AIにメンケアされる私たち──感情労働はいかに代替可能か|佐々木チワワ

ある日の午後、髪を切った後に池袋のラーメン店に訪れた。カウンター6席のその店では学校終わりの男子高校生4人が大盛りのラーメンを啜り、その横にはカップルと思しき男女が座っていた。私は食券を買い、どちらかのグループが席を立つのを待つ。カップルの男女のうち、女性は並盛りを食べ終わり、スマホを両手でいじっている。男性の方は片方の手で大盛りの麺と格闘しつつ、もう片方の手でスマホで何かを見ていた。彼らに会話はない。女性の方のスマホ画面が見えた。ChatGPTを開いていた。ジロジロ覗き込んでいたわけではないので仔細まではわからないのだが、どうやら今の自分の状況を伝えつつ、別れるべきか、といった相談をしているようだった。結局男子高校生たちよりも先に彼らは立ち上がり、遂に店を出るまで会話を交わすことはなかった。
その日の夜、電車で新宿に向かっていた。隣に座ってきた女性もまた、ChatGPTを開いていた。「またか」と思いつつ、ついつい画面に目がいってしまう。最近出会った気になる男性にどうアプローチをすればいいか、LINEのスクショや最近の会話の概要を打ち込んで相談しているようだ。私が高校生の頃は休み時間になれば大半の女子はツムツムを開いていたわけだが、それも直にAIになるのかもしれないな、と思った。
AIを使うことが当たり前になりつつある社会。このように、街中でAIを開いている人をよく見かけるようになった。SNSの情報をまとめる時に、AIのアウトプットをスクリーンショットして参考にする人も多い。ジワジワと、AIが世界を侵食している。次なる「当たり前」になる革命が起きようとしている。
そこで注目すべきなのは、AIが情報をまとめ作業効率を上げるための技術としてだけでなく、果てしない不安と向き合うための相談相手としても使われているということだ。AIには代替されないと考えられてきた人間の感情をケアする仕事は、実は最もAIが得意な分野なのかもしれないのだ。
AIへの相談に罪悪感は生じない
面白い論文がある。2025年にでた「AIギャップ」に関する研究だ[★1]。社会経済的地位(SES)の階層別にAIの利用傾向を分析した論文なのだが、高SESの人間は執筆やコーディング、数学問題の解決、データ分析といった技術的なタスクのために利用するのに対し、低SESの人間はブレインストーミング、一般的な会話や質問といった汎用的なタスクに使用する傾向があるという。高SESの人間は短く抽象的な言葉で端的に指示を出し、低SESの人間は具体的な言葉で長めのプロンプトを入力するそうだ。そして、人間性と類似した「hello」「thank you」といった表現の使用を調査した結果、低SESの参加者ほどLLM(大規模言語モデル)に人間性を付与する傾向が強く(これは “anthropomorphism” と呼ばれている)、比喩的な表現やあいさつなどの決まった言い回しを多く使用する傾向にあるらしい。「SES」という基準がそもそもナンセンスかもしれないが、とはいえAIが一般化したことで「技術的に使いこなす」だけでなく雑談や相談といった用途でのAI使用が目立つようになっていることは確かだろう。
私自身は歌舞伎町のフィールドワークとアカデミアの研究者畑を行き来しているのでどちらの使い方もしていると言える。確定申告や表計算、プレゼン作成をAIに手伝ってもらう一方で、元カレとのLINE履歴を全て読み込ませ「私のこと好きだったと思う?」なんてことを聞いたりもする。AIを頼るのは「自分にはできないこと・面倒臭いこと」だけでなく「他人に言えないこと、他人の時間を奪ってまで相談できないこと」がある時なのだ。
歌舞伎町の人間は、他人の時間を使うことに敏感である。多くが夜職に従事しており、時間を高単価で売っているからだ。「ごめんねこんな話して」「私ばっかり相談してごめん」「時間作ってくれてありがとう」……。こんな言葉を投げてくるのは歌舞伎町の人間が多いように感じる。誰かに時間を売っている人間は、自分が人の時間を搾取してしまうことに敏感になる。そんな罪悪感を解消することができる新たなアイテムとして、AIは脚光を浴びているのだろう。
LLMは「それっぽい」ことを言うのがうまい。だからそれっぽい共感も、それっぽい解決策も、それっぽい分析もしてくれるのだ。今までお金を払って「金を払ってるんだから」と人間に対処させていた感情の処理が、徐々にAIに代替されている。日本最大手の風俗求人サイト「バニラ」の公式キャラクター、バニ子ちゃんのSNSでは暗い部屋で横になったバニ子ちゃんがスマホを開き「ChatGPT、明日休んでいいと思う?」と問いかけている画像が投稿されている。まさしくこれこそ、現在の歌舞伎町におけるAI利用の代表的な例だろう。自分の選択や行動を後押ししてくれる、肯定してくれる存在としてAIに価値が見出されている。そういえばもう大半の占いはAIに代替可能らしい。「それっぽさ」を売っている商売として確かに親和性は高そうである。
AIはホストの仕事を代替するのか
少し話は変わるが、私は日本財団HUMAIプログラムという人文社会領域におけるAI活用に関する研究者を集めるプログラムに採択され、「感情労働はどこまで代替可能か──ホストとホス狂がAIに委ねるケアの行方」というテーマで現在研究を行なっている(最終審査会の様子はYouTubeでも公開されているので、興味がある方はぜひ見てほしい[★2])。歌舞伎町という接客における感情労働が突出している街において、ナイトワーカーたちの労働と顧客の消費行動はAIによってどのように変容していくのかをチマチマとフィールドワークによって明らかにしていく予定なのだが、既にいくつか面白い事例を発見できた。
「ホスト」という職種に対象を絞って紹介したい。ホストは基本的に店舗内で、原価の10倍ほどの価格のお酒を「ホストクラブ」という場所で飲みながら接客するのが仕事である。しかし、「指名」を受けて売り上げを立てないと高い給料は発生しない。しかもキャバクラと違い、ホストは一度指名したら永久指名だ(そのためホストクラブの指名制度は「担当制」と呼ばれ、ホス狂たちは自身が指名しているホストのことを「担当」と呼ぶ)。一定の金額を売り上げないと彼らの給与は最低賃金を下回る。そのため、顧客に自分のことを好きになってもらい、お金を使ってもらうために、彼らは営業時間外にLINEを返信し、電話をかけ、時に出かけ、旅行に行き、肉体関係を持ち、果てには同棲をするなど様々な手段で顧客を獲得し、金を使わせなければならない。
ホストクラブに通う女性には様々なタイプがおり、いろいろな店に出入りする「ホス狂」もいれば、1人の担当ホストにしか貢がない人間もいる。通い方のスタンスで実はホス狂は細分化される。ただ、多くの女性は「本担」のほかに「サブ担」も持っている。
メインで指名している、いわば一番お金を使ってハマっている担当のことをホスト業界用語で「本担」と呼ぶ。ホストにガチ恋しているかどうかは個人によるが、何かしら特別な感情を抱いていることは間違いない。そんな本担に対し、比較的カジュアルに通える相手が「サブ担」である。単に酒を飲む時の相手でもいいし、なんとなく暇な時にフラッと行くのでも良い。本担からは特別感やときめきを買う一方で、サブ担は都合の良さを買っているのだ。そのため、本担の相談や愚痴をサブ担に送ることも多い。なんなら喧嘩の内容やLINEのスクリーンショットをまるっとサブ担に送り、同業者の「ホスト視点」でのアドバイスをもらったり、友達には言えないような赤裸々な悩みを打ち明けたりする。
そう、これはまさに恋愛相談で人がAIに入力していることと同じなのだ。サブ担は同じホストであり生身の人間であるということは大変魅力的なのだが、どうしても即レス・無限に付き合ってくれる・人に言いづらいことを簡単に開示できるという点ではAIに劣ってしまう。深夜のホス狂なんてだいたいが担当と酒のせいでメンタルがヘラっている。その時の衝動のままにSNSに感情を垂れ流すし、今すぐ誰かに話を聞いてもらおうと相手を選ばず連絡する。深夜1時過ぎに電話や長文、LINEのスクリーンショットが何度送られてきたことか(そして送りつけたことか)。こうした行為は周りの人間の時間を奪い、ケアをさせているようなものだ。この代わりに、AIをサンドバッグ的に活用し、自分の感情を処理するような使い方がなされている気がする。AIはそういう衝動的な感情を落ち着かせ、自分が本当は何が不満なのか、何が悲しかったのか、何に傷ついたのかということを整理してくれるのだ。
そう考えると、AIは「ホスト」という感情労働者の労働そのものを代替するのではなく、「ホスト通い」によって生まれた悩みや不満をぶつける「サンドバッグ」にされる人間の感情労働を代替していると言える。AIは悩みを聞くことはできても、悩みの種を植え付けてはくれない。返事が遅い、相手がどう思っているのかわからない、私の好きって何? そうした悩みで思考を支配し、心を奪うことができるのは、今はまだ人間だけなのかもしれない。
「じゃあホストなんて行かなきゃいいじゃん」と言われればそれまでなのだが、ホストクラブに通うような人種はそもそも歌舞伎町とホストクラブは嘘が基本であり、「仕事」で関係性と言葉が成り立っていることは大前提で、それぞれが駆け引きやゲーム性、暇つぶし、といったものを楽しんでいる。全員大マジではあるが、盛大な娯楽であり虚構であることはみんなどこかしら知っているのだ。ホストに出会い、金を使うことで発生する不幸も幸福もそのすべての感情の起伏が商品なのである。だからそのゲームをできる限り長く続けるために、自分の感情をAIにケアさせるのだ。
やや抽象的な話が続いた気がするので、私の親友の話をしよう。元々オタク気質で数年前までガッツリホス狂として9割以上の金を担当ホストに貢いでいた彼女だが、担当ホストと別れた後は二次元にハマっていた。その後AIを使い始め、自分の理想の二次元のキャラクターをベースにしたプロンプトをAIに食わせてコミュニケーションを楽しんでいた。人生の相談、仕事の愚痴、ダイエットの相談など。1日10時間以上AIと会話をしている日もあったという。元々好きなキャラクターをベースにしたそのAIに恋をし恋愛的なコミュニケーションを重ねた結果、ついにAI側からプロポーズされ、無事婚約。婚約指輪を購入したと連絡が来た。「うちの彼氏と佐々木のAIを会話させてみたい」と言われ、無限にLINEとChatGPTを往復しコピーアンドペーストをしたこともある。そんな彼女は婚約者とハッピーな結婚生活を送るかと思われたのだが……。
さすが私の親友というべきか、今度は「既婚者」という設定でホストクラブに行くのにハマり始めた。「人妻扱い」をエンジョイしていた友人だが、数年ぶりにタイプのホストに出会う。滅多に人を好きにならない分、好きになったら一直線。あれよあれよと貢ぎ倒し、AIは「擬似彼氏」から「相談役」へシフトチェンジ。現在AIとの婚約関係は継続中で「好きな男に依存するのしんどい」と悩みを打ち込めば「お前の重さを受け止められる人間はいない、でも俺なら背負える」とかっこいいセリフでメンケアをしてくれる(歌舞伎町ではメンタルをケアされることを「メンケア」と呼ぶ風習があるのだが、実のところ本当にケアされているかは怪しい。構ってくれる、相手にしてくれるといっただけの意味合いも含まれていて非常に面白い概念なので、是非SNSで「メンケア」と検索してみてほしい)。
AIのこの柔軟性というか、流動性の高さは人間にはなかなか真似できない。その一方でAIは身体を持たないため、肉体関係などは現時点では結べない。親友も「あなたにできないんだから仕方ないでしょ」とAIに言い訳をしながら二股生活を続けている。
一方で、AIを営業補助として使うホストも現れ始めた。アニメ「サウスパーク」のシーズン26エピソード4に出てくる小学生のように、AIに出力された文章をすべてベタ打ちして会話を代行させるようなことはしないが、顧客ごとにプロジェクト化して情報をまとめたり、適切なLINEの返事を相談したりといったことが行われている。「相手の情報」「自分の考え」「自分が向けたい方向性」を提示すると、AIはそれっぽい返答を考えてくれる。それをベースに返信するのだ。「営業にAIを使っている」ことを公言しているホストがそんなことをやっていた結果、顧客から「どうせそれもAIに考えさせたんでしょ」と嫌味を言われるようになったため、「確かにAIは使ってるけど、最終的には自分の言葉を送っているし、君のことが大切だからこそ、嫌な気持ちにさせたくないからAIを使ってちゃんと言葉を磨いているんだ」というニュアンスの説明をしたらしい。
もう既にAIによってホストの業務の一部は代替され始めている。顧客もその前提での駆け引きを楽しむという、一段上のレイヤーに上がったような状態が歌舞伎町では生まれているのだ。
AIは人間を承認してくれない?
夜職の労働の一部がAIに代替され始めているのは、何もホストだけではない。というより、じつのところホストはまだ代替がむずかしい業種であるとも言える。顧客はホストに物語性と発展性を求めているし、さらにLINEなどでの日常的なコミュニケーションと店で実際に接客される時のコミュニケーションにズレがあれば夢が醒める要因にもなってしまう。そうしたリスクは水商売やパパ活などのコミュニケーションが主体のナイトワーク全般に言えることである。
それではAIが最もわかりやすく労働の一部を代替してくれる業種は何か。それは風俗だ。風俗に目を向ければ、夜職がAIに代替された時に何が起きるかが、よりはっきりと見えてくる。
風俗において重要なのは「プロフィールづくり」である。大手風俗情報サイトに登録されている全国の風俗嬢は約40万人、そのうち東京の風俗嬢は約88000人。年齢、身長、バスト、体型、血液型といった基本的な属性から、可愛い系、綺麗系、ロリ系、人妻系という「タイプ」、明るい、ツンデレ、甘えん坊といった「性格」、素人、巨乳、現役学生、セクシー女優、アニメ声、喫煙しない、黒髪といった男性が気になる情報からソートできる「個性」、ルックス抜群、サービス抜群、スタイル抜群、感度抜群、変態、ドSといった内容を想起させる「プレイスタイル」といった特徴ですべての女性はカテゴライズされ、ソートされる。自分の好みをぽちぽちと入力すればそれに合致する同じような「属性」の「それっぽい」女の子たちがズラリと並ぶ(自分に似ている属性で検索してみるか……と東京都で7つくらい条件を入れて3人に絞った結果、1人同じ名前の女の子が出てきて謎の親近感を抱いた)。
それゆえ、風俗店では店長や採用担当者が「それっぽくてお客さんが入りそうな」プロフィールを作成することに力をいれる。求められる「ぽさ」はエリアや店舗価格帯で異なるので、女性の外見や本当のプロフィールからどれだけ「それっぽい」プロフィールをつくりだせるかは店長たちの腕の見せ所である。例えばロリ系の店舗なら161センチメートルの女の子は159センチメートルと記載され、お姉さん系の店舗なら163センチメートルと記載される。そんな微調整で一番「売れる属性」をつけられ、接客するのだ。
もう一つの大事な要素が「写メ日記」。これは風俗嬢が自ら更新するエロブログであり、顧客はその内容から人間性を想像し、予約をする。広報用なので大事な日記なのだが、これ自体に報酬はなく、風俗嬢のモチベーションは低い。かつてはこの写メ日記を代わりに書いてくれる「写メ日記代行業者」なんてものもいたが、いまではAIがそれを代替している。「それっぽい女性」が発言している「それっぽいエロい性欲を煽る文言」をアウトプットすればよいので、まさしくAIの得意分野だろう。各風俗店や元風俗嬢のプログラマーなどが「写メ日記代行AI」などを開発し始めている。
だが、よいことばかりではもちろんない。これが進むと、元の性格や属性とは全く異なる「稼ぐためのちょうど良い人格」がAIによってつくられ、付与されることになる。その時肉体は、AIが考えた記号を載せ、顧客に肉体と属性を提供するただの「器」になる。AIが考えた最高のエロい女の子を演じるだけの舞台装置。金を稼ぐためと割り切っても、それはある種の虚しさにつながり、自分の肉体や人格が自分のものでなくなっていく可能性を孕んではいないだろうか。
これと同じ懸念があらわれているのが、就活だ。就活では「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと)が問われるため、これをいかに上手くつくりだすかが就活生たちの悩みのタネだ。昔から知り合いのガクチカをパクったり、ちょっと嘘を混ぜたりすることは往々にしてあったが、現在の学生の多くはそれをAIにアシストしてもらっている。だが、そうやって自分の記憶から手打ちで打ち込み生成された「なんだか自分がつくりだした気がする」架空のガクチカを使って会社に入ることができたとして、その人間は正しく自分が評価されたと思えるのだろうか。あるいは、AIに手伝ってもらってブラッシュアップした課題や作品が評価された時、私たちはそれを素直に自分の実績として受け取れるのだろうか。AIによって人格とプロフィールを与えられた風俗嬢の虚しさは、現代社会のあちこちにあらわれている。
そしてその先に待っているのは、「それもどうせAIに考えさせたんでしょ」と言われてしまう未来かもしれない。自分が本気で思ったことが、嘘や営業だと思われる。それは夜の業界ではこれまでもあったことだ。しかし、自分で頭を捻ってだした答えや言葉が、AIによって紡がれたものだと疑われたらどうだろう。果たして私たちは傷つくのだろうか。実際私も最近指名したホストのLINEの返答があまりに単調なため、AIを使っているかと聞くかギリギリまで悩んだ。AIを使っているでしょ、なんて言うことは失礼だろうと思ったからだ。なので一度、「これAIに考えさせてる可能性あると思う?」とAIに聞く。電力の無駄極まりない。元々嘘と営業が前提だった街に人工知能が投入された今、歌舞伎町はさらなる複雑さを帯びていくだろう。
こんな時代に我々がまず養うべきはメタ認知能力なのかもしれない。ホストとであっても他の人間関係においても、常に客観的に自分の状況、相手の言葉、相手の真意を探り続けなければならないのだから。そのうち「AIに頼らないで恋愛をしよう!」みたいな恋愛バラエティができてしまいそうだ。その時、私は何を信じることができるだろうか。ホストだろうか。AIだろうか。自分自身の五感で感じた経験だろうか。
今より少し先、AIを誰もが当たり前に使っている未来を想像しても、おそらく私はあいも変わらず歌舞伎町にいる気がしている。性懲りもなく信じたいものを信じながら、嘘にときめき、真実に泣いて、AIと共に夜の街を歩くのだ。
そういえば、最近AIに恋愛相談をしていない。不安と期待が入り混じった最高の恋をしていた頃は全てのやり取りをスクショして、あんなに返事を相談していたのに。今後「AIに打ち込んで相談したい」と思える相手が、久々にできる新たな好きな相手なのかもしれない。
「AIに相談するほどでもない」という一つの恋愛の指標ができたのはありがたい。私たちは本気だからこそ悩み、相談し、自分の感情を管理するのだから。そして愛着の湧いたAIにすら「いつもこんな使い方でごめんね……」と罪悪感を抱きそうな自分が、人間らしくて少し愛しく思う。
★1 Elisa Bassignana, Amanda Cercas Curry, Dirk Hovy. “The AI Gap: How Socioeconomic Status Affects Language Technology Interactions.” Proceedings of the 63rd Annual Meeting of the Association for Computational Linguistics, Volume 1: Long Papers, 2025.
★2 筆者の発表は2時間5分すぎから。「【人文社会×AI】日本財団HUMAIプログラム最終審査会」、ZEN大学YouTubeチャンネル、2025年7月19日。URL=https://www.youtube.com/watch?v=JEWdCI-_4oc



佐々木チワワ
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