酒──技術としての酩酊と「道徳的アルコール中毒」 料理と宇宙技芸(7)|伊勢康平

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webゲンロン 2023年8月22日 配信
 本記事は有料会員限定の記事ですが、冒頭部分およびレシピ部分は無料で公開しております。どうぞご覧ください。(編集部)

天と地も酒を愛するのだ 
酒を愛したとて、天に恥じることはない 
──李白「月下独酌四首 其二」 

 

1 AIと李白


 昨今なにかと「生成AI」が話題である。周知のとおり、その引き金のひとつは ChatGPT の登場だ。単純な条件を設定するだけで即座にテクストを生成するこのアプリケーションは波紋を呼び、創作においても人間に取って代わる可能性が取りざたされた。 

 いっぽう中国の詩歌、つまり漢詩についていえば、2016年にはすでによく似た騒ぎが起きていたように思う。同年3月、清華大学が開発した漢詩創作AI「薇薇ウェイウェイ」が中国の現役詩人たちと詩作対決を行ない、漢詩AIではじめてチューリングテストに合格したのである。専門家による審査の結果、「薇薇」は詩人に敗北したものの、生成された詩のじつに31%が人間の作品だと判断されたらしい。これにより、「薇薇」による詩の生成はプロの詩人におおむね匹敵すると結論づけられたのだ★1。このニュースは、漢詩を好み、自分でも書くという(一部の奇特な)人々に大きな衝撃を与えた。 

 近年では急速に向上する詩作のクオリティにも注目が集まっているが、機械生成の特徴はやはりその速さにある。じっさい、おなじく清華大学が開発し、現在ネット上で公開されている詩作システムの「九歌」を使ってみると、あらゆる風格や形式の詩がものの数秒で出来上がってしまう★2。かつて漢詩を少々作り、「平仄ひょうそく」や「押韻」といった規則のために何時間も悩んだ経験をもつ私にとっては、この速さもまたおどろくべきものだった。

 たしかに、数秒に一篇という速さは完全に人間業を超えている。しかし、人間の側にもなかなかとんでもないひとがいたらしい。たとえば盛唐の杜甫が書いた有名な句に「李白一斗詩百篇」というものがある(「飲中八仙歌」)。これはかれと同時代の李白を評したもので、その破天荒な酒量と才能を端的に表現した名句だ。ちなみに「一斗」の具体的な量には諸説あるが、ここでは約6リットル弱という見方にしたがっておこう★3。とすると、現代の一升瓶でざっと3、4本程度になる。これをひとり飲み干しながら百篇もの詩を一気に作りだすというのだから、並大抵の芸当ではない。 
 

4 中国酒を愉しむ


 ふだんならここから料理のレシピに移るわけだが、今回は本文で何の料理にも触れなかったので、少し趣向を変えてみよう(次回からはいつもどおり料理のレシピ紹介に戻る)。具体的には、おすすめの中国酒3選と、中国酒を使ったオリジナルカクテルのレシピ3つを紹介する。ぜひ李白にしたがって「酒中のおもむき」を愉しんでいただきたい。 

◯中国酒3選 

1 五糧液 

 
 

 四川省で生産されている高級な白酒バイジゥで、有名なので知っているひともいるだろう。ここ数年ほど歌舞伎町の都道302号線(靖国通り)沿いに大きな看板が設置されていたので、名前を知らなくとも見たことのあるひとはいるはずだ★15。 

 そもそも白酒とは、トウモロコシや高粱コーリャンなどの穀物を主な原料に使う無色透明の蒸留酒で、かなりクセのつよい香りをもつ。これは銘柄によってさまざまで、ペンキのような異臭がするものから、未知なる果実のような──これまで嗅いだこともないのだが、なぜか果実的としかいえない──豊かな香りを誇るものまで千差万別(というよりピンキリ)である。 

 五糧液は「貴州茅台酒」と並ぶ高級酒だが、茅台酒が国賓をもてなすのに使用され、値段も年々釣り上がっているのに対し、まだ比較的庶民的で入手もしやすい。そして私自身は味も五糧液のほうがよいと思う。マスカットと熟れたイチジクのような芳香をもち、揮発したアルコールが鼻から抜けたあとにかすかな苦味が生じる。蒸留酒のよさ、とくに白酒のよさがぐっと凝縮された銘柄だ。

2 孔府家酒 

 
 

 五糧液と比べるとこちらはかなり安く、池袋や新大久保などにある中国系の物産店に行けば簡単に購入できる。しかも値段のわりに風味がよい。ストレートで飲むとパイナップルキャンディーのような甘みがあり、加水で白桃のようなニュアンスも出る。白酒にはアルコール度数が50%を超えるものがざらにあるが、孔府家酒は38%とやや低いのも特徴的だ。そのまま飲んでもよいし、カクテルのベースとしても優れている。トワイスアップにすれば日本酒とおなじくらいの飲みやすさになる。はじめて白酒を飲むひとはもちろん、白酒に苦手意識があるひとにもぜひ試してほしい。 

3 客家純宮 

 
 

 黄酒ないし紹興酒と呼ばれる醸造酒の一種である。黒蜜のような甘味と濃厚さがあるがしつこくはなく、渋さやえぐみもない。そして燗でも非常によい。私は基本的に紹興酒とは料理に使うものだと考えているが、この酒のおいしさにはかなりおどろいた。日本で一般に流通している紹興酒とはまったく別物といえる。 

 ただし、これは広東省の山奥にある家族経営の醸造所でごく小規模に生産されている非常にマイナーな銘柄であり、日本の店や通販で買うことはきわめて困難だ。銀座にある中華料理店「黒猫夜」で提供されており、これが私の知る数少ない入手方法のひとつである。

○中国酒カクテル3品 

1 杏露白酒 

 
 

 
 

・白酒 30ml 
・杏露酒 30ml 
・ドライベルモット 10ml 
・レモンの皮 少量  

1)ピーラーでレモンの皮を数センチほど剥いておく 
2)すべての飲料をステアし、グラスに注ぐ 
3)レモンの皮を軽く絞って香りづけをする 

杏露酒しんるちゅう」という杏のリキュールを用いたシンプルなショートカクテル。果実的な風味のつよい「孔府家酒」と組み合わせつつ、少量のドライベルモットをくわえてすっきりした飲み心地に仕上げた。かなり飲みやすいので、白酒が苦手なひとにもおすすめだ。ちなみに杏露酒は、キリングループの「永昌源」という会社が1969年に独自開発した「日本のオリジナル中国酒」だという★16。 2 海南島 

 
 

 
 

・ココナッツジュース 60ml 
・白酒 30ml 
・ホワイトラム 30ml 
・リンゴジュース 30ml 
・ディサローノ ヴェルヴェット 15ml 
・ブルーキュラソー 5-10ml 
・ドラゴンフルーツ ひと切れ 

1)ブルーキュラソー以外の飲料を氷の入ったシェイカーに注ぐ 
2)10秒あまりシェイクしてグラスに注ぐ 
3)ブルーキュラソーを注ぎ、彩りをくわえる 
4)ドラゴンフルーツの端を薄く輪切りにし、グラスを飾る 

 
 

 個人的な印象だが、中国を代表する飲みものにこの怪しげなココナッツジュースがある。これは中国の海南島で製造されているもので、隅々まで悪趣味なこのパッケージは、おどろくことに中身の安全性や品質の高さをつよく訴えている(数年前までは白い服を着た謎の女性が大きく掲載されており、ますます怪しいものだった)。じっさいジュース自体はたしかにおいしいので、これを使ったカクテルを考えてみよう。 

 ココナッツを使った夏らしいカクテルといえば、まず「スイミングプール」が思い浮かぶ。これはドイツの偉大なバーテンダーである「チャールズ・シューマン」ことカール・ゲオルグ・シューマンが創作したものだ★17。そこで、海南島をイメージしつつ「スイミングプール」をアレンジしたのが上記のカクテルである。 

「ディサローノ ヴェルヴェット」は、「ゴッドファーザー」というカクテルにも使用されるアマレットリキュール「ディサローノ」から派生したクリーム系のリキュール。本家のスイミングプールでは生クリームが使われるのだが、より複雑な味わいを求めてこのリキュールに変えてみた。なので、代わりに生クリームを使っても構わない。また、ドラゴンフルーツには中身の白いものと赤いものがある。白いほうが装飾には使いやすいが、味わいがかなり淡白なので、余りはサラダにでもするのがおすすめだ。

3 鏡裏の香 

 
 

 
 

・スコッチウイスキー 30ml 
・紹興酒 15ml 
・ドランブイ 15ml 
・ジャスミンティー 15ml 
・花の香りのビターズ 5滴ほど 
・ブルーベリーのシロップ漬け 

1)ジャスミンティーを淹れ、冷ましておく 
2)オールドファッションドグラスに氷を入れ、すべての飲料を注ぐ 
3)グラス内で軽くステアする 
4)ビターズを垂らし、ブルーベリーで飾る 

 今回のレシピ作りのためにいろいろと試行錯誤した結果、紹興酒はスイートベルモットの代わりになるのではないかという感触を得た。もちろん完全な互換性はないが、全体の甘さを抑えつつ、なかなか面白い味わいになる場合がある(そもそもカクテルは甘いものが多すぎる)。そこで、スコッチウイスキーとスイートベルモットで作る「ロブ・ロイ」をベースに開発したのがこのカクテルだ。また、紹興酒はハーブ系のリキュールと相性がよいというのも、今回の重要な発見だった。 

 香りづけに使用するビターズにとくに指定はないので、好きなものを選んでよい。私が使ったのは、ドイツのアヴァディス蒸留所で生産されているワインローズとラベンダーのビターズだが、桜やゆずといったジャパニーズ・ビターズを使うのも面白いだろう。 

 ちなみにカクテルの名前は、李白の詩「儲邕ちょように別れて剡中せんちゅうく」の「竹色渓下緑、荷花鏡裏香」という句から取っている。これは、渓流のふもとには竹が豊かな緑をたたえ、鏡のような水面の裏では荷の花がかんばしいといった意味で、紹興の地の東を流れる名水・剡渓せんけいの美しさを歌ったものだ。李白の表現とは少し意味が変わるが、鏡のようなグラスのなかの芳香を愉しんでいただきたい。 

 

伊勢康平

1995年生。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。著作に「ユク・ホイと地域性の問題——ホー・ツーニェンの『虎』から考える」(『ゲンロン13』)ほか、翻訳にユク・ホイ『中国における技術への問い』(ゲンロン)、王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)ほか。

1 コメント

  • nanka4go2023/08/23 05:57

    道徳的アルコール中毒!酷い二日酔いになると、もう金輪際お酒は飲まないと誓ったものですが、その時の私は道徳的で君子に近づいていたということなんですね(笑)

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