四国には日本のすべてがある|三宅香帆+谷頭和希+植田将暉

植田将暉 今日は文芸評論家の三宅香帆さん、チェーンストア研究家で都市ジャーナリストの谷頭和希さんにお越しいただきました。
テーマはずばり、四国。一説には、ゲンロンカフェ史上もっとも意味不明なイベントだと言われていますが、じつはこの3人はみな四国に縁があるんです。ぼくは1999年、香川県高松市生まれ。三宅さんは徳島ですよね。
三宅香帆 1994年の徳島生まれです。美馬市という、けっこう山がちな地域に生まれました。両親がともに徳島出身だったんです。そして2歳くらいのときに、親の仕事の都合で高知に移りました。そこから18歳まではずっと高知にいたので、今日は徳島と高知の担当としてやってきました。
植田 そして谷頭さんは。
谷頭和希 ぼくは1997年、池袋生まれで……。
植田 あれ?
三宅 シティボーイがいるぞ?
谷頭 そうです。都会人です。生まれも育ちも東京なのですが、じつは2年くらい前から香川県の丸亀市にも拠点をおいています。というのも、そもそも家系のルーツが丸亀市の沖合にある佐柳島にあって、ぼく自身も本籍地は瀬戸内海に浮かぶその島なんです。それが縁で、東京と香川で二拠点生活をはじめました。だから、おふたりは出身者から見た四国、そしてぼくからは移住者から見た四国を話せたらと思います。
植田 というわけで、ぼくと三宅さんは四国出身ですが、最近の四国事情はあまり知らない。一方谷頭さんは「Iターン」勢で、昔を知らないかわりにいまの四国に詳しい。四国をいろんな角度からを語るにはいい座組だと思っています。
……が、ひとつ大きな問題がありまして、登壇者には愛媛県を代表できる者がいない。もし愛媛からこれを読んでいて「それはちがうぞ!」と物申したくなった方がいらっしゃいましたら、ぜひゲンロン編集部の植田あてにお手紙をください。いつか反論企画をやりましょう。
四国とはなにか
植田 それでは本題に入っていきたいのですが、まず、そもそも四国とはなにか。この問題をひもとくために、まずは四国の地理的条件を見ておこうと思います。そのとき、ひとことで言えば、四国とは「山、海、平野」なんです。 
はじめに、山があります。四国のまんなかには、四国山地というでかい山々が東西に横たわっています。このイベントに先駆けて、はじめて「四国」を国語辞典で引いてみたのですが、たとえば『精選版 日本国語大辞典』ではつぎのように説明されています。
しこく─ちほう【四国地方】
四国島とその属島からなる地方。高知(土佐国)・徳島(阿波国)・愛媛(伊予国)・香川(讚岐国)の四県に分かれる。瀬戸内海に面する北四国は、山陽地方と共に瀬戸内地方と総称され、繊維、金属、化学などの工業が立地して瀬戸内工業地域を形成。南四国は漁業、農業を主とする。四国[★1]。
えっ、北四国と南四国に分断されているの!と驚いてしまったのですが、たしかに四国の南北はかなりちがう。それを分けているのが四国山地なんです。降水量を見ても、南四国の高知や徳島(とくに南部の室戸岬のほう)は台風の影響をまともに受けるので、とても雨が多い。反対に、愛媛や香川の平野部は雨が少ない。なかでも香川は歴史を通じて「渇水」に非常に苦しめられてきて、讃岐平野にはたくさんため池があることで知られています。
また、海もある。四国は四方向を海に囲まれています。香川と愛媛は瀬戸内海に面している。反対に高知は太平洋に面している。徳島は微妙な立ち位置です。というのも、瀬戸内海の範囲には複数の定義があるからです。徳島と紀伊半島のあいだの紀伊水道は、領海法や瀬戸内海法では瀬戸内海とされています。しかし瀬戸内海国立公園には含まれていない。これは愛媛の南側、伊予灘の一部や豊後水道も同じです。瀬戸内海や豊後水道のあたりは無数の島々が浮かんでいるし、愛媛や徳島の南のほうはリアス式海岸が発達して、狭い湾が複雑に入り組んでいる。高知に行くと、だだっ広く海原がひろがっていますよね。
谷頭 佐柳島にいくと本州が近いんです。猫がたくさんいて、防波堤の上をぴょんぴょん飛ぶのが名物になっているのどかな場所なのだけど、海に目をやると、島がいくつも浮かんでいて、その向こうにうっすらと岡山が見える。 
植田 瀬戸内海って意外と狭いんですよね。高松からも本州はけっこうちゃんと見えます。ぼくも港に行って、ぼんやり海をながめては、いつか向こうに渡るのかな、なんて思っていた。たぶんこれは四国人の共通感覚じゃないのかな、と。
三宅 いや、高知から見えるのは太平洋だから。海の向こうにあるのはアメリカです!
植田 たしかに!!! 無意識にぼくの瀬戸内海中心主義が出てしまった(笑)。
谷頭 きっと三宅さんとは移動方法の感覚もちがいますよね。瀬戸内海沿岸で暮らしているとけっこう船に乗る機会がある。でも高知だと少ないですよね。
三宅 私はほとんど乗りませんでしたね。足摺岬のほうに行けば島があるけれど。
植田 言われてみれば、徳島、香川、愛媛は、それぞれ本州や九州に渡るフェリーが就航しています。徳島には東京からも船で行くことができる。でも高知には県外につながる定期航路はないですね。ここは四国内の大きなちがいだと言えそうです。
そして最後に、平野。四国のいちばんの特徴は、海と山の距離が近いことにあるんじゃないかと考えています。とくに瀬戸内海の島に行くと感じるのですが、フェリーで港に着くと、海沿いに家や商店が集まっており、すぐうしろの斜面に畑がひろがり、そのままぐっと山になる。一枚の写真に、海と集落と山が収まってしまう近接性こそ、瀬戸内海っぽさといえるのではないかと思います。これは海岸部にかぎった話ではなく、たとえば香川には讃岐平野という四国最大の平野が広がっているわけですが、その内陸部にいても、けっこう多くの場所から海が見えるんですよね。陸地にあっても海を意識してしまう感覚が、四国のとくに平野部にはあるのではないか。
このように言うと、また瀬戸内海中心主義者が顔をのぞかせてしまうのですが(笑)、この感覚については高知もいっしょじゃないかなと。三宅さん、どうでしょうか。
三宅 ひとつ言いたいことがあります! いまNHKで「あんぱん」という朝ドラをやっていて、『アンパンマン』の生みの親、やなせたかしが主人公なのですが、彼の「アンパンマンワールド」って、四国なんですよ。海があって、町があって、すぐ山になる。しかも、太陽が燦々と降り注いでいる。あれは高知だ。やなせたかしは高知で育ったひとなので、その風景がアンパンマンの世界に色鮮やかに書き込まれているんです。
谷頭 気がついていなかった。日本っぽい風景だなあとは思っていたけどそういう視点で捉えなおしてみると、四国の風景ってかなり「日本っぽい」のかもしれませんね。海にせよ、平野にせよ、山々にせよ、ある種、ステレオタイプな日本の景色が四国には詰め込まれているといえる。
植田 だから四国をみれば日本がわかるんですよ!
まだ東京で消耗しているの?
植田 ところで、「限界集落」という言葉が四国発祥なのは、みなさんご存じですよね?
三宅 けっこう高度な知識を、さも常識かのように語っていませんか(笑)。
植田 限界集落は、1988年に高知大学の社会学者、⼤野晃さんが提唱した概念です。大野さんは四国山地の山間の集落、⾼知県吾川郡池川町岩柄集落(現在は
ただ、逆に、UターンやIターンで四国にやってくるひとたちもいます。その象徴がイケダハヤトさんです。『まだ東京で消耗してるの?』(幻冬舎新書、2016年)という本のタイトルがとにかく印象的ですが、そう言って移住した先は、高知県本山町という四国山地のどまんなか。じつは、さきほど村長のなり手がいないニュースを紹介した大川村は、隣の隣に位置しています。だから、かならずしもひとが出ていくばかりでもない。
とくに香川県では、2010年に始まった瀬戸内国際芸術祭(通称「瀬戸芸」)が明るい話題をもたらしています。芸術祭をきっかけに若い世代が島に移り住むようになっていて、国際的なアートサイトとなっている直島や豊島はもちろん、たとえば男木島という高松港のすぐ沖合にある小さな島では、人口減少によって閉校になっていた小学校が再始動したくらいです[★4]。もちろん、どこまで続くのかはわからないし、瀬戸芸の効果が及んでいるのは岡山と香川のあいだの島々だけじゃないかと言われるかもしれない。でも希望を抱きたいという気持ちもあります。
谷頭 瀬戸芸のスタートは大きいよね。それまで、香川の観光資源と言えば、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)だった。いまでも高松で車を走らせていると「↓『世界の中心で、愛をさけぶ』ロケ地」みたいな、でっかい看板が町のなかに立っている。これにはびっくりした(笑)。
植田 庵治町のやつでしょ。あの映画いいんですよね、男女が自転車に乗って走っていく。その向こうに瀬戸内海の水面がキラキラと光る。とにかくエモい。あれは香川の青春を表象していて……。
谷頭 植田さんが世代じゃないのに思い出にひたっていますが、とにかく、イケダハヤトさんにせよ瀬戸内国際芸術祭にせよ、2010年代は四国にとってひとつの転機であったと言えるでしょう。
ちなみに、いちおう「チェーンストア研究家」を名乗っているので指摘しておくと、四国に全国チェーンが積極的に進出し始めたのも2010年代なんです。たとえばセブンイレブンが香川にできたのが2013年。スシローやくら寿司などもその前後に出店しています。
植田 そうだった! セブンイレブンは、ぼくが中学生のときにはじめて店ができて。ぼくは開店キャンペーンのnanacoポイントで2000円もらいましたよ。
三宅 わたしは大学進学で京都に行ったのが2012年で、ちょうどセブンと入れ替わりなんですよ。旅行で台湾に行ったら、地元では見たことがなかったセブンがいっぱいあって、「負けた!」なんて思ったりして(笑)。
植田 それでいえば、ぼくは2018年に早稲田大学に進学するんですが、早稲田ってキャンパスの目のまえに一説には「日本最大級」と言われる巨大なサイゼリヤがあるんです。だからサークルなどに入ると、みんな迷うことなくサイゼに行く。でも、四国出身者にとって、すくなくとも当時はまだサイゼリヤなどというものは未知の存在だった[★5]。逆にジョイフルと宮脇書店を見かけるとホッとしますよね。もっとも、東京23区内のジョイフルは赤坂に1店舗しかなく、そこも2020年に閉店してしまったんですが。ぼくの憩いの場がなくなった。
谷頭 けっきょく東京で消耗しているという話になってしまった(笑)。
観光地化はだれがために
植田 そんなわけで、ひとは癒しを求めて四国にやってくるわけです。しかし、なぜ四国なのか。ぼくは地元が香川だから、やっぱりその理由は「島」であることなのではないかと思ってしまいます。帰省するとき、神戸から高松にフェリーで帰ることがあるんです。神戸のフェリーターミナルを深夜1時くらいに出港して、高松港に朝の5時くらいに着く便がある。船内ではもちろん讃岐うどんを食べられます。
三宅 やっぱりそこが大事なんだ(笑)。
谷頭 フェリーのうどんって、理由はわからないけど美味しいんですよ。
植田 そうそう。船内メニューに「レモンうどん」というのがありまして、かけうどんに冷凍したレモンが乗っかっているだけなんですが、これがめちゃくちゃ美味い。レモンは瀬戸内海の名産で、最近は「瀬戸内レモン」と銘打って……って、そういう話をしたいのではなくて、神戸と高松をつなぐフェリーにぼくは何度も乗っているわけですが、それでも、乗るたびに感動しちゃうんです。とくに夜行便だと夜明けのさなかに瀬戸内海の島々のあいだを進んでいくことになる。徐々に白ばんでいく多島海の景色を見ていると、ああ、いいなあって思う。
同じ感動は、たとえば直島や豊島といった瀬戸内海の島に渡るときにも感じます。なにか特別なものがそこにはある気がします。
谷頭 それがいわゆる「体験型消費」なんです。フェリーで食べるうどんが美味しいのも、これから四国に向かうワクワク感に、船に乗ったり海を見たりという体験が加わって、讃岐うどんの美味しさ以上のものが引き出されている。瀬戸内国際芸術祭が成功したのも、たんに美術館でアート作品を見るだけでなく、島を自転車でめぐったり、地図で作品を探したり、といった特別な体験があることが要因でしょうね。
植田 なるほど、たしかに島ぜんたいがひとつのテーマパークみたいになっているし、そこに向かう道中さえ、アトラクションみたいなものなのか。
三宅 四国山地もおもしろくなってきていますよ。というのも、いま海外のパンフレットに、祖い谷やなどの山間部が紹介されているらしいんですね[★6]。その結果、山奥の集落に行けば、おじいちゃん、おばあちゃんたちに、海外のひとばかりがいる、といった状況になっている。そこで、地域に暮らす数少ない若者が頑張ってひとを集めたり、海外のひとがおしゃれなホテルを作ったりして、新しい流れができつつあるようです。
植田 最近『四国山地から世界をみる』(昭和堂、2024年)というデカく出たなというタイトルの論文集が出版されたのですが、これを読むと、この地域がいかにダイナミックな場所かよくわかる。急斜面にへばりつくように集落があって、重力で落ちていく土を人力でかき上げながら畑を維持している。地元では「じぐるい」と呼ぶようですが、家の基礎も崩れていくので、そのたび石を積み直して水平を保ってきたようです。 
そこまでして住み続けるのか!と驚いてしまうのですが、歴史をつうじてかなりの人口が暮らしてきたし、山奥のイメージとは裏腹に、「外」の世界とのつながりも強くあるのですよね。
谷頭さん、瀬戸内海の島々はどうですか。
谷頭 観光客が増えることは島のひとたちも基本的に歓迎しています。ただ、ぼくが『ニセコ化するニッポン』(KADOKAWA、2025年)でも書いたとおり、「地域振興」が同時になにかの「静かな排除」につながっているかもしれないという視点は持っているべきです。
たとえば、佐柳島はじつは瀬戸芸に参加していないんです。すぐ隣の高たか見み島しまなどは参加しているにもかかわらず、です。「どうしてですか」と島のひとに尋ねると、「瀬戸芸に参加すると、どうしても島が均一化するんだ」と言うわけです。要するに瀬戸芸に組み込まれることで、「「いいかんじの自然」と「いいかんじのアート作品」がある「いいかんじの島」」として、まわりの島と同じ風景になってしまう。
すこし厳しい表現を使うと、いまの瀬戸芸は「インスタ映えのための芸術祭」になってしまっていると言うことができると思うんです。それは地元住民のためではなく、観光客のための地方創生になっていないか。移住者が多少増えているとはいえ、やっぱり全体で見ると住民の数は減っている。それでは、もともといた島民たちはどうなっているのかというと、もうだれにもわからない。
植田 風景のコモディティ化は、ふつうはチェーンストアが引き起こすと思われているけれど、瀬戸内海の島々では、むしろ芸術祭によって引き起こされているのではないかと考えているわけですね。
谷頭 そうです。瀬戸芸自体はインスタの登場以前から催されていますが、本質的には現代アートによる離島振興は風景を「インスタ映えのため」につくりかえてしまうのではないか。それに懐疑的な島民もいることは頭の片隅に置いておかなければいけないし、そのひとたちの声をつねに聞きながら舵取りをしていくことが大事だと思います。
四国人はいない?
植田 さて、ここでひとつ、みなさんに根本的な問いを投げかけてみたいと思います。それは、そもそも「四国人」なる共通意識が存在するのか、ということです。さきほど、ぼくが瀬戸内海をながめて「いつか自分も本州に渡るんだ」と感慨にふけっていたと言ったところ、三宅さんに、高知だと海のむこうはアメリカになってしまうとツッコまれてしまった。この地理的なちがいは、たとえば国内志向とグローバル志向といったふうに、世界観のちがいを生み出していると言えるのかもしれない。高知といえば坂本龍馬とジョン万次郎で、どこか世界に打って出ようという気合いを感じます。他方で香川県民は霞が関を牛耳るくらいでとどまっている[★7](笑)。これでは「四国人」とひとくくりにはできないかもしれない。しかし島なんだから一体感も持ちうるだろうとも、素朴には思います。
谷頭 四国の一体感をつくりだしているものといえば、やっぱりまずは「お遍路」だと思うんですよね。「四国八十八箇所」とも呼ばれる、弘法大師(空海)ゆかりの地をめぐっていく巡礼路のことです。 
ぼくは四国に移住してからお遍路をはじめて、88番まである「札ふだ所しょ」(弘法大師ゆかりの寺)をすべて回りました。悟ったんです。一番札所は徳島県にあって、そこからぐるっと香川県の88番までをめぐっていく。先ほど話題に上がった通り、四国山地で南北に分断され、陸路での行き来はかなり困難を伴うわけです。それをあえて周遊するのは、四国というまとまりを、身をもって体験することにほかなりません。
これがたいへんなんですよ。地図を見てもらえばわかりますが、たとえば四国の最南端の足摺岬には38番の札所がある。そのひとつまえ、37番の札所からは100キロメートル以上離れています。すべてをめぐると1400キロメートルもあると言われています。
植田 いらないツッコミをしておくと、じつは八十八箇所の分布には、ちょうど四国山地のまんなか部分が避けられているという特徴があって。じつはここに邪馬台国が存在しており、空海はそれを隠すために……。
谷頭 ええっ。
植田 それに、じつはソロモン王の秘宝も四国山地の剣山に隠されていて、天孫降臨の地もそこだと言われていて……。
三宅 いきなりオカルトっぽい方向になってきたぞ(笑)。
植田 あれ、『ムー』に書いてあったのだけど、ちがうのかな[★8]。
というのはさておき、まじめなことを言ってみると、お遍路がもたらした影響というのは馬鹿にできないと思うんです。たとえば「お伊勢参り」が近代日本の観光産業にあたえた影響についてはいろいろと議論がありますが、四国八十八箇所についても同じように考えたいですね。
谷頭 そう、お遍路をやっているとなにより地理がすごくよくわかるんです。険しい山のうえから平野のただなかまで、かなりまんべんなく札所が配置されている。「遍路道」と呼ばれる巡礼路を歩いても、アップダウンの激しい山道から住宅街のなかまで、いろいろなところを道が通っていておもしろい。なるほど、四国ってこんなに多様な顔をしているんだなって思います。
三宅 同じ四国とはいえ、言語がかなりちがっているのもおもしろいかもしれません。香川、徳島、愛媛はちょっと関西弁っぽいんですけど、高知の土佐弁は全く別の言語体系というかんじがする。たぶんわたしが本気で土佐弁を喋ると、なにもわからないはず。
植田 三宅さん土佐弁喋れるんですね! ぼくは讃岐弁は、聞き取ることは問題なくできるけれど、喋りはむずかしい。なんとなく雰囲気であわせているくらいです。
四国四県のちがいを生み出しているいちばんの要因は、テレビなのではないかと思うんです。テレビとナショナリズムのつながりはよく言われますけれど、たぶん地域レベルでもテレビでつくりだされる帰属意識や共通感覚のようなものがあるのではないか。そうしてみると、四国のテレビ事情はかなりさまざまで、とくに徳島県には、NHKのほかには日本テレビ系の四国放送1局しかない。
三宅 あれ? テレ朝系も映るはずですけどね。
植田 なんとその電波は関西からとどいているんです。とはいえ、電波がとどく範囲にもかぎりがあるし、1局しか見られないのも困るので、徳島はケーブルテレビの加入率が全国1位なのだそうです。逆に香川県は5局すべてが映るのですが、これまたおもしろいことに、テレビ局がすべて海を挟んだ岡山県と同じなんです。
谷頭 天気予報もいっしょですよね。
植田 だから、むしろ香川は岡山とのあいだに仲間意識を持っている。瀬戸大橋があるので、電車で通勤通学するひとも少なくないですしね。一方、愛媛も橋やフェリーでつながっている広島や大分と関係が深い。そして徳島は、バスに乗ればすぐに神戸や大阪に出ることができる。で、高知はというと……。
三宅 まさしく陸の孤島。
谷頭 だからチェーン店が進出するのがいちばん遅いのも高知県なんですよね。
四国人と立身出世
三宅 四国の多様性って、輩出している著名人にも表れている気がします。さきほど、やなせたかしが高知出身という話をしましたが、たとえば高知は、ほかにも坂本龍馬や板垣退助はもちろん、なんと言っても広末涼子を出している。
谷頭 なんと言ってもなのか(笑)。
植田 坂本竜馬より重要なんですか?
三宅 彼女からは「高知人性」をとても感じるんです。わたし自身がそうかもしれないのですが、高知にはもちろん明るいひとも暗いひともいろんなひとがいるけど、みんな共通して「前のめり」なんですよ。京都や東京で「このひと高知出身だな」とわかる瞬間って、その前のめり性のせいなんです。陸の孤島だからこそ、「前のめり・オア・ダイ」くらいの勢いがないと生き残れないという圧力がある。
一方、徳島はというと、ちょっと内省的だと思う。最近のひとでいうと米津玄師さんやアンジェラ・アキさんが徳島出身です。瀬戸内寂聴さんも明るいけど出家してますし。米津さんが紅白歌合戦で鳴門の大塚国際美術館から、おじいちゃんの思い出とともに「Lemon」をライブ中継で歌ったことに、徳島県民は大感動してました。
植田 香川だと誰だろうと考えてみたのですが、歴史的な偉人としては、空海や平賀源内、菊池寛がいます。いずれも「メディア」っぽいひとなのがおもしろいかもしれない。
空海は遣唐使として中国に渡って、当時最先端の知識を持ち帰ってきたわけだから、きわめてメディア的な存在ですよね。菊池寛については語るまでもない。さらに付け加えておけば、香川は宮武外骨という異色のメディア人も生み出しており、このひとはめちゃくちゃおもしろい。著作を読んだことのないかたには、ぜひ一読することをオススメします。
谷頭 瀬戸内海の沿岸だから、多くのひとがやってくる。そのため、香川で生まれ育つと、情報への感度が高まるのかもしれませんね。
植田 移動するひとだと、向田邦子がいます。彼女は父の転勤にともなって、高松で国民学校と高等女学校の一時期を過ごしている。
三宅 おとなり、愛媛県も文学と俳句がさかんですよね。正岡子規にはじまり、高浜虚子に、大江健三郎などを続々と輩出しています。俳句がさかんなのが特徴です。最近だとテレビ番組「プレバト!!」で俳句の添削をしている夏井いつき先生も愛媛出身です。松山に行くといたるところに「俳句ポスト」があって、いつでも一句詠める。高校生になると「俳句甲子園」に全校生徒が強制的に参加させられるらしいです。
谷頭 あとは、観光資源として夏目漱石の『坊っちゃん』と司馬遼太郎の『坂の上の雲』をめちゃくちゃプッシュしている。おもしろいのは、もともとは『坊っちゃん』で売っていたのが、あるときから『坂の上の雲』が優勢になってきていることなんです。2017年には「坂の上の雲ミュージアム」というおしゃれな資料館が、松山の中心部にオープンしています。
植田 前者は東京からやってきた人間が主人公の「Iターン」物語なのに対して、後者は四国から出て東京に行く「立身出世」物語だということが重要です。つまり『坊っちゃん』は今日の座組なら谷頭さんに、『坂の上の雲』は三宅さんと──こっちはあんまり出世していませんが──ぼくに対応している。
三宅 竹内洋さんの『教養主義の没落』(中公新書、2003年)を米津玄師さんがオススメし話題になりましたよね。それで重版がかかった結果、なぜかわたしが竹内先生と対談するというバタフライエフェクトが発生しました(笑)[★9]。そのときに、米津さんも四国のひとだから、「教養を得て立身出世する」みたいなストーリーに共感しているんじゃないかなと思ったんです。
植田 竹内さんには『立志・苦学・出世』(講談社学術文庫、2015年)という著作もあって、まさしく上京ものなんですね。地方の若者が猛烈にがんばって勉強して、東京に出て夢をかなえようとする。実際、ぼくが読んだのは受験生のころでしたが、めちゃくちゃ共感していました。
四国的連帯の可能性はどこにあるか
植田 さて、そろそろ結論を出したいわけですが、語れば語るほど共通点よりも差異の方が目立ってしまう。はたして四国的連帯は可能なのか。どうでしょうか。
三宅 そもそも連帯は必要なのかという説もありますけれど(笑)。わたしは今日話していて、とにかく植田さんの郷土愛の強さを感じました。
植田 これはいわゆる「遠隔地ナショナリズム」というやつなんです。故郷を離れて暮らすひとのほうが、かえって故郷に対する帰属意識が強くなる。われわれは教養主義に染まり、がんばって東京に出てきたわけじゃないですか。なのに上京すると、本州のひとたちからは「そんな中央集権的な価値観は時代遅れ」とか「まだ東京で消耗してるの?」とか言われてしまう。他方、地元に戻れば、「都会に染まった」とか「大学院まで行って勉強してなにになるんだ」とか、受け入れられないところも多くなる。
つまり地方出身者は二重に「去勢」されているわけです。このあいだ、ウェブ版『美術手帖』の編集長である橋爪勇介さんのツイートが大炎上していましたが、ぼくはその主張に同意はしないけれど、そのように口走ってしまうひとの気持ちはわかるんです。
谷頭 橋爪さんは、三重に帰省した際に「巨大なイオンモールだけが煌々と明るい地方都市に帰省すると、美術の「美」の字も見つけられない」とツイートし、ものすごく批判を集めました(現在は削除済み)。ぼくもイオンモールには思い入れがあるので、かなり言いたいことがある。
植田 ぼくは「イオンよりゆめタウンだな」なんて思いながらツイートを見ていたのですが、よくよく考えるとマルナカはイオンに買収されているから、じつは超身近なところに存在していて……。
谷頭 読者はこの会話についてこられるのかな。
植田 気になるひとはググってください(笑)。それはさておき、たしかにあのツイートは鼻につくし、地方に美術はないって、なにを言っているんだとぼくも思う。だけど地方出身者からすると、地元への愛憎いりまじった気持ちがうかがえて、涙なくしては読めない投稿なんです。そのことは強く訴えておきたい。
三宅 わたしが驚いたのは、ウェブ版美術手帖の編集長という国内アート論壇の頂点にいるようなひとでも、地元に帰ると自分の仕事が理解されないしんどさを抱えてしまうんだなということです。地元だと「美術手帖? なにそれ?」となってしまう。
おもしろい経験なのですが、わたしが本を出したとき、高知の書店さんに出版社の営業担当の方が行ってくださった。そしたら、わたしの出身高校をPOPに書いてくれと言われたらしいんです(笑)。営業の方は驚いたようですが、わたしはわかるなと思いました。それぐらい東京と地方の価値観には乖離がある。受賞歴や大学よりも高校が大事なんですよ。
植田 高校がどこかは超重要ですよね。めちゃくちゃ四国っぽいエピソードだ。
他方、あんまり「地方」と「東京」を切り離しすぎるのもよくないなと考えています。さきほど谷頭さんが瀬戸芸の話をしていたけれど、あえて芸術祭に加わらない島が出てくるというのも、それだけ「外」からやってくるものの存在感が大きいことをあらわしている。
その流れで、ぼくが最近気になっているのは「ビール」と「本」なんです。ぼくがよく知っているのは瀬戸内海のほうだけど、とにかくブルワリー(ビール醸造所)と本屋が増えている。
谷頭 ビールは島でつくっているひともいますよね。
植田 松山から船で15分くらいの興居島に、美味しいビールを出す店があるんです[★10]。コロナ禍に県外から移住してきたご夫婦が、地元の食材をつかい、島の風土をとりこんだ味わいをつくりだしている。たんに美味いビールが飲めるだけで満足なんですが(笑)、ビールをつうじて地域性が再定義されており、さらにそれが移住者の文化としてもあらわれつつあることはおもしろいなと思います。
あと、本屋と雑誌も盛り上がっている。 
独立系書店がかなり増えていて、香川には本屋ルヌガンガ、徳島にはまるとしかく、高知には雨風食堂/文室、そして愛媛には本の轍と、各県を代表する本屋があります。瀬戸内海の島々にも、TUG BOOKSやこりおり舎などの本屋が点在している。チェーン系の本屋も、宮脇書店の本拠地であるばかりでなく、高知蔦屋書店やTSUTAYA中万々店など、個性を出してがんばっているところがあります。
また新しい雑誌文化もかたちづくられてきています。『YON』という四国山地にフォーカスしたアウトドアとカルチャーの雑誌が創刊されましたし、『つなぐ』という雑誌も徳島をテーマにおもしろい特集を組み続けている。2024年からは文学フリマ香川もはじまったほか、各地で独自のブックマーケットもいろいろ開催されているようです。
そんなふうに、全国的なものとローカルなものが混ざり合って、新しい文化や産業のダイナミズムがたしかに生まれてきている状況があって、ぼくはそういう動きをウォッチしていきたいんです。
谷頭 四国を理解する鍵は1988年だというのが持説なんです。この年は、瀬戸大橋が開通し、四国が外に大きく開かれた年であると同時に、限界集落という概念が登場した年でもある。同じ年に「拡大」と「縮小」という正反対のベクトルで動きはじめた。これは抽象的な変化ではなく、実際、コンビニやスーパーマーケットの分布が、瀬戸大橋の開通によってかなり変わっているんです。座談会のなかで地理的な側面がなんども話題になりましたが、四国はやはり島なので、外の世界とどうつながるかが多くのものを決定づけています。その歴史や現状は、日本という島国のこれからを考えるうえでも重要な手がかりになるはずでもありますよね。
三宅 じつはこれまで、あまり四国についてしゃべってきたことがなかったんです。地元にいたころの話はエッセイなどでは書いているけれど、「地元愛」みたいなものを打ち出したことはありませんでした。だからおふたりがめちゃくちゃ四国──というか香川──についてしゃべっていてすごいなって思っていたのですが、こうして話をしていると、四国について考えることは重要なのではないかと説得されはじめてきました(笑)。
植田 おわかりになりましたか! 四国は日本社会の未来が煮詰まった、きわめて先進的な地域なのです。
最後にもうひとつ地元愛を披露しておけば、四国って、浅田彰さんや大森望さん、いぬのせなか座の山本浩貴さんなど、数多くの批評家を輩出してきた批評の中心地なのですよね。だからこそ、よその土地に出ていってなにかを論じるだけではなく、自分自身が生まれ育った場所についても批評的に捉えなおしていくべきではないか。そんな「四国批評」の可能性に期待して、この座談会を締めくくれたらと思います。今日はありがとうございました。
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本座談会は、2025年9月4日にゲンロンカフェで行われたイベント「四国を、そして四国だけを語る」を再構成したものです。(編集部)
2025年9月4日
東京、ゲンロンカフェ
構成・注・登壇者撮影=編集部
撮影(扉、図1・3・5)=植田将暉
★1 「四国地方」、『精選版 日本国語大辞典』、小学館、2006年、物書堂アプリ版。
★2 以下に収録。大野晃「山村における高齢化と限界集落」、『山・川・海の流域社会学 「山」の荒廃問題から「流域」の環境保全へ』、文理閣、2015年。
★3 「高知・大川村、議会の廃止検討 議員の担い手不足」、日本経済新聞、2017年5月1日。
URL=https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG01H66_R00C17A5CC1000/
★4 「【特集─しまのがっこう】男木小中学校が再開するまで」、ritokei(離島経済新聞)、2014年3月4日。URL=https://ritokei.com/kurashi/987
★5 四国初のサイゼリヤは2022年12月23日に香川県のイオンモール綾川に開店した。その後、愛媛県と徳島県にも出店したが、高知県にはまだない。
★6 「〝日本の秘境〟に外国人殺到!?…〝訪日客8割〟宿も 魅力は〝日本の昔暮らし〟体験」、テレ朝NEWS、2022年12月17日。URL=https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000279985.html
★7 「国の省庁 事務次官に香川県出身の4人が就任」、KSB 5ch、2024年7月5日。URL=https://news.ksb.co.jp/article/15333921
★8 「ソロモンの秘宝が眠る聖地! 徳島県「剣山」ピラミッド」、『webムー』、2024年7月12日。なお、天孫降臨の地が剣山であるという主張は、邪馬台国四国山上説の主要論者、大杉博によるもの。たとえば、『邪馬台国の結論は四国山上説だ──ドキュメント邪馬台国論争』、たま出版、1993年。
★9 竹内洋、三宅香帆「「難しい本を読んでないのは恥」の教養主義はなぜ没落したのか……『なぜ働』の三宅香帆さんと竹内洋さんが語り合った」、中央公論.jp、2025年4月16日。URL=https://chuokoron.jp/culture/126688.html
★10 gogoshima beer farmのこと。
URL =https://gogoshima.theshop.jp/


三宅香帆

谷頭和希

植田将暉
『ゲンロンy 創刊号』
- ついに発売!『ゲンロンy 創刊号』はウェブでも読める
- 【全文無料】『ゲンロンy 創刊号』編集後記|植田将暉+五月女颯+森脇透青+栁田詩織
- ヒューモアとしての菜食主義|河村賢
- 簒奪される空間体験|四宮駿介
- 口腔表現のルネサンス──なぜ若者は口で音楽を奏でるのか?|杉村一馬
- 共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること|のしりこ
- 『ゲンロンy 創刊号』投稿論文──総評・投稿作品一覧
- 瀬戸内海に権利はあるか──つくられた海と「自然の権利2.0」|植田将暉
- 無垢なる自然よ現われよ──パソナの地域開発と淡路島|林凌
- 四国には日本のすべてがある|三宅香帆+谷頭和希+植田将暉
- 政治認識論の意義 惑星的なものにかんする覚書(6)|ユク・ホイ 訳=伊勢康平
- デジタル帝国と電車男──専制と民主主義のはざまで|李舜志
- はてなき天下の夢──現代中国の「新世界秩序」について|伊勢康平
- 陰謀論を育てる──ジョージアのディープな夢|五月女颯
- 新しい帝国とその時代|石橋直樹+伊勢康平+五月女颯+森脇透青+植田将暉
- 聖なるルーシと狂った夢──戦時下のロシアから|大崎果歩
- 天球から怪物へ──国学の図像的想像力|石橋直樹
- フィンガーメイド時代の芸術作品|布施琳太郎
- 陰謀の手応え──擬人の時代について|森脇透青
- 指先から考える──導入のための短い会話|森脇透青+布施琳太郎+石橋直樹+植田将暉
- タイのキャラクターとマイペンライにまつわる覚書、2025年版 タイ現代文学ノート #12|福冨渉
- 斉藤さんへ|伊藤亜和
- AIにメンケアされる私たち──感情労働はいかに代替可能か|佐々木チワワ
- The Streets Are Alright.──ストリートは反革命の場となるか|中村拓哉
- 令和カルチャーって、なに|森脇透青+山内萌+吉田とらじろう+植田将暉
- かわいいDIY|山内萌
- 【全文無料】創刊にあたって|『ゲンロンy』創刊号編集委員



