藤井太洋×小川哲「現実が変えるSF、未来を変えるSF──ポストコロナ時代のSF的想像力」イベントレポート

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ゲンロンα 2020年7月12日配信

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の登場は世界を大きく揺るがした。その登場はパンデミックをテーマにしたSF作品よりは劇的ではなかった。それでも社会に急激な変化をもたらし、今までとは違う生活様式が浸透した。2020年7月現在、我々はなんとか普段どおりの日常を送り始めているように見える。しかし、日常と非日常が常に入れ替わる生活は、私たちの精神と身体感覚や衛生観念に、COVID-19以前とは全く異なる負担を負わせている。  SFは、この変わってしまった世界をどう描いていくのか。SF作家の藤井太洋氏と小川哲氏による対談から見えてくる、SF作品の未来とは。(編集部)  ※本イベントのアーカイブ動画は、Vimeoにてご視聴いただけます。本記事の内容に関心を持たれた方は、こちらのリンクからトークの全容をお楽しみください。
   小川は今回の騒動の最初期から、そもそも作家にコロナについて話す権利はあるのだろうか? という疑問を感じていたと語る。新型コロナの発生で生活が変わった人々と変わらなかった人々が存在する。作家は後者だ。作家にとって、家から出ず人に会わないことはもともとの日常だ。変化の実感のない人々がステイホームを唱える事への違和感を小川は語った。  藤井は、人々が感じる「リアリティ」への影響を考えていたと語る。藤井が連載を終えて、単行本にまとめようとしている作品は、新型コロナの発生により設定の大幅な変更を余儀なくされた。この非日常を通り抜けた経験を作品に落とし込まなければ、読者からの共感を呼ぶ事はむずかしいと感じたという。特に、肉体的接触を伴う恋愛の描写には、以前とは違う身体感覚を描くことが求められる。  とはいえ、SFは、そもそも新型コロナ登場以前から現実と異なる世界の物語を描いてきた。SFでは登場人物の身体感覚や恋愛模様を描くためには、筆者の肌感覚に引きずられすぎないことが求められる。その点でSFはコロナの描写に向いていると語る両者。  現実の感染症をフィクションの中でどう扱うか? 変化した点としていない点の取捨選択は、今後どの分野の作品でも重要になっていくだろう。
 

裏切りものを許せるか?人文主義への揺さぶり


 新型コロナを巡る状況を考えるうえで参考になるSF作品として、藤井は、パオロ・バチガルピ『第六ポンプ』、マイクル・クライトン『アンドロメダ病原体』に加えて、SFではないが遠藤周作の『沈黙』を挙げた。『沈黙』は、キリシタン弾圧下の日本を舞台に、信仰とは何かを問う小説だ。  藤井は、社会の一番弱いところがあらわになり、人種差別や弱者へのしわ寄せが世界中で発生した状況を見て、我々の信じていた人文主義が試されていると感じたという。それが、「自身の信仰を踏みにじった裏切りものを赦せるか?」という『沈黙』の問いに響き合うと話した。  小川も、人間が非常事態に自分を保つことの難しさを感じたという。アンチワクチンや陰謀論をたやすく信じてしまう心理は、見通しのきかない非日常のなか、自我を崩壊させないための防衛機制の現れかもしれない。  また、これから現れる海外小説を注視しているという藤井。コロナの影響が大きい地域では、葬式や集会も不可能になり、信仰に根ざした宗教儀式の振る舞いすら変えなくてはならなくなった。精神の奥深くに根ざした概念への影響は、自ずと小説の書き方を変えていく。世界中の作家の反応を、早く見てみたいと語った。
 

作品の賞味期限


 小川は、今回の混乱で、作品をいつ書くかよりいつ読まれるかが重要だと意識したという。小説は、書いてから出版されるまでに1年以上のタイムラグが発生することもある。雑誌に載ったものがまとまり、単行本として売り出されるという構造の脆弱性が明らかになったと小川は話す。いま書いたものをいま読者に読んでほしいと感じたとき、SNSやWEB上での発表の利点を強く感じたという。  藤井は、物理的に紙の本を売る文学フリマのようなイベントが無くなってしまったことが残念だと語る。イベントのように偶然性のある場所は、知らない書物に出会える場所であり、読者の生の反応も直接感じられる。逆にオンラインでは、ファンやそれに近いアンテナを持つ人間にしか情報が届かない。偶然の出会いとレスポンスが起こる場をオンラインで設定するには、テクノロジーの進歩を待たなければならないだろう。  また、作家として、一連のイベント自粛が、若手作家のキャリア形成への悪影響を及ぼすとの懸念もあるという。パーティや業界の集まりで顔を合わせることが、執筆を依頼する編集者と作家双方の心のハードルを下げる。授賞式での偶然の出会いはもちろん、親しい関係性の人々と喜びあうかけがえのなさを、小川も認識したという。  ワクチンが開発され世界中に広まらない限り、大々的に人が集まる場所を再開することは難しいかもしれない。この流れが不可逆な変化として残る可能性もありえる。      質問コーナーでは、創作に関する質問も寄せられ、両者から小説の書き方のアドバイスも語られた。  とくにSFが新型コロナウイルスを予期していなかったのでは、という質問に対する二人の回答は、「読者の想像できないものを作家は書くことができない」という、創作のジレンマを語る内容となっている。こうした葛藤を覗ける機会は少ない。文芸創作に興味のある読者には、ぜひ動画で内容を確認してほしいと思う。(清水香央理)
藤井太洋×小川哲「現実が変えるSF、未来を変えるSF――ポストコロナ時代のSF的想像力」 (番組URL=https://genron-cafe.jp/event/20200707/
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