「ヨシミツくんの6000人の元カノ」解題
第8回ゲンロンSF新人賞受賞作
さまざまなSFの中でも、ループものは、日本でもっとも人気のあるサブジャンルのひとつ。リセットものとかリプレイものとか死に戻りとか、いろんな呼び名やパターンがあるが、要するに登場人物が同じ時間を何度もくりかえすという物語類型だ。筒井康隆の短編「しゃっくり」みたいに同じ10分間が無限にくりかえされる話もあれば、バカリズム脚本のドラマ『ブラッシュアップライフ』みたいに人生を何度もやり直す話もある。記憶までリセットされてしまうとループしていることが認識できないので、ほとんどのループものでは主人公(たち)の記憶が保持されるのがお約束。ゲーム的リアリズムで考えれば、人生における選択はリセットしてやり直せるほうがふつうなので、そのことを前提にしたループものが流行るのは必然かもしれない。その人気はいまに始まったことではなく、2012年にはこのサブジャンルだけに焦点を絞った浅羽通明『時間ループ物語論』(洋泉社)も刊行されている。
それ以降も、マンガやアニメやドラマや小説やゲームで山ほど新作が登場し、あらゆるパターンが出尽くしたように見えるが、最近の日本映画でも、『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』とか、『リバー、流れないでよ』とか、集団でループを認識するタイプに新鮮なバリエーションが開拓されている。
……と、すっかり前置きが長くなったが、秋吉洋臣の本編「ヨシミツくんの6000人の元カノ」もそのひとつ。古今東西のさまざまなループもののパターンを踏まえたうえで、ループのルール(世界はいつどうやってリセットされ、だれが記憶保持者になるか)にまったく新しいパターンを導入。そのルールに基づくエスカレーション/インフレーション展開にも複数のサプライズを用意して、ループものの新たな地平を切り開いた。そのアイデア性が高く評価され、第8回ゲンロンSF新人賞を受賞している(受賞時のタイトルは、「きみと歩く、くり返しの行き先」)。
ゲンロンSF新人賞は、「ゲンロン 大森望 SF創作講座」の卒業制作にあたる最終実作から選ばれる最優秀賞。この回の選考には、菅浩江、斜線堂有紀、伊藤靖(河出書房新社)、東浩紀(ゲンロン)の4氏に大森を加えた5人のほか、過去のゲスト講師として登壇した方々のうち11人が、候補作すべてを自主的に読んだうえ、事前投票のかたちで参加した(作家ゲストは、新井素子、円城塔、柴田勝家、新川帆立、法月綸太郎、藤井太洋の6氏、編集者ゲストはVG+の井上彼方、東京創元社の小浜徹也、早川書房の井手聡司・溝口力丸、集英社の田中玲遠の5氏)。選考の模様はYouTubeでいまも閲覧できるので、興味のある方は「第8回ゲンロンSF新人賞選考会」で検索してください。
この種の小説では、登場人物が状況(世界がループしていること)を理解するのに時間がかかることが多いが、本編の主人公はたいへん飲み込みが早く、また、初めてループした人のためのマニュアルとかもちゃんと用意されているので、話が停滞しない。逆に言うと、読者を置いてけぼりにしてどんどん進んでいくため、時間ループものなんていままで見たことも読んだこともないという人にはやや不親切かもしれない。なにが起きてるかさっぱりわからんと思った方は、前のページに戻って確認したり、立ち止まって考えたり、二度三度と読み直したりしてみてください。
ループ記憶保持者たちはループの範囲で未来を知っていることになるので、記憶を持たない人(一回きりの人生を送っている人)に比べて特権的な優位性がある。そうした記憶保持者たちが組織をつくり秘密裏に世界を支配している─という発想は本編が最初ではなく、長編では、たとえばクレア・ノース『ハリー・オーガスト、15回目の人生』(雨海弘美訳、角川文庫)の例がある。また、ループによるエスカレーションの面白さを追求した近年の短編としては、伴名練「二〇〇〇一周目のジャンヌ」(『ifの世界線』講談社タイガ所収)が出色。「ヨシミツくん」を読んで、こんなへんなことを考える人がいるのかと思った人におすすめしたい。
2026年10月24日刊行『ゲンロン19』

大森望





