観光客の哲学の余白に(2)|東浩紀

初出:2017年5月26日刊行『ゲンロンβ14』
そのチャンギージーの『ひとの目、驚異の進化』という書物を読んだ[★1]。きっかけは、今年二月にゲンロンカフェで行った石田英敬氏との対談である。その対談では石田氏から、チャンギージーのきわめて興味深い研究が紹介された。人類が作り出した文字のかたちは、ある数学的処理を加えると、文字の種類によらず(漢字だろうがアルファベットだろうが)すべて同じ形状分布を示し、しかもそれは自然界の形状分布と同じだというのである。
この研究は、人間が、文字を認識するとき、森林やサバンナなど、文明の誕生以前より存在する風景を認識するときと同じ視覚中枢を用いていることを意味している。この発見は、自然と文明、自然と文字を対立させる従来の人文学のパラダイムに、大きな変革を迫るものになるだろう。なぜならば、それは、文字(文明)が、自然と対立するものとしてではなく、自然の似姿として作られたものであることを示唆するからだ。研究の意義を強調する石田氏に、ぼくもまったく同意し、対談は興奮冷めやらぬまま終わった。
というわけで、対談終了後、さっそく前掲書を取り寄せて読んでみたのだが、嬉しいことに、同書には、ぼくのような人文系の書き手に刺激を与える洞察がほかにも複数含まれていた。
人間は同じ風景をふたつの目で見ている。人間はこの条件をあたりまえだと感じている。けれど自然界を見渡すと必ずしもそうは言えない。たしかに目をふたつもつ生物は多いが、多くの生物では両目の視野はずれている。たとえば馬がそうである。馬のふたつの目は頭部の側面に位置するので、視野はほとんど重ならない。そして、言うまでもないが、視野がずれているほうが、両目で見える範囲は広い。それでは人間はなぜ、目を同じ方向に向けているのだろうか。言い換えれば、人間あるいはその先祖である霊長類が、単眼での視野を犠牲にしてまで、広い両眼視領域を確保しようとした理由はなんなのだろうか。
この問いに対するチャンギージーの答えは、じつに刺激的である。両眼視の利点というと、一般に立体視(奥行き知覚)が挙げられる。けれどもチャンギージーは、それは根拠のない俗説だとして退ける。かわりに彼が提出するのは、両眼視の利点は「透視」にあるという新説だ。
どういうことだろうか。透視とはここでは、片方の視野の欠損を、もう片方の視野が補う関係を意味している。たとえばいま、右目のまえに手のひらをかざしてみる。右目の視野は、ほとんどが手のひらで覆われて失われる。にもかかわらず、実際にまえが見えなくなるかと言えば、まったくそんなことはない。現実に起こるのは、手のひらがなかば透明になり、それを透かして左目が捉えた前方の視野が知覚されるという現象である。チャンギージーは、この「透視」の能力こそが、人類の祖先が棲息した、枝や葉が高密度で茂る森林環境においては、立体視よりもはるかに進化的に優位に働いたはずだと推測している。ぼくたち人間は、いまでは都市に棲まい、目のまえの枝や葉に悩まされることはほとんどない。けれどもかつては、目のまえの枝や葉を「透かして」食料や天敵を発見する力が、致命的に重要だった。くわしくは前掲書にあたってほしいが、チャンギージーはそこで、透視仮説(両目がまえにあるのは透視のためという仮説)のほうが立体視仮説(両目がまえにあるのは奥行きを知覚するためという仮説)よりも説明能力が高いことを、両目の配置と生息環境の関係を人類以外の数多くの哺乳類について調査することで一般的に論証している。
人間は同じ風景をふたつの目で見る。だからふたつの視野が重なっている。従来はそれは、ふたつの視野を統合し、「奥行き」という新たな次元を獲得するためだと考えられていた。
けれども、チャンギージーは、そんな新たな次元の獲得などは俗説だと退ける。そして、かわりに、ふたつの視野が重なっているのは、たんに、片方の目で見えないものをもう片方の目が補うため、つまり情報を増やすためだったと主張するのだ。
このチャンギージーの洞察は、神経生物学と進化生物学の知見から得られたものである。そこで対象となっている「目」は、ぼくたちがもつ生物学的な目そのもののことであって、概念や比喩としての目のことではない。
けれども、やはりその洞察は、人文系の学問、とりわけ芸術批評やメディア論にとって無視できないインパクトをもっている。というのも、そちらはそちらで、人間に目がふたつあるのは世界を立体視するためで、絵画や写真や映画のような平面のメディアでは立体の次元を表現できない、それこそが問題なのだという議論を歴史的に執拗に行ってきたからである。あらためて指摘するまでもなく、このタイプの議論は遠くはルネサンスまで遡る。
むろん、そこで言われる「目」は一種の比喩であって、生物学的な知見が直接にその有効性を決めるわけではない。とはいえ、比喩は実体と無関係でもない。もしも、進化生物学的に言って視野の重なりは立体視と強い関係がないということになれば、目あるいは視覚についての文化的な理解も大きく変わらざるをえないはずだ。奥行きの再現には、じつは芸術的に大きな意味はないのかもしれない。
さて、以上の議論は、この連載とも密接な関係をもっている。というのも、前回記したように、ぼくはこの連載で、『ゲンロン0』第六章の議論をよりさきに進めたいと考えているからである。そして、ぼくはまさにその章で「目」の比喩を多用していたからである。
たとえばぼくはそこで、近代の主体とは映画の主体なのだという話をしている。ひとは映画を観るとき、スクリーンに映されたもの(イメージ)を見ると同時に、そこに映されて「いない」もの、すなわち、スクリーンに映されたイメージ全体を作りあげているものそのもの(カメラワーク/フレーム)も見る。つまり、見えるものを見ると同時に、見えないものも見る。この二重性が映画の主体の特徴であり、ジジェクはラカンを参照しつつ、同じ二重性が近代の主体の核心だと主張した。つまり彼ら哲学者は、ひとは、見えるものを見るだけでなく、見えないものを見るようになることではじめて主体に変わるのだと、そう主張したのである(これを現代思想の専門用語を使って表現すれば、「近代的主体は想像的同一化と象徴的同一化の弁証法的な総合によって構成される」という命題になる)。ぼくが第六章で考えようとしたのは、この前提のうえで、ではポストモダンの主体はどのような視覚のモデルで考えられるか、という問いかけだった。
『ゲンロン0』の読者であればご存じのように、ぼくがそこで与えた答えは、近代的主体は見えるもの(イメージ)と見えないもの(シンボル)を総合して知覚する主体だが、ポストモダンの主体は見えるもの(イメージ)と見えないもの(シンボル)をバラバラに解離的に知覚する主体だ、というものだった。
ポストモダンの主体は、イメージとシンボルをバラバラに、しかし同時にひとつの世界のなかで知覚する。ぼくはじつは20数年前の論文でも、ポストモダンの主体についてまったく同じ規定を記したことがある。しかし、そのときは具体例もなく読者にもほとんど理解されなかった。『ゲンロン0』では、新しくニコニコ生放送の画面の例を出して説明を試みている。読者の反応を見るかぎり、こんどは少しは理解されているようだ。けれどもやはりまだわかりにくい。この連載で補足が必要とされているのはそのためだ。
ところが、ぼくは、いま、まさにそのわかりにくさが、チャンギージーの議論を参照することで解消できるのではないかと考えている。
誤解を避けるため付け加えるが、これはむろん、チャンギージーがポストモダンの主体について語っているという意味ではない。チャンギージーは神経生物学者であり、その発見は近代やポストモダンといった時代区分には関わらない。けれども、もしチャンギージーの発見が、ぼくたちの社会が視覚について長いあいだ抱いてきた誤謬(立体視仮説)を取り除くものであり、そしてその誤謬こそが人文学において伝統的な主体理論の中核を占めていたのだとすれば、その中核は新しい発見(透視仮説)に置き換えられるべきだとは言えるだろう。そしてそうすればそこには必然的に、新しい主体理論が生まれることになる。そのとき、そこに生まれる新しい理論なるものは、結果的にぼくが『ゲンロン0』で提案したポストモダンの主体理論にきわめて近いものになるのではないか――ぼくはいま、そのような予感を抱いているのである。
¥3,080(税込)|四六判・並製|本体256頁|2019/3/4刊行


東浩紀
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