フィンガーメイド時代の芸術作品|布施琳太郎

私たちは1日の多くの時間を指だけを動かして過ごしている。ある研究では、平均的なモバイルユーザーの指は1日あたり2617回もスマートフォンの画面をタッチしているという[★1]。もはや街に出るまでもなく、うす暗いベッドルームのなかでクネクネと動く指先だけで、政治的なこと、生活上の手続き、趣味の品々の購買、恋人探し、仕事の連絡までのあらゆることが完結する(させられようとしている)。そんな時代を私たちは生きている。
この状況を思想的かつ倫理的な問題として捉え、「フィンガーメイド時代」という区分を構想すること、そしてそうした時代において作品制作、発表、鑑賞を一体化させる「ベッドルーム神話」を提示すること。その2点がこの文章の目的である。
2025年8月、何年も前から野鳥を撮影して投稿してきたXアカウントが、生成AIを用いて生み出された画像を突然投稿して、小さく炎上した[★2]。人々は、どこにも行かずに野鳥の写真を手に入れた人物の何に怒っていたのだろう? あるいは同年10月初頭、大手家電量販店のYouTubeチャンネルに新製品のカメラの紹介映像がアップロードされたが、それはどう見ても動画生成AIによってつくられたものだった。モデルが手に持つカメラは歩くたびにかたちがビヨビヨと伸び縮みしているし、当のカメラで撮影されたかのようにスライドショー形式で画面に表示される写真群もまた(おそらく)生成AIによるものだった。
これらの事例は、外に出なくとも「野鳥観察や旅行、観光に行った」という見せかけの事実をつくるだけで満足できてしまう(かもしれない)人々の到来を露わにしている。それを悲観的に捉えても意味はないし、別に私は生成AIの批判がしたいわけでもない。私たちの人生にとって「何かをつくること」とは何だったのかを検討したいのだ。
この文章の目的は「フィンガーメイド」という私の造語からタッチスクリーン以降の芸術作品の制作と鑑賞のあり方を考えることである。それは芸術作品を批評することで、タッチスクリーンをはじめとしたインターフェースについて再考し、人間とコンピュータのかかわり方を、大企業が提供するのとは異なるかたちで提示する試みでもある。前半では技術史的なまとめを、後半では作品についての記述を行う。
この試みのベースには、私がアーティストとして行ってきた、現代美術領域での作品制作や企画制作の経験がある。私にとって作品や展覧会とは、理論やコンセプトの視覚化、体験化ではなく、理論を発生させるきっかけとなる装置である。メディア考古学において、すでに忘れ去られた技術が現在の状況を再構成するきっかけとなるのと同じように、作品や展覧会は世界を線型的に捉えずに思考するための大いなる可能性を秘めている[★3]。正直に述べれば、現状の美術がそのようなものであるとは言いがたいが、だからこそ現代美術に限らない「作品」という枠組み本来の価値を示したいと考えている。
ハンドメイドからフィンガーメイドへ
まず見取り図を示そう。フィンガーメイドは、すでにひろく人々に使用されている「ハンドメイド」に対比される言葉として構想したものだ。この対比において問題とされるのは、手と指の区別であり、それらに可能な身ぶり(gesture)の違いである。
もちろん、指は手に含まれる身体部位である。だからこれらを「区別しよう」という提案は奇妙に思われるかもしれない。しかし後に論じるように、マウス、トラックパッド、タッチスクリーンという日常的なインターフェースの開発史は、エンジニアやデザイナーが「ユーザーの指を発見していく」プロセスとして要約できる。つまり、インターフェースの経験によって指は手から切り離されていったのである。だからこそ最終的に、フィンガーメイドの枠組みは、現状のインターフェースのあり方を批判的に捉えるための提案となるだろう。
半世紀ほど前、人類学者のアンドレ・ルロワ゠グーランは、人類の進化を「直立二足歩行」という姿勢の変化による「手と口の解放」から語りはじめた[★4]。しかし現代において、人類の生は肉体によって歩き回られる空間だけでなく、スクリーンに現れる情報によっても形づくられている。スクリーンは、都市を歩きながら触れることも、ソファに寝そべりながら眺めることもできる。その経験を「手の話」として終わらせるのは困難であり、「手と指」の距離を再発明していくようなインターフェースや芸術作品を論じる必要があるだろう。
フィンガーメイドの前提となるのは、トラックパッドやタッチスクリーンをタップし、スワイプし、タイピングし、画像を加工して合成し、情報を拡散したり「いいね」したりする指先である。今日のDIY(Do It Yourself=あなた自身でやろう)は、手ではなく、指先で行われる。ソーシャルメディアにおいて日々バズを狙うインフルエンサーたちは時として「クリエイター」と呼ばれるが、彼ら彼女らの表現は、かつての作家たちの「手仕事」に対比して「指仕事」と呼ぶことすらできるかもしれない。「好きなことで、生きていく」というキャッチコピーのもと、あらゆる表現ジャンルの境界が溶けていき、あらゆることがクリエイティブになった。ただし、指先で触れられる限りにおいて。
新型コロナウイルスが世を騒がす直前に、私は、スマートフォン登場以降の芸術作品について「幻想の触覚」という観点から論じて、最終的には「孤独によって芸術が生産される時代から、芸術によって「新しい孤独」が生産される時代へ」と移行すべきだと結論づけたことがある[★5]。しかしその後、不必要なまでに人々の相互接続は加速していった。
時代は変わった。この文章はまったく別の角度から、今求められる「新しい孤独」を定義し直し、より実用性のあるマニフェストとすることを意図して書かれている。
ベッドルーム神話
現代において「ベッドルーム」は、スマートフォンやパソコン、ゲーム機といったコンピュータを「使う」場所となっている。しかし50年前、そこはコンピュータを「つくる」場所だった。
最初からそうだったわけではない。現代のコンピュータの先祖とも言えるENIACが開発されたのは、1940年代、第2次世界大戦ただ中のアメリカ合衆国だった。それは約1万8000本の真空管を用い、重量は30トン級に達した[図1]。稼働には約150kW規模の電力を要し、運転時には巨大な熱負荷を生んだ。その後、トランジスタ化や集積回路化によって信頼性・発熱・規模は改善されたが、1950-60年代の主流であるメインフレーム・コンピュータは依然として専用施設と多数の専門スタッフを前提とする高価な装置であり、政府・大学・大企業など権威的な組織に限定された道具だった。それが1970年代に入り、がらりと状況が変わる。大量生産可能で安価なマイクロプロセッサが登場し、マニアたちが自分の部屋で組み立てられるまでにコンピュータの小型化を促したのである。

アメリカ西海岸における「ガレージ神話」の前提には、そうした小型化が作用している。Appleの最初の製品「Apple I」(1976年)にいたっては、当初はガレージですらなく、創業者たちのベッドルームで製造されたという。
1枚の写真がある。出荷を待つApple Iがスティーブ・ジョブズのベッドルームに積み上げられた、1976年の写真だ。生活感ただよう部屋の一角に積み重ねられたコンピュータと、そのとなりに置かれたハンダごて。それらは、それまでとは異なる仕方で、より親密に人間の活動にかかわることになるコンピュータの未来を予見している[★6]。
コンピュータがベッドルームに出現したこと。これが歴史的な出来事であるのは、コンピュータが個人的な身体に引き寄せられるかたちで開発され、提供されるようになったからである。その後、Appleは商品開発において「買った後はコンセントに挿せば使える」という今となっては当たり前の前提に立った上で、黒い画面に並ぶ文字列ではなく、アイコンやウィンドウなどの視覚的な要素によって誰もが操作できる製品開発を重視した。
Appleは、1984年のMacintoshの発表に際して、あまりにも有名な宣伝映像《1984》を発表する。大きなスクリーンに映し出されたスーツ姿の男性の顔をハンマーで打ち砕く若い女性アスリート。その姿にみずからを投影し、権威と対決する新世代として自社をプレゼンテーションした。映像と市場の両方で展開されたAppleの成功譚は、その後のベンチャービジネスや新規事業立ち上げ、製品開発の際のロールモデルとして繰り返し参照されていくことになる(ただし、挑戦者だったはずのAppleこそが、50年の歳月の後では保守的な権威になっているのも事実なのだが)。
指摘しておかねばならないのは、ベッドルームで製造されていた頃のコンピュータが目指していたのが、「AI(人工知能=Artificial Intelligence)」、つまり人間のように思考するコンピュータではなく、「IA(知能増幅装置=Intelligence Amplifier)」であったということだ。
J・C・Rリックライダーやダグラス・エンゲルバートなどの20世紀半ばの心理学者や計算機科学者たちは、国家や軍部、大学、大企業が独占して研究使用するメインフレーム・コンピュータではなく、一般市民が使用できる安価で使いやすいパソコンによって人々の知性を増幅することを夢見ていた[★7]。そのような価値観の起源には、ヴァネヴァー・ブッシュというアメリカの科学者が1945年に提唱した「Memex」という装置がある[★8]。「記憶Memory」と「模倣Mimic」を組み合わせた造語であり、デスクと一体化したコンピュータであったMemexは、言葉や画像、音などを連想的に参照し、新たな思考を立ち上げる装置として構想されていた。
そのようなMemexに由来するのが、まさしく、Appleによって製造され宣伝された「ベッドルームのなかのコンピュータ」だった。「IA」というMemexの夢は、ひとが眠るだけでなく、遊び勉強し労働する場所としても用いられるようになった、コロナ禍以後の私たちのベッドルームにまで続いている。
しかし技術的な革新をAppleに見出すことには、ほとんど意味がない。彼らが革新できたのはコンピュータを使うユーザーのリアリティのほうだからである。しかも、それもまたAppleだけの功績ではない。Macintosh発表の前年である1983年には、モトローラ社が世界初の商用携帯電話機をアメリカで発売し、日本では任天堂が「ファミリーコンピュータ」(通称「ファミコン」)を発売した。その名があらわしている通り、この時期、「コンピュータ」を「私たち(=ファミリー)のもの」として再定義する「親密さの革新」が同時多発的に生じていたのだ。
それでもユーザーにとってのリアリティ、操作の実感に対する介入という点では、Appleの功績は大きい。その革新について、さらに検討してみよう。
操作体系の変化
──マウス、トラックパッド、タッチスクリーン
さて、ベッドルームを起点とした空間と身体のかかわり方について、コンピュータの操作体系に注目しながらその変化をまとめ、フィンガーメイド時代がどのように準備されたのかを明らかにしよう。結論を先に述べると、マウスからトラックパッド、タッチスクリーンへの移行は、「手=ポインティング」と「指=クリック」という役割を任意に分離したり統合したりすることで多様なジェスチャーを生み出してきた開発プロセスとして要約できる。これから私は、技術的変遷の記述にとどまらず、触覚がどのように導かれ、環境に適応したのかという、知覚編成の歴史として操作体系の変化を追いかける。
まずマウスにおいて、手と指は異なる操作体系に奉仕するものであった。手はマウスを握って動かすことで画面内のカーソルを操作する、ポインティングのための部位だった。他方、指はカーソルの現在位置でなんらかの操作を実行する、クリックのための部位である[図2]。

マウスだけが手と指の分離をもたらしたわけではない。同時期に発明されたライトペンもまた、同様の分離を生み出した。1963年に計算機科学者のアイヴァン・サザランドは、片手に握ったライトペンで画面に触れながら、他方の手の指先で画面外のボタンを押すことでペンの機能を切り替えて図形を描くプログラム「スケッチパッド」を発表した。平面座標上でのポインティング(移動と指示)とクリック(操作の選択と実行)を両手へと分離しながら合成することに成功したスケッチパッドのインターフェースは、非言語的で視覚的なコンピュータとのやりとりの道をひらいた。
こうしたアイデアを、アラン・ケイの研究などを通じて洗練させつつ、図形描画だけではなく多様なアプリケーションの操作全般に適用して商品化したのが、Appleがつくった初期コンピュータの数々であった。マウス自体はAppleによる発明ではない。しかしその使用法をひろく知らしめた功績はAppleにある。
こうした黎明期とは異なり、今日のスマートフォンに搭載されたタッチスクリーン技術は、マウスに存在した手と指の距離をまるでなかったことにしてしまう。ひとつの指を滑らせたりタップしたりするだけで一連の操作が完結する。ひとがタッチスクリーンに触れるとき、ポインティングとクリックが指先において一致するのだ。マウスとタッチスクリーンがもたらす身体動作は明確に異なっている。
インターフェースの経験が指先へと収束していく過程において、注目すべきものは、やはりAppleの「トラックパッド」である。iPhone発売に2年ばかり先立つ2005年、Appleが発表した新型PowerBookに、2本の指で操作できる新しいトラックパッドが搭載された[★9]。このとき、私たちの指にできることは圧倒的に増大した。歴史が複数の指で操作できるインターフェースへと進みはじめたのである。
マウスからトラックパッドへと移行してきたインターフェースにおける指先への収束は、2007年、決定的な変化をとげることになる。iPhoneの登場である。それが画期的であったのは、ほぼすべての人が容易に利用できるスマートフォンが生み出されたためだけではない。トラックパッドと画面の一体化、すなわちタッチスクリーンの登場こそ、まさしく指先への収束の最終形態である。ここに「フィンガーメイド時代」の条件が用意された。
この流れのなかで無視できないのが、iPhoneの翌年、2008年に発売されたMacBookだ。それまではトラックパッドの下部にクリックボタンが配置されており、マウスにおける手(ポインティング)と指(クリック)の分離が、指先を押し当てるべき位置の違いとして温存されていた。しかし2008年にこれらが一体化し、指先の運動がなめらかな同一平面上で完結する「マルチタッチトラックパッド」が登場した。コンピュータの操作を構成する、ポインティング、クリック、指2本でのスクロール、ピンチ、ズームなどの操作が、ひとつのトラックパッドの上だけで可能になった。ここに、指先への収束に向かうインターフェースの発展史が、パソコンにおいても、完成されたのだ。
かくして、コンピュータを操作するにあたって「何かを手で握る」必要は基本的になくなり、すべてが「指先のジェスチャー」だけで完結するようになった。つまりマウスにおける手と指の距離は、トラックパッドを通じてタッチスクリーンに到達することで指先へと収束したのだ。だからこそ私は2007年のiPhone発売以降を「フィンガーメイド時代」として括りだしたい。
発見された指先
タッチスクリーンとは、触れるものである。西洋哲学や美学の伝統において、触覚は、視覚に比べて低級なものとみなされてきた。その根拠には、古典的にはプラトン以来の「見ること」の特権化と、そしてデカルトに代表される理性中心主義による視覚的なメタファーへの傾倒が挙げられるが、もちろんこうした見立てについての批判も数多くなされてきた。そのような触覚について論じることで、フィンガーメイド時代の「弱くて良い場所」の構想をよりクリアに示すことができるだろう。
タッチスクリーンの経験を「触視的平面」として概念化したのは、哲学者の東浩紀である。要約すれば、「触」とはスクリーンにタッチすること(=入力)であり、「視」とはスクリーンに表示された情報を見ること(=出力)である。この点で、21世紀のタッチスクリーンは、20世紀的な平面=テレビや映画のような「ただ見るだけの平面」とは異なっている。そこで触覚と視覚が同じ平面で重なり合う、新しい経験のモードが登場したというわけだ。さらに東は「GUIの利用体験の本質は、そこで入力が「目」と「手」を往復する感覚横断的な双方向性に導かれていること」だと述べる[★10]。つまり私なりにまとめ直せば、東は、エンジニアやデザイナーが「グラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)」と呼ぶものをユーザーの視点から言い換えて、GUI固有の操作系を完成させたものとしてタッチスクリーン技術を論じたのだ。これが「触視的平面」の肝である。
しかし、たんに「「目」と「手」を往復する感覚横断的な双方向性」に着目するだけでは、タッチスクリーンの特異性を浮き彫りにすることはできないのではないか。私たちの「フィンガーメイド」論にとって重要なことは、「マウス→トラックパッド→タッチスクリーン」という移行プロセス、つまりパソコンとスマートフォンの決定的な違いを、手と指の分離/統合の軌跡において思考することであるからだ。
そこにとどまって思考するとき、GUIの発展史とは「エンジニアやデザイナーが、ユーザーの指を発見し、すべての操作を指の触覚性に収束させていくプロセス」であると言い換えられる。この「指の発見」こそが、フィンガーメイド時代を「スマートフォンの発売」以後のものとして決定づける転換点である。つまり私は、東の議論に対して、トラックパッドとスクリーンの合体をそれ以前と明確に区別し、連続性を認めないことでフィンガーメイド時代を提起する。そこではまったく異なる触覚性が駆動しているからだ。
触覚は、なんらかの相手と共にあるものだ。だからこそコロナ禍において「接触」は忌避された。ではポストコロナの社会にとってフィンガーメイドは、どのような意味を持つのだろうか。それを考えるために、直接にインターフェースについて論じたものではないが、伊藤亜紗の『手の倫理』を参照してみたい。
伊藤は、日本語に固有の区別である「さわる」と「ふれる」に言及し、前者を一方的な伝達モードの、後者を相互的な生成モードのコミュニケーションとして整理している。伝達モード(=さわる)とは「伝えるべきメッセージが発信者の中にあり、それが一方的に受信者に伝わる」。これに対して、生成モード(=ふれる)においては「やりとりの中で、メッセージの持つ意味や、メッセージそのものが生み出されていく」という。「西洋哲学において触覚が対象と直接接する「距離ゼロ」の感覚だと理解されていたのに対して、「人にふれる」触覚は、相手の体の内部にある流れ、具体的には意思や衝動といったものを感じ取る力を発揮する」[★11]と述べる伊藤は、ヘルダーの『彫塑論』をもとにして、「距離マイナス」というアイデアを提案しており、これは私たちの議論の助けになる。
自然が作り出したものの内部にある、生命や魂のたえず動いてやまない流れ。この「自然のことば」を聞くことが触覚の役割であり、それを形にするのが彫刻という表現であるとヘルダーは言います。視覚は表面にしか止まることができないのに対し、触覚はさらにその奥に行くことができる。触覚は「距離ゼロ」どころか、「距離マイナス」なのです。生き物の体は、視覚にとって見通せない不透明なものですが、内部の流れを感じることのできる触覚にとっては、むしろ透明なのです。[★12]
この「距離マイナス」の感覚は、東による「平面」についての理解に変更を強いるものだ。
マウスやトラックパッドと分離されたスクリーンの前で、手と目のあいだの感覚横断がなされることは、タッチスクリーンという入出力の完全な一致と大きく異なる。前者を「触視的平面」と呼ぶのなら──言ってしまえば「距離ゼロ」の感覚を捏造するスーパーフラット──、後者とは非絵画的で「距離マイナス」の「彫塑的平面 sculptural plane」である。
じつは、タッチスクリーン上にある指先は、視覚的には見通せないように思える「内部の流れ」を感じながら、画面の上で動き回っているのではないか。そのような仮説にもとづくと、次のように言うことができる。1980年代のAppleが実現させたGUIとマウスの組み合わせは触覚を距離ゼロにとどめる発明だったのだ。これに対して2000年代後半に生まれたタッチスクリーンは、距離マイナスの彫塑的平面として、「負の奥行き」を発明した。そしてiPhoneの登場によって、マルチタッチ可能なトラックパッドがスクリーンと一体化したとき、この負の奥行きにおいて、私たちの指先こそがあらゆる知覚の還元される場になったのである。たとえばAppleによる触覚フィードバック技術「タプティック・エンジン」は、コイルとマグネットを利用して非常に微細な振動を生み出す独自の機構によるもので、凹凸のない画面を撫でているだけなのに「何かに触れた」という実感をもたらす。従来、携帯電話やゲームコントローラの振動機能といえば、小さな偏心モーターを回転させてデバイス全体をブルッと振動させる程度の粗いものであった。しかしAppleのタプティック・エンジンは、より高速で精密な機構を用い、かつソフトウェアと緊密に連動することで局所的で繊細な触感を生み出すのだ。結果として、まるで本当にボタンやキーが存在するかのような錯覚をユーザーに与えるレベルに達している。つまりエンジニアやデザイナーは、発見された指先に対して「負の奥行き」を与えたのだ。
だからこそ、2025年にAppleが発表した「Liquid Glass」というデザイン原則は、それが市場の評価を受けていないとしても(結局のところ、実際にローンチされた各OSでは、発表当初のプレゼンテーションとは異なり従来のデザインと変わらないものになってしまった)、「距離マイナス」の彫塑的平面を企業の側が再提示しようとした試みとして、批評的に評価すべきなのだ。プレゼンテーションでは「メタマテリアル」と呼ばれたその原則で、Appleはプルプルと伸び縮みしながら光を透過するボタンやフォントを用いながら、コンピュータと人間のあいだのインターフェースの素材感を変更することで「距離マイナス」の触覚的な平面を視覚的にも表現しようとしたと言えるからである[図3]。

東による触視的平面論は目と手の分離にとどまっていた。それに対して私が提案しようとしているのは、「アフターGUI」的な彫塑的平面を制作するための論理である。
あらためて要約しておこう。マウスを握る手が、視覚に従属した触覚によって感覚横断的な触視的平面を立ち上げるのに対して、タッチスクリーン上に置かれた指は、「距離マイナス」の彫塑的平面を立ち上げる。ベッドルームからはじまったコンピュータの物語は、そうしてスマートフォンを生み出し、「フィンガーメイド時代」を形成するにいたったのだ。
これ以降は、具体的な作品を通じて「フィンガーメイド時代」について考えていこう。
タッチスクリーン的な身ぶりと、陰謀論的思考
ここでフィンガーメイドによって、今日の人々の思考のあり方がどのように変化したのかを確かめるために、ひとつの地図的な作品《Qウェブ》を見てみたい。
さまざまな陰謀論的キーワードを地図上につなぎ合わせて視覚化した本作は、Qアノンを構成するようなインターネット上の匿名ユーザーが作者だと言われることもあるが、実際にはアメリカ人のアーティストであるディラン・ルイス・モンローが2018年に制作したものだ。ただしその目的は、日本のアーティストの多くが左派ないしはリベラルであるから勘違いしそうになるけれども、極右的な陰謀論の告発ではまったくなく、むしろまさしく陰謀論の過激化に資することである[★13]。
歴史の視覚化としての《Qウェブ》の特殊性は、上下左右に延びていく線分の始点と終点の双方に「▲」が付されていることにある[図4]。この時点で《Qウェブ》は、一般的な歴史の図式化とは異なっている。

つまり、両矢印を用いることで、《Qウェブ》において原因と結果は取り替え可能なものとなり、過去と現在という時系列そのものが軽視、無視されているのである。モンローは自身のウェブページで「名前、日付、タイムラインをより的確に把握する」と語っているが、そこで「名前」と「日付」と「タイムライン」のあいだにはヒエラルキーはないと考えるべきだ。この平面は、単線的なタイムライン上の名前たちではなく、複線的な固有名のあいだでの徹底的に自由な連想による、「真実=陰謀」の探究の場としてある。さまざまな固有名詞は、無数の線によって結びつけられており、この線を追いかけるたびに異なる物語が立ち上がるのだ。
モンローは《Qウェブ》を印刷して眺めることをすすめている。そのとき、この地図を読むプロセスとして次の2種類を想定できる。
① 「⇋」を指でなぞりながら、「→」と「←」を独立したふたつの矢印として捉え直す作業。
② 「⇋」の向きに2本の指を動かして画像を拡大するように2項目間の関係の細部を解釈して捏造したり訂正したりしていく作業(そのなかで新たな固有名を書き足すこともあるかもしれない)。
とりわけ②は、マルチタッチ可能なスクリーン上で指先に許されている身ぶりと同様の動きだといえる。そのような平面作品が、さきほどの議論を踏まえて言い換えれば「距離マイナス」の彫塑的平面が、ソーシャルメディアや匿名掲示板を通じて拡散していったのだ。
結果として《Qウェブ》は歴史修正のためのツールというより「名前、日付、タイムライン」という歴史記述の基本要素の関係の仕方を、指先の身ぶりによって再編することに終始する。「タイムラインの上に固有名がある」といった前提すら瓦解していく。だからといって、それはマイノリティの文化実践について注意を促すようなものではなく、あらゆるものを無造作に取り替えることを可能にするだけである。その点で、「正史/偽史」といった対立すら《Qウェブ》の前では見当違いになってしまうのだ。
ベッドルームという弱くて良い場所
《Qウェブ》は、コンピュータやインターネットが登場して以降の知のかたちを端的に示している。20世紀の科学や工学は、コンピュータとして道具化された上で、社会制度の根幹を成すようになった。伝統的な知の空間とは、手のひらのなかのデバイスの相互接続などではなく、西洋社会を起源とする大学や図書館、ミュージアムといった場所だった。それらは特定の地域・時代における政治的な強者によって運営され、それら「強者」にとっての正史をつむぐ(これに対して「敗者の記憶」を継承するためのミュージアムなども提案・実践されている[★14])。
知を蓄積し、継承しながら発展させようとする空間。そのような蓄積と発展の不可能性を「悪い場所」と呼んで日本に特殊化した批評家がいる。椹木野衣だ。
椹木は『日本・現代・美術』(1998年)で、歴史認識のための概念として、「悪い場所」を提示している。彼によれば「戦後の日本において、問題は吟味され、発展してきたのではなく、忘却され、反復されてきた」という。だからこそ「いかなる過去への視線も、現在によって規定され、絶え間なく書き直されている以上、過去を記述する条件として現在を前提にせざるをえない」[★15]。特定の問題の忘却と反復は、戦後日本だけでなく、現在のソーシャルメディアやウェブ・プラットフォームにおける言説のありようを語っているようにも思える。リポストといいね、炎上と共感のあいだで、まさに「問題は吟味され、発展してきたのではなく、忘却され、反復されてきた」のだ。「悪い場所」論は、現在も有効だろう。
しかし椹木の東日本大震災後の著書『震美術論』(2017年)では、過去を捉えるための歴史的な概念であったはずの「悪い場所」が、そうした歴史認識それ自体の唯物的な発生条件へと訂正される。
絶え間ない発展と蓄積からなる世界史の先鋒としての西欧の「歴史」に対し、そのような発展もなく蓄積もなされず、ただ礎らしきものが組まれたそばから地が揺れて崩れ、そのことさえすぐに忘れられ、いつしかまた前とさして変わらぬ礎=石積みを健忘症のように周期的に反復するだけの「悪い場所」──その非・構造を端緒に日本の現代美術を通覧し直してみること──それが同書[『日本・現代・美術』]のもくろみだった。[★16]
ここで細かな議論に踏み込むつもりはないが、それでも、「悪い場所」を、歴史認識であると同時にその発生条件でもあるとしてしまうとき、まさに椹木の議論こそが「悪い場所」の再生産になることは指摘しておきたい。なぜなら特定の地域・時代にのみ特殊化することの不可能な震災の可能性と、震災によって日本が崩壊と復興を繰り返してきたという通時的な事実の双方を、(椹木自身が指摘しているように大震災の少なかった)戦後の日本論を組み立てるなかで考案された「悪い場所」と合体させてしまうことは、彼が論じようとする問題の本質を見えづらくして忘却さえさせてしまうかもしれないからだ。
ここで混同されているのは言説空間(集合的に組織化された発話やテクスト=悪い/良い場所)と、その存立を左右する唯物的な条件である。だから私は、知や記憶が蓄積されず発展しないまま問題が忘却されて反復される「悪い場所」に対して、その原因ともなりうる環境を「弱い場所」と名付け直したい。それは震災だけでなく、私企業の一存、あるいは些細なバグでシステム全体が崩壊してしまうような情報環境のことでもある [★17]。「悪い場所(言説空間)」と「弱い場所(その原因)」は、ひとつの空間に二重に見出されることもあれば、そうではないこともある。弱くて、かつ「良い場所」もありうるのだ。
つまり私が提案したいのは、「悪い場所」の対義語となる「弱くて良い場所」という概念なのだ。それは大学、図書館、ミュージアムなどのような安定維持を前提とした「強い場所」ではない。「弱くて良い場所」とは、強度や安定ではなく親密さや思いやりを前提とすることで、別の構造や関係性が立ち上がる空間のことだ。そこでは脆弱性が欠点ではなく、更新と再起動を可能にする回路そのものになる。それがもしも、日本列島のように「礎らしきものが組まれたそばから地が揺れて崩れ」る場所だとしても、むしろその崩壊と向き合い、別の方法を創出するための指針を示していくことで、「批評」という形式を活用しながら芸術と向き合っていくことに意義が生まれるのである。
ベッドルームとは、比喩ではなく現実における、「弱くて良い場所」の具体的な可能性なのであり、それは世界中どこにでも存在するものであるがゆえに、その内実を捉えることは、いたずらに日本に特殊化された美術批評の現状をときほぐしていく試みとなる。そしてフィンガーメイドの時代において、そこでは「触れる」ことが、見ること、聞くこと、考えることを再構成する。だが、ベッドルームはつねに「弱くて良い場所」であるわけではない。ときには「弱くて悪い場所」であることもある。そして私は《Qウェブ》のことを「弱くて悪い場所」だと思っている。
本作において羅列された単語たちは「正史/偽史」といった対立を瓦解させていく。ここにはフィンガーメイド時代における「文法を超えてアナーキズム化した単語」という言語実践の問題が潜んでいるのだ。
検索エンジン的リアリズム
この問いを掘り下げる糸口は美術批評家のボリス・グロイスが発表した2012年の論考に見出せる。そこでグロイスが指摘したのは、Googleをはじめとした検索エンジンにおいて「単語が文法から解放されている」という状況だった。
伝統的な哲学や宗教において、問いが正当であるためには、その問いが文法的に正しい文として書かれている必要があった。しかし「グーグルは、文法を超えた単語の寄せ集めとして機能する単語の集合体へと言説を変えることで、あらゆる言説を分解」してしまったのだとグロイスは言う。
グーグルは、文法の鎖、文法的に規定された単語のヒエラルキーとして理解される言語への従属から、個々の単語を解放することを前提としている。グーグルは哲学機械として、脱文法的な自由、あらゆる単語の平等性、ローカルで特定の単語の集合体から他のものへと、どの方向へも自由に移る権利という信念に基づいている [★18]。
グロイスの論考が発表されたのは陰謀論が世間を騒がせるようになる前のことだが、今これを読むと《Qウェブ》の説明のようにさえ受け止められるだろう。検索エンジンという対話(入出力)形式は、「善」「コーヒーの淹れ方」「ジョン・F・ケネディ」「耳鳴り」「ヒト型爬虫類」「おすすめのカメラ」といった雑多な単語やセンテンスを──単独であったとしても、組み合わされたフレーズであったとしても──すべて脱文法的な問いとして成立させて、自動的かつ瞬間的に回答する。そうした文法なき対話の地平こそ、「検索エンジン以後」のパラダイムなのだ。
この議論を踏まえるなら、さきに説明した《Qウェブ》の仕組みは、「検索エンジン以後」的な思考形成の発露、つまりアナーキズム化した単語とセンテンスの暴走と世界の脱文法化のあらわれと捉えることができる。《Qウェブ》が驚異的であるのは、それが陰謀論的な偽史だけでなく、アカデミアにとっての正史すら(必要に応じて)読み出せてしまう点にある。
グロイスはこのようなことも言っている。
文法の崩壊と個別の単語の解放は、イエスとノーの間の違い、肯定的な立場と批判的な立場の間の違いを取るに足らないものにする。重要なことは、特定の単語(もしくは名前、理論、出来事)が一つもしくは多くの文脈において現れるかどうかだけである。[★19]
この部分は、ソーシャルメディアを舞台としたハッシュタグデモにおいて、同じ文字列のハッシュタグ(#)が、運動を行う勢力だけでなく、運動に対して反論したり茶化したりしようとする勢力によっても利用されながら耳目を集めていく景色を想起させる。そこでは、運動の外にいる人間から見ると、もはやハッシュタグの先に現れる人たちが対立しているのか同一の勢力としてまとまっているのかさえ判別し難い。
そうした状況のなかで、モンローは《Qウェブ》によって、イエスでありつつノーであるような、文法が崩壊した歴史の彫塑的平面を立ち上げ、そのなかであらゆる人が自分自身のための図を描く自由をつくり出すことに成功したのである。《Qウェブ》をよろこんで使った陰謀論者たちは、もはや検索エンジンのユーザーというより、みずからが検索エンジンの代わりに、あるいは検索エンジンとして、与えられた単語に対する回答=真理を創出していくのである。
《Qウェブ》のなかでは、検索エンジンに入力された文字列のようにさまざまな単語が乱立している。それを各自の問いにしたがってなぞっていく人々は、「検索結果を出力するように」そこから陰謀論を生成していくのである。
タッチスクリーン時代の感性
すでに述べたように《Qウェブ》には、マルチタッチ可能なスクリーン上において指先に許されている動きが、平面作品としてあらかじめ書き込まれている。すなわち本作は、インターネットユーザーたちのマルチタッチ的な感性を視覚化することで、フィンガーメイド時代に特有な、固有名の連関の脱文法的な記述形式を示すモニュメントとなっているのだ。
すべての現代人が陰謀論者ではないとしても、脱文法化はアフター検索エンジン時代の普遍的な言語感覚だといえる。そのような時代の感性を特徴づけるのは「指先の全能感」にほかならない。そしてその感性は、Appleをはじめとした大企業によって提供される、具体的なインターフェース装置が形成したものでもある。たとえば複数の指での操作が可能になったトラックパッドについて、Appleによる解説ページでは15種類もの身ぶりが図示されていた[図5]。

一方で、陰謀論者たちに特有なのは、自分たちの指だけでなく、メディアに現れる他人の指にも大きな関心を払っているという点だ。彼ら彼女らは政治家たちの演説の際の身ぶり、手ぶり、その手の開き方に注目し、そこに隠された意味を探索する。インターネットで見つけることのできる、たとえば秘密結社イルミナティを意味するとされるジェスチャーの一覧画像を見ると、もはやただ弛緩しているだけに思える手にすら暗号を見出そうとしているようだ。
そのような状況をふまえて《Qウェブ》という作品を捉え直せば、その矢印があらわしている強迫的とも思えるほどの接触への欲望が、「検索エンジン以後」の時代の言語感覚として現れていることを再認できる。それはすなわち、2016年のアメリカ大統領選以降の「ポストトゥルース」や、2020年2月にWHOが新型コロナウイルス感染症のパンデミックよりも前に勧告した「インフォデミック(情報伝染)」といった、真偽不明な情報の爆発的な伝染が起こりうる時代の言語感覚である。
各自のベッドルームで使用される《Qウェブ》は、パソコンやスマートフォンにおけるタッチスクリーンやトラックパッド、GUIに対するオルタナティブなインターフェースとして、私たちと世界の関係をつくり変えていく。本を読んで論文を書いたり、筆を握って絵を描いたり、粘土をこねたりする代わりに、断片化された固有名を指さし、ピンチイン・アウトするだけで「歴史に触れた」という実感を得られてしまうのが、《Qウェブ》が象徴する私たちの「フィンガーメイド時代」なのだ。
しかしだからといって《Qウェブ》が素晴らしい作品なのだ、と評価したいのではない。そこには出口がなく、それゆえ閉じられた紙面のなかで渦巻く矢印(⇋)へと思考が巻き取られていくしかない。正しく時代を反映しているから「良い」わけではない。おそらく全能感とは「思いやり」の対義語なのだ。ある時代を記録し、記憶するモニュメントが現れたことは確からしいとして、私たち自身はそれが指し示す未来とは異なる道を見つけなくてはならない。
あなただけのウェブページと、触れない絵画
それではフィンガーメイド時代における異なる作品制作のかたちはいかに可能か。オルタナティブな事例として、私自身の芸術実践を紹介したい。
ひとつ目に挙げるのは、ウェブページを会場としたオンライン展覧会《隔離式濃厚接触室》である[図6]。2020年4月から実施された本展を特徴づけるのは「ひとりずつしかアクセスできない」という端的な制約である。地球上の誰かが鑑賞している限り、企画者である私もアクセスできないウェブページ。左右に分割された画面の一方には、詩人の水沢なおによる書き下ろしの詩が、もう一方には「新しい生活様式」の名のもとでベッドルームに閉じこもることを余儀なくされた鑑賞者の現在位置の周辺風景が、青く染め上げられた上でゆっくり回転しながら表示される。

コンピュータにしても、インターネットにしても「つなげる」ことが最大の価値だとされるなかで、その内側に、つながれない場所をつくり、それを「展覧会」と呼ぶこと。作品と一対一で出会うこと。そこにこそ批評的な価値があると考え、私は本展を企画した。それはバズったり、炎上したりすることから離れて、作品を通じて思考する時間をふたたび私たちのものとするためのインディペンデントな抵抗運動だった。
また『シー』と題された水沢の詩は、「she」「sea」「see」「シーッ(「静かに」を意味する擬音語)」のあいだで誤変換的に、単一の文字列が複数の意味を生じさせようとする点で、検索エンジン以後の言語感覚を表現しようとしているようでもあり、本稿の議論にとっても示唆的である [★20]。
もうひとつは、スプレー絵画のシリーズ《Retina Painting》である[図7]。本シリーズは、インターネットにアップロードされた他人のセルフィー(自撮り画像)をスプレーで描くという技法=コンセプトに基づいて2016年12月末に開始された。このタイトルはApple製品のディスプレイの商標として用いられる「Retina Display」と、マルセル・デュシャンが印象派などへの批判として述べた「網膜的retinal」という言葉に由来している。

さまざまな色彩や素材へと展開していった本作だが、「画面に触れない」というシンプルな制約だけは揺らぐことはなかった。スプレーのノズルが画面に近づいたり離れたりするなかでつくられる本作は、すべてが指先へと収束していく「フィンガーメイド時代」において、画面の向こうにいる人間と築くことのできる親密さのバリエーションを考えるために開始したものだった。名前も来歴も知らない誰かのことを想いながらタイムラインをスクロールし、ひたすらに「その人」の情報を摂取していくとき、タッチスクリーンをなぞる指先がまとってしまう「直接性」の幻想から距離を取ること。そのためには、「距離マイナス」の触覚的で彫塑的な空間把握=平面制作を、しかし指先の「直接性」とは異なる仕方で実現することが必要だった。
ディテールを描こうとキャンバスに近づけすぎたノズルから噴射された塗料は重力に従って画面の下方に向かって垂れていき、逆に遠ざかってみれば、風に煽られた塗料が陰影をあいまいにしてしまう。そうして距離を測るなかで、「顔」が現れると同時に、失われていく。そのような時間において、形が現れることと、失われることが同時になされるのが本作だ。そこにあるノズルの動きは、タッチスクリーンと同じような「距離マイナス」の感覚を、コンピュータとは無関係な場所で追体験しようとするものであると考えている。
これらの実践が正解だと言いたいわけではないし、本稿の内容を視覚化した例だとも思っていない。むしろこうした制作に触発されることで練り上げられた思考こそが、フィンガーメイド論であり、ベッドルーム神話なのだ。だからこそ私は、自らの実践が、インディペンデントなインターフェースとして機能することを、つまりオルタナティブな世界とのかかわり合いの方法として、芸術作品と言説の関係を再起動するものであってほしいと願っている。
切り落とされた指
最後に、今日のベッドルームのように、触覚こそが異質な親密さを形成し、直接性の幻想を抱かせる空間の最古の例として、洞窟壁画を論じる。
タッチスクリーンから飛び出して、この指を再び自分たちのものにするために、《Qウェブ》を使用する人々は、何かを指さすことに純化していった。そして1本で同時に二つのものをさすことができる指を、この身体から切り離された場所=図のなかに発見したのである。フィンガーメイドの極点は、世界との接点を失った指先をもう一度世界と関係させるための、切り落とされた指先として現れる。しかしそれを特権化しても意味がない。
フィンガーメイド的な欲望の例として、フランス南西部のピレネー山脈に位置するガルガスの洞窟壁画がある。そこにあるのが「手のひら」だとしても、彫塑的な直接性を欲望しているように思える点で、それはフィンガーメイド的である。そこで指は、世界を掴むための器官というより、新たな記号や形態を生成するインターフェースとして現れている。およそ2万7000年前に描かれたとされるこの壁画が、他の多くの先史美術と異なるのは、指が欠損しているように見受けられる手形が200以上も残されている点だ。この壁画についてルロワ゠グーランが小文「ガルガスの手」(1986年)で分析している[★21]。
洞窟壁画において壁に押し当てた手の上から、スプレーのような仕方で塗料を噴射して描かれた図像は「ネガティブハンド」と呼ばれる。グーランによれば、ガルガスの手形に指が欠けている理由について2種類の仮説が当時流布していたという。ひとつ目は儀礼的な目的のために切断されたという説、もうひとつは凍傷や栄養失調によるという説である。しかしグーランはその双方に反論して「指は折り曲げられていたのではないか」という第三の仮説を提示する。指の欠損についての統計をつくり、壁画全体を模写してグループ分けをしながら分析を進めたグーランは「狩猟用のサインが洞窟壁画へ移行した」という結論=仮説に到達する。
5本の指の折り曲げ方、全15種類の登場頻度の分析を通じて、そこに規則性を見出したグーランは「なんらかの秩序があるという仮説を退けるほうが難しい」ことを強調する[図8]。またサイズ的に子どもによる手形も多くあることから「未来の狩人である子どもたちの指を切断するなどということは、原始的な集団の経済性を考えれば、とても擁護」できないとする。さらに同一の折り曲げ方の分布、統計をまとめると、ピレネー地方の他の洞窟における動物画の出現頻度との相関があるという。
今の社会でも生まれたての子どもの手や足に塗料をつけ、スタンプのように押し付けてかたどることがあるが、ネガティブハンドはこれと異なる。ネガティブハンドは壁に押し付けられた手の上から塗料を吹き付けることでつくられるからだ。ここで勝手な仮説を重ねてみれば、こうした手法が選ばれたのは、指を折り曲げていたせいでスタンプのように転写することが難しかったからかもしれない。結果としてネガティブハンドは「かつてそこにあった手が今はない」という強い不在の印象を見るものに与える。だからちょっと怖い。
これらの壁画が描かれたのは、狩猟の空間でも、生活の場でもない。それは雨宿りのような日常的な目的を果たすためと言うには、あまりに内奥まで続いている。そうした空間における手と指の陰画が何を意味したのかについての議論が仮説の域を出ることは難しい。しかし当時の人々の経験を想像するために、繰り返し国内の洞窟に入った私は、数メートル侵入するだけで肉眼では何も見えなくなるのを確認した。松明を灯してみても、視界が晴れることはなく、火を近づけた壁面の一部がぼんやり明るくなるだけである。眼球ではなく手を動かして視界を得るしかないのだ。そして足を動かすと、暗闇に乱反射した足音が、動作を後追いするように聞こえてくる。あらゆる知覚に先立って触覚だけが鋭敏になるのが洞窟内部の経験なのだ。
最後に洞窟壁画のエピソードを挿入したのは、本稿で考え続けてきたフィンガーメイド時代の芸術作品というアイデアが、制作実践だけでなく、私的な洞窟体験を根拠に生じたものでもあるからだ。まず洞窟は、すべてに先立って触覚が露出する空間であり、まさに「距離マイナス」的な仕方でのみ空間を把握することができる「弱くて良い場所」である。上下左右にうねった洞窟では、あらゆるものが生成変化しながら移動するたびに様相を変え、知覚を埋め尽くしていく。タッチスクリーンに触れるたびに画像や音声が次々に変化していくように、すべてが触覚のなかでのみ生起する点で、洞窟はベッドルームの究極形である。
また古代ギリシャ以来の哲学や宗教のような文法的に正しい問いは、正当で深遠な教えを引き出しうる一方で、たんに「イエス」や「ノー」と回答されてしまう可能性がある。しかしネガティブハンドは、そこに第三の道を示す。検索エンジン以後の世界で、平等に乱立する単語たちに、「イエス/ノー」といった二分法的な回答を期待することは困難である。私たちの問いは、もはや自分が望みもしない文脈と確率的に接続されることで、つねに「イエス」でも「ノー」でもない回答のハルシネーションにさらされる。それは生成AIの出力においても同じだ。だからこそ関係を逆転させて、自分たちこそが検索エンジンのように思考することが要請されさえする。
そして検索エンジン以後の、フィンガーメイド時代だからこそ、ネガティブハンドのような「かつてそこにあった手が今はない」を含みもつ洞窟壁画について考えることが必要になる。決してそれが古いから重要なのではない。文法以前的な時代=先史時代においては、世界についての記述こそが、記号の生成と関係するから重要なのだ。
まずネガティブハンドは「イエス(存在する)」であると同時に「ノー(存在しない)」という、確率に還元されない存在の様式を示している。そしてこれが最も無視できないことなのだが、ガルガスにはネガティブハンドだけでなく、動物の刻線画/絵画や、柔らかい粘土面に指で引かれたフィンガーフルーティングなど、複数の技法が同一洞窟内に併存している。なかでも、近年のフィンガーフルーティング研究が示すように、洞窟壁面は完成品の展示空間というより、制作行為そのものが堆積する場として理解すべきだ[★22]。フィンガーフルーティングは「固定的なかたちを描く」というより対象を簡略化して記号化しようとする試みにみえる。こうした解釈が事実であるのかは、今のところ、私には判断ができない。それでもあらかじめ意味が確定された合目的的な身ぶりではなく、描きながら記号が生成されていく意味生成的な身ぶりとして、これらの技法の併存は捉えることができるのだ。
こうした観点から、《Qウェブ》とは異なる仕方で、GUIやタッチスクリーンによって育まれた指先のジェスチャーを作品化していくようなフィンガーメイドの可能性を構想することもできるだろう。人々の存在と不在を同時に表象するネガティブハンド、人々の生を支える動物たちのドローイング、そして意味生成的な身ぶり──それらの線は具象的なイメージへと生成変化することも、うねったまま放置されることもありうる──としてのフィンガーフルーティング。これら3つの描画技法をみるだけでも、こう言える。私たちの指は、もっとたくさんのことができる、と。
こうした新たな記号や形態を生成するインターフェースとしての指の可能性を再び、私たちの社会のなかでつくられる作品のための公理へとつくりかえ、さらに言説化して批評へと転化するとき、現代を悲観する以外の道が姿を現すだろう。
手と指の不在を存在させる洞窟壁画は、《Qウェブ》とは異なる仕方でフィンガーメイド時代の芸術作品、つまりインターフェースとしての芸術作品をつくり出すためのヒントになるだろう。その指は、今あるのとは違う世界に触れているのだ。この1点から、未遂の芸術作品を構想し、再び批評へと転化させることは、私だけでなく誰にでも、そして何度でも可能だろう。
洞窟壁画とは、人類が、インターフェース的な媒介項を通じて世界に触れようとした事例である。そして賃貸住宅のベッドルームのなかに、かつて住んでいた住民たちの生活の痕跡を探し、発見して、それらと一緒に眠りに落ちることをポジティブに受け止めるような想像力のために芸術作品はつくられる。排外主義や差別、暴力を乗り越える試みは、そんなあまりに身近な他者を愛することからはじまるのではないだろうか。
★1 ジェイク・ナップ、ジョン・ゼラツキー『時間術大全──人生が本当に変わる「87の時間ワザ」』、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社、2019年、110頁。
★2 「AI偽装画像がXを揺るがす!野鳥写真の信頼崩壊」、X、2025年8月19日。URL=https://x.com/i/trending/1957697640193499159
★3 ユッシ・パリッカ『メディア考古学とは何か?──デジタル時代のメディア文化研究』、梅田拓也ほか訳、東京大学出版会、2023年、7頁。メディア考古学は直線的な発展史観を離れ、忘れ去られた装置や過去のニューメディアから現在を照射する方法論と定義される。
★4 アンドレ・ルロワ=グーラン『身ぶりと言葉』、荒木亨訳、ちくま学芸文庫、2012年。
★5 布施琳太郎「新しい孤独」、『美術手帖』、2019年。URL=https://bijutsutecho.com/magazine/insight/19775
★6 Ellie Zolfagharifard, “Apple’s humble beginnings revealed: Steve Jobs’ 1976 photograph of the company’s first computers seen for the first time,” Daily Mail, 2013. URL=https://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2462931/Apples-humble-beginnings-First-computers-revealed-Steve-Jobs-1976-photo.html
★7 西垣通『思想としてのパソコン』、NTT出版、1997年、27、40頁。
★8 ヴァネヴァー・ブッシュ「われわれが思考するごとく」(同書所収)。
★9 「アップル、さらに高速で、よりお求めやすくなったPowerBookを発表」、Apple、2005年1月31日。URL=https://www.apple.com/jp/newsroom/2005/01/31Apple-Unveils-Faster-More-Affordable-PowerBooks/
★10 東浩紀『観光客の哲学』増補版、ゲンロン、2023年、379頁。
★11 伊藤亜紗『手の倫理』、講談社、2020年、178頁。
★12 同書、75頁。
★13 Dylan Louis Monroe, “INTRODUCTION TO THE Q- WEB,” 2018. URL=http://www.dylanlouismonroe.com/q-web.html
★14 梯久美子『戦争ミュージアム──記憶の回路をつなぐ』、岩波新書、2024年。
★15 椹木野衣『日本・現代・美術』、ちくま学芸文庫、2025年、31頁。
★16 椹木野衣『震美術論』、美術出版社、2017年、36頁。[ ]は引用者による補足。
★17 実際2025年11月18日には、インターネット上のコンテンツ配信の安定性と安全性を維持するCloudflare社のサービスに障害が発生したことで、世界中でウェブサイトへのアクセスが困難になった。たとえば以下を参照。西田宗千佳「クラウドフレアの大規模障害と海賊版訴訟が示す「ネットインフラの責任」」、Impress Watch、2025年11月25日。URL=http://watch.impress.co.jp/docs/series/nishida/2065820.html
★18 ボリス・グロイス『流れの中で──インターネット時代のアート』、河村彩訳、人文書院、2021年、183頁。
★19 同書、187頁。
★20 同様の内容については、拙著『ラブレターの書き方』(晶文社、2023年)の第6章「誤変換的リアリズム」にて論じている。
★21 次の書籍巻末に邦訳が収録されている。港千尋『洞窟へ──心とイメージのアルケオロジー』、せりか書房、2001年。
★22 洞窟のなかの描画を完成された芸術作品(artwork)ではなく、あくまで具体化されたプロセス(work)として捉えるような研究も近年は増えている。April Nowell and Leslie Van Gelder, “Entanglements: the Role of Finger Flutings in the Study of the Lived Lives of Upper Paleolithic Peoples,” Journal of Archaeological Method and Theory 27, 2020.


布施琳太郎
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