アンビバレント・ヒップホップ(15) 変身するラッパーの身体を演じよ!|吉田雅史

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初出:2018年10月26日刊行『ゲンロンβ30』

1 ラッパーはスーパーヒーローなのか


 前回は、ヒップホップのMVに表れる「群衆」の特異性から、ラッパーの「顔」に目を向けた。ヒップホップのジャケットにおけるラッパーの顔は、特に近年、デフォルメされたイラストや加工されたイメージで表現されることが多く、それはラッパーがリリックのなかで歌っているキャラクターへの変身願望の表れなのではないかと仮説を立てた。

 そしてこの変身願望が露わになっている例として、ウータン・クランというヒップホップグループの成立過程と、そこに影を落とすマーベル・コミックスの関係を取り上げた。マーベルとヒップホップの関係性は深い。ラッパーたちはリリックのなかで自身をスーパーヒーローたちに重ね合わせる。そこにはスーパーヒーローとは誰もが抱きうる変身願望の結実であることと、ラッパーもまた変身願望を匿う存在であることの共鳴が見て取れるだろう。

 さらにマーベル公式のイラスト集のなかには、逆にスーパーヒーローたちがヒップホップのクラシックアルバムのジャケットに写るラッパーを模したものさえある★1。ここでは、スーパーヒーローたちがラッパーのいわばモノマネをしているという、些か倒錯的な関係が成立している。これまでの連載で見てきたように、あるいは後述するように、ラッパーもまた、「リアル」を演じるフィクショナルな存在である。しかし共にフィクショナルな存在であるとはいえ、なぜ両者の交流はここまで密なのだろうか。両者の共通項とは一体何だろう。

 



 美学研究の高田敦史は「スーパーヒーローの概念史」と題した論考で、文字通りスーパーヒーローの小史をまとめている★2。そのなかで高田は、コミック研究者のピーター・クーガンによるスーパーヒーローの定義を紹介し、次の3点に要約している。典型的なスーパーヒーロー像とは、①正義のため、②人間を超えた力を持って、③派手なコスチュームとコードネームで活動するキャラクターである。

 ラッパーをスーパーヒーローに見立てた場合、②と③における類似性を指摘するのは難しくないだろう。②についてはまさにラップのスキル──楽器の演奏のようなテクニカルなフロウや、巧みなストーリーテリング、韻を踏みながら相手をディスるフリースタイルバトルのスキル──がラッパーの必要条件である。さらに③については、ラッパーは数々のモードや独自のコードを持つヒップホップファッション──ゴールドチェーンや高級時計からブランド品の数々、そしてジャージ、スニーカーにハットやキャップ、サングラスなど──に身を包んでおり、アーティストごとの愛用のファッションがはっきりしている場合、それが独自のコスチュームのように機能する。そして彼らはラッパーネームを持つばかりか、「AKA(As Known As)」で表記される変名をいくつも持っているのが普通だ。

 それでは残りの①についてはどうだろう。正義のために戦う。これはその戦いに大義名分があるかどうかと翻訳可能かもしれない。しかしいずれにせよ、フッドをレペゼンするために戦うヒーローとしてのラッパーを想定してみたところで、ときに口汚く相手を罵り、犯罪沙汰がハクを付けることになるような「ラッパー」と「正義」という言葉を並置したときの違和感は、いかんともし難いだろう。

 だが実はスーパーヒーローたちもまた、同様の「違和感」を抱えているのだ。

 どういうことか。事実、正義のためといった道徳的規範を持つのは、いわゆるゴールデンエイジと呼ばれる戦前戦中のスーパーヒーローたちなのだ。具体的にはスーパーマン、バットマンなどがこれにあたる。

 一方でシルバーエイジと呼ばれる50年代から60年代のスーパーヒーローたち、特にファンタスティック・フォーの登場以降、この前提は変化する。彼らのなかから、まさにヒーローとモンスターの中間的な存在が登場するのだ。より日本の読者に馴染深いと思われるアベンジャーズを取ってみても、仲間同士で喧嘩が絶えないし、道徳的規範だけが彼らを律しているわけではないのは明白だ。たとえばハルクの存在はどうか。彼は怒りや憎しみによって駆動され、ときに暴走する。モンスタラスなヒーロー。これはまさに一定のラッパー像を言い当てているようではないか。
 ラッパーを品行方正なゴールデンエイジのスーパーヒーローに重ね合わせるのは現実的ではないにせよ、成功して名を上げたラッパーたちは、たとえば彼らの出身のフッドの子供たちにとって、ヒーローにほかならない。2パックはかつて「Young Niggaz」と題された曲でフッドの若者たちに向け、「ドラッグディーラーじゃなくて会計士にもなれる、弁護士にもなれる」と歌った★3。若者たちは、そのように歌うラッパーの彼にこそ、憧れのまなざしを投げかけたに違いない。また、ケンドリック・ラマーはインタビューで、彼のファンが彼の言葉をあまりにシリアスに受け取っていることへの驚きを口にしている。実際に死を選ぼうとしていたところを、彼のラップに救われたと告白されたという。ラッパーの言葉はときに彼らにとっては聖句のように響き、生きるための糧となる。

 彼らがヒーローと目される理由のひとつは、ゲットーやプロジェクト(低所得者団地)から脱出するには、バスケの選手になるか、あるいはラッパーとして成功するしかない、という言説がいまだに流通している実態があるからだ。

 ラッパーにとって成功とは何か。1990年頃までのオーセンティックなヒップホップにおいては、商業的な成功は特にセルアウトと揶揄され、忌避された。しかしヒップホップが、あるいはラップ・ミュージックが商業的に巨大になるにつれ、成功に伴う成金、成り上がりというイメージは肯定されていく。それはラッパーがその手で掴み取った成功であり、ひいては出身のフッドのレペゼンにもつながるからだ。フッドやコミュニティへの恩返しにチャリティーイベントを行うラッパーも多い。

 しかし当然、成り上がりへの道は、綺麗事だけでは済まされない。クール・G・ラップは「Road to the Riches」のなかで、ストリートのビジネスで成り上がることの危うさを描いている。音楽業界で成功を掴むラッパーたちは皆多かれ少なかれ、ダーティなストリートの現実に対峙している。たとえギャングスタラッパーでなくとも、成功するラッパーのイメージは、クルーのボス、親玉、ドン、キングといった存在に重ね合わせられることも多い。そのような存在として君臨することへの欲望に裏打ちされている。

 そしてそのような欲望の顕現は、またしてもMVのなかに見られるのだ。どういうことか。

2 姿勢のテマティスム


 今回MVの映像で注目したいのは、ラッパーたちの「姿勢」だ。多くのMVにおいて、ラッパーたちは一体どんな姿勢を取っているか。たとえば映画『キング・オブ・ニューヨーク』の主人公フランク・ホワイトの名をAKAに持ち、ビギー・スモールズの愛称で呼ばれるノトーリアス・B.I.G.の「One More Chance」を見てみよう。彼は、ベラスケスが1650年に描いた《教皇イノケンティウス10世の肖像》のように、玉座を思わせる豪奢な椅子に腰掛けている。その他の場面でも、ハウスパーティの会場の階段や、ベッドサイドに座っている。「Warning」でも同様にベッドやオフィスの革張りの高級チェアに腰を下ろしている。「Big Poppa」でもパーティのソファに座っている。

 あるいはラッパーのなかでも最もビジネスにおいて成功したうちのひとり、ジェイ・Zはどうか。「Show Me What You Got」ではフェラーリやクルーザーの運転席に腰を下ろし、「Dead Presidents」ではストールのようなチェア、「Feelin’ it」では靴磨用の椅子やクルーザーの運転席、そして浜辺の食卓に腰掛ける。さらには商談、車の運転、パーティのシーンから成る「Can’t Knock The Hustle」のMVでも、ほぼ全編を通して座っている。

 ノトーリアス・B.I.G.やジェイ・Zは、ヒップホップ界のキングたる称号を手中に収めている。そんな成功者たちにふさわしい姿勢とは、様々な椅子に座っている姿勢なのだ。そしてこれらの椅子とは、高級車やクルーザーのシート、パーティのVIP席、オフィスの革張りチェアといった、一様に成功者しか座ることのできないものだ。まさにヒップホップ界で「キングの座」を手に入れたことを、これらの椅子に座ることで主張しているようだ。

 なかでも象徴的なのは、前述の「One More Chance」でビギーが腰掛ける玉座だ。赤い革張りに、金色の装飾。ビギーの姿勢は、リラックスしつつも、いつ襲ってくるか分からない敵に対しての緊張を崩していないようにも見える。

吉田雅史

1975年生。批評家/ビートメイカー/MC。〈ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾〉初代総代。MA$A$HI名義で8th wonderなどのグループでも音楽活動を展開。『ゲンロンβ』『ele-king』『ユリイカ』『クライテリア』などで執筆活動展開中。主著に『ラップは何を映しているのか』(大和田俊之氏、磯部涼氏との共著、毎日新聞出版)。翻訳に『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』(ジョーダン・ファーガソン著、DU BOOKS)。ビートメイカーとしての近作は、Meiso『轆轤』(2017年)プロデュース、Fake?とのユニットによる『ForMula』(2018年)など。
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