ゲンロンサマリーズ(7)『統治・自律・民主主義』要約&レビュー|斎藤哲也

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初出:2012年11月2日刊行『ゲンロンサマリーズ #45』
宮台真司監修、現代位相研究所編『統治・自律・民主主義──パターナリズムの政治社会学』、NTT出版、2012年9月
レビュアー:斎藤哲也
 
 
 
要約
本書のスタンス ● 「パターナリズムからは逃げられない」というのが、本論集のスタンスである。 ● このスタンスには、適切なパターナリズムの必要性を説く立場と、パターナリズムはつねに人々の自由や可能性を奪う危険性があるという二種類の立場がある。
パターナリズムをどのように批判するか ● 第1章では、思想史の展開を整理した上で、マイケル・ウォルツァーの議論にホネットの概念を組み込むことで、社会批判の可能性を展望する。 ● ウォルツァーは〈非自発的なアソシエーション〉による束縛を絶対視するが、ホネットはその束縛や思考自体を疑問に付す社会批判の可能性があることを示している。 ● その実践例として、第2章では、1950年代の「山びこ学校」が取り上げられる。 ● 「山びこ学校」の実践は、教師によるパターナルな働きかけによって、子供たちに「批判」のエートスが生じるという逆説が興味深い。   市民社会・地方を包摂する政府 ● 第3章では、パターナリズムの視点から、日本の「市民社会論」が問い直される。 ● 「労働組合運動」と「革新自治体」によって盛り上がりを見せた「市民社会」は、保守勢力によるパターナリスティックな「政治」の力によって「包摂」・解体された。 ● 第4章は、「国土の均衡ある発展」から「地域の構成ある発展」へと転換していく「観光政策」の変遷を辿りながら、現代日本の国家と社会の関係を問う。 ● この転換は、国会の責務の実質的な切り下げであるが、住民が居住地域に愛着を持つには、それ相応の国策(適切なパターナリズム)を求めるべきだ。   成熟のための憲法教育 ● 第5章では、「近代の遺産」を生かす方策として、ルーマンの教育システム論を手がかりに、「憲法教育」の必要性をパターナリスティックに提示する。 ● 憲法教育とは、憲法学や人権論を学ぶことにより、一人の人間が「人権の新しい可能性」を切り開く存在であることを意識できる「個人の成熟」を目的にする。   ブルデューの対抗的パターナリズム ● 第6章は、政治的無関心を素材にして、ありがちな大衆批判や「無関心でいる自由」論とは異なるブルデューの立場を描く。 ● ブルデューは政治的無関心を政治的疎外として捉え直し、教育改革を通じて「上」からの対抗的パターナリズムを主張・実践した。   政治思想がはらむパターナリズム ● 第7章では、リベラリズムの教育論が抱え込むパラドックスを解決する方策として、コミュニティの自律を重視する「政治的リベラリズム教育」と、個人の自律を重視する「包括的リベラリズム教育」を紹介する。 ● 両者の対立を検討するとは、多元的社会で公共空間を創出する主体は、市民社会であるべきか、国家であるべきか、という政治哲学的問いが浮上する。 ● 第8章では、トクヴィル、プラトン、ルソー、ミルの議論を参照して、民主制の可能性の条件が検討される。 ● 我々がミルから学ぶべきは、現下のパターナリズムがいかに有用であろうと、それらに異議申し立てをする自由を手放してはいけないということである。
レビュー
 本書は、社会学者・宮台真司監修のもと、その弟子にあたる堀内進之介、鈴木弘輝が中心となって編纂した論集である。主題となっているパターナリズム研究が重要な理由について、宮台は以下の2点を「解題」で挙げている。「第一は、グローバル化即ち〈資本移動の自由化〉への妥当な政治的対処と、民主主義の政治体制(民主側)とが、両立しがたくなっていること」。「第二は、日本が民主制にとって必要な社会的条件を満たさないということ」。その含意するところは、民主制を適切に機能させるパターナリズムは、現在の日本においては不可避であるということだ。  収められた八つの論文は、「パターナリズムからは逃れられない」という問題意識を共有しながらも、扱う素材やパターナリズムに対する価値評価はそれぞれ異なっている。だが、八つの論文のうちの半分が教育をテーマにしていることは注目すべきだろう。複数の論文で指摘されているように、教育の場ではつねにパターナリズムによって自律を促すというパラドックスがつきまとう。この困難に対して、各論者がいかなる診断を下し、どのような処方箋を提示しているかが本書の一つの読みどころになっている。  聞くところでは、パターナリズムは、ロースクールの入試問題で頻出の分野であるらしい。本書はあくまで社会学的なパターナリズム研究であるが、今後は、法学的な議論とも接続されていくことを期待したい。第5章の鈴木論文はその貴重な試みといえるだろう。
 
 『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
『ゲンロンサマリーズ』ePub版2012年11月号
『ゲンロンサマリーズ』Vol.1-Vol.108全号セット

斎藤哲也

1971年生まれ。人文ライター。人文思想系、社会科学系の編集・取材・構成を数多く手がける。著書に『試験に出る哲学──「センター試験」で西洋思想に入門する』『もっと試験に出る哲学──「入試問題」で東洋思想に入門する』『試験に出る現代思想』(NHK出版新書)、『ちくま現代文記述トレーニング』『読解 評論文キーワード』(筑摩書房)など。編集・構成に『ものがわかるということ』(養老孟司・祥伝社)、『中国哲学史──諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』(中島隆博・中公新書)、『哲学用語図鑑』(田中正人・プレジデント社)、『新記号論』(石田英敬、東浩紀・ゲンロン叢書)ほか多数。2024年4月10日に編著『哲学史入門Ⅰ』(千葉雅也、納富信留、山内志朗、伊藤博明・NHK出版新書)を刊行。
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