ポスト構造主義の時代
コレージュ・ド・フランス 1976 飛び魚と毒薬 第17回
2026年10月16日
パリの冬の朝はいつまでも暗い。
その頃は9区ラ・ブリュイエール通り3番地 bis の屋根裏部屋に住んでいた。もうよく思い出せないが、たぶん6階くらいだった。もちろんエレベータなどはない。
建物を出て授業へと急ぐとき、街灯にはまだオレンジ色の灯がともり、街角のあちこちには零下の気温の中でスチームの湯気がたちのぼり、開いたばかりのパン屋の店先が照らしだされ、地下鉄サン・ジョルジュ駅の入口のキオスクにもランプがともっている。
カルチエラタンまではほんの15分程度。オデオン駅は地下鉄が職場へと急ぐ人びとを吐きだし、生暖かい濁った空気がまとわりつくような地下道を早足で抜けて、エコール通りをソルボンヌの方へ、コレージュ・ド・フランスめざして向かう。吐く息は白く、ピンとした空気が顔を打つ。パリの冬がいまよりずっと寒かった頃だ。
朝のうす暗がりの街を通ってコレージュの門をくぐり、右手の8番教室の方へ急ぐとそこはたいていすでに人だかりができていて、運良く部屋に入ることができても座れる席はもうない。中庭に面した窓の枠壁にまで人びとが腰掛けている。ひどいときには部屋から人があふれていて中には入れず、守衛がやってきてもうこっちは満員だからと、向かいの部屋に案内されることになる。その部屋には昔の日本の小学校の教室と同じように正面壁の上部にスピーカーが据えられていて、そのベージュ色の箱を眺めながら文字どおり聴講する羽目になる。
ミシェル(・フーコー)の講義は当時そんなだった[◆1]。
2026年10月24日刊行『ゲンロン19』

石田英敬
1953年生まれ。東京大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学、パリ第10大学大学院博士課程修了。専門は記号学、メディア論。著書に『現代思想の教科書』(ちくま学芸文庫)、『大人のためのメディア論講義』(ちくま新書)、『新記号論』(ゲンロン、東浩紀との共著)、『記号論講義』(ちくま学芸文庫)、編著書に『フーコー・コレクション』全6巻(ちくま学芸文庫)ほか多数。




