指先から考える──導入のための短い会話|森脇透青+布施琳太郎+石橋直樹+植田将暉

植田将暉 特集「帝国をつくろう」は、うっすらと2部構成になっています。まず第1部として、森脇透青さんと布施琳太郎さん、石橋直樹さんの論考があります。それに続く、大崎果歩さんのエッセイからが第2部です。座談会「新しい帝国とその時代」に、五月女颯さん、伊勢康平さん、李舜志さんの論考が続き、ユク・ホイさんの横断連載で締めくくられる。
ただ、これはけっこう謎めいた構成です。帝国についての特集なんだ、きっと歴史や国際政治の話がされているにちがいない! と思って読みはじめると、冒頭では森脇さんや布施さんがどういうわけか不思議なアート作品を分析している。なんだこれは……と思いながらさらにページをめくっていけば、石橋さんが、江戸の国学者が描いた天文図を怒涛のいきおいで紹介しはじめる。
なぜ帝国論で陰謀論や天文学が取り上げられるのか。歴史や国際政治を考えるために、どうして指先や図像について考えないといけないのか。これは最初に補助線を引くべきだなと思いました。というわけで、第2部については別で座談会があるので、ここでは第1部に論考を寄せている、批評家の森脇透青さん、アーティストの布施琳太郎さん、そして国学思想が専門の石橋直樹さんに集まっていただきました。
森脇透青 ぼくと布施さんが注目しているのは、《Qウェブ》という作品です。これをつくっているのは、ディラン・ルイス・モンローというアメリカのアーティストで、かれはおそらく陰謀論的な世界観の持ち主であり、それをアートとして示している。
布施琳太郎 ひたすら固有名を矢印でつないでみせたマップなのだけど、アトランティスから、悪魔やFBI、トランプに北朝鮮まで、ありとあらゆるものが結びつけられていき、それらの全体から「隠された歴史の真実」の流れが見えてくると言うんです。
植田 ほんとうですか!?
布施 モンローとぼくは、ちがう世界観を持っているけれど(笑)、おもしろいのは、彼の手法がまったく異なる文脈の図とも結びついてしまうことなんです。

ディラン・ルイス・モンローはオハイオ州シンシナティを拠点とするアーティスト。ファッションデザイナーとして活動後、2017年に「ディープステート・マッピングプロジェクト」を開始。《Qウェブ》はメトロポリタン美術館の展覧会「すべてがつながっている」(2018年9月)のために制作された。本誌では最新の2025年版を掲載した。
モンローによれば、《Qウェブ》は「隠された歴史」の年表である。ひろく受け入れられている事実ともっともらしい理論が混ぜられており、鑑賞者には自身で調査することが推奨されている。項目の近さが関連性を、「↔」は特筆すべき結びつきをあらわす。 添えられた解説文でモンローはこう告げる─「大覚醒が始まっている」「勝利は近い!」
矢印はなにを描くのか
布施 近代以降の美術の歴史を表現した有名な図に、ニューヨーク近代美術館(通称MoMA)の初代館長アルフレッド・H・バー・ジュニアが描いたダイアグラムがあります[★1]。これは1936年に同美術館で開催された「キュビスムとアート」展のカタログのために制作されたものなのですが、日本の浮世絵から印象派、キュビスムやバウハウス、シュルレアリスムなどに至る美術史の流れが、無数の固有名を矢印でつないだ図として示されている。
これは一見すると、モンローの《Qウェブ》にすごく類似しています。でも一箇所だけ本質的に異なるところがある。それは、バーのダイアグラムが1890年から1935年に至る美術の系譜を「→」(一方向の矢印)で示しているのに対して、モンローの図はあらゆるものを「⇋」(双方向の矢印)で結びつけている。なぜモンローは両向きの矢印を使っているのか。ここにぼくたちが直面している21世紀という状況を読み解くヒントがあるのではないかと考えています。
森脇 重要なのはモンローが自分の作品を「ウェブ」と呼んでいるということなんですよね。それはたんなるダイアグラムではない。ある思想やできごとの影響が過去から未来へと一方向に伝わっていくのではなく、相互に影響を与えあっている。それが視覚的に示されています。
植田 歴史を描いているようにみえて、じつのところ、たんに時間の流れを示しているわけではないというのが《Qウェブ》の興味深いところです。ぼくは小さいころから、地図帳を開いては妄想のなかで旅行計画を立てるのが好きだったのだけど、それと同じように、「アトランティス大陸とプラトンが結びついていて……そのそばにエジプト文明があって……」と、想像力の地図を広げていくことができるのが、その主張を受け入れるかはともかく、モンローの作品の魅力だと言える。
布施 この感覚はネットサーフィンに似ているのかもしれない。ウィキペディアの記事を読みながら、「あ、これもつながる、これも……」と関連記事のリンクを踏んでいくときの楽しさがあります。
あるいはYouTubeのおすすめ動画をひたすら見ていく感覚ですよね。それは陰謀論者を生みだしてしまっているシステムでもあるのだけど。
森脇 双方向に張りめぐらされたハイパーリンクによって、どこまでも物事が結びついていく世界。これがワールド・ワイド・ウェブによって生みだされた21世紀の条件であると言えます。それを象徴的に表しているのが、モンローが無数に描きつけた「⇋」だと思うんです。
スワイプ・カルチャーと指先の政治
植田 「⇋」って、スワイプするときの指の動きにも似ていますよね。ぼくがいまiPadでネット上にアップされている《Qウェブ》のPDFを見ているからかもしれないけれど、指先でさまざまな固有名をなぞっていく、ひとつの物語をつくっている気持ちになる。
思い出したのが「スワイプ・カルチャー」という概念です。どうやらマッチングアプリでは、画面上に次々と表示されるマッチング相手を、気に入ったら右にスワイプ、いまいちだったら左にスワイプして振り分けていくらしい。指先での一瞬の操作にひとの人生がまるごと賭けられているのだからアテンション・エコノミーもすごいところに行き着いているなあと思うわけですが(笑)、そんな状況を批判する英語圏の論者たちが、「スワイプ・カルチャー」批判の文章をいろいろと書いているんです[★2]。
森脇 Twitter(現X)やYouTubeショートもスワイプ・カルチャーのひとつですよね。新着ツイートを読み込むにも、次の動画を見るにも、画面をスワイプし続けないといけない。アプリのデザインも、スワイプするたびに気持ちいい振動や効果音が生じるようになっていて、なかなかやめられません。
布施 TwitterやYouTube、さらにはTikTokが現実の政治を動かしていると言われるようになってすでに久しいですが、より正確にいえば、そこで社会や政治を動かしているのは、メディアではなく、指先ですよね。トランプ大統領のツイートにせよ、無数に投稿されるショート動画にせよ、それをながめる人々の行動にせよ、すべて指先の操作によって生みだされている。だから、ぼくは論考のなかで、現代を「フィンガーメイドの時代」と名づけています。
森脇 「ハンドメイド」じゃなくて「フィンガーメイド」なのか。
布施 最近、政治とDIYカルチャーの結びつきが指摘されることがあります。たとえば2025年夏の参議院選挙で躍進した参政党の英語名が “the Party of Do It Yourself” だということが、選挙の直後かなり話題になっていました[★3]。
ただ、そこで言われている「DIY」は、従来のそれとはかなり内実が異なるのではないかと感じます。いま盛り上がっているDIYは、たしかにいわゆる「手づくり」の運動なのだけど、実際には「指先の操作」によって駆動されている。
森脇 DIYは、もともとアーツ・アンド・クラフツ運動のように、機械化し自動化していく産業社会に対する抵抗として登場してきた。その精神はまた1968年以後、パンク・ロックにしろZINEにしろ、反体制的・マイノリティ的な若者の表現の原動力になってきたわけです。けれども、インターネットが普及した後のDIYは、みな同じアプリケーション、同じプラットフォーム上で自己表現をすることのレベルに縮減されてしまった。ここでは自己表現そのものが一種の消費行動になっている。ぼくはそれを「ワナビ資本主義」と露悪的に名づけたことがあるけど、その情報環境にニュートラルに名をつけるなら、「フィンガーメイド」のほうがいいでしょうね。参政党はそういうお手軽な草の根感を捉えて「DIY」という語を用い、政治的に活用したと言えるでしょう。
植田 「手」よりも「指先」のほうが、より直接的にひとの感情や欲望などと結びついている印象がありますね。まさしく「スワイプ・カルチャー」批判の問題意識でもある。
だからいま「帝国の時代」を考えようとするなら、それを動かしているのが「指先の政治」だということを認識しないといけないわけですね。指先と世界が直接結びついているというのが、この時代の前提条件だから。
ベッドルームの惑星的想像力
石橋直樹 指先と世界の結びつきについては、より「帝国」っぽい話題に展開できると思います。江戸時代後期の国学者に平田篤胤という人物がいます。かれが活躍したのは、ちょうど日本に西洋の学問が伝わりはじめた時期で、国学者たちも、古事記や日本書紀の研究だけでなく、西洋の医学や地理学、天文学などを学ぶ必要がありました。
おもしろいのは、彼が西洋的な天文学の知見を用いながらも、それを単純に輸入したわけではなかったということなんです。すなわち、西洋的な天文学の知見を、記紀神話に書かれている日本の伝統的な宇宙論によって説明しようとしています。たとえば地動説に依拠して、「日本の国造り神話を読めば地動説そのものが書かれているのだ」というように説明している。そして、そのために数多くの図像を描いています。たとえば本誌158頁のふたつの図(石橋論考図12・13)を見てください。
森脇 これはすごい! 「天」「地」「泉」がひょうたんのように続いている。この図はどういう意味なんですか?
石橋 古事記に言われている世界のあり方を表しています。まんなかの「地」が現世であり、地球であり、日本の国土を指している。
いまの感覚では、これらの図像は、江戸の復古主義的な国学者がつくりだした荒唐無稽なイメージに感じられるのかもしれません。ただそのような怪物的な想像力こそが、近世の日本において西洋の衝撃を乗り越えるための道筋であったということは認めざるを得ないと思います。
植田 大地や宇宙がテーマになっているのがすごくいいなあ。というのは、哲学者のハンナ・アーレントが『人間の条件』(1958年)を書いたとき、その序文をスプートニク1号打ち上げへの言及からはじめているのですよね[★4]。つまり彼女は、人工物が地球=大地を離れて宇宙に発射されたことを、人間の条件のひとつの転換点とみている。その議論と、神話的な想像力と近代的な天文学を重ねあわせることで、日本の自己認識を刷新し、西洋近代を超克しようとした篤胤の身ぶりは、どこか重なって感じられます。
森脇 権威あるテクストを読解するという国学的な知のありかたと、天体や宇宙を観測する天文学とが結びついているのも興味深いです。つまり篤胤の想像力のなかで、指先と世界が直結しているとも言うことができる。
布施 篤胤はどういうふうに著述活動を行なっていたのですか? というのは、ぼくは現代のひとたちがスマートフォンを使って情報発信をするとき、だいたい寝室にいるんじゃないかと思っていて。ひとがなにかをつくりだすとき、それがどういう空間でなされていたのかに関心があるんです。
石橋 これについては、ちょうどいい逸話があります(笑)。国立歴史民俗博物館に篤胤の関連資料がまとまって所蔵されていて、そこに篤胤の机が残されています。これがやばい。どうしてかといえば、穴が開いているんです。
布施 どういうこと?
石橋 篤胤は、いちど勉強しはじめると止められないタイプだったらしい。そのため、肘がすり切れ、皮膚がやぶけ、骨が剥き出しになるまで文章を書き続けてしまうことがあった。それで怪我を防ぐために、机の天板に穴をうがって、左肘が擦れないようにしたというのです。
森脇 それはさすがに嘘でしょ(笑)。
石橋 実際はどうだったのかわかりませんが、とはいえ、寝食を忘れるほど研究熱心な人物ではあったようです。たしかに篤胤はとても多作な人物ですし、寝る空間と執筆の空間が同じだった。起きては執筆に勤しみ、そしてまた気絶するように寝たのです。
布施 なぜ「寝室」の話題を持ち出したのかといえば、今回のぼくの論考のなかで取り上げたもうひとつの話題に、「ベッドルーム神話」があるからです。
コンピューターが生みだされた場所として、カリフォルニアの「ガレージ」が重要だったということがよく言われます。たとえばAppleは若きスティーブ・ジョブズとその友人が実家のガレージで機械いじりをしていたことからはじまったというふうに、さまざまな「ガレージ神話」が残されている。でも、近年になって、最初にコンピュータが製造されていた場所はガレージではなくジョブズのベッドルームだったのではないかという指摘もなされています[★5]。
歴史上の逸話に実証的なツッコミを入れすぎてもしかたないけれど、ベッドルーム神話にかんしては批評的なおもしろさがある気がします。黎明期のコンピュータはギークたちの寝室で生み出された。そしていまや、人々は寝室のベッドの上でスマホをいじり、スワイプとツイートで政治に参加したりする。
森脇 まとめてしまえばこういうことですね。スマートフォンとSNSはわたしたちの条件をすっかり変えてしまった。政治家や経営者のツイートひとつが国際政治や株価を動かし、マッチングアプリ上でのスワイプがだれかの人生を左右してしまう。ぼくたちは指先がつくりだす時代を生きているというわけです。
そんな時代に、どのような想像力を持つことができるのか。そのひとつの象徴が、スワイプっぽい両向きの矢印が組みあわさったモンローの《Qウェブ》である。
植田 そして、世界を動かしている指の操作が、もっともプライベートな空間であるはずのベッドルームでなされているというのも示唆的ですね。指先と世界が直接的に結びついている現状は、近代社会が前提としてきた「私的なもの」と「公的なもの」の関係が再定義されている過程だと言えるのかもしれない。あるいは、スワイプが生みだす指先の軌跡は、国際政治の領域に現れている「新しい帝国」がその勢力圏を浮かび上がらせているのかもしれない……。
篤胤が記紀神話から近代日本の世界観を準備したように、わたしたちはベッドルーム神話から現代の世界観をつくりだすべきなのか。いやはや、なんだか出来すぎた話にも思えるのですが、その当否は特集を読み終えたひとの判断に委ねましょう。
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本座談会は、2025年8月11日から12日にかけて東京・新宿の喫茶店と居酒屋をおよそ14時間にわたってハシゴしながら収録された会話を再構成し凝縮したものです。
2025年8月11-12日
東京、ANALOG SHINJUKU/
喫茶室ルノアール
新宿3丁目ビッグスビル店/
浅草豚とことん 新宿店/
めだか、ほか
構成・注=編集部
★1 以下で図版を見ることができる。Glenn D. Lowry, “Abstraction In 1936: Barr’s Diagrams,” Leah Dickerman, Inventing Abstraction 1910–1925: How A Radical Idea Changed Modern Art, MoMA, 2012.
★2 たとえば以下を参照。Treena Orchard, Sticky, Sexy, Sad: Swipe Culture and the Darker Side of Dating Apps, Aevo UTP, 2024.
★3 参政党は「DIYタイムズ」という機関誌も刊行している。URL=https://sanseito.jp/bulletin/
★4 ハンナ・アーレント『人間の条件』、千葉眞訳、筑摩書房、2025年、1頁。
★5 本誌125頁(布施論考)を参照。



森脇透青

布施琳太郎

石橋直樹

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