読むと人生が変わる本、殺人事件ノンフィクションの現在地 前略、塀の上より(24)|高橋ユキ

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webゲンロン 2025年5月23日配信

 傍聴取材のため札幌地裁へ出向いた日のこと。目当ての裁判が閉廷して少し時間ができたので、開廷表を眺めて、不同意わいせつの法廷に入った。昼下がりの時間帯に刑事裁判をやっている法廷はふたつだけで、うちひとつは法廷が狭く空いている席が少ない。そんな事情による。

 開廷時刻はとうに過ぎている。証言台の周囲には衝立が置かれていて、奥から質問に答える女性の声が聞こえてくる。途中からの傍聴は、やりとりを聞きながらどんな事件か推測するしかないのだが、パキスタン人の男性被告人が、どうやらこの衝立の奥にいる女性に対してわいせつな行為をしたとして起訴されているようで、被告人は否認している様子だった。なぜそう推測できるのかといえば、いま行われているのは、被害者とされる女性の尋問であり、被告人が公訴事実を認めていれば、ほぼ女性の調書が採用され、尋問が行われないからだ。

 などとキャリア21年目の古参傍聴人ぶった解説をしてみたが、遠方の裁判所に出向いたときは、こうして空き時間に色々な裁判を見ることが多い。尋問では「セイコーマートにいた時間はどれくらいか」、「セイコーマートのトイレに行く前にイートインコーナーに何分座ったか」など、とにかくセイコーマートというワードが頻出した。こういうとき、北海道に来たことを実感する。

 

 高橋ユキさんの連載「前略、塀の上より」は、次回からは2ヶ月ないしは3ヶ月に一回の不定期更新となります。次回は夏頃を予定しています。今後もどうぞお楽しみに!(編集部)

高橋ユキ

傍聴人。フリーライター。主に週刊誌系ウェブ媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)に新章を加えた『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)が好評発売中。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。
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