隠された書物の歴史を追え!──山本貴光×仲俣暁生「魅惑の書物変身術」イベントレポート

シェア
ゲンロンα 2021年1月14日配信
 マルジナリア。 
 本の余白に書き込まれたメモなどのことだ。2020年7月に出版された『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』では、古今東西のマルジナリアが紹介されながら、その奥深い魅力が紹介された。著者は書評家でゲームクリエイターの山本貴光。このたび、ゲンロンでは著書の山本を招いて、マルジナリアの魅力に迫るイベントを開催した。対談相手は、同書を高く評価した編集者・ライターの仲俣暁生。マルジナリアから見える、書物と読書の奥深い世界に迫ってみよう。(ゲンロン編集部)

マルジナリアから見える読書の方法


『マルジナリアでつかまえて』の著者である山本貴光は、自身も熱烈なマルジナリアン(マルジナリアをする人のこと)であり、著書である『文学問題(F+f)+』や『「百学連環」を読む』は、そのマルジナリアの成果が生かされた本だという。山本は夏目漱石の『文学論』や西周の『百学連環』の古本を何冊も買い、何年間も書き込みをしながら読み込んでいったという。 

 元々、山本は本の表紙に指紋が付くのさえ嫌い、マルジナリアはしていなかった。しかし、読書中に思いついたことをすぐ忘れてしまうため、だんだんとマルジナリアを始めるようになり、そこから山本のマルジナリアンとしての人生が始まった。現在では、すべての本に書き込みをするようになり、小説でさえ書き込みながら読むという。イベントでは、実際にメモが書き込まれた小説の写真も披露されたが、そこで山本は、気になった表現や登場人物の関係性をチェックしつつ、小説の物語を構造化するような書き込みをしている。 

 
 

 その書き込みに驚いたのが対談相手の仲俣だ。仲俣は、若い頃はマルジナリアを行なっていたが、いつしかしなくなった。一冊を書き込みしながら細かく読んでいくというより、さまざまな本を同時に読みながら、全体との関係の中でその本を考える読書を行なっているからだという。仲俣の文学評論『極西文学論』もそのような方法論で書かれている。その上で、山本がプログラミングに関わっていたことも踏まえながら、山本はプログラミングで物事を構造化するかのように、難解な書物を読んでいるのではないかと指摘した。 

 

古今東西のマルジナリア


 マルジナリアには人びとの読書の方法が隠れている。山本はその実例を、スライドを使いながら紹介した。古今東西、多くの文豪や思想家がマルジナリアンだったというのだ。スライドではハーマン・メルヴィルやニュートン、モーパッサン、夏目漱石などのマルジナリアが映し出されたが、それらはどれも特徴的である。本文に対してコメントするもの、誤植を直すもの、自分自身の著作にさらに書き足すものなど、マルジナリアと一口で言っても実に多くのやり方がある。検閲で削除された部分を復元するために書き込まれたマルジナリアの例もある。 

 
 

 続いて、中世ヨーロッパなどの古い本に見られるマルジナリアも紹介された。ものによってはいろいろな人が何重にも書き込みを加えた跡が見られ、すごい量が書き込まれている。仲俣によれば、古い書物は書き込みができるよう、大きく余白が取られていたという。現代では本に書き込みをするひとは少数派かもしれないが、書物史をたどっていくと、マルジナリアはよく見られるものだったのだ。その上で仲俣は、書物を入力と出力を兼ね備えたインターフェースのようなものだと表現した。たしかに、山本のスライドで紹介された中世ヨーロッパの本の書き込みなどを見ると、それは今、私たちが考えているような書物の姿とは大きくかけ離れていることがわかる。西洋では長らく、本は入力を兼ねたデバイスだった。本を出力に特化したものと捉える価値観は、本が消費財化した現代に特徴的なものだと仲俣はいう。 

 

マルジナリアから書物と人間の関係を考える


 トークは、マルジナリアから出発し、そもそも山本や仲俣がどのように書物を読んできたのかという話にも展開した。本の内容はよく話題になるが、それがどのような環境で、どのような姿勢で読まれてきたのかについてはほとんど触れられない。歴史的に本が果たしてきた役割を考えるうえで、重要なヒントがマルジナリアにはあるのではないか。仲俣は、編年的にマルジナリアを追うことで、新たな読書史が浮かび上がるのではないかと述べ、マルジナリアの研究やアーカイブ化が必要だと提案した。また山本の本に刺激され、マルジナリアに再度挑んでみたいという。 

 
 

 ふたりはともに「読む」という行為に興味があるという。誰もが日常的に行なっている一方で、その実態はよくわからない「読む」という営み。今回のトークにはその謎に迫るためヒントが散りばめられていたのではないだろうか。 


『マルジナリアでつかまえて』は「本の雑誌」での人気連載をまとめたものだが、現在でも連載は続いており、今後も書籍化を予定しているという。書物の隠された歴史を明かすマルジナリア。今後も、どのようなマルジナリアが生み出され、発掘されていくのか、大注目である。(谷頭和希) 

 こちらの番組はVimeoにて公開中。レンタル(7日間)600円、購入(無期限)1200円でご視聴いただけます。 
 URL=https://vimeo.com/ondemand/genron20210106 

 
 

 


山本貴光×仲俣暁生「魅惑の書物変身術──『マルジナリアでつかまえて』刊行記念」 
(番組URL= https://genron-cafe.jp/event/20210106/

 

    コメントを残すにはログインしてください。