かわいいDIY|山内萌

2019年から2020年頃だっただろうか、Twitter(現X)やInstagramで女の子たちの自撮りを見ていると、「毎日も手づくりだよね」というフレーズを添えている投稿がいくつか目についた。どれも別のユーザーによる投稿で、しかし彼女たちはいわゆる地雷系だったりもっとロリータに近いような、ガーリーな格好をしていた。
毎日も手づくりだよね──インターネットに生息する少女たちにとって、大森靖子の歌詞[★1]はどれほどの重さをもって受け止められていたのだろう。
若い頃の日常というのは、本来であれば学校へ行き、友達と会って、部活や勉強に勤しんで、それだけで充実した日々のはずだ。わざわざ自分で工夫しなくても、学生生活というレールに乗っていればそれなりに楽しい毎日になる。普通なら。でも、そんな普通の生活でいられない少女たちもいた。彼女たちにとって、毎日は「もうどうかしそう」なもので、それでも「ちょっとだけどうにかしよう」と試行錯誤する中で生まれたのが自撮りだったのかもしれない。
どうかしそうな毎日を、生きのびるために手づくりされる自己表現。インターネットで生まれては消える文化の中でも、私はそういったものに関心がある。この論考では私が研究の対象としてきた自撮りを出発点に、若い女性たちの文化と「手づくり」に目を向けてみたい。手づくり、ハンドメイド、DIY。呼び方は様々あるけれど、「かわいい」を自分で作り上げるとはどういうことなのか。この活動によって、少女たちはどのような自己を手に入れているのか。これらの問いに答えを見つけるため、本論では、少女たちの生きのびるための自己表現を「かわいいDIY」と呼ぶことにしたい。
女性を担い手とするDIYは、フェミニズムのいくつかの潮流の中でも、とりわけ第三波フェミニズムにおいて扱われてきた。Grrrl Zineなどの軽出版はその代表的存在で、男性中心的な価値観に支配されてきた従来の商業出版に抵抗する活動とされた。他方、そういった第三波フェミニズム的な女性主体のクリエイティブな活動が、結局は資本主義に飲み込まれる点はアンジェラ・マクロビーなどのカルチュラル・スタディーズ系のフェミニストによって指摘されている[★2]。
「かわいいDIY」は、資本主義との抵抗/支配という関係からとらえられてきたフェミニズム的DIYと、どこか異なるように見えるのだ。むしろそれらは、自らの居場所を資本との共犯関係の中に見つけているように思われる。この点はのちに具体的な作品を挙げながら検討していくこととする。
また、「かわいい」という言葉についても触れておこう。令和の日本はアイドル文化が音楽シーンから消費空間までを席巻しており、その中心的グループであるCUTIE STREETは、2024年にそのものずばり「かわいいだけじゃだめですか?」というタイトルの楽曲をリリースしている。
同曲については、でんぱ組.incなど数々のアイドルやアーティストをプロデュースしてきた福嶋麻衣子の発言が示唆的だ。
いまの女の子たちはすごくパンキッシュ魂を内に秘めてて。いまの日本社会に対して誰もよく思ってない、でも、そのことの発信の仕方がかわいくないとダサいんですよ。古くさいおじさんたちのロックな叫びとかは「キモーい」ってなる。やっぱり、「かわいいだけじゃだめですか?」っていうのがいまの女の子たちのロックだと思っていて。これが令和だ、と。[★3]
近年、ポストフェミニズム論を展開するフェミニストたちは、現代の女性たちが「男女平等を訴えるフェミニズムの役割は終わった」、「フェミニストと一緒にされたくない」という意識のもと、男性中心的な価値観へ積極的に従属しているとして女性と消費文化の関係を分析している。欧米を中心に展開されてきたポストフェミニズム論は2010年代の日本でも「女子力」といった言葉に当てはめ分析されてきたが、少女たちが「かわいい」とパンキッシュな魂をともに内に秘めながら参加する、2020年代、すなわち令和の消費活動をとらえるためには、異なる視点が必要である。
本論は、女性によるDIY活動を「かわいい」という視点から分析することで、消費と自己表現をめぐる見逃されがちな一側面について考察するものである。この令和の日本において少女たちが、どのように毎日を手づくりして生き抜いているのか、その端緒を明らかにしていこう。
市場化するハンドメイド
2025年の春頃、若者の間で編み物がブームとなっていることが、マスメディアで取り上げられた[★4]。発端はK-POPアイドルLE SSERAFIMのSAKURAが趣味で作った編み物の帽子などをSNSに投稿したことだった。例えばInstagramで「#編み物」と検索すると、毛糸で作られたバッグやポーチ、さらにはリップケースやヘアクリップなど、多岐にわたるかわいらしいデザインの小物類が投稿されている。若い女性が編み物をしている動画や初心者向けの解説動画などもあり、SNSを中心とした「編み物共同体」ともいうべきコミュニティが広がっている。
編み物に限らず、近年ハンドメイド市場は盛り上がりを見せている。毎年東京ビッグサイトにて開催される、アジア最大級のアート即売会デザインフェスタは、ここ数年、10万人を超える動員数を記録するようになっている[★5]。国内大手ハンドメイドマーケットアプリ「クリーマ」の2026年2月期事業計画によると、日本のハンドメイドマーケットプレイスはおよそ339億円で、潜在市場も含めると約3133億円になるという[★6]。
このようなハンドメイドの盛り上がりは2010年代後半にはすでに顕在化していた。例えば2017年に、クリーマと並んで多くのユーザーを集めているハンドメイドマーケットアプリ「minne」が開催した即売イベントは2日間でおよそ5万2000人を動員している。同イベントを取材した藤谷千明によると、ハンドメイド商品の流通金額は2015年から2016年にかけて倍以上に増加しており、その背景としてスマホアプリを使ったCtoCが普及したことがある。その結果、「ていねいな暮らし」といったイメージを帯びたハンドメイドが、「売れる」「稼げる」といったイメージに変化しているという[★7]。
趣味の場から市場へというハンドメイドの変化は、コロナ禍との関連からも見えてくる。「minne」を運営するGMOペパボが、副業作家として活動するユーザーを対象に行ったアンケート調査によると、半数がコロナ禍の2020年以降に活動を始めている。特に職業を会社員と回答した人の59・1%がコロナ禍以降に活動を開始しており、リモートワークや在宅勤務の拡充など働き方の変化が、副業としてハンドメイド商品の制作に踏み出す後押しになったことがうかがえる。実際、平均的な1カ月の売上として1万円以上売り上げている人は約30%となっており、全体の2・3%と少数ではあるが、月の売上10万円以上と回答した者もいる。中には100万円以上売り上げている作家もおり、そうなってくるともはや副業ではなく本業とすることも視野に入ってくる規模感だと言える[★8]。
このように市場化したハンドメイドは、実際、資本の空間にも姿を現している。株式会社storytellerが運営する「コトモノマルシェ」はハンドメイドアクセサリーの委託販売を行っており、ルミネ有楽町やGinzaNovo、ルミネエスト新宿など都内のさまざまなファッションビルにテナントを構えている[★9]。
愛と狂気のマーケット
商業空間とハンドメイドという観点で興味深いのが、ラフォーレ原宿のB0・5階にある「愛と狂気のマーケット」だ。2022年にオープンし、毎月最大100のクリエイターや企業の商品が並ぶ。ラフォーレ原宿による自主編集売り場であることが特徴の1つで、作家自身による出品応募のほか、ラフォーレ原宿の社員から作家へのスカウトも行っている。売り場づくりの上では、かつての原宿のような「ここにしかない」ものを発信する場になること、そのようなものづくりを行うクリエイターが夢を掴むきっかけになることが目指されている。「愛」は出会い、「狂気」は才能を表している[★10]。
愛と狂気のマーケットの雰囲気を説明するためには、まずラフォーレ原宿の構造から解説する必要がある。明治通りと表参道通りが交差する神宮前交差点に位置するラフォーレ原宿は、地上6階、地下2階建てのファッションビルである。1978年にオープンした同施設は、実は森ビルグループが手掛けた第一号の商業施設でもある[★11]。
ラフォーレ原宿の構造で特徴的なのは、5階までの各階の間に「0・5階」があることだ。正面入り口から1階に入るとまずセレクトショップの「SHEEP」が目に入り、新進気鋭のデザイナーによる服や小物がいかにも原宿っぽさを醸し出している。そこからまっすぐ進むと上の階と下の階それぞれに向かうひらけた階段があり、上は1・5階、下はB0・5階となっている。小数点がつくからといって売り場が狭いとか天井が低いとかそういったことはない。フロアが半分ずれているようなイメージをしてもらうとわかりやすい。これによって、ひとつのフロアから上と下それぞれのフロアが見渡せるようになっており、空間がつながっているように見えるのだ[★12]。
1・5階に進むと、「ぽこぽこ界隈」[★13]にも人気がある「USAGI ONLINE STORE」や「FURFUR」といったやや高価格帯のブランドがあり[★14]、さらに上に進んで3階以上にはルミネなどのファッションビルにもテナントがあるレディースブランドたちが並んでいる[★15]。反対に地下へ降りていくほどカルチャー系の雰囲気が漂い、B1・5階は完全にロリータ系ブランドのフロアとなっている。そんな「原宿っぽさ」へと向かっていく玄関口、B0・5階の正面にあるのが愛と狂気のマーケットなのだ[図1]。

過剰な「かわいい」と少女性
それでは、愛と狂気のマーケットにはどのような作品たちが置かれているのか。まず売り場全体には、ボックス型の陳列棚が壁や空間の仕切りとして配置されており、なおかつ所狭しとハンガーラックや棚が並んでいる。これらの陳列スペースはだいたい1作家ごとに1区画が割り当てられており、その周囲に出品作家の名前と自己紹介、SNSアカウントが書かれたカードが貼ってある。
売り場の雰囲気は原色系もパステル系もあってカラフルで、雑多に物があふれている。置かれているアイテムは洋服やファッション小物なので原宿っぽさがある。そのような空間の中でも目立つのが、いかにも少女趣味的なかわいらしいデザインのアイテムだ。おおよそ高さ45㎝×幅40㎝×奥行40㎝のボックスに[★16]、それぞれの作家がかわいい世界を作り上げている[図2]。

興味深いのは、愛と狂気のマーケットで乱立するかわいいが、過剰に見えるところだ。かわいい商品というのは世の中にあふれている。サンリオやディズニーなどのキャラクター商品。ピンクや白を使ったガーリーなファッション。女性向けのかわいいアイテムはたくさん売られている。しかしそれらと比べても、リボンやフリル、レースを素材としたヘッドドレスにつけ襟、ふわふわとしたぬいぐるみなど、ここで展示されているかわいいアイテムたちは過剰に少女性を帯びている。
少女というのはキャラクターグッズをはじめとする商品のターゲットにされてきたという点で、市場においてずっと消費者として囲い込まれてきた存在であった。少女はそもそも日本が近代化する際に、良妻賢母になるべく学校制度に囲い込まれることで生まれた存在だから[★17]、家父長制を維持すること、そして消費社会を維持することというふたつの使命を社会から担わされてきたとも言える。
このような少女の二重性はアメリカのフェミニズム研究においても指摘されている。アンジェラ・マクロビーとジェニー・ガーバーは、1950年代から1970年代にかけてのアメリカにおける、サブカルチャー領域での少女の自立した文化を描き出そうとした[★18]。少女たちは「夜は出歩いてはいけない」という言いつけに表れるように、家庭という男性への補完的な空間に縛られていた。またサブカルチャーへの関わり方は、ボーイフレンドなど少年との関係のあり方に規定されており、従属的で周縁的な存在だった。そして同時に、バンドやアイドルのファン、消費者として市場にターゲティングされる存在でもあった。
マクロビーとガーバーが試みたのは、少女たちは周縁化された領域でも、消費者として中心にいた領域でも、それぞれ少年たちとは異なる仕方で文化との交渉的な実践を行っていたことを示すことである。ふたりはこのような構造的複雑さをもつ少女たちの文化を、ベッドルームカルチャーと呼んだ。それはメイクをして、雑誌を読み、レコードを聴き、部屋に好きなアイドルのポスターを飾るという、家庭内の寝室で完結できる文化実践であった。つまり自分のプライベート空間、私的領域を自分好みの世界観に仕立て上げる実践である。先ほど見た愛と狂気のマーケットのブースはまさに、色々な少女たちのベッドルームの展示会とも言え、彼女たちの私的領域をのぞき見しているような感覚をおぼえる[★19]。そしてそれらがハンドメイド作品という、良妻賢母教育の頃からずっと女性の技能とされてきた洋裁技術を駆使して作られたものである点にやはり、周縁と消費の中心という、少女の二重性があらわれている。
さらに付け加えると、大塚英志が指摘するように、少女たちはめまぐるしく変化する消費社会のトレンドに合わせて、自分たちが好んできたものを「断念」しなければならなかった[★20]。大人になってもかわいいファンシーグッズを持っているのは子供っぽい、遅れている。1980年代から1990年代にかけての加速する消費社会は、女性たちがいつまでも少女の頃に好きだったものを持ち続けることを許さなかった。現代ではだいぶ変わったといっても、やはり年齢が上がるにつれ、女性の持ち物からレースやフリル、パステルカラーは少なくなっていくし、カバンにぬいぐるみチャームを付けることも憚られる[★21]。
この点を踏まえるなら、愛と狂気のマーケットという場は、大人になってもかわいい世界観をハンドメイドして作り上げ、その世界観を共有し、それを見た人が、大人も子どもも手にとって身につけることができる場所である。愛と狂気のマーケットは、日本の消費社会が少女に与え、そして奪ってきたかわいいを、少女たちが取り戻す場になっている。
それでは次に、愛と狂気のマーケットで販売されているハンドメイド作品たちを具体的に見ていくことで、少女たちがどのようなかわいい世界観を作り上げているのか検討しよう。そこでのキーワードは、レトロと病みだ。
レトロと病み
筆者は愛と狂気のマーケットにオープン当初からたびたび訪れているが、当時から、レトロモチーフの作品が多い印象を受けていた。例えば以前出品していたブランドに「珍ポイ商店街」がある[★22]。イラストレーターの岩﨑ももが手掛ける同ブランドは、昭和の看板やロゴをモチーフにしたキーホルダーやステッカーなどの雑貨をメインに制作、販売している。銭湯やサウナなどのモチーフはわかりやすく昭和風だが、同ブランドがユニークなのは、ラブホテルやピンク映画などもグッズのデザインに取り入れている点だ。インディーズのクリエイターがよく使用しているネットショップBASEにある、珍ポイ商店街のオンラインショップを見てみると、パチンコのフォントをモチーフにした「パチンコシリーズ」、バス停やクリーニング店、学生ローンの看板がモチーフの「看板シリーズ」と並んで「スケベシリーズ」というのがある[★23]。これは、無料案内所、ラブホテル、ストリップ劇場、ピンク映画館など、性風俗を想起させる看板たちを再現したステッカーのシリーズである。それだけ聞くとぎょっとするかもしれないが、これらのいかにも夜の街風の意匠たちが、ポップなデザインに置き換えられて、かわいいという記号におさまっているのだ。
昭和レトロの中でもアダルトな要素をオマージュしたデザインは、他の作家の作品にも見られる。2025年8月に出展していた作家Roomsによる作品もそうだ。陳列ボックスの中には昭和レトロ風のフォントが印字されたキーホルダーやステッカーがディスプレイされているが、よく見るとキーホルダーはホテルの部屋の鍵を模している。しかもそれらは普通のホテルや旅館というよりは、やはりラブホテルを想起させるような、艶情的とも言えるデザインとなっている。背後には同じロゴのライターもあり、こちらはより昭和レトロ的な雰囲気の再現性が高い。
若者の間で流行っていて、Instagramに載せれば映えるとされた昭和レトロといえば、これまでは、不健康に思えるほどの着色料で緑に色づけされたメロンクリームソーダ、昔ながらの固めなプリン、それらが盛り付けられている大きな花柄のグラスだった。場所で言うなら純喫茶や商店街だろうか。そんな昭和レトロを表象するイメージたちは、ハンドメイド作家の作品においては、ピンク映画やストリップの看板、ラブホテルの鍵だったりするのだ。ともすればおどろおどろしいイメージさえ抱かせかねないそれらが、若手のハンドメイド作家たちによって「エモ」と接続され、再定義されている。
平成への回帰
愛と狂気のマーケットでは昭和だけでなく、平成への回帰も見られる。その代表例が、2025年8月に出展していたアーティスト、NABEYUKAのディスプレイである[図3]。

アーティストの紹介カードにはずばり、「平成レトロ 平成☆ギャル好き 集合〜〜!!!!」とメッセージが書かれている。主にステッカーが陳列されており、1990年代から2000年代に渋谷109にいたであろうギャルたちがデフォルメされて印刷されている。
Semokichiのブースには、より平成的なモチーフが散りばめられている。ガラケーの形をしたステッカーやキーホルダー、平成ファッションに身を包んだ女性キャラクターのイラスト。何より全体的にメタリックやネオンピンクが取り入れられ、ブース全体でy2k的世界観が表現されている。
「y2k」とは2000年代のファッションを指す言葉で、丈の短いトップスやミニスカートで肌を見せるスタイルが特徴だ。コロナ禍前の2019年頃からブームの兆しがあり、2022年にデビューしたK-POPアイドルのNewJeansが積極的に取り入れたことで、爆発的ブームにつながった[★24]。1990年代から2000年代のカルチャーを再評価する平成レトロとも、もちろん重なっている。
平成レトロ、y2kにおける主要なモチーフのひとつに、当時のデジタル環境がある。2025年7月から8月まで西武渋谷店で開催された「NEO平成レトロ展」では、平成の間に使われた電子機器たちが大量に展示された。ポケベル、ガラケー、たまごっち、スケルトンボディの初代iMac、MD、ゲームボーイカラー、iPod nano。「平成一桁ガチババア」[★25]である筆者が子どもの頃に見て、実際に使っていたアイテムたちばかりだ。さらに同展の公式ホームページには「めぐのホムペ」というページがあり、当時の中高生の間で流行った「前略プロフィール」や、今で言うとTwitterに近い使われ方がなされていた「リアル」(リアルタイム日記)を再現したページが用意されている[★26]。インターネットやモバイル機器の普及にともないデジタル環境が急速に変化した平成において、これらのモチーフもまた感傷を引き出すための参照点となっている。
愛と狂気のマーケットにおいても、平成のデジタル環境をモチーフとした作品が見られる。CHAKIRACCHOのブースではWindows XPのシステムエラーポップアップやInternet Explorerのアイコン型のイヤリングなどが置かれている。同氏のオンラインショップを見てみると、他にもiPod nanoを模したフォトフレームアクセサリーや、たまごっちにきわめて似ている形のネックレスなども販売されている[★27]。
また、筆者は2023年頃に愛と狂気のマーケットで、けいこうしょくというクリエイターのイヤリングとピアスを購入したことがある。それはピンク色のノートPCの形をしたチャームに、ピンク色のエラーポップアップを模したチャームが組み合わされたものだった[図4]。けいこうしょくは「minne」にも出展しておりショップページを見てみると[★28]、8bit風のハートやゲームコントローラーのチャームや、ゲームボーイ風のチャームなども展示されている。平成レトロモチーフにおいては、2000年代のインターネット的なアングラっぽさ、8bitの粗いドットのチープ感などが、ポップでカラフルに彩色されて、かわいい記号として再提示されているのである。

病みを表す
次に見ていきたいのが、病みモチーフである。以前に比べるとやや減った印象ではあるが、グロテスクなモチーフなどを使って病みを表す作品は、愛と狂気のマーケットの定番でもある。
8月出展者のReincarnationの作品は、「医療系ゴシックパンクロリィタ」がテーマで、ナース風の十字架が入った帽子には、あえて縫い糸が見えるように施され、傷口を想起させる。BASE上のオンラインショップをのぞいてみると、「脈打つハートのブローチ」、「心電図のつけ襟」、「注射器のチョーカー」など、ダークでグロテスクな雰囲気の商品が並んでいる[★29]。
グロテスクなかわいいは他のモチーフによっても表現される。Koneruの展示では、いくつもの毒々しい色合いのたこ足たちがイヤリングとなって並んでいる。まぶたから目玉がこちらを睨みつけるようにのぞくリングや、唇からポップコーンが溢れ出ているピアスなど、かなりグロテスクで奇抜だが、どこか生き物のようなチャーミングさも感じられる作品群だ[図5]。

このように、グロテスクでダークな世界観をかわいいに落とし込んだ作品もあれば、いわゆる地雷系的な病みかわいいもある。8月に愛と狂気のマーケット内に設置された「悪夢展」は、まさしくこれにあたる。
同展では人気イラストレーターたちが、「忘れられない『悪夢』」をテーマに描いたイラストを展示し、ステッカーやアパレル、小物などを販売していた[★30]。全体的に少女をモチーフにしたイラストが多く、特に玉城きらのイラストは、ゴシックロリータやパンクロリータをベースにしながらも、包帯や眼帯、縫合跡、血といった病み要素とあわさっている。さらに露出の高い衣装を着せて身体をエロティックに見せたり、口を開けて舌を出させ扇情的な表情をさせるイラストが多い。なかでももっとも目立つのは黒いTシャツにプリントされた少女である。足の付け根から下は描かれておらず、両腕の肘より先は明らかに切断され縫合されている。そしてピンクのレザーの首輪をつけられ、刺々しいチェーンが体に巻き付いている。言葉にして描写するとあまりにも痛々しいはずなのに、彼女はたしかにかわいい女の子として描かれている。肌に直接縫われたピンクのリボン、黒いハートにピンクのフリルでできた眼帯、黒いハート型のニップレス、ピンク色で金具がゴシック調のガーター。痛くて残虐な小道具たちは、少女を凌辱しながらも、彼女をかわいさの中に捕らえて離さない[★31]。
豚箱ゑる子が描くかわいらしくもダークな少年少女たち、SNSにいそうな女性をリアリスティックに描いてきた作家ぬごですが。の嘔吐する女性、DEPPAのアメコミ風にデフォルメされた作風で描かれる気だるそうな女の子たち。悪夢展は全体的に、アングラな不穏さとゴシックやポップが組み合わさった、病みかわいい世界観になっていた。
「かわいい化」という再解釈
昭和レトロ、平成レトロ、y2k、病み、これらの要素がかわいいと接続される時、そこでは何が表現されているのだろうか。まず昭和・平成レトロから考えてみたい。
振り返ってみれば『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『ALWAYS 三丁目の夕日』のヒット、新横浜ラーメン博物館や台場一丁目商店街など昭和の街並みを再現した施設など、昭和30年代を懐かしむブームは1990年代から定期的に発生していた。難波功士は、繰り返されるリバイバルブームが、古いものを懐かしむ「懐古(=ノスタルジー)」と、過去を振り返って新しい解釈や価値を再発見する「回顧(=レトロスペクティブ)」というふたつの要素によって発生していると指摘する[★32]。つまり当時を知る人がかつてを懐かしいと感じるだけでなく、当時を知らない世代がそこに新しいものを発見することによって、レトロブームは起こる。
懐かしさの表象を付与された観光資源を訪れる行動を「レトロツーリズム」と定義した天野景太は、レトロツーリズムがもたらす観光経験のひとつにライトエキゾチズムを挙げる。異なる文化や風景を体験した時に感じられる異国情緒はエキゾチズムと呼ばれるが、これは空間移動を伴う観光行動である。対してレトロツーリズムは、懐疑的な時間移動によって異文化を体験する観光といえる。さらにレトロツーリズムでは、電話や自動販売機、喫茶店など、機能や外見は変わっていたとしても、現在の日常生活でも目にするものが観光資源となりうる。それらを見ることで昭和と現代の生活様式や娯楽を比較して楽しむという、極端に短い範囲での時間移動の中で感じられるのがライトエキゾチズムである[★33]。
難波と天野の議論を踏まえれば、70年から20年ほどの過去への時間移動によって体験されるライトエキゾチズムと、過去に新しい解釈を付与するレトロスペクティブによって近年の昭和・平成レトロブームは発生していると言えそうだ。先に見たように、愛と狂気のマーケットでは昭和の様々な意匠の中でも特に性風俗が、平成レトロにおいては現在につらなるデジタル環境を構成するガジェットたちが、ポップな色彩に塗り替えられ、それぞれかわいい表象として再発見されていた。
昭和のエロと平成のデジタル、一見すると並立させることに違和感があるかもしれない。しかし両者とも、資本主義が発展していく中で廃れていった遺物である。昭和の性風俗は、高度経済成長期に拡大した都市の消費文化の裏面と言えるし、平成のガジェットたちは、グローバル資本主義の中で急速に普及し、次々と廃盤になっていった製品たちである。両者はともに、資本主義が生み出したある時代の欲望の形であり、その残滓である。これらをかわいいと接続させて再発見することは、資本が産み落とし置き去りにしていった残滓に再度意味を与える実践である。
さらに言えば、昭和の性風俗は男性が主な消費の主体であり、彼らの欲望に支えられて発展した男性主体の場であった。昭和レトロの文脈で性風俗をかわいい記号に変換する試みは、そのような男性支配的な領域を女性的感性によって上書きする行為でもある。
このようなジェンダー的観点に立つ場合、平成のデジタル環境に関してはやや整理が必要である。パソコンをはじめとするガジェットの開発や、パソコン通信の流れを汲むインターネットカルチャーは、IT産業やオタク文化と結びつく男性中心的な場であった。他方で、ポケベルやガラケーなど、モバイル機器を中心とした文化は、女子中高生によって新しい言語表現を生み出しながら発展した側面がある。平成レトロのデジタル環境がかわいいと接続されて再発見される時、そこでは女性を担い手とするモバイル文化の再評価と同時に、男性中心的なインターネット文化という残滓へ意味を再付与する契機の両方が含まれているのである。
資本主義的残滓のかわいい化による再解釈と、男性主体的な領域の書き換え。このふたつの意味を、昭和・平成レトロを参照するかわいいDIYという実践は持っている。同様の構造は、病みかわいいにも見ることができる。多用されていた血、傷、目玉など生々しくグロテスクなモチーフは、消費社会の中で忌避されるものだ。資本主義、消費社会の進展によって都市は画一的な風景になり、温室のように清潔な空間と化した。そこでは汚いもの、不潔なものは排除される。しかしそのような無菌空間で生きる人間は、切ればたしかに血が出るし、ひとつひとつを抉り取ってみれば、グロテスクこのうえない臓器をたくわえているはずだ。病みかわいいはそのことを思い出させるように、おどろおどろしいモチーフを毒々しい色合いやゴシック調によってかわいいに変換する。くわえて言えば、レトロにおいては過去という時間軸を対象とした再解釈が行われたのに対し、病みモチーフにおいては身体性を対象に再解釈が行われる。このことは、消費社会の中で記号的に作られてきた女性身体を、女性自身が取り戻そうとする実践とも言えるのだ。
また、過激に身体を露出させる少女、凌辱される少女など、アンダーグラウンドな表象も病みかわいいには含まれていた。普通ならば、これらは男性の性欲を満たすための表象として消費されがちである。しかしここでは、リボンやピンクといったかわいい記号と組み合わさることで、男性から暴力的に支配されるという意味合いをずらしている。
ここまでの分析から、昭和・平成レトロと病みモチーフそれぞれが、かわいいと接続されることがもたらす意味を以下のようにまとめることができる。まずひとつに、資本主義や消費社会が捨て去った、ないし排除してきたものを再発見、再解釈すること。次に、男性中心的な領域を女性の手によって書き換えること。それではこれらの実践は、かわいいDIYの主体たる少女たちの自己表現としてどのような意味を持っているのだろうか。
まずひとつには、周縁的なものに自己を重ね合わせていることが指摘できる。日本が昭和、平成と通り過ぎていく中で残されていった古きものたち。過去のつかの間に文化の中心を占め、そして中心から周縁へと遠ざかったものたちにまなざしを向けることは、消費の中心に居場所を与えられながらも文化的周縁に位置づけられてきた少女たちの、ある種の自己投影とも言える。そして周縁にいるものを再び消費の中心に引きずり出すことで、中心も周縁も、資本の内も外も越境してしまえるような、超越的な自己を感じる手段ともなっている。
そしてこれは特に病みかわいいに言えることだが、傷つけられた少女、男性に支配された少女の表象は、弱さや痛みを抱えた自己でもある。それらをかわいく描き直すことは、弱さを抱えたまま自己を肯定する意思表示となるのだ。かわいいDIYはこのように、少女たちの自己表現のバリエーションのひとつであり、特に自己の超越性や弱い自己をそのまま肯定する強さといったものが表されている。
フェミニズムとかわいいDIY
最後に、これらの実践が、これまでなされてきたフェミニズム的観点の文化研究からどのように説明できる/できないのかを検討しておこう。
文化研究の流れを汲むフェミニズムの議論を参照するために、いちど1990年代の状況に触れておく必要がある。それ以前の、1970年代までのフェミニズムは男性中心的な資本主義における男女平等や、性の解放を目指す運動で、第二波フェミニズムと呼ばれる。1980年代のアメリカでは第二波フェミニズムを経て、それまでのフェミニストへのイメージを忌避するような反応が女性たちから出てきた。つまりフェミニズム的立場に立つことを否定し、「フェミニズムは終わった」とする態度で、ポストフェミニズムという言葉が当時から使用されていた[★34]。
このようなポストフェミニズム的状況に対し1990年代に展開されたのが、第三波フェミニズムである。第三波フェミニズムにおいては、ポストフェミニズムのようにフェミニズムの役割を終わったものとは見なしておらず、だからこそ第三波を名乗る。しかしポストフェミニズムという状況が出てきたことを無視するわけではなく、むしろ共通の問題意識を抱えている。それは主に、第二波までのフェミニズムが女性を弱者として表象してきた犠牲者フェミニズムだったことへの批判である。この言葉を提案したナオミ・ウルフは、犠牲者という女性像に共感できないポストフェミニズム以降の世代の女性たちを取りこぼさないために、パワー・フェミニズムという考えを示し、社会構造内部で女性個人が力を発揮していくことを促そうとした[★35]。
第二波と第三波の女性像の違いは文化実践の面にも出現した。第二波フェミニズムの中でもラディカル・フェミニズムは、ハイヒールやブラジャーなど女性らしい記号からの解放を目指した。それに対し第三波フェミニズムでは、多様な女らしさを認めていくことが目指され、「女らしさへの自由」を追求する流れが文化実践の中で発生していった。そのため、第三波フェミニズムと関連するポピュラーカルチャーとしてマドンナが挙げられたり、パンクとDIYとフェミニズムが結びついたライオット・ガールムーブメントや、女性らしさを肯定するリップスティック・フェミニズムが生まれた[★36]。
ポストフェミニズムと第三波フェミニズムは、フェミニズムという立場を引き継ぐか否かという点で態度が分かれるものの、犠牲者フェミニズムへの反発、消費や女性らしさの肯定という共通点を持つ。このような個人主義的かつ消費や女性の性的主体化の肯定に対し、2000年代にはそれらを批判的に分析するカルチュラル・スタディーズの流れを汲んだ議論が登場する。
この新しいポストフェミニズム論では、ポストフェミニズム的状況が以下のように整理、批判される[★37]。すなわち、フェミニズムが目指していた理念が政治や制度の中に取り入れられることで、「エンパワーメント」や「選択」といった言葉が個人主義的な言説に回収され、政治だけでなく女性の成功物語を称揚するメディアやポピュラーカルチャーにおいて、フェミニズム的言説の代替として展開されている[★38]。ポストフェミニズム論はネオリベラリズム批判をともなうことで、「女らしさの強調がエンパワーメントとして称揚され、個人主義性を強めていくことでネオリベラリズムに取り込まれていくというポストフェミニストと第三波フェミニズムが共有していた弱点を指摘した」[★39]のである。
かわいいDIYはなにを生み出すか
ここまでフェミニズムと文化をめぐる議論の展開を駆け足ながら確認した。これを踏まえて、本論が扱ってきた「かわいいDIY」をどのように位置づけることができるか考察し、本論の結論を示す。
まず第三波フェミニズムないしポストフェミニズムは、女性が消費の主体であること、さらに女性らしさや性的主体としての力を発揮することを肯定していた。しかしこれらは、のちに、結局は自己責任論やネオリベラリズムに回収されてしまう点が批判された。
では、かわいいDIYはどうだろうか。たしかに第三波フェミニズムが称揚したガールズカルチャーにきわめて似た側面があるし、第三波フェミニズムそのものにおいて重要な役割を果たしたのはGrrrl ZinesというDIY文化だった[★40]。また、ポストフェミニズム的に女性の性的主体化を積極的に肯定するような表現もかわいいDIYの特徴の一つである。しかしながら、これらの点が第三波フェミニズム、ポストフェミニズム両者において資本主義への回収という点から批判されてきたのに対し、かわいいDIYは、資本や消費の文脈に回収されることが前提である。むしろ、資本の中にあるからこそ可能な実践となっているのだ。
冒頭でも見たようにハンドメイド市場は専用のアプリや、もはや同人イベントの枠におさまらないほど巨大化した即売会をメインに展開され、資本主義内での流通経路に支えられている。そして何より、愛と狂気のマーケット自体、ラフォーレ原宿というトレンド発信を担うファッションビル内に設置されており、まさに資本のただ中にある。
それでありながら興味深いのは、かわいいDIYが昭和・平成レトロを参照し、なかでも昭和の性風俗や平成のデジタル環境という、資本主義が発展する中ですぐに古ぼけてしまったものたちや、暴力や傷といった資本主義社会では排除されがちなモチーフを、かわいいと接続しリバイバルさせている点である。しかもこれらは、男性中心的な文化だったり、男性の支配的な暴力性を示す表象でもあった。それらをピンクやリボン、ハートといった少女的な表象でパッケージングして、少女の居場所や力を示す方向に書き換え、超越的な自己を表現してしまうのである。資本主義が置き去りにしてきた残滓を、資本の中心でかわいい記号として提示する。ここに、資本への抵抗/回収という二項対立ではとらえきれない、かわいいDIYのしたたかな実践を見ることができる。
さらに言えば、これらは、フェミニズムと特に結びついていないという点において、ポストフェミニズム的であるとも言えるかもしれない。かわいいDIYにおけるしたたかな少女性は、決して男性中心社会への反抗や抵抗を表明するものではない。むしろそのような社会の消費における中心を担ってきた存在として、消費社会を肯定しながら、しかしユーモアをもって男性的なものを少女的なものに変えてしまう、まるで魔法をかけるように。これによって、彼女たちは弱い自己を弱いまま打ち出すという強さを手に入れるのだ。
ここから、ポストフェミニズム批判において想定されるような、個人で努力を積み上げ社会的地位を向上させ、かつ女性的魅力も洗練させているような、ネオリベラル的なスーパーキャリアウーマンとはまったく異なる女性像を導くことができる。2010年代以降になって多様なフェミニズムが可視化され、それらの差異や複雑さを明らかにする必要が生じている現在[★41]、女性による多種多様な文化実践を描き出し分析する試みの中に、私は「かわいいDIY」とその実践者たる少女たちを付け加えておきたい。
サブカルチャー的でありながら資本の中心にいて、不可視化されてきた資本主義の残滓を救い、すべてをかわいくしてしまう。そしてそれは既存の社会への反抗や戦いとして行われるのではない。まわりになじめなかった自分、傷ついてきた自分をかわいい少女に託し、強く生きる自己を手に入れる。そんな魔法を使える〈少女〉たちこそ、かわいいDIYの主体なのだ。
★1 大森靖子「ハンドメイドホーム」、『魔法が使えないなら死にたい』、PINK RECORDS、2013年。
★2 Angela McRobbie, Be Creative: Making a Living in the New Culture Industries, Polity, 2016. 翻訳は、アンジェラ・マクロビー『クリエイティブであれ──新しい文化産業とジェンダー』、田中東子監訳、花伝社、2023年。
★3 太田省一、塚田修一、辻泉編著『アイドル・オーディション研究──オーディションを知れば日本社会がわかる』、青弓社、2025年、261頁。
★4 「編めば広がる私の世界 「自分らしさ」出せる編み物が人気」、『AERA』2025年4月21日増大号。「「毛糸」品薄現象も… Z世代で「編み物ブーム」なぜ? タイパと〝真逆〟でもハマるワケ【THE TIME,】」、TBS NEWS DIG、2025年2月15日。URL=https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1727670
★5 「ジャンル不問 アートの祭典」、『産経新聞』朝刊、2024年6月20日。
★6 「株式会社クリーマ 事業計画及び成長可能性に関する事項──2026年2月期」、株式会社クリーマ、2025年4月10日。 URL=https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20250410/20250410512586.pdf
★7 藤谷千明「人気作家は月商500万〝手芸アプリ〟の熱量」、PRESIDENT Online、2017年10月20日。 URL=https://president.jp/articles/-/23349?page=2
★8 「「minne byGMOペパボ」で副業として活動するハンドメイド作家の約80%が「収入を得ている」と回答 ~『ハンドメイド作家における副業調査』を実施~」、GMOペパボ、2023年4月24日。URL=https://pepabo.com/news/press/202304241200/
★9 コトモノマルシェ公式ウェブサイトの「SHOP LIST」より。URL=https://cotomono-marche.com
★10 「クリエイターに寄り添い、才能あふれる売り場へ ラフォーレ原宿「愛と狂気のマーケット」リーダー 神田千穂さん」、原宿表参道新聞、2023年。URL=https://harajuku-omotesando-shimbun.com/archives/753
★11 「ラフォーレ原宿」、森ビル公式ウェブサイト。URL=https://www.mori.co.jp/projects/laforet/
★12 たとえば次のように紹介されている。「日本の「カワイイ」を世界に!トレンドの発信地【ラフォーレ原宿】で働く魅力」、StaffBridge、2020年7月20日。URL=https://www.staff-b.com/topics/detail/314/
★13 ぽこぽこ界隈については以下の論考で分析している。山内萌「界隈民俗学 第2回 ぽこぽこ界隈のフォークロア」、集英社新書プラス、2025年4月3日。URL=https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/kaiwai_minzoku_gaku/29915
★14 2022年3月には、地下にあったカジュアルロリータ系ブランドのNILEPERCHが1・5階に移転するなど、この階はロリータ系とお姉さん系ブランドが混在しているのが面白い。URL=https://www.instagram.com/p/CazGNCsB4eP/
★15 5階はこれらの中でも特にガーリーさが特徴のブランドと、いわゆる地雷系ブランドが混在しており、両者の境界線がどこにあるのか考えてみると興味深い。
★16 「愛と狂気のマーケット 出品のご案内」、ラフォーレ原宿、2025年9月1日、8頁。URL=https://www.laforet.ne.jp/aitokyouki/guide_230401.pdf
★17 本田和子『女学生の系譜──彩色される明治』、青土社、1990年。
★18 Angela McRobbie and Jenny Garber “Girls and Subcultures,” Culture, Ideology and Social Process, Batsford Academic and Educational in association with the Open University Press, 1981.
★19 少女向け占い雑誌『マイバースデイ』の分析をした橋迫瑞穂によれば、1980年代の誌面ではおまじないと手づくりが密接に結びつき、読者は手づくりのまじないグッズを作ることで自分の世界を作り上げていた。同誌が推奨する手づくりは、読者の少女たちが意味を供給された私的領域、「DIY的宇宙」を立ち上げることを促した。橋迫瑞穂『占いをまとう少女たち──雑誌「マイバースデイ」とスピリチュアリティ』、青弓社、2019年、184-185頁。
★20 大塚英志『『りぼん』のふろくと乙女ちっくの時代』、筑摩文庫、1995年、158-159頁。
★21 2025年8月後半には、アーティストのカシン・ロンがデザインし中国のポップマートが販売するぬいぐるみのラブブが、海外セレブやK-POPアイドルが身につけていることで話題となった。「大人気のラブブ、10億ドル規模のバブルは弾けるか?」、Business Insider、2025年9月2日。URL=https://www.businessinsider.jp/article/2509-labubu-trend-bubble-burst-cost-why-popmart/
日本の芸能界でも流行し、特に男性アイドルがハイブランドのバッグにラブブをつけていることがファンの間で話題となったことは、いまや男性もかわいいグッズを身につけることが許される時代になったと言える点で興味深い。ちなみにラブブはもふもふの毛皮を被ったモンスターで、ギザギザの歯が特徴的な、どちらかというと「キモかわいい」部類のキャラクターである。
★22 URL=https://www.instagram.com/chin_poi_goods
★23 URL=https://12momo4.thebase.in/
★24 「Z世代に浸透「Y2K」ファッションとは なぜ20年ぶりに復活したのか」、日経クロストレンド、2023年10月16日。URL=https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00908/00001/
★25 この言葉については以下の動画で解説している。「今週の人文ウォッチ#39 コスプレ/ロリータ炎上からホームタウン論、BL無罪、そして真の平成女子とは誰かまで」、ゲンロン公式YouTubeチャンネル、2025年8月30日。URL=https://youtu.be/acIQgGqhKbQ?si=_smEpC5sCjbUbsFD
★26 URL=https://www.tbs.co.jp/NEO-heisei-retro-ten/blog/
★27 URL=https://www.instagram.com/chakiraccho/shop
★28 URL=https://minne.com/@00yasuka00
★29 URL=https://koneru.thebase.in/
★30 URL=https://www.instagram.com/p/DNRrRXmSaGL/
★31 残虐に描くことでむしろ少女のかわいさを強調する作風は、2025年7月に話題となったSteam配信のインディーズゲーム「いちばん美味しいゴミだけ食べさせて」と共通している。同作品は、ゴミを食べるほど知能が増していくラブドールの育成ゲームで、ゴミを女性に食べさせるという倫理性や、女性を胸の大きなラブドールとして描くことの女性蔑視的側面がSNS上で非難された。しかし本ゲームのイラストは、あからさまに男性の性欲を掻き立てる絵柄とは言いにくく、女性から支持を集める人気イラストレーターが作画を担当していることからも、むしろ本論の文脈における病みかわいいの系譜で解釈されるべきゲームと言えるだろう。
★32 難波功士「ひと昔前のカルチャーが流行るのはなぜ? 社会学でひも解くリバイバルブーム」、「月と窓」、2024年5月2日。URL=https://tsuki-mado.jp/424/
★33 天野景太「レトロツーリズムの文化論──昭和の表象が織りなす観光のアクチュアリティ」、『日本観光学会誌』58巻、2017年。
★34 菊地夏野『日本のポストフェミニズム──「女子力」とネオリベラリズム』、大月書店、2019年、70-71頁。
★35 田中東子『メディア文化とジェンダーの政治学──第三波フェミニズムの視点から』、世界思想社、2012年、11-12頁。
★36 高橋幸『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど──ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ』、晃洋書房、2020年、31-32頁。
★37 高橋幸はポストフェミニズム的状況への批判を展開する2000年代以降の議論をポストフェミニズム論と呼んでおり、本論もそれにならう。同上、36-37頁。
★38 菊地夏野『日本のポストフェミニズム』、72頁。
★39 高橋幸『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど』、37頁。
★40 Alison Piepmeier, Girl Zines: Making Media, Doing Feminism, New York University Press, 2009.
★41 Rosalind Gill, “Post-postfeminism?: New Feminist Visibilities in Postfeminist Times,” Feminist Media Studies 16, 2016. 翻訳は、ロザリンド・ギル「ポスト・ポストフェミニズムなのか?──ポストフェミニズム時代におけるフェミニズムの新たな可能性」、河野真太郎訳、『早稲田文学』2020年夏号、156-183頁。


山内萌
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