浜通り通信(37) 飛露喜と泉川、ブランドとコモディティ|小松理虔
初出:2016年04月15日刊行『ゲンロンβ1』
4月の頭、鎌倉に遊びに行き、友人に誘われて入った立ち飲みバーで、こんなことがあった。たまたま隣にいた男性に福島から来たことを告げると、「福島のどちらですか? 浜通りですか?」と聞かれたのだ。他県の方から「浜通り」などという言葉が出てくるのは珍しい。福島、とりわけ震災や原発事故に関心のある方なのだろう。続く会話が楽しみになった。
私が、浜通りのいわきからやって来たと返答すると、「東浩紀の『福島第一原発観光地化計画』って知ってますか?」と、その方は話を続けた。「あの本、面白いですよね」とその方が言うので、「廃炉の現状とかも伝えられますしね、やっぱ観光っスよねえ」などと気軽に返していると、思いがけない一言が。「そういえば、いわきに小松さんって方がいますよね。うみラボ[★1]ってすごくいい活動やってる人なんですよ、知ってますか?」と。
あ、それ私です(照れながら)。
まさか鎌倉の立ち飲みバーでそんな方に会うとは。その方は東京で仕事をしているアートディレクターだそうで、名刺を頂きつつ、お互いの興味関心を話すなかで共通の知人が見つかったりと、世間の狭さを痛感させられた。フクイチ本も読んでらっしゃって、福島全体に関心を寄せるなかで私の存在を知ってくれたらしい。
自分たちの活動がナントカ賞を獲ることより、初めて訪れる飲み屋で、こういう方に出会い、酒を飲みながら福島の話ができることのほうが何倍もうれしいものだ。昨年末の「ゲンロン友の会総会」でも本当にたくさんの人とお話することができたけれど、結局は「人と人」。ああ、こういう瞬間のためにメルマガ書いてんだなあと、改めて喜びをかみしめた次第である。
今号から『ゲンロンβ』となった本メルマガ。この「浜通り通信」は、批評からは遠く離れたものではあるけれども、鎌倉の立ち飲みバーで出会った方のように、届いている人がきっといるはずだ。これまでと変わらず、自分の目線で浜通りの話題をお届けしようと思っている。この「浜通り通信」が、皆さんと福島をゆるく繋げる、小さな「ゲートヴィレッジ」になれたら幸いである。
さて、今回の話題だが「酒」である。
ゲンロン友の会総会では、「会津娘」と「磐城壽」の2本を持参し、福島ブースで振る舞わせて頂いた。会場の皆さんからも大好評で、あっという間になくなってしまった。あと2本くらい持っていけばよかったと後悔したほどだ。風評被害を受けているとされる福島県産品だが、福島の酒だけは、国内だけでなく海外にまで販路を広げ、風評被害の影響など微塵も感じさせない躍進を続けている。
福島の酒が注目を浴びているのは、国内最大規模の新酒鑑評会である「全国新酒鑑評会」(独立行政法人酒類総合研究所と日本酒造組合中央会の共催)で、ここ数年、金賞を受賞した銘柄数で全国1位を取り続けているからだ。具体的には、平成25醸造年から27醸造年まで3年連続で1位を取り続けている。それ以前でもあらかた上位に食い込んでおり、これをもって、福島県内でも「福島の酒は日本一」という文言でPRをするようになっている。
このほか、昨年開催された世界最大級のワイン品評会、インターナショナル・ワイン・チャレンジの日本酒部門で、ほまれ酒造(喜多方市)の「会津ほまれ 播州産山田錦仕込 純米大吟醸酒」が最優秀賞「チャンピオン・サケ」に選ばれているほか、世界最多の出品数を誇る日本酒試飲コンペ「SAKE COMPETITION」においても、複数の銘柄が上位入賞を果たしている。「福島の酒は日本一」かどうか別にしても、全国で高い評価を受けている産地であることは間違いない。
日本酒全体を見回すと、ここ10年は「モダン系」の盛りである。新潟の酒が「淡麗辛口」と評されて人気を博し「越乃寒梅」「雪中梅」「峰乃白梅」の3銘柄が「越乃三梅」などと呼ばれたのが80年代。その後、吟醸酒ブームが90年代に訪れると、若手を中心に「蔵元杜氏(経営者兼製造責任者)」が登場し、全国に様々な個性派蔵元が生まれることになる。色、香り、味わいのインパクトが強く、フルーティーな酒が好まれるようになったのもこの頃だ。そして、ここ10年は海外の日本酒人気も後押しする形で様々な人気銘柄が誕生している。
ここ数年のブームを牽引しているのが山口県の旭酒造が醸す「獺祭」だ。「獺祭」は全量が純米大吟醸という怪物のような酒である。純米大吟醸とは、精米歩合50%以下まで米を磨き、アルコール添加をしない米だけの酒のことを言うが、「獺祭」は「磨き3割9分」や、「磨き2割3分」などという超高級な純米大吟醸を造っている。「磨き2割3分」というのは、精米歩合23%である。つまり残りの77%は捨ててしまうというわけだ。なんという酒だろう。
「獺祭」がフランスなどで人気を博し、それが起爆剤となって日本酒全体のブランド化が進んだことに難癖を付けるつもりはないのだが、「獺祭」ブームの影響で、純米大吟醸に偏った消費行動が発生し、全国の酒造メーカーも追随する状況になっている。「磨き」への傾倒は顕著となり、酒造好適米である「山田錦」の枯渇まで引き起こすようになった。日本最高の産地とされる兵庫県産の山田錦は、酒造メーカーの取り合いだ。
実は、日本酒全体の消費量はここ数年ほとんど伸びていない。しかし、純米大吟醸や大吟醸の売れ行きは伸びているのだという。つまり「高級な酒ばかり売れている」のだ。大吟醸クラスになればなるほど捨てる米の量が増えるので、多くの米が必要になる。それで山田錦の枯渇が起きているわけだ。「獺祭」人気にあやかろうという蔵元も多く、似たような味の酒が増えている。
私が、浜通りのいわきからやって来たと返答すると、「東浩紀の『福島第一原発観光地化計画』って知ってますか?」と、その方は話を続けた。「あの本、面白いですよね」とその方が言うので、「廃炉の現状とかも伝えられますしね、やっぱ観光っスよねえ」などと気軽に返していると、思いがけない一言が。「そういえば、いわきに小松さんって方がいますよね。うみラボ[★1]ってすごくいい活動やってる人なんですよ、知ってますか?」と。
あ、それ私です(照れながら)。
まさか鎌倉の立ち飲みバーでそんな方に会うとは。その方は東京で仕事をしているアートディレクターだそうで、名刺を頂きつつ、お互いの興味関心を話すなかで共通の知人が見つかったりと、世間の狭さを痛感させられた。フクイチ本も読んでらっしゃって、福島全体に関心を寄せるなかで私の存在を知ってくれたらしい。
自分たちの活動がナントカ賞を獲ることより、初めて訪れる飲み屋で、こういう方に出会い、酒を飲みながら福島の話ができることのほうが何倍もうれしいものだ。昨年末の「ゲンロン友の会総会」でも本当にたくさんの人とお話することができたけれど、結局は「人と人」。ああ、こういう瞬間のためにメルマガ書いてんだなあと、改めて喜びをかみしめた次第である。
今号から『ゲンロンβ』となった本メルマガ。この「浜通り通信」は、批評からは遠く離れたものではあるけれども、鎌倉の立ち飲みバーで出会った方のように、届いている人がきっといるはずだ。これまでと変わらず、自分の目線で浜通りの話題をお届けしようと思っている。この「浜通り通信」が、皆さんと福島をゆるく繋げる、小さな「ゲートヴィレッジ」になれたら幸いである。
さて、今回の話題だが「酒」である。
ゲンロン友の会総会では、「会津娘」と「磐城壽」の2本を持参し、福島ブースで振る舞わせて頂いた。会場の皆さんからも大好評で、あっという間になくなってしまった。あと2本くらい持っていけばよかったと後悔したほどだ。風評被害を受けているとされる福島県産品だが、福島の酒だけは、国内だけでなく海外にまで販路を広げ、風評被害の影響など微塵も感じさせない躍進を続けている。
福島の酒が注目を浴びているのは、国内最大規模の新酒鑑評会である「全国新酒鑑評会」(独立行政法人酒類総合研究所と日本酒造組合中央会の共催)で、ここ数年、金賞を受賞した銘柄数で全国1位を取り続けているからだ。具体的には、平成25醸造年から27醸造年まで3年連続で1位を取り続けている。それ以前でもあらかた上位に食い込んでおり、これをもって、福島県内でも「福島の酒は日本一」という文言でPRをするようになっている。
このほか、昨年開催された世界最大級のワイン品評会、インターナショナル・ワイン・チャレンジの日本酒部門で、ほまれ酒造(喜多方市)の「会津ほまれ 播州産山田錦仕込 純米大吟醸酒」が最優秀賞「チャンピオン・サケ」に選ばれているほか、世界最多の出品数を誇る日本酒試飲コンペ「SAKE COMPETITION」においても、複数の銘柄が上位入賞を果たしている。「福島の酒は日本一」かどうか別にしても、全国で高い評価を受けている産地であることは間違いない。
日本酒の歴史をおさらい
日本酒全体を見回すと、ここ10年は「モダン系」の盛りである。新潟の酒が「淡麗辛口」と評されて人気を博し「越乃寒梅」「雪中梅」「峰乃白梅」の3銘柄が「越乃三梅」などと呼ばれたのが80年代。その後、吟醸酒ブームが90年代に訪れると、若手を中心に「蔵元杜氏(経営者兼製造責任者)」が登場し、全国に様々な個性派蔵元が生まれることになる。色、香り、味わいのインパクトが強く、フルーティーな酒が好まれるようになったのもこの頃だ。そして、ここ10年は海外の日本酒人気も後押しする形で様々な人気銘柄が誕生している。
ここ数年のブームを牽引しているのが山口県の旭酒造が醸す「獺祭」だ。「獺祭」は全量が純米大吟醸という怪物のような酒である。純米大吟醸とは、精米歩合50%以下まで米を磨き、アルコール添加をしない米だけの酒のことを言うが、「獺祭」は「磨き3割9分」や、「磨き2割3分」などという超高級な純米大吟醸を造っている。「磨き2割3分」というのは、精米歩合23%である。つまり残りの77%は捨ててしまうというわけだ。なんという酒だろう。
「獺祭」がフランスなどで人気を博し、それが起爆剤となって日本酒全体のブランド化が進んだことに難癖を付けるつもりはないのだが、「獺祭」ブームの影響で、純米大吟醸に偏った消費行動が発生し、全国の酒造メーカーも追随する状況になっている。「磨き」への傾倒は顕著となり、酒造好適米である「山田錦」の枯渇まで引き起こすようになった。日本最高の産地とされる兵庫県産の山田錦は、酒造メーカーの取り合いだ。
実は、日本酒全体の消費量はここ数年ほとんど伸びていない。しかし、純米大吟醸や大吟醸の売れ行きは伸びているのだという。つまり「高級な酒ばかり売れている」のだ。大吟醸クラスになればなるほど捨てる米の量が増えるので、多くの米が必要になる。それで山田錦の枯渇が起きているわけだ。「獺祭」人気にあやかろうという蔵元も多く、似たような味の酒が増えている。
「本書は、この増補によってようやく完結する」。
小松理虔
1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。2018年、『新復興論』(ゲンロン)で大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。2021年3月に『新復興論 増補版』をゲンロンより刊行。 撮影:鈴木禎司
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