ゲンロンサマリーズ(9)『ネットと愛国』要約&レビュー|峰尾俊彦

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初出:2012年8月3日刊行『ゲンロンサマリーズ #21』
安田浩一『ネットと愛国──在特会の「闇」を追いかけて』、講談社、2012年4月
レビュアー:峰尾俊彦
 
 
 
要約
在特会の活動 ● 本書は、会員1万人を超える保守系市民団体「在日特権を許さない市民の会」(「在特会」)の実態に迫った本である。 ● 在特会は、過激な街宣活動を特徴としている。2009年の、チーム関西による京都朝鮮学校への妨害活動は逮捕者を出した。 ● また、動画のアップロードやユーストリームでの生中継といったネットメディアを活用することでその支持を集めた。 ● なかでも在特会による過激な活動を撮影した動画は多くの再生数を稼ぎ、ネットユーザーから賞賛を受けた。
在特会の誕生 ● 在特会の会長は桜井誠(1972年生、福岡県出身)。桜井は朝鮮問題について発言するブロガーとしてキャリアを出発させる。 ● その後彼は、保守系論客として「チャンネル桜」などのメディアで活躍し、ネット界でカリスマ的存在となった。 ● 2007年に、桜井が主催する勉強会のメンバーを中心に運動のための市民団体として在特会が結成された。 ● 結成の背景には、ネットでは飽き足らずオフラインでの団結と活動を求めるネット右翼たちの存在があった。 ● 在特会の予算は部外者からの「草の根」的なカンパで賄われており、持ち出しで活動する会員も多い。   在特会の系譜 ● 在特会の街宣手法は、「主権回復を目指す会」の西村修平(1950年生)の影響を受けて形成された。 ● 西村は元毛沢東主義者の保守系活動家で、その体を張った過激な抗議活動はネット上で有名になった。 ● その手法は在特会をはじめ「排害社」や「日護会」など他の団体にも受け継がれ、「行動する保守」という潮流を作り上げた。 ● しかし在特会は、動員力の高さを評価されながらも、既成右派から差別主義的であると批判され孤立を深めつつある。   在特会に加わる理由 ● フジテレビ抗議デモが大成功するなど、市井の人々にも反韓感情は広く薄く浸透しており、その感情が在特会の背景をなしている。 ● 在特会の入会者は、ごく普通の人々。若者が、在特会の動画によって政治に関心を抱くようになる。 ● 20代の若者やOLも街宣活動に参加。「奪われた」と感じる彼らの不全感が、運動への動機となっている。 ● 非正規雇用者にとって、マスコミや公務員と共に特権を持つ存在として在日は標的となる。 ● その意味で在特会は、革新性と大衆性を備えた例外的な運動であり、不全感を持った人々を救う受け皿となっている。
レビュー
 ここ数年、2ちゃんねるなどの日本のネット空間において「ネット右翼」や「嫌韓厨」と呼ばれる人々によるヘイトスピーチが跋扈ばっこしている。そしてそのような言説を、ネットだけに留めず現実の草の根社会運動として発信し多数の支持を集めているのが、「在日特権を許さない市民の会」(「在特会」)である。ネットや社会運動の現場において注目を集めている彼らの存在を、私たちはどのように受け止めるべきなのだろうか。  本書は、在特会をレイシスト集団として全否定するのではなく、その只中に飛び込んだ視点から記述しようとする優れたノンフィクションである。著者の安田は過激な活動を行う在特会のメンバーに直接取材を敢行し、在特会の実態を描いていく。そこで安田が問いかけるのは、果たして私たちは在特会をそう簡単に切って捨てることができるのだろうか? ということだ。  在特会の活動は、ある意味では純粋な市民運動らしい市民運動である。在特会は運動に関心のなかったごく普通の人々を数多く動員し、左右問わず他の運動体では達成できなかったような大衆的な成功を収めた。その成功の理由は、ネットを駆使し過激な街宣活動の動画をアップロードして支持を集めていくという「草の根的」な宣伝戦略によるものであると同時に、左派も右派も見失ってしまったラディカルさを得ることで、普通の人々の不全感を見事にすくい上げていることにもある。安田も指摘しているように、そこにはかつての社会運動が担い、人にコミットメントを促した〈革命と連帯の夢〉がある。その意味で、在特会の主張や活動への拭い切れない違和感と、運動に生きがいを見出すメンバーへの共感というアンビバレントな感情が滲む著者の筆致は、この在特会の「厄介さ」を見事に映し出すものとして読者に迫ってくるだろう。
 
 『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
『ゲンロンサマリーズ』ePub版2012年8月号
『ゲンロンサマリーズ』Vol.1-Vol.108全号セット

峰尾俊彦

1985年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。文学研究。「東浩紀のゼロアカ道場」に参加。『ゲンロン』にて共同討議「現代日本の批評」の構成を担当。
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