「装い」こそが生き方である──ロバート キャンベル×浅子佳英×石戸諭×後藤洋平「文学は服飾を刺激する」イベントレポート

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webゲンロン 2022年12月2日配信
 毎回大好評のゲンロンカフェのファッションイベント。2022年8月4日、第3弾のゲストとしてお迎えしたのは、日本文学研究者のロバート キャンベルだ。さまざまなメディアで活躍している同氏は、ファッションへの造詣が深いことでも知られる。ホストを務めたのは、ファッションイベントでお馴染みの3人組。建築家の浅子佳英、ノンフィクションライターの石戸諭、朝日新聞編集委員の後藤洋平である。
 それぞれ異なる分野で活躍中の4人が、ファッションをつうじて繋がった約6時間。本レポートではその一部を紹介する。(ゲンロン編集部)
 

ファッションとテレビ


 イベントはキャンベルの服の選び方、なかでもテレビ出演の際の服装についての話題から始まった。キャンベルによると、テレビ番組の出演者は通常、番組側が用意した衣装を着ることが多い。しかしキャンベルは、自分が着る服は自分で考えるのだという。いわく、番組が用意する衣装は数日前にレンタルされたものがほとんどで、それをそのまま着ていては、その日の雰囲気にそぐわない「冷めたピザ」になりかねない。だから内容や出演者、天気に合わせ、自分で服のトーン・材質・デザインをととのえる。たとえば重いニュースがあるときは、あえて吹きとばすような明るい装いをまとうこともあるのだとか。

 テレビ番組では、自分の話す言葉が、しぐさや表情などと一体になって視聴者にとどく。だからこそ、そこにファッションの工夫を加えることで自分のこころを重ねたいとキャンベルは語った。論理的、かつ感性を大切にするキャンベルの服の選び方を、後藤は「文学的」と評する。




 イベント当日は大雨。キャンベルは恐竜のTシャツに軽やかな白のコートを羽織っていた。Tシャツには「Queer was always here.」(クィアはいつだっていた)というメッセージ。Netflixドラマ『ハートストッパー』の主役がロンドンのプライド・パレードで着ているのをみて購入したのだという。コートはフランスのブランド「LANVIN(ランバン)」が10年前に出したもの。後藤の情報によると、「当時ランバンのデザインチームにいた方が、この放送をリアルタイムで聴いてます」とのことで、これには壇上もますます盛り上がった。




ファッションと建築


 イベントでは、キャンベルが浅子にファッションと建築の関係を尋ねるシーンも印象的だった。建築における内装や設計は、ファッションと類比するとどのように捉えることができるかという趣旨の問いである。

 これに対し浅子は、「建築家は内装によって人びとの感情をどう調整するか考えている」と応えた。インテリアの仕事では、ファッションショーのようにきれいな写真がとれる「決めカット」が追求されがちだ。しかし、それだけではつまらない。そこで過ごす人の感情を左右する空間のあり方こそが重要なのだと浅子は言う。たとえば、音がキンキン響く建物でも、床にカーペットを敷き、天井に吸音材を入れれば、より話しやすい空間へと変わる。空間が話しやすいものになれば、話す内容も変わるかもしれない。建物の内装や設計は、衣服が着る人に対してそうであるように、その空間で過ごす人の喜怒哀楽を「チューニング」する役割を担っているのだ。




 イベントではその後、トイレ建築も話題に上がった。昨今、多様な性をもつ人びとが平等に使えるよう、パブリックトイレの設計に抜本的な改革がおきている。建築家の小林純子氏は数十年前から日本のトイレ改革に尽力してきた第一人者で、浅子と石戸はそれぞれ彼女を取材したことがあるという。女性トイレにおけるパウダールームの拡張や着替えスペースの確保など、トイレを心地よい空間に変えるため力を注いできた同氏は、これからのテーマとして性的マイノリティの人びとに配慮した設計に向き合っている。いままで築いてきたトイレの質を守りつつ、あらたなニーズにも設計で応えていく、そんな「豊かさ」を保った改革をしたいと考えているそうだ。

 キャンベルは、この話もやはりファッションになぞらえる。服は着る人の体を制限するが、同時に体を守るものでもある。また、衣服には、伝統的に男性と女性の文化が記号として組みこまれてきた。そこから何を無くし、何を足せば、多様な人が気持ちよく過ごせる服をつくりだせるのか。この問いとパブリックトイレの問題は重なっているのではないかとキャンベルは指摘した。

ファッションと文学的想像力


 イベント中盤では、キャンベルの持参した明治初期の和装本が視聴者を感嘆させた。全ページに絵と文がセットで描かれており、全3巻を並べるとあざやかな表紙絵がつながって一枚の画像になる仕掛けになっている。描かれた服の模様や生地の質を一目みれば、商人や警官といったキャラクターの立場と個性がわかる。キャンベルは、そこには物語の中心である感情と服装とのつながりが正面から描かれていると説明した。

 そこから話題は、文学における服装描写へと及んだ。キャンベルは、装いが単なる外見ではなく物語の深いところと結びついた例として、平野敬一郎『かたちだけの愛』と幸田文『きもの』をあげた。一方で、村上春樹は味や匂い、音にくらべ、衣装の描写が目立って少ないと指摘。ただ、その「乏しさ」こそが逆説的に、村上作品が世界各国で受け入れられる一因になっているのではないかとも推測した。

ファッションと生き方


 最後に、登壇者たちはそれぞれどのようなファッション遍歴をたどってきて、そのなかでどんな価値観の変化を経てきたのか。そんな質問から話に花が咲いた場面を取り上げ、うちふたり分のエピソードを紹介する。

 石戸は、10代・20代と当時のロックンロール・リバイバルに感化され、デニムはスキニー、靴はラバーソールかドクターマーチンに限るというスタイルだった。そんな若き石戸に大きな影響を与えたのが、自身の母だという。あるときは、いかに COMME des GARÇONS がかっこいいのかを説き、またあるときには白いコートを買ってきた石戸に、着こなしが難しいから雑誌で勉強するよう教え込んだ。自分がファッションにのめり込むのも当然だったと石戸は振り返る。




 キャンベルは高校生のときにヴィンテージにはまり、3年時には女性がおしゃれにつけられるネクタイの会社を立ち上げた。しかし、20代後半から40代前半はファッションから離れ、実証的な文学研究に没頭する。だが、そこから東日本大震災とそれにともなう社会の変化を経て、もう一度考えが変わった。実証だけでは研究を人に伝えることができない、とくに若い世代に伝わらなければその研究が「生き延びる」ことができない。そう思うにいたるのである。そしてそのとき、自分の大切にしているものを人に伝えるためにはファッション(=装い)こそが重要なのだと気づいたという。

 キャンベルは人生とファッションの結びつきについて、もうひとつ興味深いエピソードを語った。キャンベルの亡き父が残したマフラーの話である。彼はその形見のマフラーを、ANREALAGE(アンリアレイジ)のデザイナー・森永邦彦に託した。すると、森永はそれを余すことなく用いて、パッチワークのジャケットとして生まれ変わらせたという★1。そのジャケットは、いまのキャンベルのファッションが、父の生きた時間を文字通り紡いだ先にあることを体現しているアイテムなのだ。

 ファッションは、単なる「見せかけ」をつくるだけのものではない。その人の生き方や人生と切っても切り離せないものが、必ずそこには宿る。そのことをあらためて実感させられるイベントだった。

 



 その後も、直近のパリコレクションを現地で取材した後藤による COMME des GARÇONS の現況や、パリでのまさかの療養エピソード、ほかにも奇抜な格好に対する日米の拒否反応のちがいなど、とにかく話題は多岐に渡った。しかしなにより、文章と写真だけでは魅力的なファッションに身を包んだ登壇者たちの活き活きとした姿を紹介しきれない! ぜひアーカイブ動画をご覧いただきたい。(林寛太)




 シラスでは、2023年2月1日までアーカイブ動画を公開中。ニコニコ生放送では、再放送の機会をお待ちください。
ロバート キャンベル×浅子佳英×石戸諭×後藤洋平「文学は服飾を刺激する──シン・ファッション文化論 #3」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20220804/

 


★1 採寸から完成まで6ヶ月 父のマフラーがジャケットへ URL= https://youtu.be/FpSijgT581I

1 コメント

  • m0422w2022/12/10 22:07

    壇上の和やかな雰囲気と話題の細やかな情報がカッチリとまとまっていて、とても読みやすかったです。 登壇者の集合写真(?)も良い感じ!

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