健康情報は「そっ閉じ」すべき!?──大脇幸志郎×市川衛「医学は自由のためにある」イベントレポート
初出:ゲンロンα 2020年7月5日配信
7月1日(水)、大脇幸志郎『「健康」から生活をまもる』(生活の医療)の刊行を記念し、著者と医療ジャーナリスト・市川衛によるトークイベントが行われた。
新型コロナウイルスの流行により、いままで以上に「健康」の問題が前景化するいま、わたしたちはなにを信じればいいのか。元ゲンロン社員でもある現役医師の大脇が、多くの実例を挙げながら語った。(ゲンロン編集部)
※本イベントのアーカイブ動画は、Vimeoにてご視聴いただけます。本記事の内容に関心を持たれた方は、こちらのリンクからトークの全容をお楽しみください。
自己目的化する「健康・長生き」
イベントは大きく分けて2部に分かれていた。前半では新刊を元にしたプレゼンが行われ、後半はそれを踏まえ、「応用編」にあたるコロナ情報とのつきあい方が議論された。 大脇は東京大学の医学部を卒業後、フリーターを経てコンテクチュアズ(現ゲンロン)に入社した。その後医療情報サイトのニュース記者を経て、現在は医師として勤務しているという異色の経歴の持ち主だ。 現役医学部生当時から、大脇は健康に長生きすること自体が目的になっている状況に、大きな違和感を持っていたという。もちろん、子どもが心配だ、孫の成長を見届けたいなど、目的があって健康でいたい気持ちはよくわかる。けれどもいつの間にか、健康それ自体が目的になって、そのためにああしろ、こうしろと、窮屈な生き方を強いられるようになっていないだろうか。痛風という物語
ここで1問、クイズが出題された。次のうち、重量あたりのプリン体が多い食品はどれ? ①かずのこ ②豚バラ肉 ③ビール ④納豆(※)正解は④。一般にプリン体と結びつけて語られがちな①②③の食品よりも、納豆のほうが含有量が多い。100gあたりの含有量で比べると、ビールは10mg以下なのに対し、納豆は113.9mg。だとすれば、好きな銘柄を避けて「プリン体ゼロ」のビールを選ぶ必要はあるのだろうか。 プリン体は体内で分解され尿酸になる。尿酸といえば痛風の原因という印象を受ける。しかし実際には尿酸値が低くても痛風になることはある。そもそも、食事から摂取される尿酸よりも体内で合成される尿酸のほうが多い。あらためてビール会社のサイトをよく読むと、プリン体ゼロが痛風の予防につながるとは一言も書いていない。 だから大脇は「好きな銘柄を飲めばいい」と断言する。「痛風物語」から生活を守るには余計な情報を入れないこと、見かけたら「そっ閉じ」して取り合わないのが一番なのだ。
うさぎが生んだコレステロール神話
コレステロールも同様だ。 コレステロールといえば動脈硬化の原因というイメージがある。けれどもじっさいはコレステロールを下げても脳梗塞になる。そもそも食事と血中コレステロールの相関は弱く、卵やレバーを我慢したからと言ってさほどの効果はない。だとすれば、がまんすることに意味はあるのか。大脇はここでも「そっ閉じ」を勧める。 ここで市川が、卵とコレステロールが悪者扱いされるようになった経緯を紹介した。じつはこの誤解はうさぎを使った動物実験に由来するという説がある。うさぎに卵を食べさせた結果、血中のコレステロール濃度が増加した。そのために卵やコレステロールと動脈硬化を結びつけるイメージが広がった。けれどもうさぎは草食動物であり、そもそも動物性のコレステロールの調節機能が備わっていない。 草食動物の結果を、人間のような雑食の生き物にそのまま当てはめるのは適当ではない。 2015年には厚生労働省も、食事摂取基準からコレステロールの上限値を撤廃している。しかしいまも、コレステロールをめぐる「物語」は流通し続けているのである。ときめきの魔法
それでは、必要な情報と不要な情報はどう見分ければいいのか。 大脇は近藤麻理恵の「ときめく」ものだけを残すという整理術に触れて、健康情報についても、自分が「ときめく」かどうかを大切にすべきではないかと述べた。自分にとって意味がある情報、自分の行動を変えうる情報だけを取捨選択すべきだということだ。 それに対して市川は、十分な知識がなければ、間違った情報に「ときめく」のではと疑問を投げかけた。市川は「医療の『翻訳家』」を名乗り、メディアを通じた医療健康情報の発信に携わっている。その経験からの心配だ。たとえば昨年(2019年)、紅茶を飲めばインフルエンザが予防できるという噂が広まった。科学的な根拠は十分とは言えないが、多くのひとが「ときめいて」しまった。健康情報を見分けるためには、その情報がなにを目的にして語られているものなのか、本当に根拠があるのかを、一歩踏み込んで考える必要がある。コロナ以降の医学情報
イベントの後半では、新型コロナウイルスにまつわるタイムラインを追う議論も展開された。 大脇は自粛要請や支援金・補助金についてなど、実際に生活にかかわるものを除けば、新型コロナについてさほど知るべき情報はないと断言する。 大脇は情報を最小限まで絞り込むことを強調する一方、市川は感染リスクを最小限に抑えつつ生活を取り戻すための情報の意義を唱える。ふたりとも言葉を濁したのが、著名人の訃報についての評価だ。大脇は、著名人の訃報によって規制強化を求める声が高まったのは不健全だと問題提起する。他方で市川は、確かに遺族などが死因の公表を望んでいない場合、問題となるケースがある一方で、今回の場合は、著名人の訃報がきっかけとなって多くのひとが新型コロナを「自分ごと」として受け止める契機になったと解釈しうるデータもあると指摘する。双方の評価は同じ事象の裏表であり、情報に対する評価の難しさを物語るものだろう。 質疑応答では、「改正健康増進法をどう考えるか」「感染症下では一定のパターナリズムを認めざるを得ないのではないか」など、議論の核心に迫る質問が寄せられた。時間の都合で退出した市川に代わり、最後には筆者(=ゲンロン徳久)が壇上に上がる展開もあった。 ゲンロン時代の大脇を知る筆者としては、どうしても聞きたいことがひとつあった。本書の語り口はじつに穏やかだ。奥様とともにゆったりと等身大の暮らしを送る姿が透けてみえる。正直、うらやましくもある。けれどもそれは、独身で一人暮らしで神経質で、毎食なか卯で和風牛丼を食べていた「上司・大脇」の記憶とはどうも結びつかない。いったいなにが彼を変えたのか? イベント終了後の立ち話によれば、奥様との生活を守りたい思いからということのようだが…。結婚とはそれほど人を変えるものなのだろうか。 ともあれ、イベントの話しぶりからも充実した日々の香りが感じ取れた。気になる方は動画で確認してほしい。(徳久倫康)大脇幸志郎×市川衛
医学は自由のためにある──『「健康」から生活を守る』刊行記念イベント(番組URL= https://genron-cafe.jp/event/20200701/)
(※)当日の放送画面には「枝豆」と表示されたが、正しくは「納豆」。徳久倫康
1988年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。2021年度まで株式会社ゲンロンに在籍。『日本2.0 思想地図βvol.3』で、戦後日本の歴史をクイズ文化の変化から考察する論考「国民クイズ2.0」を発表し、反響を呼んだ。2018年、第3回『KnockOut ~競技クイズ日本一決定戦~』で優勝。