ゲンロンサマリーズ(2)『謎の独立国家ソマリランド』要約&レビュー|海猫沢めろん

初出:2013年4月12日刊行『ゲンロンサマリーズ #88』
高野秀行『謎の独立国家ソマリランド──そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』、本の雑誌社、2013年

要約
レビュー
ソマリランド。それは、内戦が続く「崩壊国家」と呼ばれるソマリアの中で唯一平和な「ラピュタ」のような国である。著者は、高度な民主主義が実現しているその様に驚愕。なぜソマリランドだけが国際社会の協力ほぼゼロで独自の内戦終結と和平が実現できたのか?
その疑問を解決するために徹底的に調査を進める。やがて見えてきたのはソマリ人独自のルールと慣習だった。それを詳しく知るためにはソマリア全体を知らねば……というわけで著者はソマリランドに隣接する海賊国家プントランド、戦国南部ソマリアにまで足を運ぶ。
今回の作品は、これまでの著者の本のなかで最も分厚い。そのぶん調査はいつもより綿密で深く、まるで現地に同行しているような臨場感が味わえる。ソマリ人たちは夕方をすぎるとみんなが「カート」という草を食べて宴会をする(マリファナとは違い、アッパー系で覚醒作用があるらしい)。著者はこれにハマってひたすらカートをやりまくる。現地では酒と変わらないのである。ぐだぐだになりそうなものだが、結果的に取材はどんどんディープになっていき、プントランドではソマリ人たちとカートをやりながら本気で海賊になる計画を立て、リアルな収支見積もりまで出す始末。治安が最悪な南部ソマリアもカートの力でなんとか乗り切り、現地人たちともカートの力で親睦を深めていく(カート最高!)。最終的に、著者はソマリランドだけではなくソマリ人全体について深い理解と共感を示すようになる。
西欧型資本主義社会が解決できない問題を、民族の伝統が解決していた! という話は文化人類学の本などでありがちなパターンだが、ソマリランドのようにそれが独自進化して複数政党制の民主主義になっているケースはかなり特殊だろう。さまざまな条件がからまり偶然生まれた奇跡的な国家、それがソマリランドなのだ。西洋民主主義、資本主義、国家、戦争、あらゆることを再考させられる「読む異文化交流」。
『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
・『ゲンロンサマリーズ』ePub版2013年4月号
・『ゲンロンサマリーズ』Vol.1〜Vol.108全号セット
・『ゲンロンサマリーズ』ePub版2013年4月号
・『ゲンロンサマリーズ』Vol.1〜Vol.108全号セット


海猫沢めろん
1975年生まれ。文筆家。『左巻キ式ラストリゾート』でデビュー。『愛についての感じ』(第33回野間文芸新人賞候補)、『キッズファイヤー・ドットコム』(第39回野間文芸新人賞候補。第59回熊日文学賞受賞)、ほか。TBSラジオ文化系トークラジオLifeクルー。
ゲンロンサマリーズ
- ゲンロンサマリーズ(13)『イメージの進行形』要約&レビュー|円堂都司昭
- ゲンロンサマリーズ(12)『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』要約&レビュー|tokada
- ゲンロンサマリーズ(11)『地方の論理』要約&レビュー|徳久倫康
- ゲンロンサマリーズ(10)『独立国家のつくりかた』要約&レビュー|常森裕介
- ゲンロンサマリーズ(9)『ネットと愛国』要約&レビュー|峰尾俊彦
- ゲンロンサマリーズ(8)『ファスト&スロー』要約&レビュー|山本貴光
- ゲンロンサマリーズ(7)『統治・自律・民主主義』要約&レビュー|斎藤哲也
- ゲンロンサマリーズ(5)『(日本人)』要約&レビュー|徳久倫康
- ゲンロンサマリーズ(4)『一般意志2.0』要約&レビュー|入江哲朗
- ゲンロンサマリーズ(3)『団地の空間政治学』要約&レビュー|常森裕介
- ゲンロンサマリーズ(2)『謎の独立国家ソマリランド』要約&レビュー|海猫沢めろん
- ゲンロンサマリーズ(1)『「当事者」の時代』要約&レビュー|徳久倫康