『ブルーピリオド』徹底解剖!──山口つばさ×齋藤恵汰×さやわか「『ブルーピリオド』と美術、フィクション、マンガ」イベントレポート
ゲンロンα 2020年8月14日配信
『ブルーピリオド』は“文化系スポ根マンガ”?
イベントは、齋藤のプレゼンからスタート。齋藤は、『ブルーピリオド』をスポ根マンガの系譜に位置付け、そこでどのように美術が描かれているのかを説明する。 日本では、スポ根マンガと”プロ”という制度が密接に関係している。多くのスポ根マンガではプロを目指して特訓をする主人公が登場するし、それは『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)や『ヒカルの碁』(ほったゆみ・小畑健)のように実際のスポーツを扱っていなくとも共通する特徴である。そんな中、『ブルーピリオド』は「美術」という文化の世界で“プロ”を目指す物語である。 しかし、スポーツとは違って美術の世界では「なにがプロか?」という問いは非常に難しい。作品の市場での価値と、アカデミズムで評価される尺度が乖離しており、その中で様々な評価軸が入り乱れているからだ。つまり、美術においてプロを考えることは、美術そのものを考えることに等しい。したがって、スポ根的に美術の世界を描くとは「美術とはなにか?」を突き詰めて考えることを避けられず、実際に『ブルーピリオド』はそこに迫っていると齋藤は指摘する。 山口は連載開始時を振り返りながら、『ちはやふる』(末次由紀)のような文化系スポ根マンガの影響もあって、最終的に『ブルーピリオド』の方向性が決まったと述べた。 さやわかは同作について、「こうすれば藝大に受かる!」という『ドラゴン桜』(三田紀房)のような「自己啓発」マンガではなく、真の意味で「美術とはなにか」ということをロジカルに突き詰めて考えている姿勢があると評価する。そこでは美術は、一人の天才が天啓を受けて制作する神秘的なものではなく、背後に確たる作家のロジックや思考が存在するものとして描かれている。作品制作をロジカルに捉える姿勢は、作中の美術描写だけでなく、山口のマンガ家としての制作の姿勢にも通底している、とさやわかは付け加えた。そのような問題意識を踏まえ、イベントはさやわかのプレゼンへと移っていった。
批評家が作品を語ること
さやわかのプレゼンは「骨のこと」「大ゴマのこと」「髪の毛のこと」「異性装のこと」「主人公像のこと」など、『ブルーピリオド』の細かい描写・設定などを他作品なども参照しながら山口に問い、その作家性を浮き彫りにするものだった。 例えば、『ブルーピリオド』では、作中の重要なコマで人物の手の骨が強調して描かれる。これはアニメやマンガの表現では珍しい。この表現の背後には、美大出身の山口が、日常的に人物のデッサンなど行っていた影響があるのではないかと指摘した。 話題は『ブルーピリオド』の細部から山口の作家としての姿勢まで及び、マンガを描くための実践的な知識へ展開された。実は山口は、さやわかが主任講師を務める「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」で来年4月にゲスト講師を務めることが決定しており、その講義の前哨戦ともいえるような濃密な質疑が繰り広げられた。マンガ家の実践的な知識に興味がある人は、ぜひやりとりを動画で見てほしい。 やりとりのなかで興味深かったのは、さやわかが指摘する『ブルーピリオド』の特徴の多くを、山口自身はあまり意識せずに描いていたということである。もちろん意識して描いたものや、さやわかが指摘する理由とは異なる理由によるもあるのだが、逆にさやわかの指摘に山口自身が納得する場面もあり、批評家が作品を批評することの面白さや意義がよく分かるイベントだった。 また、齋藤とさやわかの饒舌ぶりに乗せられてか、『ブルーピリオド』第1話と、『最強伝説 黒沢』(福本伸行)の意外な関係性など、今まで語らなかった裏話も語られることになった。普段のインタビューではなかなか聞き出せないそのような本音は、齋藤とさやわかだからこそ聞き出せたのだろう。視聴者からの質問コーナーでは、日本における博物館/美術館の制度、原画展の問題などが議論される場面もあり、作品の今後の展開を思わせる話も引き出された。 イベントの終わりで山口が「いつもは話さないようなことも話せた」と述べるなど、本音でのトークがウリとなっているゲンロンカフェらしいイベントとなった。ここでしか聞けない裏話も満載の3時間を、ぜひ動画で確認してほしい。 『ブルーピリオド』は9月に単行本最新第8巻が発売される。山口が「美術とはなにか」というテーマにどのような答えを出すのか。今後の展開から目が離せない。(谷頭和希) こちらの番組はVimeoにて公開中。レンタル(7日間)600円、購入(無期限)1200円でご視聴いただけます。 URL=https://vimeo.com/ondemand/genron20200810