韓国で現代思想は生きていた(17) 日本の本を読み続けてきた韓国|安天
初出:2016年4月1日刊行『ゲンロン2』
1 読書する日本?
幼いころ大人たちに、日本は韓国より豊かで先進的な社会だ、という話をよく聞かされた。その理由として、大人たちが常に挙げていたものの1つに「読書」というものがある。彼らは、大体こんなことを言っていた。
日本人は本をたくさん読んでいる。どこへ行こうと本を手もとにおいていて、電車のなかでも、バスのなかでもみんな本を読んでいる。だから社会が発展するんだ。
この言葉のあとに続く決まり文句は「だから、君たちも本をたくさん読みなさい。時間を無駄にしないで、読書しなさい」である。日本人が自国民に対して持っているイメージと読書がどの程度つながっているかはわからないが、韓国人が日本人に対して持っているイメージは、このように読書と強く結びついている。今もなお「本をたくさん読む人たち」というのが、韓国人が日本人に対して抱いているステレオタイプなイメージの1つとして定着している。
実際に日本に来て電車に乗ったとき、そのイメージは幾分崩れた。少々拍子抜けしたと言ってもいいかもしれない。車両に乗っているほぼすべての人が本を読んでいる光景を思い描いていたからだ。幼いころの大人たちの言葉を真に受けすぎたのかもしれない。とは言っても、当時の韓国の車両で目にする光景と比べれば、日本のほうが読書する人が多いのは確かだった。また、漫画を読んでいる人が異常に多かったのが特に印象深かった。今では、日本も韓国も、車内の光景は似たようなもので、人々の視線はほとんどスマホに釘付けではあるけれども。
2 韓国の読書と出版の現状
韓国の大人たちは日本を引き合いに出しながら、僕たち子どもに読書の重要性を強調していたものの、当時の大人たちもそこまで本をたくさん読んではいなかったと思う。さらに残念なことに、今の世代も相変わらず、それほど読書をしているわけではないようだ。韓国統計庁が発表した2014年の世帯動向調査結果によれば、世帯あたり月平均図書購入費は18000ウォン程度である。日本円にすれば1800円程度だ。その内訳を見ると「教科書と学習参考書」の購入費が約1万ウォンであり、一般的に「読書」の対象となる書籍は約8000ウォンに留まる。もう1度言うが、これは1人ではなく1世帯あたりの月平均である。図書平均価格(大韓出版文化協会集計)が15000ウォン程度なので、1世帯が2ヶ月に1冊の本を買っている、ということになる(文庫本や新書のレーベルは韓国にはないに等しく、ほぼすべてが単行本だ)。1年間に1世帯あたり平均6冊しか購入していないわけだから、本をたくさん読んでいるとは言いがたい[★1]。
ただ、書籍発行点数は人口比を考慮すれば、日本とほぼ同じレベルであるようだ。2010年時点で日本の書籍発行点数は約75000点であり、韓国は約35000点である。日本の人口が約1億2000万、韓国の人口が5000万弱だから、1人あたり書籍発行点数は、ほぼ同じか、韓国のほうが若干多い[★2]。
韓国の人々は本をあまり読まないようだ、とは言ったものの、もしかしたらこれは韓国と日本にしか住んだことのない僕の主観的な印象に過ぎないのかもしれない。世界的に見れば、韓国はその人口に比して出版市場の規模が非常に大きい。日本の調査報告書によれば、人口1人あたりの出版市場規模(年間売上高)は、日本が約15000円、ドイツが約13000円、韓国が約7900円、アメリカが約7500円となっている。その後ろにイギリス、イタリア、フィンランドが続く。比較対象が日本であったために韓国が少なく見えただけで、世界的に見れば読書熱心な部類に入ると言える[★3]。
安天
1974年生まれ。韓国語翻訳者。東浩紀『一般意志2・0』『弱いつながり』、『ゲンロン0 観光客の哲学』、佐々木中『夜戦と永遠』『この熾烈なる無力を』などの韓国語版翻訳を手掛ける。東浩紀『哲学の誤配』(ゲンロン)では聞き手を務めた。
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