ヨシミツくんの6000人の元カノ
2026年10月16日
Ⅰ 君と歩く
1
4716+2回目の2027年2月1日(月)
「あれ⁉ 私、いま死んだんじゃ……」
つい口から漏らし、変なことを言ってしまったと後悔する。あたりを見回したけれど、誰も怪訝そうにこちらを見たりしてなくて安心した。きっと寝言と思われスルーされたのだろうと言い聞かせ、あらためて息を整え確認した。電車の中だった。
真向かいの座席はスーツにコートを羽織った女性で、その隣は、大学生らしい。ごわごわと膨れたジャンパーを着こんでスマホを眺めている。彼らの後ろを過ぎ去る街並みに見覚えがあり、小田急線のものとすぐ気づいて懐かしく感じた。
だが思い出せない。なんでここに座っているんだろう。直前まで何をしていたか、丁寧に記憶をたどる。
初夏の交通事故で、大した外傷もなくすぐ退院が出来た。だが、頭を打っていたらしく、数週間後に容態が急変し、右側の手足が動かせなくなって緊急入院した。妊活中だったので申し訳ない気持ちにさいなまれ、子供が出来る前でかえって負担をかけずによかったのかも、などと頭を悩ましていた。
そんななか、足しげく病院に来て左手を握ってくれる。ヨシミツくんの温もりが、今日も心地よく安堵させてくれる。こうやって終わるのも悪くない。
自然とそう思えて、ついさっき目を閉じたはずなのだけど──。
2026年10月24日刊行『ゲンロン19』

秋吉洋臣
73年生。作家。2025年、「君と歩く、くり返しの行き先」(本誌掲載時に「ヨシミツ君の6000人の元カノ」に改題)で第8回ゲンロンSF新人賞受賞。





