なんでもかんでも観察せよ 教授に聞く!(2)|鹿島茂
配信プラットフォーム「シラス」と連動した新企画「教授に聞く!」。元大学教授の配信者による講義中心の教養チャンネルをピックアップし、先生方に講義内容や手応えについて尋ねる連続インタビューです。
第2弾は、フランス文学者の鹿島茂さん。チャンネル「鹿島茂のN'importe quoi!」の充実の講義シリーズ紹介からさまざまなエピソードまで、縦横無尽にお話しいただきました。チャンネル名にある「N'importe quoi!」とは、話す内容を限定しない、「なんでも!」を意味することば。まさにそれを地でいくインタビューになっています。
また本企画では特別に、記事にあわせて講義動画を丸ごとYouTubeで無料公開中! あわせてぜひお楽しみください。(編集部)
【無料シラス】鹿島茂のN'importe quoi!「正しく考えるための方法」を考える──『思考の技術論』入門
URL= https://youtu.be/V5luX_G1t4E
シラスの講義とヨーロッパの伝統
──はじめに、鹿島先生がシラスのチャンネルを開設するに至った経緯を教えてください。
鹿島茂 2021年の秋に出た『ゲンロン12』に寄稿したことがきっかけで、刊行記念として東浩紀さんとの対談イベントに出演しました[★1]。それがありがたいことに好評で、ぼくもとても楽しかった。でも、イベントで5時間くらい話したのにまだ話したいことがたくさん残っていたんです。打ち上げでそのことを東さんや上田洋子さんに話したら、「ではシラスでチャンネルを開設しませんか」とご提案いただきました。ちょうど明治大学を退官したあとだったので余裕もあり、シラスをやらせてもらうことになりました。
──シラスの配信を実際にやってみて、手応えはどうですか?
鹿島 講義を聞いているひとのリアルタイムの反応がコメントで見えるのが、とても励みになっています。それによって講義中に説明を修正することもできるし、ぼくが自分では思いつかなかった疑問を教えてもらえることもある。大学の大教室でやっていた講義とも少人数でやっていたゼミともちがう、新しい体験です。
日本の大学では、先生が話しているあいだ学生は話を聞くのに集中しないといけない空気があります。なので、質問もできない。他方でヨーロッパでは、先生の話にわからない部分があれば学生がその場で挙手して質問するし、先生もそれにちゃんと答えなくてはいけません。そして、それによって学生も先生も考えが深まっていく。シラスはむしろそちらの伝統に近いのかもしれないですね。
3つの講義シリーズ──「都市」と「家族」と「思考の技術」
──鹿島先生のチャンネルでは、どのような講義を行なっていますか。
鹿島 おおきく3つの講義シリーズがあります。いったん区切りをつけたものもありますが、すべてアーカイブは公開中で、いまは月に2~3回配信しています。
ひとつめの講義シリーズは、「パリの歴史 集団的無意識の研究」です。パリ研究はぼくの生涯のテーマで、いろんな引き出しがあります。これまでたとえばシャンゼリゼ通りや百貨店の歴史について話してきました。そこに共通する問いは、「パリはなぜ現在あるようなパリとしてありえたのか」というものです。それは、たとえば「東京はなぜ現在あるような東京としてありえたのか」という問いとも結びつきます。ひとつの都市の歴史とは、ひとつの人間集団の無意識がさまざまなかたちで現れてきたものです。それを解きほぐしていけば、遠く離れた都市のあいだにいろいろな共通項を発見することもできるし、逆にちがいも明瞭になる。都市学はまだ研究がはじまって100年も経っていない学問ですが、これから大いに取り組むに値するテーマだと思っています。
ふたつめは、「家族人類学入門」です。家族人類学はエマニュエル・トッドが研究していることで知られる分野で、家族理論、統計学、アナール学派歴史学の3つが結びついたものです。それぞれの地域ごとに根づいた家族類型が、どのように歴史の動きとつながっているのかを考える学問ですね。
たとえば『古事記』では、天照大神と須佐之男命はお姉さんと弟の関係です。ここには、日本では姉妹や兄弟が助けあって家族をつくっていく母系の「統合核家族」の時代が長かったことが反映されている。古い物語にあらわれている家族をたどっていくと、国の成り立ちというものもわかってくるわけです。この講義シリーズは一年間つづけて一区切りつきました。
その次にはじめたのが、「『思考の技術論』入門」シリーズです。デカルトが『方法序説』で説いた思考の4原則をベースに、ものを考えるとはどういうことかについて話しています。あえて哲学には入り込まず、あくまで技巧としてのそれを説明するというのがミソで、学問だけでなくビジネスにも役立つものになっているはずです。
たとえば、この世の中で提起する意味がある問題は2種類しかないというトピックスがあります。ひとつは、これまでだれも提起したことのない、オリジナリティ100%の問題。もうひとつは、いままでたくさんのひとが提起したにもかかわらず、確定的な答えがまだ出ていない問題。ここからもわかるように、問題を発見するというのはそもそもけっこうむずかしいことで、だからどうすればそれが可能になるかを考えなければいけない。他方で、発見した問題の解き方は、ヨーロッパで論理学として発展してきました。つまり、問題を発見する技術とそれを解く技術はまったく別物なわけです。このシリーズではそうしたそれぞれの技術について話しています。
これからぼくのチャンネルを見始めるひとがいたら、最初はこのシリーズから見てほしいですね。
楽しいことの最たるもの
──それでは、シラスで新しくはじめてみたい番組などはありますか?
鹿島 シラスだからできる方法や形式をつくれないかなと考えています。たとえば、まずぼくがあるひとつの思考の原則を示す。次に視聴者が、自分の関心ある分野にその原則が適用できるかどうか調べてくる。そんな授業もできるかもしれません。
具体的には、家族人類学で提示される家族類型が、自分の読んだ小説に適用できるかを考えてくるとかね。家族人類学にとって、文学作品はその国の家族のことがよくわかる最高の資料です。でも、だれも手をつけてないし、トッド自身もあまりやってない。
さきほど『古事記』の話をしましたが、神話というのはそもそもほとんどデタラメのお話です。でも、家族類型はデタラメにすることができない。神話も、家族類型に関して嘘はつけないんです。
こういう分野は、ひとりでやるよりみんなでやっていくほうが研究が進みますから、シラスを見ているひとたちとやれたら面白いと思いますね。
──視聴者からいろんな国の神話や物語に出てくる家族の類型を報告してもらうレポート回のような形式ですね。とても楽しそうです。
鹿島 考えるための方法を知ったら、次はその方法を応用してみる。それは楽しいことの最たるものですから。学びて時に之を習う。また説ばしからずや、です。
いろんな学びを遍歴する
──「こういうひとにぜひ配信を見てほしい」という視聴者層のイメージはありますか?
鹿島 具体的な属性は想定していませんが、ひとところに留まらないひとが集まってくれると嬉しいです。
ひとは、ひとつのパターンしか知らないものについて、疑問を持ったり問題を発見したりすることはできません。さきほどから話題にしている家族もそうです。家族を複数持っているひとはあまりいないので、長いあいだみな1種類しかないと思っていたんです。でも、そうではないということがあるとき発見され、大きな問いにつながりました。
会社もそうです。日本ではこれまでひとつの会社で働きつづけるひとが少なくありませんでした。でも、たとえばアメリカではそういう働き方は逆に少ない。これはある意味でヨーロッパの「遍歴職人」の伝統を受け継いでいると言えます。ヨーロッパの大工や鍛冶屋は、複数の親方のもとで修業しなければなりませんでした。ある親方のもとで2年か3年勤めると免許状をもらい、別の親方のところへ旅に出てまたそこで修行する。それを繰り返して、免許状を何種類かもらってはじめて組合ギルドからマイスターとして認定してもらえるんです。ヨーロッパの料理人はいまでも遍歴しますし、ドイツでは大学を3つぐらい渡り歩かないといけない。
日本にはそういう伝統がないから、学びたいひとは意識的にいろんなひとから教わりにいかないといけません。
──鹿島先生の講義から学びつつ、シラスのほかのチャンネルだったり、あるいはほかの学びの場に行ってみることも大事そうですね。
鹿島 ぼくの言っていることをそのままコピーするだけでは面白くないですからね。
ほんとうは教える側だって遍歴したほうがいい。吉本隆明さんはかつて、東大の先生をやったら次はちがう大学に行って教えることを義務づけたほうがいい、と言っていました。学ぶ側も教える側も、複数の場所を経験したほうが上達するんです。
そもそも、画期的なアイデアというものは、自分が対象にしているところ以外からやってくることが多い。他分野借用ですね。たとえば、トヨタ自動車の業績を向上させたかんばん方式は、1950年代に大野耐一がアメリカ視察で見たスーパーマーケットの在庫管理方法から着想を得たものです。スーパーのひとに「倉庫はどこにあるんですか」と訊ねたら、「そんなものはありません。足りない物がでたらすぐに仕入れさせるんです」という答えが返ってきた。それを自動車部品の仕入れ方法に流用したわけですね。ほかにも、クロネコヤマトの宅急便をつくった小倉昌男は、牛丼の吉野家がメニューを牛丼一種類の提供にしぼっていたのを見て、会社の事業を個人向けの運送サービスにしぼることを思いついた。
──自分がふだん行かない場所でこそ、アイデアのヒントに出会っている。
鹿島 そこは学問もビジネスも同じで、遍歴や借用をしないと新しいことは思いつきません。
観察とはちがいを見抜くこと
──最後に、鹿島先生のチャンネルから学問を学びはじめたいと思っているひとへ向けてメッセージをお願いします。
鹿島 なにより、しっかり観察しましょう、ということですね。
観察するということは、ちがいを見抜くことです。でもたいていの場合「これとこれのちがいはなんですか?」と100人に訊いてもだいたい同じ答えばかりになります。ひととは異なる自分なりの発見をするためには、遍歴や借用はもちろん大事だし、いろんな日常の経験もまた必要です。
ぼくは昔、デパートの食堂でウェイターの仕事をしていたとき、ある偉大なる真実を発見しました。それは、人間はおなかが空くと怒りっぽくなるということです(笑)。注文が来ないとみんな怒るけど、注文が来たあとも怒りつづけるひとはいない。高校生のころに漢文で習った鼓腹撃壌という言葉にも納得しました。人々がお腹をぽんぽん叩くほど満腹であれば、反乱は起こらないわけです。
──ちがいを見出す観察は、日常を含めたどんな経験からでも可能だと。
鹿島 世の中、役に立たないことなんてものはありません。観察力さえあれば、プラスの経験からもマイナスの経験からも学べることは大いにある。そのためのヒントをぼくの番組で見つけてもらえれば、これほど嬉しいことはないです。
2024年1月18日
聞き手・構成=遠野よあけ+編集部
【無料シラス】鹿島茂のN'importe quoi!「正しく考えるための方法」を考える──『思考の技術論』入門
URL= https://shirasu.io/c/kashima
鹿島茂
1 コメント
- tomonokai80432024/03/05 12:37
めっちゃ良いインタビュー記事ですね。 鹿島さんが普段シラスをどう思っているのかというのは、意外に知らなくて、今回のインタビュー記事で知れて、「おお、意外に結構コメントのことをみてくれているんだ」とか知れて嬉しかったです。(あまりリアルコメントしない身としては、可能な範囲でもっとしようと思いました!) また、鹿島さんがシラスでもっと違う形式のをできないかと模索されているということも知れました。講義をするだけでなく、視聴者へのお題を出す。そういう試みも考えているなんて。いろいろと試してみること、実践してみること、鹿島さん自らが体現されていると感じました。 そして、「そのままコピーするんじゃおもしろくない」とか、「遍歴した方がよいよ」などアドバイスされるところも、変化や挑戦を後押ししてくれる感じがしました。本当に知的な方って、物事にとらわれず、柔軟にできる方だと感じます。私自身、非常に固いところ(頑固なところ)があるので、鹿島さんの柔軟かつバイタリティーある知的欲求さにあこがれます。 今後のシラスでの講義、楽しみにしおります!