料理と宇宙技芸(6) 肉は切らねど骨は断て──排骨湯と「庖丁解牛」の自然哲学|伊勢康平

シェア
webゲンロン 2023年4月10日 配信
2023年4月21日 タイトル更新
 本記事は有料会員限定の記事ですが、冒頭部分およびレシピ部分は無料で公開しております。どうぞご覧ください。(編集部)

 今回取りあげるのは排骨湯パイグータン、つまり骨つき肉のスープである。現代の中華料理では、豚肉のスペアリブをぶつ切りにして煮込んだものが一般的だが、牛や羊、鶏をつかう場合もある。初回の麻婆豆腐や前回の賽螃蟹サイパンシエ(野菜で蟹を「錬成」したもの)など、ここまであつかってきた料理は比較的歴史の浅いものが多かったが、排骨湯はたいへん古い料理だ。おそらく今後の連載のなかでも、これ以上に歴史ある料理は登場しないと思う。 

 10年ほどまえ、中国で衝撃的な発見があった。なんと約2400年前のスープが液体のまま出土したのである。場所は陝西省の西安咸陽国際空港。その第二次拡張工事のさいに、状態のよい青銅器がふたつ見つかった。そのひとつであるかなえ(煮込みにつかう三本足の容器)には、骨の浮かんだスープが半分ほど入っていたという。もちろんかなり劣化しており、銅の腐食によって緑に変色していたが、調査の結果、中身は犬の骨つき肉のスープだったと判明したらしい★1。 

 ことのあらましを確認するだけで十分おもしろいが、細部にも注目すべき点がある。まずは出土したのが犬のスープだったことだ。第5回で、六朝期(3〜6世紀)ごろまでは肉食が一般的ではなかったことに触れた。それにつけ加えると、かりに食べることがあっても、当時は社会的な地位によって食べられるものが決まっていたのである。たとえば牛はもっとも格が高く、天子や諸侯が儀礼のときにだけ食べてよいものとされた。その下には羊、犬と(大きな豚)、豚、魚とつづく。庶民の常食は野菜で、儀礼のさいにだけ豚と魚が許されていたらしい★2。つまり、春秋戦国時代にあたる2400年前、犬の肉はそこそこ上等で、庶民には手が届かないものだった。だからこのスープは、ごくふつうの食生活の一部ではない。 

 もうひとつのポイントは、これが骨つき肉の料理だったことだ。骨つき肉のスープを作るためには、肉を骨ごとぶつ切りにしなければいけない。これはいたって当然のことである。けれども、中国哲学と料理の関係からいうと、このような一品が春秋戦国時代の遺物として発見されたのは、じつは少々やっかいな事実かもしれない。そのわけをいまから語っていこう。今回は骨と肉と、それから切ることの話だ。

5 排骨湯の作りかた



◯食材 
・豚肉のスペアリブ 500〜600g 
・人参 1本 
・蓮根 1本 
・しょうが(スライス) 3枚 
・なつめの実 2、3個 
・枸杞の実 10個 

◯調味料 
・塩 

おもな材料

下準備 

・人参はひと口大に切り、蓮根は 2-3cm 程度の厚切りにする 
・豚肉に下味をつける 
※文量外の塩胡椒や紹興酒など、方法はお好みで。今回は塩麹を用いた。 

炒め 

・滑鍋を行なう(第1回参照) 
・しょうがと豚肉を炒め、肉の表面に焼き色をつける 
※これはリソレ(rissoler)と呼ばれるフランス料理の技法で、煮込みのさいにうまみが肉から流出しないように閉じ込めるためのもの。中国語でこれに該当する用語があるのかはわからないが、煮込み料理のレシピで「ちょっと炒める」(翻炒一下)とよく見かけるのがそれだと私は理解している。 

 
 

煮込み 

・鍋に1500cc 程度の水を入れ、強火で沸騰させる。肉を炒めた中華鍋をそのままつかってもよいし、土鍋などほかの容器に移してもよい 

 

・アクを取ってから野菜を入れ、ふたたび沸騰させる 
・沸騰したら弱火にして、なつめ、枸杞の実、塩を入れ、蓋をして40分ほど煮込む 
・人参に軽く箸が刺さるくらいになったら、味見をしつつ微調整をする 

 
 

 
 

 スーパーでふつうに買えるスペアリブは、やや大きめに切ってあるのが一般的だが、それをさらに細かく切るかどうかは個人の裁量にまかせたい。レシピを作るなかで、私も自分の中華包丁で何度か切ってみたが、なかなか切れないだけでなく、骨が欠けてしまうこともあって難儀した。つかう包丁によっては刃こぼれのリスクもあるだろう。もちろん、安全にもご注意いただきたい。 

 野菜や香辛料は基本的に自由なので、いろいろとお好みで試してみてほしい。私の印象では、人参や蓮根のほか、とうもろこしや山芋などもよくつかわれる。また、党参とうじん沙参しゃじんといった中国人参をくわえれば、たちまち薬膳料理になるだろう。 

 

 

伊勢康平

1995年生。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍。専門は中国近現代の思想など。著作に「ユク・ホイと地域性の問題——ホー・ツーニェンの『虎』から考える」(『ゲンロン13』)ほか、翻訳にユク・ホイ『中国における技術への問い』(ゲンロン)、王暁明「ふたつの『改革』とその文化的含意」(『現代中国』2019年号所収)ほか。

1 コメント

  • Hiz_Japonesia2023/04/25 10:28

    石田先生の記事にコメントした勢いで書いてしまいます。いま、ユク・ホイ著/伊勢康平訳『中国における技術への問い:宇宙技芸試論』(ゲンロン)を、kindleのAI音読ですこしずつ読み?進めています。この記事は、①『荘子』庖丁話にまつわる具体的な考察としても②実際に自分が仕事や生活で置かれている技術的環境とそれに対する哲理や倫理(道)を希求することのメタファーとしても③自然科学の「法則」と料理の「レシピ」がどこか似ているのでは?と思っていた問題意識への似た視点からの省察としても、とても興味深いものでした。訳書を読了したら、シラスの番組に併せて感想を書きます。謝謝。

コメントを残すにはログインしてください。