韓国で現代思想は生きていた(9)「萌え」も犯罪!?|安天

初出:2013年3月31日刊行『ゲンロンエトセトラ #7』
1 リツイートも犯罪になる
昨年の11月21日、韓国ではツイッターをめぐって二つの法的判断がくだされた。まず、ツイッターは単なる私的なつぶやきではなく、公的な「表現物」であるという判断がなされた。そして、リツイートも犯罪になり得ることが確定した。ツイッターが公的な表現であるという判断は、状況によってはあり得ると思うので頷けるけれども、リツイートが犯罪に当たるという法的判断にはさすがに言葉を失った。世界で最も手っ取り早い犯罪が登場したことだけは確かだ。クリック一回で犯罪者になれる。
リツイートなどで有罪判決を受けたのは24歳のパク・ジョングン(@seouldecadence)。北朝鮮の当局が運営していると思われる「我が民族同士」(우리민족끼리 @uriminzok)のツイートをリツイートしたことが、韓国の国家保安法違反に当たるという判断がなされた。この「我が民族同士」という北朝鮮のアカウントがツイッター・デビューしたとき、韓国語を使用するツイッター利用者の間で結構話題になっていたことを今でもよく覚えている。
東日本大震災以前の2010年後半のころだった。あの北朝鮮もツイッターのアカウントを作り、つぶやきはじめたというので、興味本位で色々な人たちが「我が民族同士」のツイートに関心をもった。僕も例外ではない。北朝鮮もハングル文字を使うので、韓国語話者なら「我が民族同士」のツイートが読める。もっぱら体制の広報・宣伝のためのものだろう、というのは容易に想像できたが、それでも、どうしても直接自分の目で確認したくなるものだ。
想像してみてほしい。第二次世界大戦後、日本が二国に分断された。そのもう一つの国と戦争も経験し、未だに休戦状態だ。知り合いの家族や親戚の中には、向こうの国に住んでいる人もいる。その国は非常に閉鎖的で、中々国内の情報を公開しない。最近は、こちら側を砲撃したことさえある。そのような国が突如ツイッターのアカウントを作って、日本語でつぶやきはじめたとしよう。ツイッターをやっている人なら、そのアカウントに興味をもつのは自然といえよう。
2 国家保安法の存在
それと同時に、「我が民族同士」のツイートに関わることの厄介さも、ツイッター利用者の間には広く認知されていた。韓国では法的に思想の自由が制限されている。北朝鮮で作られた、あるいは北朝鮮を肯定する書物などを所持したり、北朝鮮に肯定的な態度を表明すれば、国家保安法違反になるのだ。
国家保安法でいう「反国家活動」を行ったと認められる場合、そのコミットの度合いによっては、死刑も言い渡すことができる。この法律でいう「反国家活動」とは「反国家団体」に所属、便宜提供、同調することを指す。一つでも当てはまればアウトだ。韓国憲法では、北朝鮮が占領しているエリアは韓国の領土であり、北朝鮮という「反国家団体」が武力を持って不法占拠していることになっている[★1]。そして、反国家団体である北朝鮮に有利な行動をすることは「国家の安全と国民の生存および自由」を脅かすので法律で裁く、という理屈になっている。
しかし、実際の運用はかなりドロドロしたものだった。1948年に制定されて以来、国家保安法によって多くの人びとが理不尽に裁かれた。代表的な事例を挙げると、1959年に有力な大統領候補と目されていた野党政治家のチョ・ボンアムが国家保安法違反で死刑になった。死後52年経った2011年、最高裁判所では無罪が宣告されている。また、朴正熙大統領の軍事独裁下にあった1974年、8名の民間人が同法違反で死刑に処せられた。これも30余年後の2005年、政府によるでっちあげ事件であったことが認められ、翌々年には8名の無罪が宣告された。国家保安法違反で死刑になったのは延べ230名で、1987年の民主化以後、同法違反での死刑は執行されていない。
国家保安法の適用は昔と比べて減少したが、それでも被害を被っている人たちがいる。個人的にこの法律は廃止すべきだと思う。少なくとも、根本的な内容修正が必要だ。様々な社会や国家に関する情報に自由に接し、意見を述べ、討議ができる権利を保障し、それに対する価値判断は個々人の自由にまかせるのが民主主義というものだろう。僕は北朝鮮をとんでもない国だと思うが、そのような判断は個々人の自由によってなされるべきものであり、国家によって強制されるべきものではないのだ。
したがって、北朝鮮のスパイを処罰する法を別途作って国家保安法は廃止するか、国家保安法の内容を修正しスパイ処罰関連の内容だけを残すようにすべきである。2004年には、韓国の国家機関である国家人権委員会までもが、国家保安法の廃止を立法府と行政府に勧告しているが、まだ同法が用いられているのが現状だ。
国家保安法の適用は昔と比べて減少したが、それでも被害を被っている人たちがいる。個人的にこの法律は廃止すべきだと思う。少なくとも、根本的な内容修正が必要だ。様々な社会や国家に関する情報に自由に接し、意見を述べ、討議ができる権利を保障し、それに対する価値判断は個々人の自由にまかせるのが民主主義というものだろう。僕は北朝鮮をとんでもない国だと思うが、そのような判断は個々人の自由によってなされるべきものであり、国家によって強制されるべきものではないのだ。
したがって、北朝鮮のスパイを処罰する法を別途作って国家保安法は廃止するか、国家保安法の内容を修正しスパイ処罰関連の内容だけを残すようにすべきである。2004年には、韓国の国家機関である国家人権委員会までもが、国家保安法の廃止を立法府と行政府に勧告しているが、まだ同法が用いられているのが現状だ。
3 ネタ、あるいは趣味としての北朝鮮
この法律がある限り、韓国国籍所有者が北朝鮮からの発信を自由に取り扱うことは危険を伴う。「我が民族同士」のツイートも例外ではない。そのため2010年当初、韓国のツイッター界では「我が民族同士」をフォローしたり、リツイートすれば国家保安法違反で捕まるかもしれないというつぶやきが行き来した。秘密リストに入れるのはどう判断されるのか、など色々な憶測も飛び交った。僕もフォローやリツイートは慎み、アカウント検索で「我が民族同士」の内容を確認した。国家保安法はちゃんと内面化され、自己検閲をかけてくる。
「我が民族同士」がつぶやく内容は、本当にくだらないものばっかりだ。「李明博逆徒のような稀代の対決狂信徒は最も悲惨な最期を免れないだろう」「米帝(アメリカ帝国主義)の柔和策動に対して革命的原則、反帝国主義・反資本主義原則で応じ、強硬策動に対応するには、一にも二にも米帝に対する塵粒ほどの幻想も、恐怖も抱いてはならない」「我が軍隊と人民は敬愛する最高司令官」云々。大概の日本人は、この内容のおかしさに苦笑するか、ひくことはあっても、真に受けて共感することはまずないだろう。韓国でも同じで、このような内容に接しても、北朝鮮に対する違和感が強くなるのみだ。僕からすれば政治的な宣伝の効果なんか、とてもじゃないがあるとは思えない。
さきほど、北朝鮮は韓国と同じくハングル文字を使うと言ったが、実は韓国語と北朝鮮語はどんどんその隔たりが大きくなっている。アクセント、話し方、単語の使い方、文体に至るまで、その差は時間とともに広がっている。右の翻訳では中々伝わらないかもしれないが、韓国語話者から見て「我が民族同士」の言葉遣い自体が大げさで、いびつであり、滑稽に感じられる。単語の選択からして異国情緒を呼び起こす。文学理論で言う「異化」効果を感じると言ってもよい。
これによって笑いのツボが押されてしまう、あるいは芸術的にインスパイアされてしまうクラスタもいるだろう。今回、リツイートなどで国家保安法違反の判決を受けたパク・ジョングンが、まさにこのケースである。彼は北朝鮮の体制に共感したのではなく、その表現に萌えてしまったのだ。
彼は自らを「金正日モエ(김정일 모에)」と言っている。そう、日本語の「萌え」は、韓国のサブカルチャー界隈においてもそのまま「モエ(모에)」という言葉で定着しており、これは日本のサブカルチャーが韓国のサブカルチャーに大きな影響を及ぼしていることを示す事例でもある。サブカルチャー的なコミュニケーションに慣れ親しんだパクは「我が民族同士」のツイートをネタとして消費し、さらにはそのパロディ(二次創作というべきか?)を作っては楽しんでいた。彼にとって北朝鮮は、政治ではなく趣味の対象だった。
4 ネタ化も処罰
パクはソウルで家業の写真屋を営んでいる障害者である。彼はもともと、反北朝鮮を標榜する社会党の党員だ。韓国の社会党は、北朝鮮を独裁国家と規定し批判した上で、ベーシック・インカムなどを主な政策として掲げていた(今は他の党と統合し、存在しない)。彼自身もツイッターなどで北朝鮮に批判的な立場を表明しており、裁判においても彼は北朝鮮の体制に対して積極的に同調しているわけではないことが認められた。パク自身に北朝鮮に与する政治的な意図がなかったことは、裁判所も認識していたのである。
しかし、裁判所はリツイート自体が「反国家団体」の宣伝活動に属し、パロディなども「北朝鮮の主張と活動を積極的に讃揚・鼓舞・宣伝・扇動・同調する」ものと判断した。言い換えれば、裁判所はリツイートを同意とみなした。リツイートした人はネタ化のつもりでも、意図を明示しないかぎり、ベタに受け止められてしまう可能性を残す、というのである。北朝鮮に関する発言は、たとえ誤配であっても国家保安法違反になる。
だが、サブカルチャー的なコミュニケーションにおけるネタ化を「これはネタ化したものです。ベタに受け止めないでください」と一々断っていたら、ネタ化自体が不可能になってしまうだろう。結果的に今回の裁判は、サブカルチャーにおけるネタ化もその対象が北朝鮮に及ぶと国家保安法に抵触しうることを示したことになった。
韓国社会の将来を描く上で、北朝鮮とどう向き合うかは避けることのできないクリティカルな問題である。にもかかわらず、このような状態では、北朝鮮に対して冷静に議論するための土台も作れない。どう考えても、リツイートが処罰されるのは納得がいかない。
日本発祥のモエが韓国のサブカルチャーを構成する一つの要素として定着し、そのモエが北朝鮮をも巻き込んだとき、韓国の司法はこれを思想の問題とみなした。少なくとも韓国においては、サブカルチャーも否応なく朝鮮半島特有の冷戦的政治構造に従属し、その中でのコミュニケーション作法も制限されることが明確になった。日本のサブカルチャーより、韓国のサブカルチャーのほうが、その政治的な立ち位置に自覚的にならざるをえない所以である[★2]。
★1 他方、1991年に韓国と北朝鮮は合意の上、ともに国連に加盟しており、韓国は事実上北朝鮮を国家として認めているともいえる。国連では北朝鮮を国家として認めている反面、憲法上は北朝鮮を不法団体とみなしているので、韓国における北朝鮮の法的位置は矛盾を孕んでいる。この矛盾を解決するため、憲法改正(領土定義の変更)が必要との声もあるが、韓国の右派が反対しているため、実現されずにいる。
★2 パク・ジョングンの拘束から判決までの一連の事件については、日本語で読める情報が結構ある。特に、拘束されたとき、パク本人が李明博大統領に送った公開書簡は、皮肉たっぷりの文章で味わい深い。日本語訳はこちら(http://cafe.daum.net/freePark/17ye/9)。また、パクが「練習として書いてみた最後弁論」も日本語訳が公開されている(http://www.magazine9.jp/kim/120222/index2.html)[編集部注:後者の記事はリンクが切れている]。


安天
1974年生まれ。韓国語翻訳者。東浩紀『一般意志2・0』『弱いつながり』、『ゲンロン0 観光客の哲学』、佐々木中『夜戦と永遠』『この熾烈なる無力を』などの韓国語版翻訳を手掛ける。東浩紀『哲学の誤配』(ゲンロン)では聞き手を務めた。
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