現実と抽象のはざまで(その2)──時間と夢について 2025年10月15日から2026年6月7日

日付のあるノート、もしくは日記のようなもの 第21回

2026年10月16日

 遅刻しないように朝の準備をする。顔を洗い、朝食を用意し、歯磨きをし、着替える。時計を見て、時計の針を読む。娘も少しずつ時計が読めるようになってきている。長い針が「何分」で短い針が「何時」。自分の好みのデニムを選び、長袖か半袖のTシャツをきて、トレーナーをかぶる。保育園に持って行く着替えは紺のトレーナーと、足下に飾りの宝石が縫い付けられたデニムとTシャツ。

 月1でやってくるお弁当日は、ぼくも妻も早起きして、2人で用意する。丸めた白ご飯を顔に見立て、のりで髪の毛や目を作り、その周りを野菜や肉団子などで飾る。遅刻ぎりぎりで登園していた4─5才クラスのころからすると、年長になったいまはなんとか早起きできている。小学校に行くためにはいまから早起きの練習をしないと間に合いませんよ、というのが保育園をやめていったベテラン先生の最後のアドバイスだった。

 そう、ぼくらはそうやって時間を気にするようになる。時間を気にして、社会の規範を身につけていく。だらだら寝ているわけにはいかないのだ。10年前に住んでいたロサンゼルスでは、ぼくも妻もスローな生活をしていた。時計なんてあってないようなものだった。さまざまなアーティストたちが住む、工場を改装したコロニー。そのロフト空間で、カーテンのない窓から入ってくる日差しがなんとなくまぶしくなると目が覚めて、昼過ぎまでごろごろしていた。仕事があまりない時期も長かったから、ずっと夏休みのようで、それにカリフォルニアの気候と日差しのせいか、夢を見ているようだった。それがいまや、娘が社会規範を身につけるための手助けをしている。不思議でならない。

 ぼくらが気にするとしないとにかかわらず、時間は流れていく。でも、人生の時間は限られている。いまさらながらそう感じるようになった。ぼくはこのあとの人生をどう過ごすのだろう。とくに、この50代をどう過ごせばいいのか。自分が強い能動性を持って意識的に芸術実践を展開できるのはおそらくあと20年ぐらいだろう。この限られた時間をどのように使うのか、ミッドキャリア・アーティスト、あるいは中年になって、「時間がない」ということにより意識的になってきていると思う。 
 

2026年10月24日刊行『ゲンロン19』

田中功起

1975年生まれ。アーティスト。主に参加した展覧会にあいちトリエンナーレ(2019)、ミュンスター彫刻プロジェクト(2017)、ヴェネチア・ビエンナーレ(2017)など。2015年にドイツ銀行によるアーティスト・オブ・ザ・イヤー、2013年に参加したヴェネチア・ビエンナーレでは日本館が特別表彰を受ける。主な著作、作品集に『Vulnerable Histories (An Archive)』(JRP | Ringier、2018年)、『Precarious Practice』(Hatje Cantz、2015年)、『必然的にばらばらなものが生まれてくる』(武蔵野美術大学出版局、2014年)など。 写真=題府基之
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