「家」は革命を否定する──小泉悠×速水螺旋人×本田晃子「革命と住宅と戦争と」イベントレポート

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webゲンロン 2023年12月29日配信
 11月23日、『革命と住宅』の刊行記念イベントが開催された。ゲンロンカフェに集ったのは著者の本田晃子に加え、ロシアの軍事・安全保障研究の第一人者で、ソ連住宅に暮らした経験のある小泉悠、ソ連・ロシアを舞台とした作品を多数手がけてきた漫画家の速水螺旋人だ。小泉と速水は「軍事オタク」として知られるが、建築から見えるソ連やロシアの人々の生活の話だけで話題は汲めども尽きず、軍事はほぼ話題に上がることがないまま5時間のトークが繰り広げられた。その一部をレポートする。

小泉悠×速水螺旋人×本田晃子 「革命と住宅と戦争と── ソ連型団地の謎、そして現在」
URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20231123

『革命と住宅』特設ページ:https://webgenron.com/articles/kakumei

 『革命と住宅』はソ連の建築・住宅という専門性の高いテーマを扱いながら、そこで暮らした人びとに焦点を当てることで、社会主義が目指した理想と現実のギャップを見事に描き出している。

 本イベントでもときにマニアックなまでにローカルな話が展開されたが、3人が豊富な現地経験を持つだけでなく、ロシア通以外のひとにもわかりやすく語る術を心得ているせいか、会場は終始和やかな雰囲気に包まれていた。

 前半は著者・本田が『革命と住宅』を紹介した。「革命と住宅」「亡霊建築論」の二部に分かれる同書の構成に合わせ、「住宅」と「建てられなかった建築」の二つの観点からソ連とはなんだったのかが再考されたのである。

革命の理念と住宅

 『革命と住宅』は「革命は『家』を否定する」の一文から始まる。これは「私的所有」を否定する社会主義が、私的な領域の最たる例である家族やその住まいの解体へと向かうことを示した一文だ。本田によれば、こうした理念を最も濃密に反映した住宅様式が、コミューン型の集合住宅「ドム・コムーナ」である。

 そこでは従来の家族単位の生活を、住人同士の共同生活へと転換することが目指された。結局実現はされなかったものの、極端なケースでは、人びとは睡眠時間以外の時間は共同スペースで過ごすことが想定され、プライベートという概念はなかった。それどころか、なんと住人が守るべき分刻みの理想のスケジュールまで考案されていた。昼シフトの労働者だと6時起床で7時から労働、朝のシャワーは5分などスケジュールはなかなかタイトだ。これに対して、「お茶15分」など意外と文化的に設計されている面もあるのだが……と唸る小泉、刑務所のようだと指摘する速水、ディストピア的だとしつつも8時間睡眠が確保できるのを羨ましがる本田、と反応は三人三様だった。

 一部のエリート建築家や政治家によって社会主義住宅のあるべき姿が議論される一方で、大多数の人びとが現実に暮らすことになったのは共同住宅「コムナルカ」であった。これについては、2022年にコムナルカだけを語る非常にレアなイベントが開催されているのでそちらをぜひご覧いただきたいが★1、そこでは住居の一室ごとに一家族(のちに住宅難が悪化すると複数の家族)が押し込まれ、トイレやキッチンは共同で、住人同士の相互監視が絶えなかった。本田は速水の作品『靴ずれ戦線』にコムナルカが登場することを指摘。速水は「あれは綺麗に描きすぎた」と笑った。

時の指導者と「劣化版資本主義」

 その後ソ連で建てられていったのは、時の指導者の名で呼ばれた「スターリンカ」、「フルシチョフカ」、「ブレジネフカ」だった。特徴的な高層建築のスターリンカは、ソ連社会がヒエラルキー化していく中で出現した住宅で、新たなエリート向けの豪華絢爛な内装を誇った。他方、スターリンの死後権力を掌握したフルシチョフは、「速く・安く・大量に」をスローガンに住宅政策に力を入れ、プレハブ化された大型パネルを組み合わせて作られる簡素な住宅フルシチョフカを続々と建設していく。

 ちなみに、かつて小泉が暮らしていたのはフルシチョフカに似たレンガ積みの建物だったという。電気メーターには「1954年」(スターリン死去の翌年)と書かれていたといい、本田はフルシチョフカ出現前のレンガパネルを用いた実験的な住宅ではないかと推測した。

 次の指導者ブレジネフの時代には、住宅建設技術の高度化に伴い、複雑な設計の高層住宅ブレジネフカが現れ、各地で巨大な団地を形成していった。ソ連の住宅様式は時の指導者の考えと密接に関係していたのだ。

 さらに、人間の行動様式も住宅と切っても切り離せない。本田が特に重要だと語るのは、ソ連ではじめて「一家=一戸」を目標に建てられたフルシチョフカでの生活を通し、人びとに「所有」の感覚や家族単位での生活が根付いていったことである。住人たちは自宅の家具や家電を揃えることで、社会主義が否定したはずの「自分だけの空間」をはじめて手にした。小泉は、この変遷には指導者の強烈な個性と人びとの生活空間とが結びついてしまうロシアの特性が表れているとしつつ、初期の理念からするとただの「劣化版資本主義」に成り下がった、と鋭く指摘した。「家」は革命を否定してしまったのである。

アンビルト建築

 プレゼンの後半ではアンビルト建築の紹介が行われた。それは文字通り、設計図としては存在しながらも実現に至らなかった建築であるが、映画や雑誌などを通してイメージとしては広く流通していた。前衛的なアヴァンギャルド様式から、その対極にあるとも言える古典的な様式まで、建築家たちは様々なアンビルト建築を生み出していった。

 中でも、ソ連史上最大の建築プロジェクトであるソヴィエト宮殿は、4度のコンペティションを経てついに土台の建設が開始されたものの、独ソ戦の勃発に伴い解体された。最終案でその頂に載せられる予定だったレーニン像は高さ100m(!)とあまりに巨大で、通行人からはどう考えても見えなかった。古代ギリシア風のスタイルとエンパイアステートビルを組み合わせたような構造を「借り物しかないのか」と嘆いた速水に対し、と小泉はレーニン像を指差して、「独自性はここにある」と指摘する。

 他方、本田が惚れ込み研究してきたイワン・レオニドフによる宮殿案は、なんと、なにも装飾のない透明のガラス球体だった。その案の斬新さには壇上も会場も湧き立った。彼の作品はその抽象さのあまり、一つも建てられることはなかったという★2。さらにソ連末期には、そもそも建てられることを前提とせず、それゆえ紙上で自由に創作されたペーパー・アーキテクチャまで現れた。そうしたアンビルト建築の魅力的な図面の数々は、ぜひともアーカイヴでご覧いただきたい。

「ロシア性」とソ連

 ロシアという国家とそこに暮らす人びとの特性は、イベント全体に通底する話題となった。速水が指摘したのはロシアにおける「中庸」の欠如であり、それは建築・住宅の変遷における振れ幅の大きさにも表れている。その一方で小泉が強調したのは、指導層や知識人がどれだけ案を練ったところで、結局は「現場」で自分たちの好きなようにカスタマイズしていくソ連の人びとの性質である。本田は現地での生活経験も踏まえ、ロシアでは「名もなき人びとの力がすごい」と語った。最後に速水は、理想と現実の落差が生み出す問題と、それをなんとかしようとする市井の人びとの力とが、奇跡的にかみ合わさることで成り立っていたのが「ソ連」だったのではないかとまとめた。

 イベントの後半には、小泉が昨年ロシアで出版されたソ連時代の秘密地下施設に関する本を紹介し、都市の地下を探索するロシアの「ディガー文化」の奥深さを語った。ほかにも、彼が現地で撮影した建築の風景から、その色彩や装飾の過剰さに見られる「ロシア性」が話題にのぼり、小泉と速水が共に訪ねたというモスクワ郊外のエピソードも披露された。さらにはロシアにおける家族と子育てのあり方や、住人の手で様々に改装・装飾される団地やダーチャ(小型別荘)の魅力など、イベント終了までとにかく話題は尽きなかった。

 小泉が「5時間ほとんど軍事の話をしなくてビックリした」と語ったように、このイベントは人間の生存に欠かせない住宅というテーマそのものの豊かさを体感できるものになっている。『革命と住宅』と併せ、濃密でありつつも親しみやすいソ連建築・住宅トークをぜひご堪能あれ!(平田拓海)


★1 鴻野わか菜×本田晃子×上田洋子「社会主義住宅『コムナルカ』とは何だったのかーソ連人が描いた共同住宅の夢」(URL= https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20220106)。 
★2 より表象の側面に焦点を当てた本田の分析については、ゲンロン代表の上田洋子が本年10月に自身のシラスチャンネルで行った本田との対談「『革命と住宅』ついに刊行! 本田晃子さんに聞くロシアと建築」のアーカイヴ(URL= https://shirasu.io/t/genron/c/ura/p/20231007012236)をご覧いただきたい。
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