筋トレのように自己を高める 教授に聞く!(5)|西田亮介

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webゲンロン 2024年7月8日配信

 配信プラットフォーム「シラス」と連動した新企画「教授に聞く!」。元大学教授や現役大学教授の配信者による講義中心の教養チャンネルをピックアップし、先生方に講義内容や手応えについて尋ねる連続インタビューです。

 第5弾は、社会学者の西田亮介さん。チャンネル「西田亮介のRiding On The Politics」を開設した思わぬ効用から、シラスを通じて見えてきた大学教授の役割まで、魅力的なお話をいただきました。西田さんは、配信とは能力開発だと語る、その真意とは──。

 また本企画では特別に、記事に合わせて講義動画を丸ごとYouTubeで無料公開中! あわせてぜひお楽しみください。(編集部)

 

【無料シラス】西田亮介のRiding On The Politics「【1枚パワポ解説】#41 与野党攻防!ところで、話題の「政治倫理審査会」とはなにか? 意味はあるのか?」
URL= https://www.youtube.com/watch?v=h5jmIzh0mwY

始めてよかったシラス

──まずはチャンネルを開設するに至った経緯を教えてください。

 

西田亮介 ゲンロンから打診をいただいたことです。基本的に面倒くさいことが大嫌いなのですが、長くお世話になっているゲンロンが作ったプラットフォームということで、二つ返事で引き受けました。

 

──じつはぼく(編集部横山)は、開設が決まった現場に居合わせました。辻田真佐憲さんとのイベントのアフターで、西田さんから「ぼくもやります」とおっしゃっていただいたような……。

 

西田 えっ、本当ですか。まったく覚えていないですが、だとすればその場のノリで言ったのだと思います。基本的にぼくは保守的で、YouTubeもやっていなければVoicyやClubhouse もすぐにやめてしまったたちですから、自分から能動的にはやらなかったでしょう。と、言うと消極的に思われるかもしれないですが、今ではシラスを始めてとってもよかったと思っています(その後、業務で動画撮影、編集、配信まで手掛ける必要が出てきて収録後にYouTubeチャンネル開設しました★1])

 

──シラスではどのような配信を行なっているのでしょうか。

 

西田 ニュース解説とよもやま話、いわゆる雑談がほとんどです。最新回(取材日時点)では政治とカネについて扱いました。それにくわえて、まだ考えとしてまとまっていない、ぼんやりと日々考えていることを語る配信もしています。基本的にはその3本が軸ですね。視聴者のみなさんとZoomを繋ぐこともあり、そのときは質疑応答だけではなく、人生相談なんかも受けていました。ただ個人情報に配慮する必要があったりと結構大変だったので、最近はあまりやっていません。

配信で能力を拡張する

──シラスを始めて感じた手応えと苦労を教えてください。

 

西田 まず手応えについては、明らかに自分の能力が高まった実感があります。「ひとり語り」が得意になりました。最近、ぼくのことを知ったみなさんは「え?前からでは??」と思われるかもしれませんが、案外違います。ちょうど開設がコロナの時期だったので、この能力にはずいぶん助けられました。苦労したことはその裏返しで、最初は虚空に向かって一人で話すことに慣れませんでしたね。それどころか大変な苦痛でした。東さんは異様にひとり語りがうまいので麻痺してしまいがちですが、普段まったく使わない能力を使うのはやはり大変です。

 

──大学の講義も「ひとり語り」と言えそうですが、やはり質が違うのでしょうか。

 

西田 まったく違います。かつてのぼくは講義も講演会も、しっかりパワーポイントを作り、それを進めていくタイプでした。「何かやらかしてはいけない」という意識もすごく強かった。いまでこそアクティブラーニング的な双方向の授業が増え、一方的にしゃべる講義はあまりやらないですが、以前は異常に文字が詰まったスライドを一回当たり何十枚と作っていました。

 けれどシラスをやるようになってからは、資料なしで即興的にしゃべることができるようになりました。講演会ならふらっと現場に行って「マイクどこですか」みたいな感じですね(笑)。やろうと思えば今では大学の講義でも、それがおもしろいかはともかく、また実際にはほとんどしゃべるだけの授業はやっていませんが、何の準備もなく1コマ90分くらいは話し続けられます。

 

──シラスを開設したことで能力が拡張したんですね。

 

西田 そうですね。そもそもぼくは、映像よりも文字のほうが好きな人間なんです。テレビを始めいろいろなメディアに長らく出てきましたが、自分が映像に出てしゃべって動いているのを見るのは、ぼくにとって気持ちのいい経験ではない。だからシラスでも、初期はラジオのように音声だけで配信をしていました。そこに映像をつけるようになったのは、「絶対に映像ありでやったほうがいい」と東さんにかなり熱心に勧められたからです。シラスを始めて、自分だけでは絶対にしないような経験ができました。

 

──「教授に聞く!」の初回で石田英敬さんが、間違ったことを言っていないか毎回映像を見返すとおっしゃっていました。西田さんは自分の動画を見返したりはしないのでしょうか。

 

西田 しないです。ぼくの配信はもっとカジュアルで「間違ってもしょうがないじゃない、人間だもの」というスタンスです。AIだって間違えるわけですし、いわんやハルシネーションの塊である人間をや、と考えています。ちなみに師匠のお一人、宮台真司先生は自分の映像を見直すのが大好きだそうで、いまでも必ずチェックされていると聴きました。ひとそれぞれですね。

人文学と社会科学

──シラスでのひとり語りで、想定している視聴者はいるのでしょうか。

 

西田 正直に言うと、あまり特定の視聴者は想定していないですね。ぼくはひととコミュニケーションをするよりも、自分の能力が拡張することのほうに喜びを見出すタイプの人間なので。

 

──西田さんといえばサーフィンがご趣味で、体を鍛えられているイメージです。シラスも筋トレのような自己研鑽として捉えられているんですね。

 

西田 そうなんです(笑)。そのせいか視聴者にもサーフィンや筋トレ、あとは投資、自己研鑽が好きなひとたちが結構いらっしゃるようです。

 ただ、あまり視聴者層を意識しないとはいえ、配信をしながら気づいたことはあります。それは、シラスユーザーのみなさんは人文学が好きなひとが多い一方で、ぼくが専門とする社会科学との距離は近そうで意外と遠い、ということです。

 だから社会科学的な観点からニュースを分析することで、エビデンスに基づいた知の重要性なんかを視聴者の方々にしっかり伝えていきたいとは思っています。「いまこうなっているのにはこういう理由があって、単にけしからんということでもなく、仕方ないのだ」などと解説していくイメージですね。

 最近の人文学の文脈では「エビデンス主義」は批判されがちですが、ぼくは明らかにエビデンス厨。とはいえ、同じ文系という意味では人文学も社会科学も近いのだから、対立することはないんじゃないかと考えています。

教育者として、配信者として

──このインタビューシリーズは「教授に聞く!」と題されています。西田さんはこの4月から、東京工業大学から日本大学に移られ、准教授から教授になられました。いまはどのようなご心境でしょうか。

 

西田 「一つのゲームが終わった」という感じです。われわれの業界は三つの職階しかなく、それらがある意味明確に分かれています。教授、准教授、そしてその下に助教や講師がいるわけです。ぼくが講演で「やらかしてはいけない」と思っていたのも、テニュア(終身雇用)を取るということが念頭にありました。

 幸いテニュア自体は30代半ばの、業界的にはかなり早い段階で取得できましたが、ぼくの場合そこからが長かった。ようやくゲームをコンプリートできたという感覚です。で、コンプリートしたら、もう飽きたという感じです。ぼくは学部から博士まで慶應のSFC(湘南藤沢キャンパス)出身で、ネット文化と親和性が高かったこともあり、そもそも大学の権威主義的なゲームとは合わないところがありました。だからいまは、コンプリートしたからこそもう興味がなくなりました。これからは自由に何でもできるな、という心境でいます。

 ただそれ以上に、日大に来たという変化のほうが大きいです。正直に言えば、前任校と違って、いま、この大学が第一志望だったという学生は少数派です。そうすると、どこか元気がないというか、まだ20歳弱なのに「挫折した」と思っている学生がたくさんいます。ぼくだって不本意入学だったし、別に慶應に行きたかったというわけでもない。留年もしました。それでみんな駄目なのかというと、まったくそうではない。モチベーションの高い学生たちはちゃんといるんです。いま、元気のない人を励まし、やる気のある人たちに貢献する職業人生はこれはこれでありだなと、この2ヵ月で考えるようになりました。

 さらにいえば、最近は文系のアカデミシャンは、研究者よりも教育者として生きたほうが幸せなのではないかとすら思うんです。大学のあり方はおおざっぱにヨーロッパ式とアメリカ式に分かれていて、ヨーロッパの古典的大学像では教育者としての側面を強調し、アメリカの大学は研究者としての側面を強調します。前者では研究と教育が一体で、後者ではばらばらです。メリットデメリットがあります。前者は研究の効率はいまいちかもしれないが優れた研究者と学生が広く出会うチャンスがあります。後者は教育担当と研究担当を区別し、研究担当教員を重要視し、研究担当教員は専門教育などを中心とします。初年次教育などは教育担当教員が担当します。研究の効率はいいかもしれませんが、一般的な学生は優れた教員との接点が乏しいかもしれません。つまりいま日本で大学人を「研究者」と呼んでいるのは、端的にアメリカ式なわけです。けれどもう一度、ヨーロッパ式の大学や大学人のあり方に目を向けてもいいのではないか。

 たしかに、大学教授のほとんどは研究が好きだから研究者になっています。そうでないと大学院の修行なんてとうてい耐えられないですから。けれど教授になったいま、ぐるっと回って、自分たちは教育者として生きていくべきなんじゃないか、そのほうが自然にはまるんじゃないかなんてことを肌感覚として感じています。いずれにせよ、教育についていろいろと考える契機になっています。

西田さんの新しい研究室。本棚はまだがらんどう

──先ほど西田さんはエビデンスに基づく知をシラスで発信したいとおっしゃっていました。教育者としての立場は、配信者のそれと近いものなのでしょうか。

 

西田 似て非なるものですね。シラスの視聴者はやはりリテラシーが高いというか、少なくとも自分なりの問題意識を持っている方が多いと思います。そうでなかったら、まとまったお金を払ってチャンネルの月額会員になったりしません。それに対していま勤めている大学の学生たちは、まだまだ明確な問題意識自体に乏しく、未成熟な印象が強い。これは環境の問題もあるでしょう。問題意識を持つところから介入が不可欠だという認識はありますが、これは相当難しく、まだまだ試行錯誤中です。

 逆に言えば、シラスは大学とはまた違った、成熟した大人に教養を提供するプラットフォームだという感じがしています。そしてそのあり方は、大学とは違って、ずっとカジュアルで自由で気持ちがいいのかもしれない。でも、良し悪しではなく役割が違う。ぼくはそう考えています。

 

──ありがとうございます。良いお話が聞けました。最後に、チャンネルを初めて見るひとにおすすめの番組を教えてください。

 

西田 「1枚パワポ解説」というシリーズですね。ぼくはシラスで何か企画を立てても、なぜか最後まで到達しないんですよ(笑)。雑談番組のアーカイブも半年で定期的に消してしまう。そんななか、パワーポイントを使って時事を解説するシリーズは50回以上続いていて、しかもアーカイブをぜんぶ残しています。各回、例えば政治倫理審査会は機能しないだろうということも早くから言及していましたが政治資金関係に国葬儀関係、大学関係など結構芯を食ったことも言ってきたはずなので、このシリーズから見ていただくのがおすすめです。

 ぼくは情報やメディアと政治の関係を専門にしつつ、コメンテーター業も長いですし、わりと「何でも屋」みたいなところがあるので、狭義の政治だけではなく、大学の問題、児童手当の拡充、補助金に所得制限をつけるべきか否かなど、さまざまなトピックを扱っています。このシリーズを見ていただければ、時事問題の解説を幅広く抑えることができるはずです。

2024年6月12日
東京、日本大学三軒茶屋キャンパス
聞き手・構成=編集部
 


★1 「西田亮介研究室夜店YouTube編」。URL= https://www.youtube.com/@NishidaRyosuke

 

【無料シラス】西田亮介のRiding On The Politics「【1枚パワポ解説】#41 与野党攻防!ところで、話題の「政治倫理審査会」とはなにか? 意味はあるのか?」

西田亮介のRiding On The Politics
URL= https://shirasu.io/c/ryosukenishida

西田亮介

1983年京都生まれ。日本大学危機管理学部教授/東京工業大学リベラルアーツ研究教育院特任教授。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同政策・メディア研究科助教(研究奨励Ⅱ)、(独)中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て、2024年4月日本大学危機管理学部に着任。現在に至る。 専門は社会学。著書に『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)『ネット選挙——解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)『情報武装する政治』(KADOKAWA)他多数。
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