ゲンロンサマリーズ(2)『謎の独立国家ソマリランド』要約&レビュー|海猫沢めろん


要約
ソマリランドとは
● アフリカの角と呼ばれるソマリア半島には、事実上3つの独立国家がある。
● その3つとは、南部ソマリア=戦国(リアル『北斗の拳』)、中部プントランド=海賊国家(リアル『ONE PIECE』)、北部ソマリランド=ハイパー民主主義国家(リアル『ラピュタ』)。
● ソマリランドだけは平和を保っている。
● ソマリア内戦は民族紛争ではない。日本の戦国時代に近い。
● ソマリ人たちは「超速」でせっかち。「氏族社会」で、多くの人が親戚の仕送りで生活(ある意味ニート状態)。
● 毎日夕方になると覚醒作用がある植物「カート」を食べて宴会する。
プントランドとソマリア
● プントランドでは働くよりも外国人を拉致して海賊をやったほうが儲かるしリスクも少ないため、海賊行為に走る者が後を絶たない。
● 著者の聞き取り調査によると、海賊行為が上手くいけば1回で4000万円近く儲かる。
● 南部ソマリアは恐るべき治安の悪さ。
なぜソマリランドだけが平和なのか
● 奪い合うほどの利権がない。
● 氏族間でよく戦争していたので停戦のための政治技術に慣れていた。
● 宗主国のイタリアによって伝統が失われた南部と違い、北部は旧英領の間接統治だったので伝統が維持されていた。
伝統=ヘールとディヤ
● ソマリ人は「掟」と「カネ」の理論でしか動かない。
● 掟を「ヘール」、賠償金を「ディヤ」、精算を「ヘサーブ」と呼ぶ。
● ソマリは単一民族ではない。望めば誰でもどの氏族にでも入れる。各氏族に所属するとき交わす契約がヘール。
● 男1人が殺されると、加害者側の血縁結社からディヤとしてラクダ100頭(現在は1頭=230ドルに換算される)が、被害者側の血縁結社に支払われる。
● 女性・子供・老人・傷病者・和平の使者・捕虜・賓客・共同体の指導者・宗教的指導者は「ビリ・マ・ゲイド(殺してはいけない者)」とされる。
● 問題が起きると氏族の長老たちがヘールを確認。「ウラル(前例があるもの)」か「ウグッブ(前例のないもの)」か調べる。ウグッブなら話し合いで解決法を探り、ウラルに加える。
● 数千人が死亡した1992年の第一次内戦はウグッブとされ、和平交渉のときは通常のディヤではなく、娘20人ずつが交換された。
● 1994年から1996年の第二次内戦は規模が大きすぎたので、ハルゲイサ大会議で新たな憲法=ヘールを作った。
ソマリランドはなぜ民主化できたのか
● 1993年-2002年に活動した政治家エガルは、民兵を政府軍と警察に編入するとともに重火器を買いあげた。
● エガルは各氏族の長老の反発を押し切って自分の政党を作り、味方になった有力者を氏族のスルタン(リーダー)に任命。
● 反対派はエガル任命とは別のスルタンを立て、各氏族が親エガル派と反エガル派に分断された。
● 結果的に反対派たちが氏族をまたいで政党をつくり野党となり、こうしてはからずも複数政党制になった。
結論
● ソマリランドは「猛々しいライオンの秩序ある群れ」である。
● 国連や欧米は「上からの民主主義」を押しつけるが、これはソマリ人の氏族社会には合わない。
● ソマリの民主主義はトップダウン形ではなくボトムアップ形でつくられてきた。
● ソマリ人と友だちになるのにカートは欠かせない。
レビュー
ソマリランド。それは、内戦が続く「崩壊国家」と呼ばれるソマリアの中で唯一平和な「ラピュタ」のような国である。著者は、高度な民主主義が実現しているその様に驚愕。なぜソマリランドだけが国際社会の協力ほぼゼロで独自の内戦終結と和平が実現できたのか?
その疑問を解決するために徹底的に調査を進める。やがて見えてきたのはソマリ人独自のルールと慣習だった。それを詳しく知るためにはソマリア全体を知らねば……というわけで著者はソマリランドに隣接する海賊国家プントランド、戦国南部ソマリアにまで足を運ぶ。
今回の作品は、これまでの著者の本のなかで最も分厚い。そのぶん調査はいつもより綿密で深く、まるで現地に同行しているような臨場感が味わえる。ソマリ人たちは夕方をすぎるとみんなが「カート」という草を食べて宴会をする(マリファナとは違い、アッパー系で覚醒作用があるらしい)。著者はこれにハマってひたすらカートをやりまくる。現地では酒と変わらないのである。ぐだぐだになりそうなものだが、結果的に取材はどんどんディープになっていき、プントランドではソマリ人たちとカートをやりながら本気で海賊になる計画を立て、リアルな収支見積もりまで出す始末。治安が最悪な南部ソマリアもカートの力でなんとか乗り切り、現地人たちともカートの力で親睦を深めていく(カート最高!)。最終的に、著者はソマリランドだけではなくソマリ人全体について深い理解と共感を示すようになる。 西欧型資本主義社会が解決できない問題を、民族の伝統が解決していた! という話は文化人類学の本などでありがちなパターンだが、ソマリランドのようにそれが独自進化して複数政党制の民主主義になっているケースはかなり特殊だろう。さまざまな条件がからまり偶然生まれた奇跡的な国家、それがソマリランドなのだ。西洋民主主義、資本主義、国家、戦争、あらゆることを再考させられる「読む異文化交流」。
・『ゲンロンサマリーズ』ePub版2013年4月号
・『ゲンロンサマリーズ』Vol.1〜Vol.108全号セット


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