当事者から共事者へ(12) リア充と共事|小松理虔

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初出:2021年7月26日刊行『ゲンロンβ63』

 小松さんはリア充だから賛同できない。 

 

 



 ゲンロンカフェで行われたトーク番組で、そんな便りが読み上げられたのは、批評家のさやわかさんと辻田真佐憲さん、そしてぼくの鼎談企画「シラスと酒」の中盤だったか★1。ちなみにその前には「さやわかさんと辻田さんはオタクで陰キャだから信用できるけど」という趣旨のコメントも書き込まれていた。つまり、小松は陽キャでありオタクではない。だからやつの意見には賛同できない、ということのようだった。それはさすがに粗い括りではないかと疑問を呈してもよかったけれど、できなかった。思い当たる節があったからだ。 

 ここのところ、仕事の関係で新聞をよく読むようになった。新聞にはいろいろな社会課題が取り上げられている。政治、社会、ジェンダー、福祉、あるいは人権。日本の課題の根源が日々鋭く伝えられている。記事には、偏見や差別に苦しんでいるマイノリティや当事者も登場する。そして、なんらかの異議申し立てをしたり、社会に対するメッセージを発したりする。記事を読むたび、ああ、この問題で苦しんでいた人がこんなにもいたとは。問題があると気づかずに済んだのは自分が恵まれた環境にあったからであって、もしかしたら、どこぞの局面では加害者の側に立ってきたのかもしれないなあと、自分を恥じるような気持ちになる。 

 悲痛な声を数多く聞き、ぼくは、今さらながら、自分が常にマジョリティの側にいたんだと気づかされた。そもそも男性であり、健常者であり、なんらかの障害や困難があるわけではない。それに、先ほどのコメントが指摘しているように、ぼくには我を忘れて没頭できる趣味や特技もなければ、何かのオタクと呼べるほど熱中しているものもない。おまけに、自分の家があり、妻子がいて、仕事もそれなりに順調と言えるかもしれないし、人前で喋るのは得意なほうだ。つまり、ぼくは現実として「陽キャでリア充」性が強い。コメントがついた時には、たしかになあと納得するほかなかったし、イベント中だからそこで怒ってしまうのもよくない。さやわかさん、辻田さんと対話を続けるほかなかった。

 



 だが、イベントの数日後、家で酒を飲んでいるときにふとそのコメントを思い出し、なぜか怒りというか悲しみというか、情けないというかなんというか、身悶えするような気持ちが湧き上がってきた。「あいつはリア充だから」という言葉が、「ここはお前みたいなやつが来る場所じゃない」という言葉に聞こえ、議論の場から締め出されたような気持ちになってしまったのだ。次第に、過去に参加させてもらったほかのイベントでも同じように思われていたんだろうな。あいつ、知識もないくせにゲンロンカフェに出てきやがって、専門家でもオタクでもないのに。なーんて思っていた人も多かったのかもなあと思えてきて(酒のせいもある)、それからずっと、うじうじと「リア充問題」を考え続けることになった。 

 自分に寄せられた批判的なコメントから考えていくのは難儀である。が、ぼくはこれまでの連載で、自分の身に降りかかってきたものや、自分が直面した現場から社会について考えてみよう、自分を起点に、社会について考えることが「共事」だと主張してきた。だから、今回もここから考えを膨らませてみようと思う。そのためにもまずはとにかく筆を走らせてみることだ。 

 

圧倒的「強者男性」


 ここ最近、フェミニズムに関係する本を何冊か読んだ。ぼくは朝日新聞のパブリックエディターという仕事をしているのだが(最近新聞をよく読むようになった理由がこれ)、その朝日新聞の論壇時評の書き手が、津田大介さんから東京大学教授の林香里さんに変わった。林さんはジャーナリズムやメディアの研究者として知られるが、同時に、メディア企業や報道のジェンダーについて舌鋒鋭く語るフェミニストでもある。それで、林さんの考えを伺い知るためにも、まずは何冊か書籍を読んでおかねばと思い、アマゾンに勧められるがまま読んでみたわけだ。なかでも印象的だったのは、彼女が編者を務めた『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房、2019年)という、メディアとジェンダーについての本だった。学術的な論文より、対談の書き起こしやエッセイに力が感じられた。なんというか、目の前で異議申し立てをされているかのようだった。 

 ぼくは、地方局とはいえ、テレビ局に3年ほど勤めた経歴がある。だから、林さんたちが語るさまざまな体験や怒りの声は、そのまま、かつてメディア企業に男性として所属していたぼくにも向けられている。ぼくはぼくなりに仕事に悩み(だから3年で辞めた)、毎月かなりの残業をした。優秀な記者ではなかったので上司にはいつも怒られていたし、デスクやキャップともなかなかうまくいかなかった。その点ではとてもつらい記者生活だったと言える。けれど、そんな弱音を吐露するのが憚られるほどの過酷な経験を、書き手たちは吐き出していた。 

 エッセイストの小島慶子さんのコラムは、元「女子アナ」が書いているだけに説得力があった。小島さんの文章を読むと、ああ、よかれと思ってしたあのアドバイスも、盛り上がると思ってやったあの宴会芸も、フォローしたつもりで言ったあの一言も、知らないうちに女性たちを苦しめていたのかもしれないと思い出され、次第に、自分自身に吐き気を催すような気持ちになった。ぼくは、テレビ局を辞めてからも、つい数年前までツイッターやフェイスブックで下ネタをつぶやいていたし、デリカシーのない投稿を何度となくしている。完全に同書で批判されている加害男性そのものだ。ぼくはぼくなりに頑張ってきたつもりだったが、やはりだれかを踏みつけていた張本人でもあったのだ。もしかしたら、あの「リア充」コメントを残した人は、ぼくに対して「男性の加害性」を見てとったのかもしれない。

 



 いや、女性に対して、という以前に、ぼくは男性社会のなかでも、ほとんど何不自由なく人生を送ってきたように思われる。そもそもメディア企業に勤められるという時点で恵まれていたのだろうし、私立大学に4年間通うことができたのも、「太い」実家のおかげだろう。大学進学率が決して高くはない地域で進学校に入学できた時点で勝ち組だと言えるかもしれない。部活が個人種目である陸上部だったこともあってか、男性社会にありがちな強い上下関係やいじめのようなものもほとんど経験しなかったし、たまたま身体も大きかったので、ハラスメントの被害者になることもほとんどなかった。男性のなかでも優位な立場にあったわけだ。 

 ここ数年、ジェンダーや性の多様性、フェミニズムが語られるのに合わせ、男性にも被害者性はあるはずだ、押しつけられた「男らしさ」や、男性が持つ社会的弱者性(非正規雇用や低所得など)にも目を向けるべきだという「弱者男性論」が論じられるようになった。マジョリティとされる男性の端のほうで、生きづらさを抱えた男性たちが声を上げることもできずに弱り切っている。彼らは、制度的支援も社会的支援も受けられず、男なら弱音を吐くな、父親なのだから耐えろと言い立てられ、必死になってなんとか日々を生き抜いている。そればかりか、男性たちもまたルッキズムの視線を浴び、体型や髪型、ファッションなどを揶揄されたり、心ない言葉を浴びせかけられることもある。そこに人としての尊厳はあるのかと論者たちは問いかける。 

 四十路に入り、かつてのような体型でも髪型でもなくなったぼくにも多少の困難はある。けれど、どうだろう。やはり「弱者男性」とまでは言えまい。こうして、フェミニズム本を読んでも、弱者男性論を読んでも、結局のところぼくは日本の「ザ・マジョリティ」であると同時に「強者男性」であり、「加害男性」でもあったと気づかされる。 

 小学校で運動が苦手だった人たち、中学や高校で「非体育会系」だった人たちは、まさにぼくのような人間から有形無形のハラスメントをされたのだろう。ぼくたちは、たまたま恵まれた環境にあっただけなのに、周囲を見下して「オレは自力で頑張ってきた」などと吹聴し、何か不得意なものや苦手なものを持った人たちを自覚なく見下してきたのだろうと思う。あの投稿者にとって、ぼくの言動やふるまいが、かつて自分に危害を加えたいじめっ子のように見えた可能性もある。そう言われても仕方がない何かを、ぼくはきっと自覚せずに表に出してしまっているのだろう。

抵抗というリア充


 一方で、やはりぼく自身にも課題や困難はある。だからこそテレビ局を辞め、上海に逃避し、しかし上海でも自分の才能を発揮できる道を見つけられず、地元に帰ってきたわけだ。地元に帰ってきても、会社勤めは長くは続かず、結局はどこにも居場所がなくなってフリーランスになった。自分の強い意志で、というより、こうなるほかなかったという感覚が強い。 

 そもそも地方都市は総じて給料も低く、労働条件が前時代的な企業も少なくない。経営者の一族が代々重役に就き、外からやってきた社員は「平」のまま。所得格差や社会階層が固定化し、コミュニティにも流動性がない。だからこそぼくは、現状に抗うために自分の場をつくり、さまざまなメディアを通じて地域の面白がりかたを発信してきた。自分の体験をもとに、こうしたら面白くなるのではないか、楽しく生き延びられるのではないかと、できるだけ具体的な提案をしてきたつもりだ。外から見れば、ぼくからアウトプットされるものはポジティブなものに見えるかもしれないが、ぼくはぼくなりに試行錯誤してきたつもりだし、大きな流れに抗うためにこそローカルを楽しもうとしてきた。 

 これは『新復興論』の主張とも重なる。原発事故後の社会の分断や歴史の忘却に抗うためには、ふまじめで自分勝手な回路を開き、当事者性を拡張しながら、福島との関わりをつくり続ける必要がある。地域の歴史や文化を自分なりに楽しむことが、原発と地域の関わりやより大きな歴史を知ることにつながる。楽しむことで抗うのだと、そう主張した。 

 だから、「リア充」という言葉で括られることには強い違和感があった。それでぼくは、その後のシラスの配信で、自分は抵抗しているつもりだ、アウトプットばかり見ずにスタンスを知ってほしい。決してぼくは「リア充」なんかではないのだと語った。ところが今度は「抵抗できるということ自体が『リア充』なのではないか」という指摘が出てきた。そう言われると言葉が出ない。何をしても「リア充」の側に立たされてしまう。 

 けれど、そこでぼくがキレてしまったら話が終わってしまうし、シラスの配信を「批判なきオンラインセミナー」だと思われたくもないので、「批判するならオレのシラスなんて見るなよ」とはできるだけ言いたくない。気持ちとしてはつらいものがあるが、やはり、そうした批判的なコメントも引き受けるほかないのだろう。

 



 抵抗はリア充なのだろうか。たとえばぼくの関心事に近い「地方移住」を例に考えてみよう。地方へと移住する人がいるとする。移住者のなかには、お金に余裕があって2拠点生活を始める人もいれば、都市部での暮らしに疲れ果て、ある意味で「逃避先」として地方を選ぶ人もいるはずだ。彼らにとって地方とは輝かしい栄転先ではない。移住先に確信できる将来があるわけでもなく、現状が辛いがゆえに地域おこし協力隊のようなスキームを頼って移住するという選択をする人も多い。彼らは都市生活の被害者でもあるのだ。 

 ところが、それができなかった人からすれば、抵抗して地方へ移住し、当地で面白おかしく暮らしを楽しむような人は、それだけの財力やコネクションや運に恵まれているように見える。メディアを通じてキラキラ輝かしい「地方暮らし」ばかり見せられ、嫌気が差してしまう人もいるだろう。ぼくはしばしば地元で獲られるサンマやカツオ、新鮮な海産物を楽しむ様を投稿するが、どれだけ「抵抗」だと言ったところで、それを食えるだけ余裕があるんじゃないか、恵まれているじゃないかと考える人はいるだろう。 

 つまり、アクションを起こす、理不尽に抗う、声を上げ、連帯する、そういうふるまいは、本人たちがいかに「私たちは抵抗しているんだ」と叫んだところで、そのカテゴリに含まれなかった人や、声を上げて行動することができなかった人たちにとっては強者のふるまいに見えてしまいかねない、ということだ。 

 

 



 こうした反応は、思えば地方移住ばかりでなく、ジェンダーやLGBT、障害福祉などの問題にもつきまとう。声を上げる人たちは、自分たちはつらいんだ、不当な扱いを受けてきたんだと声を上げているのに、運動する、声を上げる、という行為に対する冷笑や揶揄は減らないし、特に女性に対する「女性嫌悪」的な極論も目立つ。当事者は声を上げるだけで精一杯なのに、周囲から見るとそれが強者のふるまいに見えてしまうのだとしたらあまりにも悲しいし、当事者たちや弱者に対して「口の利き方に気を付けろ」というのは異議申し立ての機会を奪うことになり、さらなる負担を押しつけることにもなる。だからまずは、当事者や弱者の声に耳を傾けなければと思う。他方で、反論する人たちや、社会運動にいまいち乗り切れない、という人のなかにも「自分は社会から排除されている」と感じている人がいるはずだ。ぼくたちは当事者ではないからこそ、多少の余裕があるからこそ、彼らの存在にも思い馳せることくらいはできるはずだ。 

 当事者が発した声がこれほどまで批判の対象になってしまう背景には、当事者と非当事者の間に入り、その声を媒介する役割のある人たち(たとえばメディア)の立ち居振る舞いも大きく関わっていると感じる。メディアは、その問題を多くの人たちに知ってもらいたいと考え、当事者の声を拾い上げようとする。もちろんこれは正しい。だが、自分たちの恵まれたその立場、ある種の強者性に無自覚になってしまってはいないか。なんというか、いいところの子どもが、自らの強者性や恵まれた立場を自覚することなく、教師の目線や社会的な望ましさに忖度して弱者の味方をしようとする、そういう「学級委員長」的なふるまいが、どことなく嘘くささのようなものを感じさせているのかもしれない。それはメディアばかりではあるまい。当事者の声を代弁しようとする人、当事者性を利用しようとする人、高所から正論ばかりを吐く人たちに対する違和感も含まれているという気がする。 

 似たような批判はぼくにも寄せられるから、よくわかる。自戒を込めて言えば、当事者のそばにいる人たち、とりわけ発信者や媒介者の立場にある人は、自らの強者性にも気を配らないと傲慢に見えてしまうということだろう。 

 もちろん、自分なりに注意は払ってきたつもりだ。ぼくもかつては(比喩ではなく)学級委員長や生徒会長をやっていたが、当時から、できるだけ偉ぶらないよう心がけていた。まじめぶってきれいごとばかり並べていても、クラスメートたちからそっぽを向かれてしまうと、小松少年にもよくわかっていたのだろう。生徒会長ではあったけれど、学校集会の挨拶で大ボケをかましたり、学校にエロ本を持ち込んだり、意味不明なほど大声で騒いだりした。偉ぶってはいけない、まじめな人ではいけないと。その精神は、今なおぼくのどこかに受け継がれていると思う。 

 ところが、そうした行為こそ「陽キャ」そのものであり、強者のふるまいに見えてしまうのだ。ぼくがやっていた「バカを演じる行為」は、年長者が行えば「昭和のおっさん」になり、男同士で繰り広げられれば「ホモソーシャル」にも見えるだろう。自分自身は「弱者」だと思っていたのに、それがまさに「強者のふるまい」に見えるという問題に、ぼくは再びぶつかることになる。

輪ゴムの強者性


 リア充コメント以降、何かと荒れていたぼくを慰めようと、いわき市で「igoku」というメディアを制作している先輩たちがシラスの企画に登壇してくれることになった★2。登壇したのは、igoku編集長の猪狩僚さんと、地域史の研究家、江尻浩二郎さんだ。ぼくら3人は、その日に獲れたカツオの刺身をつまみながらいわきの酒を飲み、地域、食、暮らしとさまざまに喋り尽くし、最強のつまみ「輪ゴム」を噛み、その様子を配信した。 

 輪ゴムについては説明が必要かもしれない。ぼくは、例の「シラスと酒」回の時に輪ゴムの話をした。酒好きが最終的に手を出すつまみは何か。それが輪ゴムだ。輪ゴムは何度も噛むことができるが飲みくだすことはできない。しかし、それでいて食感はクラゲにも似ていて、醤油やマヨをつけて噛んでいれば半永久的につまみとして楽しめる。輪ゴムこそ至高なのだと、そんなバカげた話だった。実はこの輪ゴムの話、igokuの猪狩さんから聞いていた。 

 それでぼくたちはその日の配信で、前もって輪ゴムを用意し、それを肴に飲もうと決めていたのだ。酒ばかり飲んでどうしようもないオレたちだが、その恥を晒して、もう一度自分を立ち上げればいいじゃないか。そこから新たなつながりも見えてくるはずだ。そんな気持ちで、ぼくたち3人は大いに酒を呑み、輪ゴムを噛み、世の不条理を語った。輪ゴムは、周縁へ追いやられた男たちの連帯の証であったのだ。 

 

 



 ところが、輪ゴムは思わぬ批判の対象になる。「輪ゴム回」から2週間後、ぼくの元アシスタントで現在は市内でシェアハウスの管理人を務める久保田貴大さんにシラスに登場してもらった時、「あの輪ゴムは醜悪だった」という趣旨の感想を告げられたのだ。25歳の久保田さんによれば、輪ゴムは唐突すぎてわけがわからない。あの放送を見ていた友人たちとも語り合ったが、あれを弱者のつまみだと言われても意味不明だし、あの配信に課金する意味もわからない。弱者だと言ってもリケンさんたち40代・50代の男性は強者じゃないか。あのノリ自体が内輪だし、ホモソーシャル感が強すぎる。コンテンツとして醜悪だったのではないか、というような趣旨だった。 

 

 



 ちょっと待ってくれ。ぼくたちにも弱さはある。その弱さを開示し、視聴者と共有する権利もある。弱さをわかってほしいのに、取り合ってもらえないのはつらすぎないか。あなたたちは強者じゃないかと言われてしまったら、ぼくたちはどこに弱さを吐き出せばいいのか。 

 しかし、若者から見れば、やはりぼくたちは強者であり、弱者という設定に欺瞞を感じるのだろう。特にぼくの場合、「久保田さんに給料を払っていた」という立場でもあり、極めて強者性が色濃い。また、猪狩さん、江尻さんとぼくは同じ男子校出身であった。放送には、あの頃の男子校のノリが充満し、久保田さんは敏感にそれを感じ取ったのかもしれない。またぼくたちは、久保田さんの指摘に対して厳しい言葉で反論すればそれが「ハラスメント」になってしまうことも心配しなければいけない。久保田さんはそうとは思わなくとも、ぼくたちは自分の強者性を意識すればこそ、その可能性を排除できなくなる。ぼくは、「ちょっと待ってくれよ」と思いつつも、穏やかに対話を進め、批判は批判として受け止めようと思った。そして、なんとかギリギリのところで踏みとどまり、この回の放送を無事に終えた。 

 

 



 辻田さやわか回に始まり、「抵抗こそリア充」の指摘、さらには輪ゴム強者説まで。リア充をめぐる怒涛の2カ月だった。ぼくはこの2カ月余りですっかり自分の持つ強者性・加害性を自覚し、自分がこれまでよかれと思ってやってきたこと、何かに抗うためにやってきたこと、つまり自分自身をつくってきたこと、それ自体が強者性・加害性の塊であったことを知るに至った。これまでの人生を、震災後の営みを、いったんすべてぶち壊されるような体験だった。ああ、強者も強者でつらい。

弱者の強さ


 あえて自虐的に考えてみるのだが、誰かから「強者」認定された者は、こんな時にもひたすら耐え続けなければいけないのだろうか。勝ち組であり、リア充であり、40代強者マジョリティ男性であるぼくは、なんの当事者性もないので社会課題に対して異議申し立てができないと思えてくる。どれほど社会課題を論じようと「お前は勝ち組じゃん」「お前の困難なんて大したことがないよ」「そもそも障害ないじゃん」と言われたら、なにも言えなくなってしまう。ならばぼくも何かの当事者だったらよかったのだろうか。何かの障害があればよかったのだろうか。離婚してシングルファーザーになっていれば、ぼくのつらさに耳を傾けてくれる人もいるのだろうか。性的少数者だったら性の問題について堂々と語ることができるのだろうか。なんの困難もない陽キャでリア充でヘテロセクシャル男性のぼくは、社会課題についてなにも語る権利がない。話を聞いてもらいたい、つらさをつらさとして受け入れてもらいたいと思うと、だんだんと「当事者」になりたくなってくる。 

 震災後、県外在住の福島出身者たちから、「あのとき福島にいればよかった」という言葉を何度も聞いたことを思い出す。彼らは、周囲からは「福島出身者」だと思われているが、当の本人たちは「自分は東京にいただけだ」と思っている。次第に、被災者にもなれず、かといって無関心にもなれず、そのはざまで思い悩み、ついには「あのとき、福島にいなかった私には震災を語る資格がないのだ」「私も被曝すれば現地の人たちの苦しみに寄り添えたのに」とまで思ってしまう。本来、災害を免れたということは胸を撫で下ろすべきことのはずなのに、同じ傷を負っていないことに言いようのない疎外感を覚えてしまうのはなぜだろう。そこには、「当事者でないと語る権利がないように思われてしまう」という謎の力が働いている。つまり、「当事者」や「弱者」という存在には、なんらかの力があるということだ。だからみな、当事者になろうとしているのではないか。 

 当事者や弱者、なんらかの課題に当たっている人たちや、差別に対して悲痛な声を上げている人たちの間には、当事者同士でつながる豊かで濃密なコミュニティがあるように見える。もちろんそこには困難があり、みなさん細々としたつながりのなかで止むに止まれず声を上げている。けれども同時に、互いに補い合おう、つながろうとする連帯の力も生まれているはずだ。差別される側に立つからこその強さ、豊かさもまたあるのではないか。 

 

 



 弱者は豊かであり強い。だからこそ、強者とされる側もまた自分を「弱者」の側に置こうとする。たとえば、選択的夫婦別姓に「反対」する人たちも、自民党政権の強烈な後押しを受けた強者の側であるにもかかわらず、このままでは家族制度が崩壊してしまう、多様性ばかりが追い求められる社会はつらく、自分たちはマイノリティなのだと考えているかもしれない。自分を弱者や被害者、当事者の立場に置き、集団化することで発言力を増大させ、自らを正当化して反対勢力を排除しようとする動きは珍しいものではなくなった。「当事者」や「弱者」が持つ強者性が利用されているわけだ。 

 そうした「当事者」同士の陣地争いのなかで、語るべき言葉を持たない人たちは語るのをやめ、自分にもあるはずの弱者性・被害者性に蓋をしてしまう。語ること自体が面倒だと思う人もいれば、関わりにくさを感じたまま思考停止状態になってしまう人もいるだろう。原発事故をめぐる議論でも、当事者性をめぐる言説が、問題それ自体の語りにくさを作り出したことは『新復興論』で書き綴っている。 

 あるいは反対に、自分を「弱者」や「当事者」だと認めたくないという人もいるはずだ。今までだれかを差別したり、下に見たり、「あんな風になりたくないな」と思ったことがあるからこそ、自分は差別されたくないという心理が働き、自分も弱者だとは言いにくくなる。これは、前回書いた「水俣病」の現在にも通ずる話だ。弱り、時代の変化に取り残され、格差が拡大して孤独を感じているのに、自らの弱者性を認めることができない。それもまたつらい。

 



 だれかの異議申し立てを突きつけられたとき、それを受け止めきれないのは、だれもが自分の存在を認めてほしいからだ。ぼくもそうだろう。若者から「リケンさんたちは圧倒的強者でしょう」と言われると、「いやオレにだってつらいことはある」と反論したくなってしまうし、妻から「あなたは男性で自由に仕事を選択できて羨ましい」と言われると、「苦しい思いをさせてしまったんだな」と返すことができず、「何言ってんだオレだって……」と言葉を返したくなる。自分の存在を認めてほしいと思うがゆえに、相手の気持ちを受け止める前に、思わず「自分だってつらい」と言ってしまう。 

 ただそこで考えておきたいのは、暮らしや命が脅かされ、生命が危機に晒されているからこそ上げられた声と、自分たちのつらさも認めて欲しいと思って発せられた反論は、違う性質を持っているということだ。女性たちやマイノリティたち、障害のある人たちの異議申し立ては「生存をめぐる問題」から生まれている。つまり人として当たり前に生きていく権利を傷つけられていることへの異議申し立てだ。一方で強者の側は、彼ら彼女らから厳しい声を突きつけられても、生命や暮らしが脅かされるわけではない。仕事を失うこともない。ただ、その声が悲痛なぶん、当事者が感じているのとは別なところが傷つけられたと感じたり、自分が抱えている弱さを否定されたように感じてしまう。だから、自分たちも被害者なんだと反論したくなってしまうのだろう。これは生存ではなく「承認をめぐる問題」ではないだろうか。 

 リア充と呼ばれたぼくの違和感もおそらくこの「承認をめぐる問題」である。ぼくは、「生存をめぐる問題」に「承認をめぐる問題」をぶつけているから、「お互いつらいですね」にならず、コミュニケーションが成立しなくなってしまうのではないか。 

 

強者として考える


 それでもなお対話を続けていくには、弱さに対して弱さをぶつけるのではなく、当事者に別の当事者として対峙するのでもなく、反対のアプローチ、つまり弱者に対して強者として、加害者として、共事者として向かい合い、そこから考えるほかないのではないかと思う。 

 オレだってつらい、オレも被害者だ、オレの話を聞いてくれと続けたところで対話は成立しないし、結局ぼくはリア充であり陽キャであり、勝ち組でマジョリティで健常者でヘテロである。その自認から始めるほかない。その役割をポジティブに考えれば、当事者に寄り添えないからこそ、100パーセント共感できないからこそ、苦しさやつらさの背景を探るような回路を開くことができるかもしれないし、強者であると自覚すればこそ、これまでの無自覚なふるまいを自省し、その都度、軌道修正を図っていくこともできる。そもそも、まったく同じ人などなく、まったく同じ苦しみもまた存在しないのに、その人の苦しみに「わかる」と即応してしまうこともまた不誠実だ。

 



 と同時にぼくは、矛盾するように聞こえるかもしれないけれど、当事者に完全に寄り添い、彼らの声をそのまま拡散しようとも思わない。なぜなら、やはりぼくだって小松理虔という一人の人間の当事者であるからだ。当事者がこう言っているからこうすべきだ、支援者や有識者がこう言っているからこうしろと、当事者性や専門性の強い人たちの声をそのまま右から左にスルーするようなことはしたくない。自分という当事者性に蓋をして他者の当事者性に憑依したり、専門家や知識人の言葉をそのまま垂れ流しにしていたら「個」というものがなくなってしまうからだ。だれかの辛い声をまずは強者として受け止め、その受け止めを、今度は当事者として吐露できる。そんな場が必要だと思う。そうして互いに受け止め、それを言葉にしあう往復にこそ、共事のきっかけが生まれるのではないだろうか。 

 そして、この、個を喪失した状態、思考停止した状態を「他人ごと」というのではないか。他者の言葉を借りるばかりでは「他人ごと」にしかならない。悲痛な声を聞いた自分がどう思い、どう感じ、どう考え、どう行動するのか。自分にどう影響を与え、自分がどう変化したのか。自分のフィルターをいったん通し、自分の言葉として語ることでしか「自分ごと」は生まれないとぼくは思う。もちろん、他者の声を自分の言葉に置き換えていく行為には、常に暴力性、加害性が立ち現れる。だから共事者とは、暴力的で加害性のあるスタンスでもある。それを認めるほかない。 

 

 



 ぼくたちは自分以外の別人にはなれない。他者と向き合うとき、ぼくたちはみないつだってだれかの共事者である。一方で、ぼくたちはだれもが自分の当事者だ。そこからも逃れられない。当事者として自分と向き合い、共事者として加害性を認識しながら他者と向き合う。そうして私と他者を往復するなかで、新たな言葉や関わりを探し、社会について考えていくほかないのだと思うようになった。なぜ彼らは声を上げているのか。社会の何が彼らをそれほどまで急き立てるのか。そしてなぜ、ぼくは弱者たちの悲痛な声に思わず反論したくなってしまうのか。考え、そして悩み続けるほかない。 

 こんな生温い見解をだらだらと1万字も開陳してしまい本当に情けないと思うけれど、実際に生温いので仕方がないとも思う。強者であること、マジョリティであること、生温い共事者であることを引き受け、今一度、加害者としてその声を聴き直す。その先に、新しい対話の道が開かれればいい。それが、共事者として「引き受ける」ということなのではないだろうか。「リア充」の苦しみのなかでひねり出した、あの発言に対する、ぼくなりのリプライである。 

 

次回は2021年9月配信の『ゲンロンβ65』に掲載予定です。

 


★1 小松理虔×さやわか×辻田真佐憲(+東浩紀+上田洋子)「シラスと酒――フリーランスにとって自由とはなにか」 URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210502 
★2 【ゲスト回 NICEST#^19^】ローカル、生活、リア充 ゲストと共に、酒と共に飲んで語って考えよう。 URL= https://shirasu.io/t/Riken/c/Local/p/20210527134532  

小松理虔

1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。2018年、『新復興論』(ゲンロン)で大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。2021年3月に『新復興論 増補版』をゲンロンより刊行。 撮影:鈴木禎司
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