁判を傍聴していたかいないかをはっきりさせたいというよりも、“傍聴しているのに隠している”と疑っているのだろうとも推察できた。

 心配になり調査を始めたところ、また別のユーチューブチャンネルBにおいて「高橋ユキはXの裁判を傍聴してインターネット上に記事を掲載したのに、女児の母親から削除依頼が来たとして削除している」という驚きの事実無根が、まるで事実のように書き込まれていることを発見する。こうした言説を広める彼らの目的についても調査し、ある程度判明したが、これはまた配信イベントなど別の機会に明らかにしたい。とりあえずこのとき私は、今後も同様の問い合わせが来ることを懸念した。しかもAはこうした事実無根の話を信じているので、クローズドな場で返信したとしても、その内容が改ざんされて発信される可能性もある。オープンな場で明らかにしたほうがいいと判断し、自身のXにて「傍聴していない」ことをポストした★1

 これで一件落着かと思いきや、事態はさらに混迷を極める。Aから、何度も「本当は傍聴しているのではないか」という視点からのリプライが続いたのだ。当時は一体何が起こっているのか意味が分からず、ただ「傍聴していない」ことを返信したが、これがかなりしつこい。たまらず「なぜ私が「Xの裁判を傍聴して記事を書いたのに、消した」ということにしたいのか」と尋ねたところ、チャンネルBにおいてまた別のユーチューブアカウントCが“高橋ユキがXの裁判を傍聴して記事を書いたのに、消した”と主張しているということが分かった。詳細は個人的に運営しているニュースレターにも記しているので、興味があれば読んでみて欲しい★2

 彼らがそう主張する動機についての解説は、先述したように別の機会に譲るが、事件考察系のユーチューブアカウントらが、自説を補強するために私の名前を利用したことはおおむね間違いないとみている。この件は現在も進行中であり、事件考察系ユーチューバーが複数参戦し、どういうわけか彼らの動画上で私に関する誹謗中傷などが続いている。

 

 今回の騒動において私は、自分の話を全く信じてもらえず疑われ続けており、否定すると、誹謗中傷をされている。全くもって理不尽な話であるが、その最中、いわゆる袴田事件の再審公判において静岡地裁が袴田巌氏に無罪を言い渡したという大ニュースが日本中を駆け巡った(2024年9月26日)。もはや説明も不要であろうが、袴田事件とは今から58年も前の1966年6月、静岡県清水市(現静岡市清水区)の味噌製造会社専務宅が全焼した事件である。焼け跡から発見された4人の遺体には刃物で滅多刺しにされた形跡があったことから殺人放火事件として捜査が進められ、約2ヶ月後、味噌工場の従業員であった袴田氏が逮捕された。捜査機関からの連日の厳しい取り調べにより、はじめは否認していた袴田氏は、一度自白する。公判からは一貫して否認していたものの、一審・静岡地裁は袴田氏に死刑を言い渡した。

 判決までに不可解な出来事もあった。事件から1年2ヶ月後になってから、犯人が犯行時に着ていた着衣とされるものが、工場の味噌樽の中から発見されたのである。そのうえ、これらの着衣のうちズボンの共布が袴田氏の実家から突然見つかった。加えてこれらの新証拠は、袴田氏がかつて自白していたとされる際の調書とは食い違いがあった。おかしなことだらけだったが、地裁は味噌樽の中から見つかった衣類が袴田氏のものであると認め、1980年11月には最高裁で上告棄却、死刑が確定していた。

 その翌年に申し立てた第一次再審請求は、20年以上が経った2008年3月に最高裁が特別抗告を棄却する形で終わる。翌月に弁護団は第二次再審請求を申し立て、2014年3月、ようやく静岡地裁は再審の決定と袴田氏の死刑及び拘置の執行停止を決定した。無罪判決が言い渡されたのはそれからさらに10年後だった。事件の概要について素早く知りたい方は、漫画『デコちゃんが行く 袴田ひで子物語』をお勧めしたい。今回の再審判決で静岡地裁は、袴田氏が自白したとされる検察官調書、そして味噌樽から発見された着衣という証拠、味噌樽から発見された着衣のうちズボンの共布とされる端切れ、これら3つが捜査機関によって捏造されたものだと認定した。

 科学捜査が発達していない時代において、自白調書は有力な証拠となった。捜査機関は当時、やっていないと言っている袴田氏に対し、酷暑の中、長時間にわたり、排泄を制限しながら、非人道的な取り調べを続けたことが分かっている。裁判で本当のことを言えば裁判所は分かってくれるだろう……そんな期待も裏切られ、死刑確定後は、いつ自分が執行されるかという不安に怯える日々を送ってきたのである。畝本直美検事総長は10月8日の談話において「控訴しない」ことを明らかにしながらも、証拠が捏造と地裁に認定されたことに対して「本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容である」と述べ、ここに至ってもなお“捏造ではない”と意思表示した★3

 先述したように私は、傍聴していない裁判を、傍聴しているはずだと言われ、しかも記事を書いたのに削除している……と疑われ続けており、どれほど言葉を尽くしても信じてもらえていないどころか、謝罪もないうえに、誹謗中傷されている。袴田氏がこれまで経験した絶望や恐怖は我々の想像も及ばぬほどのものであり、もちろん私の経験とは比較にならない。だが、信じてもらえない苦しさや不条理は経験上理解できる。私に疑惑を向けた者たちが自分たちの間違いを認めるそぶりもないのと同じように、検察はこの期に及んでもまだ「捏造ではない」といった趣旨の発言をして、弁護団らに発言撤回を求められている。間違えを認めることは負けだという思い込みでもあるのだろうか。はたから見ていて、往生際が悪い★4

 死刑判決後に再審で無罪となったのは、袴田氏が戦後5例目。これまでに死刑とされていた事件が、実は完全に間違いだった……と認められたものが戦後少なくとも5件はあったということになる。「司法の判断」などと言われるが、その判断を下すのは実際のところ人間であり、人間は完璧ではない。間違えることもある。にもかかわらず、間違えても取り返しのつかない死刑という刑罰が現在も日本に存在していることに、私は恐怖を覚える。袴田氏の死刑がもし執行されていたらどうなっていたか……考えるだけで苦しい。現在の司法の枠組みは、人間が時々間違えることを考慮して設計されていないように思える。

 


★1 URL= https://x.com/tk84yuki/status/1839634943493673179
★2 「疑いを晴らそうと丁寧に説明したら誹謗中傷された件について | 高橋ユキの事件簿 #355」、theLetter、2024年9月29日。URL= https://tk84yuki.theletter.jp/posts/8ac263a0-7cf2-11ef-87a8-570868c883c6
★3 畝本検事総長の談話は以下の記事で全文を読むことができる。「【全文掲載】検事総長 談話 袴田巌さん無罪確定へ」、「NHK NEWS WEB」、2024年10月8日。URL= https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241008/k10014604621000.html 袴田氏の姉・ひで子さんのコメントも含む全体の経緯は以下の記事などを参照。「袴田巌さんの無罪が確定へ、検察が控訴断念…死刑が確定した事件での「再審無罪」は戦後5件目」、「読売新聞オンライン」、2024年10月8日。URL= https://www.yomiuri.co.jp/national/20241008-OYT1T50145/
★4 「「犯人視することで名誉毀損に」袴田さん弁護団 最高検に談話撤回と検事総長の謝罪求め要請書提出」、「FNNプライムオンライン」、2024年10月12日。URL= https://www.fnn.jp/articles/-/771792

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。
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