料理と宇宙技芸(4) 炒飯と「鍋の気」の謎|伊勢康平
2021年3月24日刊行『ゲンロンβ59』
2023年4月21日タイトル更新
2023年4月21日タイトル更新
本記事は有料会員限定の記事ですが、冒頭部分およびレシピ部分は無料で公開しております。どうぞご覧ください。(編集部)
前回から4、5か月ほどあいてしまったが、おかげさまで無事に修論を提出できた。みなさんがこの文章を読むころには、来年度のぼくの進路も確定していることだろう。というわけで、これからはまたもとのペースで連載を継続していきたい。
今回とりあげるのは炒飯である。ここまで、魚香肉絲や黄燜鶏など、日本の読者にはなじみのない料理がつづいたが、炒飯を知らないひとはさすがにいないだろう。ご自身でつくったことのあるかたも多いはずだ。じっさい、いまやネット上で、おいしい炒飯のつくりかたにかんする情報はいくらでも手に入る。なので、いまさら目新しいレシピを提案するというのもなかなか難しい。
そこで今回も、やはりこれまでとおなじように、炒飯をつくりだす調理の技法に秘められた哲学に注目して、少しちがった角度から炒飯を「調理」していこう。もちろん、ぼくなりに工夫をこらしたおいしい炒飯のレシピも紹介するので、そちらも楽しんでいただきたい。
中華の炒め物について語るとき、中国の料理人はときどき「鍋の気」という言葉をつかう。たとえば、王剛という四川の料理人は、自身の YouTube 動画で炒飯のつくりかたを説明しながら、「炒めのプロセスでは、かならず鍋の気が出るまで米を炒めましょう」とアドバイスしている。さらに「米を炒めてよい香りがしてきたあとは、鍋の気があちこちから湧きあがってから、少量のうすくち醤油を鍋の縁からかけましょう」とも言っている[★1]。
「鍋の気」とはなにか。これは湯気や煙のことではない。というのも、彼らの説明を聞くかぎり、「鍋の気」は炒めるときだけ発生し、煮たり蒸したりしているときには出ないようだからだ。また、もし炒め物から煙が出てくるなら、それは焦げているわけだから料理としては大失敗だろう。とはいえ、王剛の料理動画をみていても、鍋からなにやら特別な「気」が出ているようにはみえない。「鍋の気」は、長年修行を積んだ料理人にとっては自明のものかもしれないが、ぼくたちにとってはじつに謎めいた概念である。これはいったい何なのだろうか。
この謎を考える手がかりは、意外にもアメリカにある。
今回とりあげるのは炒飯である。ここまで、魚香肉絲や黄燜鶏など、日本の読者にはなじみのない料理がつづいたが、炒飯を知らないひとはさすがにいないだろう。ご自身でつくったことのあるかたも多いはずだ。じっさい、いまやネット上で、おいしい炒飯のつくりかたにかんする情報はいくらでも手に入る。なので、いまさら目新しいレシピを提案するというのもなかなか難しい。
そこで今回も、やはりこれまでとおなじように、炒飯をつくりだす調理の技法に秘められた哲学に注目して、少しちがった角度から炒飯を「調理」していこう。もちろん、ぼくなりに工夫をこらしたおいしい炒飯のレシピも紹介するので、そちらも楽しんでいただきたい。
1「鍋の気」という謎
中華の炒め物について語るとき、中国の料理人はときどき「鍋の気」という言葉をつかう。たとえば、王剛という四川の料理人は、自身の YouTube 動画で炒飯のつくりかたを説明しながら、「炒めのプロセスでは、かならず鍋の気が出るまで米を炒めましょう」とアドバイスしている。さらに「米を炒めてよい香りがしてきたあとは、鍋の気があちこちから湧きあがってから、少量のうすくち醤油を鍋の縁からかけましょう」とも言っている[★1]。
「鍋の気」とはなにか。これは湯気や煙のことではない。というのも、彼らの説明を聞くかぎり、「鍋の気」は炒めるときだけ発生し、煮たり蒸したりしているときには出ないようだからだ。また、もし炒め物から煙が出てくるなら、それは焦げているわけだから料理としては大失敗だろう。とはいえ、王剛の料理動画をみていても、鍋からなにやら特別な「気」が出ているようにはみえない。「鍋の気」は、長年修行を積んだ料理人にとっては自明のものかもしれないが、ぼくたちにとってはじつに謎めいた概念である。これはいったい何なのだろうか。
この謎を考える手がかりは、意外にもアメリカにある。
4 炒飯のつくりかた
分量は2〜3人前。
○食材
・白米 1合
・卵 2つ
・長ねぎ 1本
・えび 3〜4尾
・ベーコン 50グラム程度
・とうもろこし 30グラム程度
・しいたけ 2個
・ほたての貝柱 1本
※材料のうち、米・卵・ねぎは必須。この3点で仕上げたものを「卵炒飯」という。あとは好みで食材を組みあわせればよいが、基本的に材料が増えるほど調理は難しくなっていく。
○調味料
・醤油 大さじ1
・塩 小さじ2
●以下はあわせ調味料にする
・醤油 小さじ1
・料理酒 小さじ1
・胡椒 小さじ1
・粉末中華だし 大さじ1弱
※五反田が誇る無添加特製の「信濃屋だし」は、なんとここでも活用できる。粉末の中華だしの代わりに、信濃屋だし大さじ1と塩小さじ1程度をまぜあわせよう。
○道具
中華鍋
下準備
・炊飯後ひと晩ほど置いて冷めた米(中国語では「隔夜飯」という)を用意し、少量の油、塩大さじ1、片栗粉をまぜ込む。使い捨てのビニール手袋があると便利で衛生的
・卵は白身と黄身にわけておき、黄身はまぜて崩しておく
・長ねぎ(緑)はやや太めの小口切りに、長ねぎ(白)はみじん切りにする
・ほかの材料を小さく切る
・えびと貝柱は水気をとって軽く塩もみし、片栗粉でしめておく
・炊飯後ひと晩ほど置いて冷めた米(中国語では「隔夜飯」という)を用意し、少量の油、塩大さじ1、片栗粉をまぜ込む。使い捨てのビニール手袋があると便利で衛生的
※冷めた米をつかうのが一般的だが、炊き立ての米をつかう方法もある。その場合、塩大さじ1と少量の油、分量外の卵ひとつを卵かけご飯の要領でまぜあわせればよい。料理人の山野辺仁がこれを提唱しているのだが[★13]、手軽なうえに仕上がりも安定するのでおすすめ。じつは今回の収録ではこちらの方法を採用している。
・卵は白身と黄身にわけておき、黄身はまぜて崩しておく
・長ねぎ(緑)はやや太めの小口切りに、長ねぎ(白)はみじん切りにする
・ほかの材料を小さく切る
※とうもろこしは切らないので、これをサイズの基準にする。ベーコンとしいたけはとうもろこしとおなじくらい、えびと貝柱はとうもろこし1個半程度のサイズにする。ベーコンは脂身をよけるのがよい。
・えびと貝柱は水気をとって軽く塩もみし、片栗粉でしめておく
炒め
・煙が出るくらい十分に鍋を加熱する。テフロン加工のフライパンの場合、表面のコーティングが剥がれる危険性があるので、ここまでの加熱は禁物
・油をひいて加熱し、また煙が出るくらいまで熱したら油を取りのぞく
・もういちど滑鍋をおこない、少量の油で米を炒める。強火。焦げないように注意
・鍋の状態がよい場合は30秒ほどで米がパラパラしてくるので、皿に移す
・卵の白身を中火で炒める
・白身を鍋から出してまた滑鍋をしたあと、多めの油(米を炒めたときの倍くらい)を入れて長ねぎ(緑)を中火で10〜20秒ほど軽く揚げる
・煙が出るくらい十分に鍋を加熱する。テフロン加工のフライパンの場合、表面のコーティングが剥がれる危険性があるので、ここまでの加熱は禁物
・油をひいて加熱し、また煙が出るくらいまで熱したら油を取りのぞく
※これは何度も紹介してきた「滑鍋」という手法。鍋の焦げつきを防ぐ。
・もういちど滑鍋をおこない、少量の油で米を炒める。強火。焦げないように注意
・鍋の状態がよい場合は30秒ほどで米がパラパラしてくるので、皿に移す
※時間は目安なので、多少長くなってもかまわない。けれども、米は長く炒めるほどべたつきやすくなるので注意しよう。
・卵の白身を中火で炒める
・白身を鍋から出してまた滑鍋をしたあと、多めの油(米を炒めたときの倍くらい)を入れて長ねぎ(緑)を中火で10〜20秒ほど軽く揚げる
※中華の炒め物では、刻んだねぎを調味料のように最後にふりかけることが多い。このレシピでも、長ねぎ(白)はそのようにつかっている。けれども、ここではあえてさきに長ねぎ(緑)を素揚げしておくことで、料理がもつねぎの香りにより深みを出そうとしている。つまりぼくの炒飯では、調味料的な長ねぎの用法にくわえて、麻婆豆腐をつくるときの花椒のように、長ねぎを香辛料的にも用いているというわけだ。
・長ねぎを鍋から出して、卵の黄身を弱火で炒める
・黄身のかたちがしっかりしてきたら、えび・ほたて・ベーコン・とうもろこし・卵の白身をくわえて中火で炒める
・えびに火が通ったら、できるかぎり火をつよくして米を投下する
・米と具材を手早くまぜてから、あわせ調味料をくわえる
・鍋から「気」が出てくるのを感じたら、醤油大さじ1を鍋の縁から入れる。このとき、鍋表面の油が少ないと醤油が焦げてしまうので、必要に応じて分量外の油を少々足してもよい
・長ねぎ(緑・白)をくわえてまぜる。ねぎは余熱で十分なじむので、まぜたらすぐに火をとめること
伊勢康平
1995年生。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。著作に「ユク・ホイと地域性の問題——ホー・ツーニェンの『虎』から考える」(『ゲンロン13』)ほか、翻訳にユク・ホイ『中国における技術への問い』(ゲンロン)、王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)ほか。