なぜバンコクのデモ隊がハム太郎を歌うのか?──プラープダー・ユン×上田洋子×福冨渉「コロナ禍から見るタイ社会」イベントレポート

ゲンロンα 2020年8月7日配信
コロナ禍における世界の状況と文化の問題について、現地の識者と議論する大反響のシリーズ「コロナ禍の世界から」。第1回はドイツ滞在中の歴史学者・高橋沙奈美、第2回はテルアビブ大学の山森みかに出演をいただいた。第3弾は『新しい目の旅立ち』が好評のタイの作家プラープダー・ユンとゲンロンカフェをつなぎ、ゲンロン代表の上田洋子、『新しい目の旅立ち』の訳者である福冨渉(7月よりゲンロン編集部所属)の2人が聞き手となった。
日本でもTwitterで一躍話題となった「ハム太郎をシンボルに行進する若者のデモ」の映像。なぜそのような奇妙な社会運動が起こったのか。前半では福冨のプレゼンをもとに現代タイの歴史と社会運動の展開を学び、後半はプラープダーから最新の情勢を聞いた。(ゲンロン編集部)
動乱のタイ現代史


反タックシン派と軍事政権
2011年の選挙では、タックシンの妹インラック・チンナワットが率いるタイ貢献党が過半数を獲得し、インラックは首相の座についた。しかし、その政策に反対する反タックシン勢力が、こんどは、2014年1月、「バンコク・シャットダウン」と呼ばれる大規模デモを展開することになった。主要な幹線道路を封鎖し、交通機関を麻痺させることで、国内には多大な混乱が引き起こされた。この混乱を鎮めるという名目で軍が出動し、鎮圧ののち、ふたたび軍事政権が樹立される。 デモを起こした黄服派と軍は裏でつながっており、これらの動きはいずれも、政権を奪取するための茶番にすぎなかったのだ。このようにして、2014年に、事実上現在まで続く軍事政権が誕生することになる。


コロナ禍とタイ社会
そして2020年、タイはこうした動乱の政治状況の中で、新型コロナウイルスに対面することになった。 タイで初めての感染者が見つかったのは1月12日のこと。政府の対応に不満の声があがる一方で、2月21日に憲法裁判所から前述の新未来党の解党が命じられる。資金調達の違法性が名目とされたが、支持者は不当な弾圧と捉え、若者のあいだに不満が溜まり始める。 3月には日本と同様、マスクやアルコールジェルが品不足に陥った。政府関係者によるマスクの買い占めや転売が発覚すると、民衆のあいだでさらなる不満が蓄積。ドイツに住み帰国しないラーマ10世への悪評も高まり、「国王は何のためにいる?」というハッシュタグが拡散され、ツイッターのトレンドに入るようになった。福冨によれば、このような現象は2019年以前には「ありえなかった」という。不敬罪の取締りが、コロナ禍のもとでこれまでより緩やかになっているらしい。


アイコンとしてのハム太郎
日本で話題のハム太郎デモは、このような背景のなかで生まれた。では、なぜハム太郎なのだろうか。


作家が見たタイ
以上がイベント前半。後半ではバンコク在住のプラープダー・ユンがSkypeを介して出演し、最新の状況を語ることになった。まず、タイにおけるコロナウイルス感染拡大と非常事態宣言下において、プラープダー自身の生活にどのような変化があったのか、現地の状況を話してもらった。 論点はそこから、コロナ禍における若者たちの運動へと移った。プラープダーは、民主主義と自由主義が根付かず、同様の問題を繰り返すタイの社会にマイナスの感情を抱きながらも、若者たちの訴えやそのスタイルに希望を持っているという。若年層が自律的にデモを行うのはタイの歴史上初めてとも言えることだ。1973年生まれの自身や、それより前の世代の方法論を踏襲することなく、前世代の人間たちから先導や指示をされることもなく、自分たちが興味をもつことができる、自分たちなりの新たな運動を生み出しているところに、可能性を見ているそうだ。
プラープダー・ユン×上田洋子×福冨渉「コロナ禍の世界から#3 コロナ禍から見るタイ社会 ──「ニュー・ノーマル」の文学・政治・自由」
(番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20200730/)
