口腔表現のルネサンス──なぜ若者は口で音楽を奏でるのか?|杉村一馬

人類は、歴史上かつてないほど口腔運動が発達した段階にあるのかもしれない。そう感じさせるのが、「ボイスパーカッション」(以下、ボイパ)や「ヒューマンビートボックス」(以下、ビートボックス)と呼ばれる、声や息、口の動きだけで音楽を生み出すパフォーマンスの爆発的な普及である。
ボイパ奏者やビートボックス奏者は、ドラムセットなどの打楽器をはじめ、エレキギターやベースなどの弦楽器、トランペットやサクソフォンなどの管楽器、シンセサイザーなどの電子音、さらにはサイレンや掃除機の音など環境音までをも発話器官(発声器官と唇、歯、歯茎、口蓋、舌、咽頭などの総称)のみで再現し、それらを組み合わせてパフォーマンスに昇華させる。札幌国際大学教授でビートボックス研究者の河本洋一は、このような「我々が普段使っている言葉の発音としては捉えることのできない、直接的に模倣された音」を「直接的模倣音」と定義している。言語の発音の延長にある擬音語(オノマトペ)と比べて、より直接的で生々しい表現力が特徴だという[★1]。
奏者たちは、息の強弱、喉や歯の位置、舌や唇の弾き方、声の高さや響かせ方、さらにはマイクとの距離や角度までを複合的に操り、新たな音色を生み出すための探究を日々行なっている。発明した技術を動画プラットフォームに投稿すれば瞬く間に世界中に共有され、やがてそれを基盤に各人の独自性が加わり、さらに新しい音色が誕生する。進化と多様化は加速度的に進み、いまや単なる楽器模倣を超えて「ボイパやビートボックスならではの音色」として受け止められている。
こうして生まれた音色たちは、聴く者に強い驚きを与える。試しにYouTubeで「ボイパ」「ビートボックス」と検索すれば、とても人間の発話器官を使っているとは信じがたい音の洪水に圧倒されるだろう。数千万〜数億回再生を記録する動画も珍しくなく、「世界的ブーム」と言って過言ではない[★2]。
では、なぜこのブームが生まれたのか。なぜ現代の若者と共鳴し、爆発的な進化と普及を遂げたのか。それを解き明かすのが本稿の目的だ。とはいえ、その全世界的な機序をすべて明らかにするのは極めて困難であることから、本稿では日本におけるボイパとビートボックスの発展にスポットを当てることで、その根底にある人間の普遍的な欲求に迫り、現代の価値観との接点を考察していきたい。
調和を志向するボイパ
ここまで筆者は「ボイパ」と「ビートボックス」というふたつの名称を用いてきた。どちらも「声や息、口の動きを使い、歌唱以外を主とする音楽表現」とまとめられ、おそらく一般の人々には同じものとして受け止められているだろう。だが、これらの文化を担うプレイヤーたちは両者を明確に区別しており、本稿を進めるうえでまずはその違いを整理しておきたい。
ボイパとは「アカペラにおける1パート」と説明するのが最も分かりやすい。より正確には「コンテンポラリー(現代)アカペラにおける1パート」である。コンテンポラリーアカペラとは、1980─90年代に米国で生まれ発展してきた比較的新しい音楽形態で、従来の無伴奏表現(教会音楽やドゥーワップ、バーバーショップ)とは一線を画す高度で複雑なリズム表現を特徴とする[★3]。8ビートや16ビート、シャッフル、スウィング、サンバ、ボサノバなど、多様なリズムを無伴奏で演奏する点に最大の特色がある。
テレビ番組に親しんでいる読者であれば、フジテレビ系列の特別番組『ハモネプリーグ』を思い浮かべると理解しやすいだろう。同番組ではロック、ポップス、R&B、ヒップホップ、ジャズ、演歌など幅広いジャンルが演奏され、複雑なリズムを持つ流行歌でさえ無伴奏で表現されている。そして、そのリズム表現を際立たせているのが、まさにボイパである。
ボイパ奏者は主にバスドラム、スネアドラム、タム、ハイハットシンバル、クラッシュシンバルといったドラムセットの音を模倣し、それらを組み合わせてリズムを刻む。直接的模倣音ならではの生々しい響きは、リードボーカルやコーラス、ボーカルベースなどのパートとアンサンブル(調和)することで、楽曲全体のリズムの輪郭をより鮮明にする力がある。
自己表現を重んじるビートボックス
一方、ビートボックスはヒップホップをルーツに持つ技術である。その誕生については河本の論文に詳しい[★4]。要約すれば、発祥は1970年代の米国で、当時ヒップホップ音楽の中心にあった電子ドラムマシン(ビートボックス)を経済的理由で購入できなかった人々が、その音を口で模倣したことに始まる。
電子ドラムマシンが設定ひとつで多種多様な音色を出力するように、ビートボックス奏者たちはいかに多くの音色をひとりで表現するかといった志向のもと技術開発を行なっている。パーカッシブな音のみならず弦楽器、管楽器、電子音、そしてヒップホップを特徴づけるスクラッチ音などの模倣を組み合わせながら、ひとりで楽曲を完成させることに重きを置く。
特徴的なのが「バトル文化」である。日本では2010年に初の全国規模のビートボックスバトルイベント「Japan Beatbox Championship」(JBC)が開催され、現在も大小さまざまな大会が活発に行われている。その基本的なルールは、2人の奏者が交互に決められた時間(1─3分程度)演奏し、2回程度の往復の後、観客や審査員の反応によって勝敗を決める、というものだ。
奏者は、相手の繰り出したわざを即興的に取り込みアレンジを加えて応答する。相手が同じリズムパターンを繰り返すと「引き出しが浅い」と指摘したり(2本指を立てて相手に示す動作)、第三者のフレーズに似た演奏をすれば「BITE」と呼ばれる仕草(両腕を胸の前で重ねる動作)で盗用を告発したりする。こうしたやりとりは、ラップバトルやブレイクダンスにも見られるヒップホップ文化の流儀であり、ステージ上では「独自のスタイルを打ち出すこと」が最も重んじられていることを示している。
彼らが本当に競っているのは勝敗ではなく、コミュニティの中で「自分という存在」を認めさせることだ。だからこそステージでは必ず自分らしいわざを盛り込む。歴戦をくぐり抜け知名度を上げた奏者が「十八番」とするビートパターンを演奏すれば、会場は待ってましたと言わんばかりの熱狂に包まれる。ビートボックスは単なる技巧比べではなく、何よりも「自己表現」を核とした文化なのである。
以上のことから、ボイパはアンサンブル(調和)を、ビートボックスは自己表現を中心的価値に据える文化として明確に区別できる。
『ハモネプ』とボイパの普及
米国ではビートボックス文化が先に確立し、アカペラに輸入されたというのが定説だ。しかし日本では、ボイパのほうが先に世間に知られるようになった。きっかけは、先に言及したフジテレビ系番組『ハモネプリーグ』である。
『ハモネプリーグ』は、現在では年2回ほどの特番として放送されているが、元はバラエティ番組『力の限りゴーゴゴー!!』内のコーナーとして2001年4月に始まった。同番組は、お笑いトリオ・ネプチューンがMCを務め、「普通の若者」にスポットを当てた「青春企画」で構成されていた。プロデューサーの𠮷田正樹(現ワタナベエンターテインメント会長)は著書『怒る企画術!』(ベスト新書)において、TBS系列『学校へ行こう!』へのアンチテーゼとして本企画を立ち上げたと述懐している。
「学校へ行こう!」には個性的で変わった中学生たちが登場する面白さがありました。それを見ていた僕は、「こんな目立ちたがり屋でも金髪でもない、普通の中学生は何をやってるんだろう。普通の子にも面白さがあるはずだ」と思うようになったのです[★5]。
この言葉通り、番組には「普通の若者」が出演し、ネプチューンによる「いじり」を通じて笑いや感動を生み出す形式がとられた。『ハモネプ』もこの枠組みを踏襲し、「アカペラに打ち込む普通の若者の青春劇」が描かれることになった。
その象徴的存在が、後にRAG FAIRのメンバーとしてNHK紅白歌合戦に出場する奥村政佳(愛称「おっくん」)である。奥村は2001年4月18日の初回放送で、バスドラム・スネアドラム・ハイハットシンバルによる8ビートを口で再現し、これがのちに番組内で「ボイパ」と呼ばれるようになった(当初は「ヴォーカルパーカッション」と説明された)。
視聴者が奥村に魅了された理由は、その技術の生々しい表現力だけでなく、奥村が「普通の若者」として登場したことも大きい。彼は学生服姿で、5人の高校生とともにSMAP「夜空ノムコウ」を無伴奏で披露した[★6]。パフォーマンス中の表情の作り方や身振り手振りは決してプロ歌手のように洗練されていたわけではなく、どこまでも素朴であった。そしてだからこそ「普通の高校生が声だけでここまで表現できるのか」という驚きと感動を視聴者に呼び起こしたのである。
この初回放送の好評を受け、番組は早々に「全国大会」の開催を宣言する。全国の予選会場にはアカペラに熱中する若者が集まり、中には奥村に匹敵する高度な技術を持つボイパ奏者も現れた。出場者の多くは必ずしも特別な音楽スキルを持つわけではなく、音程やテンポが不安定な場面も少なくなかった。うまく歌えず悔し涙を流す姿も映され、その等身大の姿が「青春」として視聴者に共感を与えた。
人気は数字として明確に表れた。2001年9月19日に放送された第1回全国大会は平均視聴率18%を記録[★7]。同年10月には番組公式教則本『ハモネプ START BOOK』(ドレミ楽譜出版社)が発売され14万部を超えるベストセラーとなった[★8]。また、優勝グループ「ぽち」と準優勝「チン☆パラ」にはCDリリースの副賞が与えられ、それぞれが11月に発売したミニアルバムは15万枚(『SONG』)と25万枚(『La-Punch』)を売り上げた[★9]。
その後、番組は第1回大会出場者に触発されて活動を始めた若者を「第2世代」と位置付け、試行錯誤しながらアカペラの実力を磨く様子を追った。第1世代と第2世代が競った第2回大会(2002年1月)も盛況のうちに終了し、第3回大会(2002年9月)には約5000組もの応募があったという。
このように『ハモネプ』出場希望者が増加する半面、『力の限りゴーゴゴー!!』(2002年10月から『力あわせてゴーゴゴー!!』に改題)の視聴率自体はいつからか下降していたそうで[★10]、2003年3月の番組終了までに第4回大会が開催されることはなかった。
こうして『ハモネプ』に端を発したボイパ・アカペラブームはいったん沈静化する。しかしその直後、ソロパフォーマンスとしての口腔表現の可能性を鮮烈に提示する人物が登場することになる。
AFRAが与えた影響
日本でボイパブームが盛り上がっていた頃、その人物はヒップホップの本場・ニューヨークへ単身渡り、路地裏で自然発生的に行われるラップ(サイファー)の輪に加わってビートを刻み、ヒップホップの精神を学びながらわざを磨いた。そして2003年、日本に帰国し、テレビCMでデビューを果たす。ビートボックス奏者のAFRA(アフラ)である。
彼が登場したのは、富士ゼロックス(現・富士フイルムビジネスイノベーション)の複合機を宣伝する30秒のCMだった。黒一色の背景に立つAFRAはマイクを手に、カメラの正面に向かってベース音を鳴らす。すると画面中央に「MAIL」の白文字が浮かぶ。次に16ビートのドラムを刻むと「SCAN」の文字が映し出され、さらにベースとドラムを組み合わせた演奏をすると、画面には「MAIL+SCAN」と表示される。
演奏は次第に複雑さを増し、ホイッスル、電子ドラム風のスネア、レコードのスクラッチ音が加わっていく。文字も「MAIL+SCAN+FILE+SECURITY+MANAGEMENT」と増えていき、ここで初めてナレーションが入る。「それは、複数のことを同時に処理する……」。直後、画面は真紅に変わり、複合機の本体が現れ、「知的複合機」という言葉が響く。
一人で無数の音を生み出すAFRAの姿は、一台で多機能を誇る複合機のイメージと重ねられていた。テレビCMといえば、流行の音楽や人気芸能人を起用し、テンポの速い映像転換で注意を引くのが常道だが、このCMはAFRAの圧倒的なサウンドだけで視聴者を引き込み、最後まで目を離させなかった。とりわけ『ハモネプ』でボイパに親しんだ若者たちは、たった一人で楽曲を作り上げる技巧に衝撃を受け、魅了された。その中には、後に日本を代表するYouTuberとなるHIKAKIN(ヒカキン)もいた。
HIKAKINの成功物語
HIKAKINが「直接的模倣音」を最初に習得するきっかけとなったのは『ハモネプ』であり、奥村であった[★11]。しかし、HIKAKINは現在に至るまで一貫して「ボイパ奏者」ではなく「ビートボクサー」(ビートボックス奏者の意)を名乗ってきた。その背景にはAFRAの登場したテレビCMの多大な影響があった[★12]。
新潟県に生まれ育った若き日のHIKAKINは、エンターテインメントの世界で活躍したいという夢を抱き、独学でビートボックス技術を磨いた。高校在学中の2006年末にYouTubeのアカウントを取得し、投稿を開始(現在は初期の動画は削除されている)。そして高校卒業後の2008年、親から渡された2万円を握りしめ、夢をつかむため単身上京した[★13]。
上京後はスーパーマーケットに勤め、早朝の品出しや倉庫整理などで生計を立てながら貯金に励んだ。本人はその時期を「人生で一番ツラい時期だった」と振り返るが、支えとなったのはクラブでの出演やYouTubeへの投稿だったという。演奏すれば反応が返ってきて、そのフィードバックをもとに内容を変化させていった。あるインタビューで、HIKAKINは次のように語っている。
最初はビートボックス=ヒップホップと思っていました。AFRAさんやRahzelをマネしてると完全にヒップホップになってしまいますからね。上京してクラブでパフォーマンスをしていくうちに、日本人にも聞きやすい音源の方が受け入れやすいんじゃないかなと思い、スーパーマリオブラザーズやAKB48といった、お茶の間で流れるような誰もが口ずさめる音を取り入れるようになりました[★14]。
そして2010年6月17日、HIKAKINは「Super Mario BeatBox」をYouTubeに投稿した[★15]。テレビゲーム「スーパーマリオシリーズ」のメロディーをシンセサイザーやベース、ドラムマシンを模倣した音で再現し、効果音を加えた作品である。投稿から1週間で100万再生を突破し、当時のYouTubeでは異例のヒットとなった[★16]。日本のYouTuberを代表する人物とも言えるHIKAKINにとって初めて「バズった」動画だ。
この動画は米Yahoo!ニュースやCBS Newsのトップニュースでも取り上げられ、チャンネルの知名度を一気に押し上げた。それをきっかけに、2013年には世界的ロックバンド・エアロスミスのライブステージに立ち、ビートボックスを披露。2014年にはグラミー賞歌手のアリアナ・グランデと動画でのコラボを果たした。2万円を握りしめて上京したHIKAKINは、経済的な資本がなくても「自らの身体」という楽器と情熱さえあればスターになれることを証明したのである。
かつてスーパーで品出しをしていた「普通の人」が、YouTubeを通じてスターダムに駆け上がる姿は、国内の若者に絶大な影響を与えた。いまやHIKAKINのフォロワーを公言するビートボックス奏者は数え切れないほど存在し、多くが動画プラットフォームに演奏を投稿している。そこで彼らは、ビートボックスの核心的価値である自己表現を行いつつ夢を追い、夢を叶えているのである。
ちなみに、この動画プラットフォームの存在そのものが、直接的模倣技術の進化を強力に後押ししてきたという側面も忘れてはならない。視聴者はシーク機能によって同じ箇所を繰り返し視聴できるため、VHSやDVDプレイヤーにおける「巻き戻し」の手間は不要となり、動画を見ながら練習したい者にとっては反復練習の効率が飛躍的に高まった。
ビートボックス奏者たちは日々大量に投稿される動画を研究して模倣し、自らの演奏に取り込みながら再び投稿をしている。この循環が世界中で同時多発的に繰り返され、新たな技術が次々と生まれている。まさに、生命が爆発的に多様化した「カンブリア爆発」を思わせる革新が、動画プラットフォームの登場によって引き起こされたのである。
そして今日、ビートボックス文化の中で培われた多様な技術はアカペラにも生かされ、ボイパとビートボックスの垣根は取り払われつつある。
調和しつつ自己表現する
ビートボックスの文化は、先に述べたように電子ドラムマシン(ビートボックス)の模倣から始まり、現在に至るまで電子音を基盤として多様に発展してきた。その技術は、DTM全盛の日本のポップスをアカペラで表現する際に生かされている。つまり、打ち込みのような無機質なビートを再現するには、ボイパよりもビートボックス由来の音色のほうが「馴染みが良い」のだ。
近年の『ハモネプリーグ』では、ビートボックス界で活躍する奏者がアカペラグループの一員として参加し、重低音やスクラッチ音を駆使してアンサンブルを支える姿が珍しくなくなった。彼らは同時に「自分ならではの音」を盛り込み、強い自己表現を行うことも忘れない。
さらにここ数年は、複数のビートボックス奏者が集まり、それぞれの超絶技巧を組み合わせてパフォーマンスを繰り広げるケースも見られる。中でも日本人奏者4名(現在3名)で結成されたSARUKANI(サルカニ)は、世界大会「Grand Beatbox Battle 2023」で優勝を果たすなど世界的に注目を集める存在だ。
SARUKANIは、日本を代表するアカペラグループ・ゴスペラーズに楽曲を提供し、演奏にも参加している。「XvoiceZ feat. SARUKANI」(2023年8月リリースのEP『HERE & NOW』収録)に込めた思いを、同曲を制作したSARUKANIのメンバー・Koheyは次のように語っている。
〝X世代のゴスペラーズ〟、〝Z世代のSARUKANI〟が世代を超えて〝声のみで〟繋がるという意味を込めて 「XvoiceZ」という曲名をつけました。XとZが融合したらこうなる!と言わんばかりのこの世にまだ無いインパクトを持った曲が生まれたと思うので、沢山の人に聴いていただきたいと思います[★17]。
歌詞中に登場する「Xtreme VoiceZ」(Extreme Voices)にふさわしく、ゴスペラーズによる珠玉のハーモニーとSARUKANIの個性あふれる技術が渾然一体となり、ドライブ感に満ちた楽曲がリスナーに刺激と興奮をもたらす。「Cuz we original, not typical, and unbelievable」(なぜなら私たちは独創的で、ありきたりではなく、信じられない存在だから)というフレーズも、ビートボックスの価値観を鮮やかに表現している。
こうした背景のもと、日本において「ボイパ(アカペラ)」と「ビートボックス」はかつてなく接近し、その境界は消えつつある。そして「調和」と「自己表現」が混ざり合った価値観に、若者たちは強く共鳴している。
リズム表現は自然な営み
ここまで、日本におけるボイパとビートボックスの発展をたどってきた。「『ハモネプ』出演者やYouTuberの成功」「動画プラットフォームの進化」といった説明で流行の理由は十分に語れるだろう。しかし本稿では、さらに根源的な要因として、人間には音の模倣という行為そのものに対する欲求がある、という仮説を提示したい。
発話器官を用いたリズム表現は決して現代特有のものではない。例えば日本では、雅楽や和太鼓、三味線の口頭伝承に「口唱歌」が用いられてきた。師匠は「トンツク」「テケテケ」といったオノマトペに旋律をのせて演奏内容を示し、弟子はそれを再現できるよう練習する。これができて初めて、本格的に楽器の稽古に入れる。楽譜化の伝統が乏しい日本の音楽において、口唱歌は記憶補助に欠かせなかった。
筆者も小学3年生の頃、地域の祭礼でお囃子を体験し、縦笛を担当した。師匠(地域のおじさんだ)は指使いを一つひとつ丁寧に教えてくれたが、自由リズムに慣れない8歳の耳には難しく感じられた。そのとき助けになったのが師匠の「ちぇーれっこおほれほよいよい」という軽快な口唱歌である。これが習得の下地となり、30年近く経った今も鮮明に「脳内再生」できるほど記憶に残っている。
このような唱歌は、日本に限らず世界各地に見られる。韓国では伽耶琴(箏)や杖鼓(太鼓)の伝承に使われる唱歌を「口音」、インドではタブラやバーヤーンのリズムを伝える唱歌を「ボール」と呼ぶ。ボールは練習の手段を超えてひとつの音楽表現としても受けとめられており、それ自体を収録したCDが存在する[★18]。さらにインドには「コナッコル」という発声によるリズム表現があり、YouTubeで「Konnakol」と検索すれば、その複雑な表現に誰もが驚かされるだろう。
西洋音楽に親しんだ私たちは、五線譜を音楽の万能な伝達手段と考えがちだ。しかし、拍節感が乏しい音楽やリズムが不規則な音楽には十分機能せず、世界にはそうした音楽が数多く存在する。発声によってリズムを伝えることのほうが、人間にとってはむしろ自然なのかもしれない。
それは「ガタンゴトン」「ギッコンバッタン」といった擬音語を思い起こせば、さらに説得力を帯びる。山崎正和は『リズムの哲学ノート』で「オノマトペがリズムを記述する最適の手段となるのは当然」と述べている。人はリズムを全身のいずれの感覚でもない「独特の感受性」で捉えるという仮説を立て、それを鷲田清一の「共感覚が人をオノマトペへと導く」という議論と照合することでこの結論に至っている[★19]。オノマトペはあらゆる言語に存在し、乳児の言語習得過程にも重要な役割を果たすと考えられることからも[★20]、声でリズムを刻むことへの欲求は、国や時代を超えて人間に共通する感覚なのだろう。
「驚かせたい」という欲求
ここまで、人が発話器官でリズムを刻むことが自然な営みであることを見てきた。しかし疑問が生まれる。オノマトペはもちろん、口唱歌や、リズム表現の極致とも言えるインドのコナッコルでさえも、発音に限って見れば「人間の発話」の域を出ず、直接的模倣とは大きな隔たりがある。その溝を埋めるきっかけは何だったのか?
日本に限れば一定の整理が可能だ。わが国で最初の「直接的模倣のスター」と呼べる存在は、初代江戸家猫八だろう。江戸末期、人家の門口で動物の鳴きまねをして金品を得る芸人を「猫八」と呼んだが[★21]、その中でも明治後期から活躍した初代は、鳴きまねの質の高さと話芸で人気を博した。つまり、エンターテインメントの土壌の中で直接的模倣は萌芽したのである。技術は弟子に受け継がれ、俳優としても知られた3代目、ウグイスの声帯模写に長けた4代目は演芸番組で人気を集め、現在は5代目が活躍している。
無生物の音(機械音や環境音)の直接的模倣という観点では、ものまね芸人のMr.No1se(ミスターノイズ)を欠かすことはできない。彼は乗り物や家電、「野菜炒めの音」など100種類以上の音を口だけで表現する技術(本人は「音まね」と呼称)を持ち、1980年代後半の「ものまね番組ブーム」に乗ってテレビにたびたび登場して視聴者を驚かせた。
筆者がかつて行ったインタビューでは[★22]、彼の原点は小学6年生のときの「指パッチンの音まね」だったという。舌を弾いて「パチッ」と鳴らすと周囲が驚き、それが嬉しくてレパートリーを増やしていったそうだ。自宅が家電販売店だったことも影響し、耳にする家電の音を次々とまねするようになった。母親に「部屋が汚いから掃除しなさい」と言われると、掃除機の音をまねして誤魔化すのが楽しくて仕方がなかったという。
成人してからも「驚かせたい」という情熱は尽きなかった。産婦人科のある医院の喫煙室で赤ん坊の泣き声をまねると、看護師が「喫煙室に赤ちゃんがいる」と慌てて飛び込んでくる。その様子を見て種明かしするのが楽しかったと振り返っている。
そんなMr.No1seは、米国のコメディアン、マイケル・ウィンスローの影響を強く受けた。ウィンスローは映画『ポリスアカデミー』(1984年)でドラム音などを披露しており、彼の模倣を研究して技術を習得したという[★23]。その成果が放送作家・木崎徹の目にとまり、ボーカルグループ「ヤナギヤクインテット」(柳屋クインテット/YANAGIYA─V)への加入を促されることとなる。
Mr.No1seは同グループのシングル「アマミアン・サンセット」(1993年)やアルバム『NAMTOM-DO』(1995年)で、後に「ボイパ」と呼ばれるようなドラム音の模倣を先駆的に披露した。なかでも注目すべきは、『NAMTOM-DO』の7曲目「MORNING NOISE」である。ドラムのリズムをバックに、目覚まし時計のアラーム、ニワトリやスズメの鳴き声、掃除機の音、調理の音、犬の鳴き声、電車の通行音など、朝に耳にする環境音をすべて彼が口で奏でている。江戸家猫八以来の生物模倣、自らの得意とした無生物模倣、そして後年に流行するドラム模倣が一体化した、エポックメーキングな作品と言える。
同グループを脱退後、彼はアカペラグループ「Vocal 7th Beat(ヴォーカルセブンスビート)」に加入した。同グループのライブは奥村らRAG FAIRのメンバーが鑑賞しており、その影響を語っている[★24]。Mr.No1seが「驚かせたい」というシンプルながら力強い欲求に突き動かされて切り拓いた表現の可能性は、後の世代が楽器音を模倣する精神的土壌を耕したのである。
世界を広げてくれる手段として
なぜボイパやビートボックスのブームが生まれたのか。なぜ現代の若者と共鳴し、爆発的な進化と普及を遂げたのか。ここまでの議論を踏まえるなら、それは人間が本来持つ「口でリズムを刻みたい」「他者を驚かせたい」「自己を表現したい」という根源的な欲求が、「普通の若者がヒーローになれる物語」や「動画プラットフォームの登場」といった時代の要素と結びつき、一気に可視化されたからだと答えることができるだろう。
そして最後に、この表現形態が持つ多様性についても触れておきたい。ここまでは表現力の高さばかりを強調してきたが、実際には誰もが気軽に音楽を楽しめる手段としても、大きな可能性を秘めている。
ボイパやビートボックスは、そもそも鳴らす音に決まりなどない。声の高さや骨格、歯並びといった身体的特徴は、たとえ当人にとってコンプレックスだったとしても、唯一無二の音色に生かすことができる。声帯を失ったとしても声以外の音で表現する方法はいくらでもあるし、四肢の障害も関係ない。経済的な資本も必要としない。
前述の河本は、身体にハンディキャップを抱えるビートボクサー Tsuneyaにインタビューを行い、その様子をYouTubeで公開している[★25]。脳性小児麻痺によって四肢や声帯に麻痺があるTsuneyaは、高校時代にロックバンドに憧れて軽音楽部に入ったが、指の運動の不自由さからギターが弾けず、タンバリンやカスタネットを渡されたという。
しかし高校生の感性では「お遊戯のような楽器」に映り、Tsuneyaは自分にもできる、より格好いい音楽を求めていった。そんな中で出会ったのが、『ハモネプ』で奥村が披露したボイパであり、テレビCMに登場したAFRAのビートボックスだった。
YouTubeがまだ存在しなかった時代、Tsuneyaはビートボックスの音色を独学で習得し、録音した演奏をインターネット掲示板で公開して全国の愛好家と交流を深めていった。車椅子で行動範囲の限られた日常の中、ビートボックスが世界を広げるためのかけがえのない手段となったのである。
人類はこれまで、より豊かな音を求めて楽器を発明・発展させてきた。しかし、ボイパやビートボックスの営みは、そのベクトルを反転させ、自らの身体に新たな音を求めていく。それは、どのような人でも個性を音に変えて自分らしさを発揮できること、そして、自分らしさが認められてコミュニケーションの輪が広がっていくことへの喜びに根ざしたダイナミズムなのだ。ボイパやビートボックスが若者に強く受け入れられる最大の理由はここに見つかるだろう。
★1 河本洋一「音楽表現の新たな素材としての模倣音の探求──非言語音による直接的模倣音のための発音器官の使い方」、『音楽表現学』7巻、2009年。
★2 例えば韓国のビートボックス奏者JCOPがYouTubeに投稿したショート動画は、2025年8月現在4億回再生を超えている。BeatboxJCOP「Emoji Beatbox Challeng」、You Tube、2024年1月4日。URL=https://www.youtube.com/shorts/LQFJqQvNnHU 動画には3人が登場し、まず1人目(JCOP)がボトルのふたを開けて液体を器に流し込む音を直接的模倣音で表現する。次に出てくる2人目がその音を再現しようと試みて無事に「成功」する。しかし、3人目がふたを開ける音が表現できず「失敗」に終わり、それが「間抜けなオチ」として機能している。注目すべきは3人目の「失敗」の音が言語の延長、つまりオノマトペ的な音(「ポン」)である点だ。直接的模倣音を前提とした表現空間ではオノマトペは「間抜け」に聞こえてしまうのである。
★3 コンテンポラリーアカペラの発祥時期については複数のウェブサイトの記事で1980年代から90年代と言及されているが、「コンテンポラリーアカペラ」の名称が定着するきっかけとなったのは1991年に米サンフランシスコで誕生した非営利組織「Contemporary A Cappella Society」(CASA)の誕生と考えられる。以下を参照。 Global Music Institute “The Revival of A Cappella: A Modern Era,” Medium, March 8 2024. URL=https://medium.com/@globalmusicinstitute_GMI/the-revival-of-a-cappella-a-modern-era-7f70643fac24 Charlie Pingel, “Where Did the Instruments Go? A Brief History of A Cappella Music,” Wisconsin Union, March 25 2024. URL=https://union.wisc.edu/visit/wisconsin-union-theater/the-green-room/a-cappella-music なお、コンテンポラリーアカペラの発祥元であるアカペラでは「vocal percussion」(ヴォーカルパーカッション)と表現されている。
★4 河本洋一「日本におけるヒューマンビートボックスの概念形成──世界的な潮流と日本人ビートボクサー“Afra”との関わりから」、『音楽表現学』17巻、2019年。
★5 𠮷田正樹『怒る企画術!』、ベスト新書、2010年、23頁。
★6 奥村は当時、筑波大学在学中だったが、ほかの高校生メンバーに合わせる格好で学生服を着て登場した。恐らく「中高生色」を打ち出したい番組側の演出で着用したものと思われる。
★7 『ハモネプ STORY BOOK』、集英社、2002年、6頁。
★8 同書、7頁。
★9 同書、10頁。
★10 𠮷田正樹『怒る企画術!』、24頁。
★11 「ハモネプに出たHIKAKINさんは妙高市出身」、上越タウンジャーナル、2010年9月20日。URL=https://www.joetsutj.com/articles/51734603
★12 HIKAKIN『僕の仕事はYouTube』、主婦と生活社、2013年、12頁。
★13 HikakinTV「ヒカキンの上京当時のまじめな話」、YouTube、2015年9月3日。URL=https://www.youtube.com/watch?v=tns05nLr_FQ
★14 「ヒカキンがファッション界に興味津々!? トップユーチューバーが語る今後の展開」、WWD Japan、2015年5月2日、Wayback Machineでのアーカイブより。URL=https://web.archive.org/web/20151211011834/https://www.wwdjapan.com/focus/interview/youtuber/2015-05-02/5664
★15 HIKAKIN「Super Mario Beatbox」、YouTube、2010年6月17日。URL=https://www.youtube.com/watch?v=LE-JN7_rxtE
★16 HIKAKIN『僕の仕事はYouTube』、29頁。
★17 SARUKANIウェブサイトより。URL=https://sarukani.net/news/810/
★18 白石美雪、横井雅子、宮澤淳一『音楽論』、武蔵野美術大学出版局、2016年、135-138頁。
★19 山崎正和『リズムの哲学ノート』、中央公論新社、2018年、21─22頁。
★20 今井むつみ、秋田喜美『言語の本質──ことばはどう生まれ、進化したか』、中公新書、2023年、115-117頁。
★21 一般財団法人セブン─イレブン記念財団「親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい」。URL=https://www.7midori.org/katsudo/kouhou/kaze_archive/miserarete/62/index.html
★22 「1.出発点は「指パッチン」の音──Mr.No1seインタビュー」、「ボイスパーカッションの歴史・文化研究メディア ボイパ論」。URL=https://www.voperc.com/interview/mr-noise/1/
★23 「2.「音マネ」から「ボイスパーカッション」へ──Mr.No1seインタビュー」、「ボイスパーカッションの歴史・文化研究メディア ボイパ論」。URL=https://www.voperc.com/interview/mr-noise/2/
★24 RAG FAIR『RAG & PIECE』、ソニー・マガジンズ、2003年、19頁。
★25 ヒューマンビートボックスとボイパを研究する河本洋一研究室「【福祉・教育関係者必見】車椅子ビートボクサーTsuneyaインタビュー20250312」、YouTube、2025年3月18日。URL=https://www.youtube.com/watch?v=qgWNVZ3qHn8


杉村一馬
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