日付のあるノート、もしくは日記のようなもの(2) ミルクとミルクの合間、そして芸術の経験──7月17日から8月15日|田中功起

初出:2020年08月21日刊行『ゲンロンβ52』
依存
家事を中心に行い、育児を妻と分担しながらめまぐるしく1ヶ月が過ぎた。コロナ禍にもかかわらず駆けつけてくれた義母の助けがなければ乗り越えられなかったかもしれない。3時間おきに授乳をするという行為が24時間ひっきりなしにつづく。あたり前の事実だけれども、人間は生まれたあとこうして誰かのケアによってやっと生き延びることができる。人生は依存から始まる。生まれたばかりの自分も、いま自分がそうしているように、ケアされながらすごしていたはずだ。でもこれは何も乳幼児時期だけに限らない。障がいや病気、老いによっても、ぼくたちはケアが必要になる。自立的な生活というのはほんの一時の幻想かもしれない。そもそも自立していると思っている現在のぼくやあなたも他者の労働に依存することで生活を成り立たせている。この社会がいかに他者(の労働)に依存しているか。このコロナ禍の数ヶ月のなかぼくたちは学んだはずだ。流通や医療など、社会基盤を支える労働者たちによってはじめてこの社会は回り出す。エッセンシャル・ワーカーはいわば社会にとってのケア労働者でもあるわけだ。
断片
この原稿はさっきの授乳時間と次の授乳時間の合間に書いている。授乳やおむつ替えの時間の合間にどうにかして普段の生活や仕事を再配置しようとしている。けどまだうまくいかない。3時間のサイクルに生活も仕事も中断され断片化されていく。今回の原稿は寝不足で朦朧とした頭で書かれているから、断片的で各パートの連結もうまく機能していないかもしれない。
映画『インセプション』のなかに断片的な記憶をめぐる象徴的なやりとりがある。
それはパリの街角にあるカフェの屋外席で2人の登場人物が話しているシーンから始まる。日常的な光景のなか、ここまでどうやって来たのかとアリアドネはコブに聞かれる。疑っていなかった現実のなかで、ここまでの来歴がたどれないことから、自分たちが夢のなかにいるのだと確信する。おもしろいのは、そう聞かれないかぎり現実と夢の境目にそもそも気づかないということだ。実際、そうじゃないだろうか。ぼくたちは自分自身について過去から現在まで連続性を持って存在していると信じている。いちいちそれを疑わない。だからどうやってここまでたどり着いたのかと自問することはまずないだろう(あなたはいまいる場所までどうやってたどり着いたか覚えているだろうか?)。でもそれが遠い過去になればなるほど記憶は断片的になって繋がりが不明確になるはず。もはや現実なのか夢なのか曖昧になっていく。
このシーンが巧みなのは、これがそのまま「映画」についての話でもあるということだ。映画ではひとつの行為から次の行為へと至る道行きは編集によって省略される。カフェまでどうやってたどり着いたのかを描かないままいきなりカフェでの会話シーンから映画を始めることもできる。そして次にはどこか見知らぬ通りを歩いているシーンへとジャンプする。そんな映画の編集はよくあるだろう。観客は描かれていない以前や以後を想像によって補うかもしれない。基本的に映画はそうした断片的なシーンの集積で成り立っている。ぼくたちの記憶も日常も映画のように断片的である。
違和感
こんなことを考えたのは授乳やおむつ替えサイクルがきっかけだっただけでなく、2019年、あいちトリエンナーレの騒動があったときに感じたひとつの違和感に由来する。この違和感は騒動の本質からずれるため、これまで書いたり話したりする機会がなかった。それを書いておこうと思う。 当時、作品の一部が切り取られSNS上で拡散し炎上するということがあった。この文脈でぼくが語ろうとしているのは大浦信行による映像《遠近を抱えて Part II》とChim↑Pomによる映像《気合い100連発》である(詳しくは触れないけれども、『表現の不自由展・その後』閉鎖の最初のきっかけになったのはキム・ソギョンとキム・ウンソンによる《平和の少女像》だった)。いずれも映像の一部が切り取られ拡散した(といっても映像のキャプチャではなくその説明が拡散したわけだけれども)。前者は天皇の肖像(実際はコラージュ)が燃やされていることへの拒否反応であり、後者は「放射能最高!」などと叫ぶ場面が福島差別を助長するという言いがかりだった。いずれも長い映像ではないから会場で全部を通して見ることができるものだ。
アーティストを含めた関係者による応答は、作品の一部が切り取られて誤解されている、だからすべてを見て文脈を理解すれば誤解はなくなる、というものだった。ここにぼくは違和感があった。作品は、すべてを見て文脈を知れば誤解されないのだろうか。というか作品とは内容と文脈を十全に理解しなければいけないものなのだろうか。
確かにすべてを見れば作品内容は理解できる。美術批評家やアート・ライターならば文脈も理解したうえで批判でもなんでも書いてほしいと思う。しかし観客は別。もうすこし自由に作品鑑賞をしてもいいはずだ。「文脈を理解する」や「すべてを見る」ということを作品鑑賞において必要条件としない、そう考えることもできると思う。
作品は断片的に鑑賞/消費される。映画館ではなく、展覧会のなかに展示されている映像作品ならなおさらだ。展示空間では、観客は映像の途中から見て見終えるまえに次の作品へ向かうことができる。その意味で、展示空間での映像経験はたまたま上映されている場面に出会うことから始まる。映画館のように開始時刻が示されているわけでもない。空間への出入りが自由であるからこそ生じる誤解があり、誤読のおもしろさもある。その誤解は観客同士の会話の糸口にもなるし、誤読のフィードバックはアーティストに考えるきっかけを与えるかもしれない。
ぼくのあいちトリエンナーレでのプロジェクト『抽象・家族』は110分の映像、テキスト類、擬似ラジオ番組、そのほか、絵画や布、ダイニング・セットや写真などで構成された複合的なインスタレーションだった。映像だけでも長いけど3分割してループ上映だからすべてを見るには実際の映像時間よりかかってしまう。ラジオは二時間ある。すべてを見ることを求めるとかなり窮屈な鑑賞経験を観客に押し付けることになる。だからこのような展示をする場合、断片的な鑑賞を受け入れることが前提である。いや、むしろぼくはその断片を観客自身が繋いでいく編集的な鑑賞経験を設計しようとしている。映像を最初から最後まで見るような映画館での経験とは違う、展示空間だからこその体験がそこにはある。近年はひとつのプロジェクトを展示バージョンと映画(祭)バージョンの2種類作っている。空間的な経験(美術館)と時間的な経験(映画館)という、ひとつの作品の二つの異なる経験のあり方を生み出したいと考えている。
アーティストを含めた関係者による応答は、作品の一部が切り取られて誤解されている、だからすべてを見て文脈を理解すれば誤解はなくなる、というものだった。ここにぼくは違和感があった。作品は、すべてを見て文脈を知れば誤解されないのだろうか。というか作品とは内容と文脈を十全に理解しなければいけないものなのだろうか。
理解と炎上
この問題を、展示空間における映像作品の理解とその炎上にフォーカスして書いてみる。確かにすべてを見れば作品内容は理解できる。美術批評家やアート・ライターならば文脈も理解したうえで批判でもなんでも書いてほしいと思う。しかし観客は別。もうすこし自由に作品鑑賞をしてもいいはずだ。「文脈を理解する」や「すべてを見る」ということを作品鑑賞において必要条件としない、そう考えることもできると思う。
作品は断片的に鑑賞/消費される。映画館ではなく、展覧会のなかに展示されている映像作品ならなおさらだ。展示空間では、観客は映像の途中から見て見終えるまえに次の作品へ向かうことができる。その意味で、展示空間での映像経験はたまたま上映されている場面に出会うことから始まる。映画館のように開始時刻が示されているわけでもない。空間への出入りが自由であるからこそ生じる誤解があり、誤読のおもしろさもある。その誤解は観客同士の会話の糸口にもなるし、誤読のフィードバックはアーティストに考えるきっかけを与えるかもしれない。
ぼくのあいちトリエンナーレでのプロジェクト『抽象・家族』は110分の映像、テキスト類、擬似ラジオ番組、そのほか、絵画や布、ダイニング・セットや写真などで構成された複合的なインスタレーションだった。映像だけでも長いけど3分割してループ上映だからすべてを見るには実際の映像時間よりかかってしまう。ラジオは二時間ある。すべてを見ることを求めるとかなり窮屈な鑑賞経験を観客に押し付けることになる。だからこのような展示をする場合、断片的な鑑賞を受け入れることが前提である。いや、むしろぼくはその断片を観客自身が繋いでいく編集的な鑑賞経験を設計しようとしている。映像を最初から最後まで見るような映画館での経験とは違う、展示空間だからこその体験がそこにはある。近年はひとつのプロジェクトを展示バージョンと映画(祭)バージョンの2種類作っている。空間的な経験(美術館)と時間的な経験(映画館)という、ひとつの作品の二つの異なる経験のあり方を生み出したいと考えている。
作品は断片的に鑑賞/消費される。だから切り取られ拡散され炎上させられた作品受容に対して、すべてを見なければわからないとは簡単に反論できない。それは観客による編集的な鑑賞体験を受け入れる、ぼくのような実践と齟齬が生まれてしまうからだ。
そもそもすべてを見ていたら人びとは作品を誤解せず炎上も防げたのだろうか。
ぼくはそれも難しかったと思う。あいちトリエンナーレで生じたのは断片的な作品経験による誤解だったわけではなく、意識的な切り取りによる意図された拡散と炎上だったからだ。例えば天皇の肖像を燃やす場面は《遠近を抱えて Part II》のなかの一部分でしかない。《気合い100連発》のなかで叫ばれるきわどい反語表現は映像の後半に出てくるだけだ。会場でその作品たちにたまたま出くわした場合、必ずしも燃やす場面やきわどい言葉に出会うわけではない。非難を拡散したひとたちは映像をくまなく見たうえで、ピンポイントでその場面を選んでいる。ここには偶然の誤解はなく悪意しかない。
ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイスの映像インスタレーション《無題(ヴェニス・ワーク)》(1995年)は全96時間に編集された映像を12台のモニターで延々と上映するというものである。1年半のあいだ撮影しつづけた500時間におよぶ膨大な記録。見知らぬひとの労働、日常の営み、小旅行、風景、猫と犬、誰かのホーム・ムービーがずっと流れているようなものだ。すべてを見るには何日もかかるわけだから、観客はあくまでも一部を見てその膨大さを想像するしかない。この作品はタイトルもないし、ひとつひとつの映像に脈絡もない。ひとつのモニターから別のモニターへ。断片的な映像の集積。断片的な誰かの生をそのまま見せられているような感覚。それこそが世界の現れそのものかもしれないけれども。
ひとりの観客として、それをただ受け流すこともできるだろう。あるいは詳細に分析することもできる。訪れる度に新しい場面と出会い、その偶然性に身を委ねることもできるだろう。そこで経験する映像の膨大さは「誤解か理解か」という作品鑑賞の捉え方そのものをどうでもよくさせてしまう。いいかげんな鑑賞も真剣な鑑賞も双方があっていい。実際のところ、この2つの境界は曖昧かもしれない。いいかげんに見ているなかでいつの間にか真剣になっているかもしれないし、真剣な眼差しが的外れなときもあるだろう。
断片的な鑑賞をずっと観客の行為として書いてきたけど、アーティストの制作行為も似ているところがある。
そもそもすべてを見ていたら人びとは作品を誤解せず炎上も防げたのだろうか。
ぼくはそれも難しかったと思う。あいちトリエンナーレで生じたのは断片的な作品経験による誤解だったわけではなく、意識的な切り取りによる意図された拡散と炎上だったからだ。例えば天皇の肖像を燃やす場面は《遠近を抱えて Part II》のなかの一部分でしかない。《気合い100連発》のなかで叫ばれるきわどい反語表現は映像の後半に出てくるだけだ。会場でその作品たちにたまたま出くわした場合、必ずしも燃やす場面やきわどい言葉に出会うわけではない。非難を拡散したひとたちは映像をくまなく見たうえで、ピンポイントでその場面を選んでいる。ここには偶然の誤解はなく悪意しかない。
観客
悪意に応えようとするあまり断片的な鑑賞の可能性を捨てたくない。むしろ観客を信じたいと思う。ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイスの映像インスタレーション《無題(ヴェニス・ワーク)》(1995年)は全96時間に編集された映像を12台のモニターで延々と上映するというものである。1年半のあいだ撮影しつづけた500時間におよぶ膨大な記録。見知らぬひとの労働、日常の営み、小旅行、風景、猫と犬、誰かのホーム・ムービーがずっと流れているようなものだ。すべてを見るには何日もかかるわけだから、観客はあくまでも一部を見てその膨大さを想像するしかない。この作品はタイトルもないし、ひとつひとつの映像に脈絡もない。ひとつのモニターから別のモニターへ。断片的な映像の集積。断片的な誰かの生をそのまま見せられているような感覚。それこそが世界の現れそのものかもしれないけれども。
ひとりの観客として、それをただ受け流すこともできるだろう。あるいは詳細に分析することもできる。訪れる度に新しい場面と出会い、その偶然性に身を委ねることもできるだろう。そこで経験する映像の膨大さは「誤解か理解か」という作品鑑賞の捉え方そのものをどうでもよくさせてしまう。いいかげんな鑑賞も真剣な鑑賞も双方があっていい。実際のところ、この2つの境界は曖昧かもしれない。いいかげんに見ているなかでいつの間にか真剣になっているかもしれないし、真剣な眼差しが的外れなときもあるだろう。
断片的な鑑賞をずっと観客の行為として書いてきたけど、アーティストの制作行為も似ているところがある。
ひとつの建物の歴史を調べ、そこで生じた無関係な出来事の断片を繋ぎ合わせる。そんな制作方法。例えばある美術館がかつて米軍に接収され、館内のギャラリー空間がバスケットボール・コートとして使われていたという事実がある。その美術館ではのちに現代美術展が行われ、その空間はクリストによって布で覆われたインスタレーションになる。この2つの歴史的事実を繋ぎ合わせ、地元の高校生が参加するワークショップとして構築し直す。
歴史の断片を編集し再配置するアーティスト。作品の断片を鑑賞によって編集する観客。2つの行為はそれほど遠くない。ボリス・グロイスは以下のようにアーティストと観客の行為を繋げている。
芸術作品にはアーティストも観客も必要だ。アーティストによる「選別し、比較し、断片化し、結合し、特定のものをコンテクストのなかへ入れ、ほかのものを除外する」行為によって生み出された作品は、観客による「批判し、選別し、断片化し、結合する」行為によってもう一度、観客の頭のなかで想像的に再制作される。いやむしろ新しく生きなおされる。
歴史の断片を編集し再配置するアーティスト。作品の断片を鑑賞によって編集する観客。2つの行為はそれほど遠くない。ボリス・グロイスは以下のようにアーティストと観客の行為を繋げている。
芸術的行為というものが専ら芸術の生産から芸術の選別へと入れ替わっている今、鑑賞者は芸術を選別することによって自動的に芸術家になるのである。いまや鑑賞者が芸術家に判断を下すことはできない。なぜなら、批判し、選別し、断片化し、結合することによって、鑑賞者は芸術家と同じことをしているからである。[★1]
芸術作品にはアーティストも観客も必要だ。アーティストによる「選別し、比較し、断片化し、結合し、特定のものをコンテクストのなかへ入れ、ほかのものを除外する」行為によって生み出された作品は、観客による「批判し、選別し、断片化し、結合する」行為によってもう一度、観客の頭のなかで想像的に再制作される。いやむしろ新しく生きなおされる。
すべてを見て文脈を理解することを鑑賞の前提にするのではなく、断片的でいいかげんな鑑賞をも受け入れること。作品は自律し完結したものであると同時に観客に依存する。誤解に満ちた鑑賞経験を肯定し、観客を信じること。観客とアーティストは同じような行為をしているのだから。
「切り取られた作品」とそれへの応酬が「あいちトリエンナーレ」をめぐって起きたとき、ぼくは人びとの反応にも関係者の応答にも違和感があった。それは芸術の経験が断片的である、というあたり前のことを見失っていると思ったからだ。
ひとつの授乳から次の授乳へ。ひとつのおむつ替えから次のおむつ替えへ。いやおうなく訪れる中断のなかで断片化される「親」としての生は、いつの間にか芸術の経験に重なってくる。作品は断片の集積として作られ、断片的に鑑賞される。生は断片的な記憶の集積であり、やがてふり返ってひとつの人生となる。
そうして、次の授乳時間がやってくる。
★1 ボリス・グロイス「観客のインスタレーション」『イリヤ&エミリア・カバコフ 私たちの場所はどこ?』、森美術館、淡交社、2004年、11頁。
「切り取られた作品」とそれへの応酬が「あいちトリエンナーレ」をめぐって起きたとき、ぼくは人びとの反応にも関係者の応答にも違和感があった。それは芸術の経験が断片的である、というあたり前のことを見失っていると思ったからだ。
ひとつの授乳から次の授乳へ。ひとつのおむつ替えから次のおむつ替えへ。いやおうなく訪れる中断のなかで断片化される「親」としての生は、いつの間にか芸術の経験に重なってくる。作品は断片の集積として作られ、断片的に鑑賞される。生は断片的な記憶の集積であり、やがてふり返ってひとつの人生となる。
そうして、次の授乳時間がやってくる。
*2020年12月16日発行の第2版で一部表現を修正しました。
★1 ボリス・グロイス「観客のインスタレーション」『イリヤ&エミリア・カバコフ 私たちの場所はどこ?』、森美術館、淡交社、2004年、11頁。


田中功起
1975年生まれ。アーティスト。主に参加した展覧会にあいちトリエンナーレ(2019)、ミュンスター彫刻プロジェクト(2017)、ヴェネチア・ビエンナーレ(2017)など。2015年にドイツ銀行によるアーティスト・オブ・ザ・イヤー、2013年に参加したヴェネチア・ビエンナーレでは日本館が特別表彰を受ける。主な著作、作品集に『Vulnerable Histories (An Archive)』(JRP | Ringier、2018年)、『Precarious Practice』(Hatje Cantz、2015年)、『必然的にばらばらなものが生まれてくる』(武蔵野美術大学出版局、2014年)など。 写真=題府基之
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