建築は、雑多で不純でおもしろい 教授に聞く!(4)|五十嵐太郎

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webゲンロン 2024年6月6日配信

 配信プラットフォーム「シラス」と連動した人気企画「教授に聞く!」。元大学教授や現役大学教授の配信者による講義中心の教養チャンネルをピックアップし、先生方に講義内容や手応えについて尋ねる連続インタビューです。

 第4弾は、建築史がご専門の五十嵐太郎さん。チャンネル「建築系勝手メディアver.3.0」で進行中の企画や、建築を学ぶことの魅力についてお聞きしました。五十嵐さんは、建築は「とても不純なジャンル」だと語ります──。

 本企画では特別に、記事とあわせて1回分の講義動画を丸ごとYouTubeで無料公開中です! あわせてぜひお楽しみください。(編集部)

 

【無料シラス】建築系勝手メディアver.3.0 石山蓮華さんと電線愛を語る(出演:石山蓮華、五十嵐太郎、市川紘司)
URL= https://www.youtube.com/watch?v=nYM5xvd1vEg

チャンネルを長く続けられる道を選んだ

──はじめに、五十嵐先生がシラスのチャンネルを開設するに至った経緯を教えてください。

 

五十嵐太郎 2021年2月に五反田のゲンロンカフェに登壇して、イベントが終わったあとカフェで東浩紀さんたちと飲んでいるときに「シラスでチャンネルをやりませんか?」と誘われました。東北大学の同僚である市川紘司さんと共同でやるかたちでもいいならやってみたいと返事をして、そのとおりに始めさせてもらったという経緯です。

 

──シラスを実際に始めてみて、苦労したことはありますか?

 

五十嵐 シラスを始めたころは、ゲンロンで東さんたちがやっているような長い番組にならい、自分たちも頑張って4時間とか5時間の配信をしていました。でも、さすがに大学の業務をやりながらでそのペースだと身体がもたないと思い、ある時期からブレーキをかけて2時間半ぐらいまでの配信にするようになって楽になりました(笑)。一生懸命やりすぎて燃え尽きるのではなく、セーブすることで、長く続けられる道を選んだわけです。

 

──五十嵐先生は長らく「建築系ラジオ」というネットラジオもやられていましたが、シラスの配信とちがうところはありますか。

 

五十嵐 「建築系ラジオ」ではなるべく編集の手間をかけないように、基本的に編集なしで公開していました。シラスも生配信がそのままアーカイブされるので、しゃべっている感覚はあまり変わらないですね。ただ、建築はもちろん視覚を伴うものなので、音声だけでなく写真などの映像を使えるのはシラスのありがたい点です。リアルタイムのコメントがあって双方向性を感じられるという点も、「建築系ラジオ」にはなかった手応えですね。

「このひとの話を聞きたい」が方針

──シラスの番組をつくる際に意識している点はありますか。

 

五十嵐 いまは単純に「このひとの話を聞きたい」という感覚にしたがう方針でやっています。最初のころは「建築の学生が見るかな」と思い、番組の値段を安くおさえて卒業設計の特集回をやったりもしたのですが、思ったほど手応えがなかった。考えてみると、じつはこの業界では建築家によるレクチャー動画などの無料コンテンツが多くて、建築学生はそれに慣れているんですよ。それなら、下手に学生ウケを意識するよりも自分たちがやりたいことをやろうと思い、「このひとの話を聞きたい」の方針になっていきました。自分たちが勉強したいことを、シラスの場をつかってやっているかんじです。

 

──現在はどのような番組を配信していますか。

 

五十嵐 チャンネルのトップページに、ひとまず5つのシリーズをまとめています。シリーズはほかにもいくつかあって、おもなものはそれプラス2つくらいですね。

 まず、「世界の都市」シリーズがあります。1回目では北朝鮮の平壌の建築を取り上げ、そのほかに上海、モントリオール、パリ、シンガポールといったかんじで海外都市の建築を紹介しています。オーストラリアやカナダで暮らしているひとをゲストに招いて都市案内のように話を聞く回もあります。

 「日本の地方」シリーズでは、倉敷、沖縄、直島、静岡、群馬、金沢、仙台、広島、徳島などの地域在住のひとに、その土地の建築を紹介してもらっていて、これは書籍化したいという話も出ています。

 「教養としての建築史」シリーズは、西洋建築史や日本建築史の研究者をゲストに呼ぶものです。これはコアな教養としての建築史を解説してもらう番組です。

 市川さんがメインでやられているものでは、「中国近現代建築論講義」や「建築留学、どこ行こう?」という番組があります。前者はその名のとおりの講義で、後者では実際に留学していたひとに「どういう教育環境だったか」という話を教えてもらっています。ほかにも、市川さんがTOTO出版から出す準備をしている『建築をあたらしくする言葉(仮)』という本があり、毎回ゲストを招いて本に収録する予定の話を共編著の連勇太朗さんといっしょに聞いていく番組もあります。

 あとはぼくが企画している展覧会を自ら紹介するシリーズですね。シラスを始めてから、自分の関わっている展覧会については宣伝をかねて必ず番組にしています。山形ビエンナーレ2022での展示や、金沢建築館でやった「アニメ背景美術に描かれた都市」展などについて苦労話をまじえて取り上げています。今年もふたつ展覧会をやる予定で、それも番組で話そうと考えています。ひとつは高島屋資料館で2020年にやった「装飾をひもとく―日本橋の建築・再発見―」の第2弾。もうひとつは、建築家とアーティストによるコラボレーションの展覧会です。

 

──いま挙げていたいただいたそれぞれのシリーズで、どれもちがった観点から建築が語られているのがすごいですね。チャンネルとして今後の展望はありますか。

 

五十嵐 今年の4月からぼくが大学の専攻長になって忙しくなることや、市川さんも諸事情で出番を少し減らしたいということもあって、番組づくりをこのふたり以外のひとにも手伝ってもらうことにしました。

 まずは、東北大学の同僚で建築家の藤野高志さんに月1回くらいのペースで番組をお願いしています。彼が建築家仲間にインタビューを行うシリーズで、第1回はぼくがインタビューを受けました★1。自分のチャンネルで自分がゲストになるというやり方があるというのは発見でしたね(笑)。藤野さんがいろいろ準備して話を聞いてくれて、ぼくも自由にしゃべれたし、思った以上に見てくれたひとも多かったです。

 あともうひとり、いま博士課程の高橋響くんにも、月1回くらいのペースでおもに建築に関する本の著者に話を聞くシリーズをやってもらう予定です。

シラスでやることの意義

──今年の4月はチャンネル開設からちょうど3年でもあります。そのなかで、五十嵐先生がとくに「やってよかった」と感じた番組はありますか。

 

五十嵐 2021年に配信した隈研吾特集回ですね★2。企画・進行は基本的に市川さん担当で、その時点での隈研吾のほぼ全著作を研究室の学生にも分担させて読み、資料を準備して、隈研吾の仕事や考え方がどう変遷・展開しているかを話した番組です。番組購入者がダウンロードできるPDF資料も充実したものをつくったし、放送後の反響もおおきかった。

 ちなみに、こういう企画は昔だったら『建築文化』のような雑誌が特集でやっていたはずです。いろんな大学が企画に参加して、そのなかのひとつのコーナーとして「隈研吾の全著作を読む」みたいな記事が書かれたと思います。でも残念ながら、いまはもう建築雑誌自体が少なくなってしまった。現在もそうした特集記事をやっているのは『建築ジャーナル』ぐらいです。この隈研吾特集回もそうだし、ゲンロンカフェでぼくも登壇させていただいたザハ・ハディドについて語るイベント★3や大阪万博シンポジウム★4のような企画も、本来は建築雑誌がやっていてもおかしくないものなんです。

 

──かつて雑誌文化が担っていた仕事を、シラスという新しいネットメディアがやっていると。今後もご自身のチャンネルではそのような仕事をやっていくのでしょうか。

 

五十嵐 隈研吾特集回は準備がすごくたいへんで、類する番組はその後やれていないのですが、たとえばまだ書籍などで紹介されていない建築の話はやりたいですね。沖縄の建築を取り上げた回★5や、中央アジアの建築回★6ではそういうものを紹介しています

 沖縄回は書籍化してもよかったと思っているし、中央アジア回は昔だったら『SD』という建築雑誌がやっていただろうなと思います。でも、いまは『SD』も年1回の刊行になってしまったし、こういうニッチだけど重要なテーマは発表の場がないんです。そういう話がシラスではできるので、チャンネルを始めてよかったと思いますね。

観光の半分以上は建築を見ている

──五十嵐先生にとって、建築の魅力やたのしみはどんなところにあるのでしょうか。

 

五十嵐 現場に行かないとわからない空間の体験が建築の最大の魅力です。ほかの芸術、たとえば絵画や彫刻なら巡回展があるし、映画だったらDVDやオンラインでも観ることはできますよね。でも、建築だけは絶対にむこうからこちらに来てくれない、自分がその場に行かないと体験できないものです。

 建築の外観や内部空間はもちろんですが、メディアで一番つたわりにくいのはその建築が街のなかにどうあるかというところですね。建築雑誌だと基本的にはその建物だけを切り取って撮るから、建物の隣や向かい、またそこにたどりつくまでにどんな風景や文脈があるかという情報は再現不可能なんです。でも、実際に現場に行くとそうした環境はすごく重要な情報だとわかるし、設計者も当然そうしたことを踏まえてつくっている。さらに言えば、古い建物の場合、逆にそれが建ったことでまわりの風景や街づくりに影響を与えていることもある。

 みなさんもどこかに旅行に行くときは、ぜひ建築も意識的に見てほしいですね。じつは、観光って半分以上の時間は建築を見ているんですよ。自然しかない場所に行くならべつですけど、都市の観光はどこへ移動するにも基本的に建築物を経由しているし、目的地も大抵は建築がある場所ですよね。

 

──たしかに駅や空港といった経由地点も建築ですし、劇場や遊園地のようなレジャーでもやはりそこは建築がある場所ですね。

 

五十嵐 そのとおりです。そして、建築のもうひとつの特徴は、とても不純なジャンルでつくるのにお金がすごくかかることです。自分の住宅をみずから建てるならともかく、それ以上の規模になると必ずクライアントがいます。民間であればほかのひとのお金をつかうし、公共建築なら税金をつかうことになる。なので、建築家が「わたしはこういうものを表現したい」と考えていても、作品をひとりの作家の意志だけで完結させることはできず、社会における意味や文脈が必ずついてきてしまう。

 さらに、建築は長いあいだ残り続けるものなので、歴史のなかでその意味がどんどん変化してしまうのもおもしろい。このあいだ台湾に行ったのですが、むこうでは日本統治時代の建築が文化財として数多く残っていて、それをいろんなかたちでリノベーションして活用しています。たとえば、二二八国家紀念館というところは、もとは日本が統治時代につくった近代化教育のための建物でした。それが戦後には台湾省参議会の議事堂となり、その後アメリカの文化広報をする場所に変わり、いまでは戦後台湾で起こった二・二八事件の民衆弾圧を記憶するための場所になっている。また、台湾新文化運動紀念館は、日本統治時代に民主化運動を抑圧していた警察署の建物を、民主化運動の記録の展示に転用しています。これは建物の社会的な意味が完全に反転している例ですね。建築には、そういう歴史のダイナミクスを表象してしまう力がある。

ほかとつなげて考える建築

──最後に、このチャンネルから建築について学びはじめたいと思っているひとへ向けてメッセージをお願いします。

 

五十嵐 さきほど「不純」と表現したように、建築はいろんなものが雑多に統合されて存在しているジャンルです。そのことによる不自由さもあるけど、逆にほかのジャンルとの隣接も多い。シラスでも、これまで紹介したさまざまな角度にくわえて、音楽や演劇やアートといった建築と隣接する表現分野のひともゲストとしてたくさん呼んでいます。「建築にはほかのものとつなげて考える糸口がじつはいっぱいあるんだ」という意図をそこには込めています。われわれのチャンネルが、みなさんにとって建築を考えるきっかけになってくれればありがたいと思っています。

2024年5月8日
聞き手・構成=遠野よあけ+編集部
 


★1 「自身を語る。-建築系勝手メディアでの活動から-【ゲスト:五十嵐太郎 聞き手:藤野高志】」、2024年4月17日。URL= https://shirasu.io/t/kenchiku/c/kenchiku/p/20240404165408
★2 「建築が嫌われた時代の建築論──批評家・思想家としての隈研吾を読む」、2021年7月14日。URL= https://shirasu.io/t/kenchiku/c/kenchiku/p/20210714
★3 五十嵐太郎×山梨知彦×東浩紀 「いまこそ語ろう、ザハ・ハディド」、2021年5月14日。URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210514
★4 山本理顕×藤本壮介(モデレーター=五十嵐太郎、東浩紀)「万博と建築──なにをなすべきか」、2024年4月11日。URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20240411
★5 「沖縄の建築と地域主義をめぐる問題【日本の地方#2 ゲスト:入江徹】」、2021年9月15日。URL= https://shirasu.io/t/kenchiku/c/kenchiku/p/20210623011301
★6 「中央アジアの建築・第三弾/ソ連崩壊後のカザフスタンとジョージア」、2024年4月23日。URL= https://shirasu.io/t/kenchiku/c/kenchiku/p/20240327042007

 

【無料シラス】建築系勝手メディアver.3.0 石山蓮華さんと電線愛を語る(出演:石山蓮華、五十嵐太郎、市川紘司)

建築系勝手メディアver.3.0
URL= https://shirasu.io/c/kenchiku

五十嵐太郎

1967年パリ生まれ。建築史・建築批評家。1992年東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。芸術選奨新人賞。『日本建築入門』(筑摩書房)、『被災地を歩きながら考えたこと』(みすず書房)、 『モダニズム崩壊後の建築』(青土社)、『現代建築宣言文集』(共編著、彰国社)ほか著書多数。
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