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    「訂正」のひと、ボブ・ディラン──浦沢直樹×東京ボブ・ディラン×東浩紀「ボブ・ディランとはだれか」イベントレポート

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    webゲンロン 2023年7月24日配信 2023年7月25日更新(セットリスト追加)
     たったひとりの音楽家について、7時間半をかけて語り尽くすイベントが行われた。タイトルは「ボブ・ディランとはだれか」。案内役を務めたのは、漫画家の浦沢直樹と、本家公認の「なりきりディラン」として知られる、東京ボブ・ディラン(以下、東ボブ)だ。 
     浦沢は『ディランを語ろう』(小学館、和久井光司との共著)という著作があるほどのディランマニアで、今年行われた来日公演では、東京のみならず大阪公演にまで足を伸ばしたという。東ボブは、池袋でボブ・ディランバー「Polka Dots」を運営するミュージシャンで、ディランのトリビュートアルバムに参加した経験ももつ。この生粋のディランマニアふたりの聞き手を、東浩紀が務めた。 
     権利の都合上、アーカイブ動画ではディランの音源、およびふたりの生演奏の音声はカットされている。しかしボブ・ディランを語ることを通して、アメリカ社会の変遷について、あるいは浦沢にとっての創作の原点について知ることができるたいへん貴重なイベントになった。また、記事末尾には放送された音源、演奏のセットリストを掲載した。後述のプレイリストとあわせて、ぜひ聞きながらアーカイブ動画もお楽しみいただきたい。(ゲンロン編集部) 
      
    浦沢直樹×東京ボブ・ディラン×東浩紀「ボブ・ディランとはだれか」 
    URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20230713a
     ディラン入門講義は、浦沢の手書きのテクストとイラストからなる原稿「BOB DYLAN の大冒険」をもとに進行した。この原稿は、『ディランを語ろう』に収録されたものをベースに、なんと浦沢がこの日のために再構成したものだった。 

     それだけでなく、浦沢はこのイベントにあわせてふたつの楽曲プレイリスト『浦沢直樹の “はじめてディラン” -Bob Dylan入門-』と『浦沢直樹の “ずぶずぶディラン” -Bob Dylan探究-』を編んできた。これだけでもボブ・ディランにかける熱意が伝わってくる。浦沢が語り、東が問いかけ、東ボブが補足し歌う。その7時間以上のボブ・ディラン講義を要約することは到底かなわないが、ここでは印象的なトピックをひとつだけ紹介したい。1960年代のディランの有名な「転向」とその解釈についての議論だ。 

     

     ミネソタ州ダルースに生まれたボブ・ディラン(出生名:ロバート・アレン・ジマーマン、のち本名をボブ・ディランに改名)は、1961年、20歳のときにニューヨークに降り立った。グリニッチ・ヴィレッジのカフェで歌い始めたディランはたちまち人気者になる。 

     グリニッチ・ヴィレッジはマンハッタンにある地区の名称で、1960年代には音楽家、美術家、作家たちが集うカウンターカルチャーの中心地として栄えていた。そんななかディランは1963年、キング牧師の演説「I Have a Dream」が行われたことでも有名な人種差別撤廃デモ「ワシントン大行進」の舞台で演奏を果たす。 

     そこで演奏された曲のひとつが、代表曲「風に吹かれて」だ。東ボブは「この曲をじっさいに歌うと、ディランがいかに歌が上手いのかがわかる」と語る。韻を巧みに使ったリズムは歌っていると気持ち良くなるほどだが、どうしてもディランのようには歌えないという。浦沢も「この曲を最後まで上手に歌えているカバーを聞いたことがない」と重ねた。いずれにせよ、このワシントン大行進の頃から、いまなお根強く残る「プロテストソングの旗手」としてのディランのイメージが形作られていった。 

     しかしディランは次第に、こうした「時代の代弁者」としての自身のイメージと決別していく。浦沢によれば、決定的だったのがワシントン大行進のおよそ3ヶ月後に起きた、ケネディ大統領の暗殺だ。グリニッチ・ヴィレッジを中心とした反体制運動、その中心人物とみなされていたディランは、「次は自分の番だ」と悟ったのだという(じっさい1960年代後半にかけて、キング牧師、マルコムXら、公民権運動の中心人物たちが立て続けに暗殺されている)。 

     くしくも同時期に、ビートルズ、ローリング・ストーンズをはじめとしたイギリスのバンドが全米を席巻する「ブリティッシュ・インヴェイジョン」が起こる。もともとロックンローラーだったディランはこれにも強く刺激された。ケネディ大統領の暗殺とブリティッシュ・インヴェイジョン──このふたつの出来事をきっかけにディランは大きく音楽スタイルを変え、それまでの運動とも距離を取った。フォークギターをエレキギターに持ち替え、バックバンドを従えるようになったディランを、従来のフォークファンは裏切り者の意を込めて「ユダ」と呼んだ。 

     浦沢が強調したのは、誰かを指差して批難することが、いつか自分に返ってくると悟ってスタイルを変えたディランの鋭さである。20代前半にして、神輿に担がれるまま反体制運動の中心になった若者が、そこから距離を取るのは並大抵のことではないと浦沢はいう。これに東は同意する。昨今、集団で誰かを批難することは、SNS上でつねに行われている。そのなかで、「いつか自分に返ってくるかもしれない」という想像力を働かせられるひとは少ない、と東は重ねた。

     浦沢は東の新著のキーワード「訂正」を例に、「朝令暮改という言葉を僕は悪いと思わない。訂正はそのひとの成長のことだから。ディランはまさに訂正のひとだ」と語った。芸名だった「ボブ・ディラン」をのちに本名にしてしまったところなども、このあり方にかかわるかもしれない。これを聞いた東は、ディランだけではなく浦沢にも似たところがあると指摘する。「考えてみれば、『20世紀少年』は過去を訂正しようとする作品です。そして、ディランを訂正のひととしてぼくに勧めようと考えた浦沢さんの洞察力は天才的だと思います」と東は結んだ。 

     60年にわたるディランの軌跡を、50枚にも及ぶアナログレコードと、浦沢の軽妙なイラストとテクスト、そして東ボブによる本家さながらの「再現」によって辿ることができるイベントだった。ボブ・ディランという音楽界のレジェンドが、一晩で身近に迫ってくる──そんな体験をしたいかたはぜひアーカイブ動画をご視聴いただきたい。(江上拓)

    セットリスト

    No.曲名アルバム名生演奏プレイリストタイムスタンプ
    1.Maggie's FarmBringing It All Back Home

    ずぶずぶ0:39:25
    2.Like a Rolling StoneBefore the floodはじめてずぶずぶ0:54:50
    3.Girl from the North CountryThe Freewheelin' Bob Dylan

    はじめてずぶずぶ1:16:30
    4.It's Alright, MaBringing It All Back Home

    3:10:40
    5.Lay, Lady, LayNashville Skylineずぶずぶ3:58:20
    6.If You See Her, Say HelloBlood On The Tracks

    4:24:32
    7.One Too Many MorningsHard Rain

    はじめてずぶずぶ4:35:30
    8.Gotta Serve SomebodySlow Train Comingずぶずぶ4:52:44
    9.JokermanInfidelsずぶずぶ5:06:31
    10.Tangled up in BlueBlood On The Tracks

    ずぶずぶ5:41:30
    11.Not Dark YetTime Out Of Mindはじめてずぶずぶ6:07:49
    12.Series of DreamsThe Bootleg Series Vol. 1-3 1961-1991はじめてずぶずぶ6:21:00
    13.Blowin' in the WindBefore The Flood

    はじめてずぶずぶ7:28:36

    浦沢直樹×東京ボブ・ディラン×東浩紀「ボブ・ディランとはだれか」 
    URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20230713a

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