無垢なる自然よ現われよ──パソナの地域開発と淡路島|林凌

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2026年3月13日刊行『ゲンロンy』


 その場所から、山々の稜線はおおむねまっすぐに見えた。

 《禅坊 靖寧》。プリツカー賞を受賞した建築家、坂茂の設計による、パソナグループ(以下、パソナ)肝いりの高級リトリート施設である。

 山の斜面に抗いながら、水平に突き出す形で建設されているこの建築物。木とガラスを組み合わせた、モダンで、どことなくサイバーパンク的な造形。階段を登った先にある最上階の吹き抜けからは、淡路島北部の丘陵地帯が全面に見える[図1]。

図1 《禅坊 靖寧》からの風景。撮影=筆者

 ここで人々は、数万円払うことで、ヨガと坐禅を組み合わせた独自のエクササイズ講習を受け、マクロビオテックにならった菜食を堪能することができる。いかにもインバウンド観光客を狙ったような施設にみえるが、筆者が2022年に訪問した際は、参加者は全員日本人であった。どうやら、パソナに引き抜かれたヨガ講師にファンがついているらしい。

 少なくない金額を払うだけあって、この施設での経験はおおむね素晴らしい。しかし、その経験を支えているのは、間違いなく施設そのものではなくパノラマビューによる淡路島の自然美だ。空中回廊から見える、折り重なる山々の陰影と、隙間なく埋まった雑木林。時間の経過とともに日光の角度が変わっていき、木々は次第に濃色を帯びる。瀬戸内特有の少し乾いた空気と、草木が風に揺れる音。無垢な自然が眼前には広がっているからこそ、ここで供されるヨガや菜食に価値があるように感じるのだ。

 しかし、この体験は一種の擬制フィクションに基づいている。なぜならば眼前に広がる景色は、じつのところ手つかずの自然ではなく、かつて一面のみかん畑となるべく、造成された場所なのだから──。

 一見すると無垢な自然が広がっているように見える淡路島北部。これから、その数奇な歴史をたどり返してみたい。今では風光明媚なリゾートしてにぎわうその景色のなかに見えてくるのは、戦後日本において、瀬戸内地方に打ち寄せてきた開発の波とその挫折の歴史である。そしてこの歴史の帰結が、2025年に開催された大阪・関西万博に他ならない。淡路島から大阪湾を挟んだ対岸の埋立地、夢洲でおこなわれたこの博覧会で注目を集めたパビリオンのひとつは、この島の開発を進めている主体でもある、パソナにより運営されていた★1

 淡路島北部の自然。その中には、開発による経済効果にわきたつ関西圏と瀬戸内海が抱え持つ、忘れ去られた、しかし重要なある一つの歴史的系譜が潜んでいる。本稿が示すのは、この系譜である。

「パソナ島」としての淡路島

 神戸舞子方面から高速に乗り、明石海峡大橋を渡って島に着く。淡路IC──関西圏の人にとっては大観覧車のあるサービスエリア「淡路ハイウェイオアシス」としてのほうが馴染み深いかもしれない──を降りて、そのまま真っすぐ車を走らせよう。農園や牧場が点在する山間に向かって、些か場違いなまでの高規格道路がなだれ込んでいくことに気づくはずだ。

 この県道157号線(佐野仁井岩屋線)を走ること数分。おおむね標高100メートル程度の丘陵地帯の中に、パソナ関連施設が集中して立地する地区が存在する。およそ1キロ圏内に、兵庫県立公園のなかに立地するテーマパーク《ニジゲンノモリ》やグランピング施設《グランシャリオ北斗七星135。》。あるいは、飲食店である《オーベルジュフレンチの森》や《海神人アマンの食卓》といった施設が集中している。冒頭で述べた《禅坊 靖寧》もこの内のひとつである。この地を車で走っていると、その密度の濃さに驚かされる。まるで、パソナの開発のために、この道がお膳立てされているようにすら思えるだろう。

 もちろん、これはただの錯覚に過ぎない。この道路が整備されたあとに、パソナがこの地に進出してきたからである。では、パソナはなぜ・いかにしてこの道路沿いを選んだのか。その込み入った歴史を追いかけてみよう。

林凌

91年生。社会学者。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学、博士(社会情報学)。専門は消費社会論、歴史社会学、批判的都市研究。著書に『〈消費者〉の誕生』(以文社)。
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